304. 『アンゼリカ漂流記』
【第125階層ドラマ:第五幕『アンゼリカ漂流記』】
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海賊船サッチャー号は大海原を征く。
森も砂浜も、陸という陸が見えなくなった頃。
アンゼリカの魔法の羅針盤が故障した。
ここはキャプテン・トムの腕の見せ所!
なのだが、果たして──?
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──シアター2
海を征くサッチャー号。
大海原のど真ん中、魔法の羅針盤の効果が切れて数刻が経過した。
「おお、偉大なるキャプテン・トム。この船は進んでいるのでしょうかー」
アンゼリカは問う。進んでいるのか止まっているのかすら分からない、空と海の青の真ん中だ。
「進んでますえ。……たぶん」
「トム。正直に言えば魚のエサにするのは勘弁してあげるけれど?」
「およよ。堪忍なぁ。ウチ、実は船の整備は出来るけど海に出たのは初めてなんよぉ」
大船に乗れと公言したトムだったが、いや確かに大船には乗った!
しかし誰も操舵できず! 水の上に浮かぶ葉と変わららいのであった!
──やがて海は荒れる。
大陸の漁師ならば誰もが知る、人喰い海域である!
「パパから聞いた事がありますねー。ドッペルゲンガーが現れる悪魔の海域。もしかして、そこに来てしまったのでしょうかー?」
「あちらさんに船が見えますわぁ! おぉいおぉい! 助けておくれやすぅー!」
「待ちなさいトム。あれは──サッチャー号よ」
奇々怪々!
そこに現れるは、もう一つのサッチャー号!
乗るは当然──
「ぶちのめしてやるわよアンゼリカ! トム!」
「answer:yes.殲滅します」
「ここで遭ったが運の尽きよねぇ」
──交戦的な、アンゼリカと虹の魔女とキャプテン・トム!
「ドッペルゲンガーね。生き残った方が本物って訳。やってやろうじゃないの……やるわよアンゼリカ、トム!」
「お任せをー」
「はいなぁ」
双方睨み合う!
2隻のサッチャー号が接し、錨でお互いを繋ぎ止める!
さあ開戦だ!
と、その時!
「え?」
海から、数多の魚が飛び上がる!
その魚を引き連れるは──
「俺は【喫茶シャム猫】物資調達担当、海の王ポセイドヌである! よくぞ避けてくれたな両名。プライドに傷が付いたわ!」
若き海の王、ポセイドヌ!
「ヒィーッヒッヒッヒ! 生きた人間を踊り食いしてやるでコックよぉー!」
……何のキャラだこいつ……まぁいいや。ディザスター!
「うむ! 全部掻っ攫うのである! 征くぞ【喫茶シャム猫】ォ!」
そして不敵に笑う謎の男、シャム!
「「ちょっと待てェ!」」
──◇──
──メアリーside
……乱入するんかい!
いや、想定は出来たわ。うん。
【喫茶シャム猫】直接の殴り込み──あっちは監督を抱えているから、舞台装置に近い。いくらでも割り込み出来るって事ね。
あくまで劇。2隻を転覆させるみたいなやり方はしてこないとは思うけれど……。
ポセイドヌの【マーメイドハープ】は水上水中戦において真価を発揮する超特殊ジョブ。限定的過ぎて90階層以降、このジョブで攻略している冒険者はポセイドヌただ1人なのだけれど……。
残り2人も要注意だけれど──ここは立ち回りが肝要ね。
「アンゼリカ。トム。先ずは──」
「呑気に作戦会議どすか?」
──既に甲板に乗り込んでいた、向こうのキャプテン・トム──"妖狐"ゴギョウ。
光り輝く扇子を広げ、真っ先に狙うは──
「メアリーちゃん。あたしをご指名みたいねぇ」
「えぇ、えぇ。あんさんが一番危ういもので。ヒガルの客商売人同士、ここは仲良う……」
はんなり京美人……とか言ってられない。うっすら見える瞳からは、"邪魔したら……"という圧を感じる。
「……キャプテン同士、仲良くね。【チェンジ】」
【マッドハット】側の甲板にゴーストと共に跳ぶ。後はツバキに任せるしか無い。
……呪いの専門家に対して、戦える解呪師【悪魔祓い】のゴギョウ。相性は最悪だけれど。
「待っていたわよ、メアリー……紛い物の魔女」
「さて、どっちが紛い物で終わるのかしらね。それとも共倒れかしら? 海の神様がお怒りよ」
ナズナとサシャと対峙する。
一言二言交わした後──海が轟く。
「行くぜ!必殺【サーディンライン】!」
──魚群が飛び、波となって襲いかかる。
ちょっと派手過ぎるわね。船が見えなくなるわ。
「【チェンジ】──って、え?」
魚の波を転移で飛んで、その先。
──大嵐が滞留していた。
魚に乗った【喫茶シャム猫】三人衆。両手を掲げるは"厨房の破壊神"──【ロストスペル】のディザスター。
「全部全部全部ぶっ壊す! 荒れ狂う大嵐の轟咆──【テンペストクロー:ストーム】!」
「──だから、これ劇だってば!」
盤上をひっくり返す特大魔法。
──船が沈めば劇も立ち行かなくなるんだけれど!?
──◇──
──【喫茶シャム猫】No.2"厨房の破壊神"ディザスター。
戦闘においてもプライベートにおいても一貫して加減の出来ない男。
かつて【象牙の塔】を師事し、【大賢者】から【ロストスペル】へと順当に派手な魔法を使うようになる。
だが、【象牙の塔】時代は特に目立った活躍はしていない。
──粗暴で短絡的で加減も匙もわからない彼には、魔法の詠唱時間管理というものが出来なかった。
故に近接戦闘へも切り替えられる【マジックブレイド】に転向したが、結局は【ロストスペル】に出戻った。
妥協したくないのだ。それが最善では無いにせよ。
「面白いな貴様!」
当時ドーランにて【鶴亀連合】に属していた売れない鍛冶屋だったシャムと出会ったのはいつだったか。
【象牙の塔】は冒険者への魔法実演講義もやっていたし、その時だったのかもしれない。
「やりたい事がやりたいのだな。いいではないか!」
だけど、これは最善ではない。どちらも無駄になってしまう。攻略において最善手を取れなかった奴は、次々と淘汰されていくんだよ。
「何を。最善手ではないか! 貴様にとっては、な!」
──こんな、馬鹿馬鹿しくても?
──◇──
──シアター2."2隻のサッチャー号"
「……あぁもう! 【夜明けの月】に届かないわね!」
甲板で喚くナズナ。
アンゼリカ同士──ゴーストとサシャは、また少し奥で戦わせている。砂時計呼び出しが使える者同士でぶつけた方が被害は少ないわ。
だから【喫茶シャム猫】はあたしとナズナが何とかしないといけないんだけれど。手を取り合うつもりなんて無いから、三つ巴なのよね。
ディザスターの大嵐。それだけならまだ何とかなる。そこまで練度が高くないディザスターの古代魔法は、レインのそれと比べても明らかに何もかも劣っていた。
──問題はそこでは無く。
無遠慮無計画にバカ広い範囲魔法をぶん投げつつ──ディザスターは、甲板に殴り込んできた。
「行くよ行くぜ行きますよっと!」
装備は棍棒。ウォーリアー系をサブジョブに設定しているのかしら。
魔法使いとは思えない、野蛮粗暴で乱雑な攻め手。戦闘職ではない【ブラックスミス】のナズナは武器を盾にして防戦一方。
あたしはあたしでポセイドヌの魚攻撃に邪魔されてるんだけれどね……【ロストスペル】は、早く落とさないと。
「やっと唱え終わったでコンロ。── 降り注ぐ怨氷の霰雨──【スフィアーロッド:コフィン】!」
今度は氷塊の雨!
やっぱり火力は低いし、詠唱破棄での詠唱時間も従来の2倍──レインと比べるなら3倍以上の差があるけれど!
魔法使い、というよりは定期的に爆発する爆弾が追尾してくる感じね。オマケで撃たれる魔法が古代魔法だったら話が変わってくるわ。
「潰すべきは【ロストスペル】だけれど──」
「うむ。我の相手は其方である」
飛魚の背に立つは──【喫茶シャム猫】店長、シャム。
【喫茶シャム猫】、どのメンバーもクセが強いけど……共通して、強い。
その頭目。なかなか骨が折れそうね。
「調理器具の選定は重要である。【スイッチヒッター】も悪くないが、やはり独創である!
オーダーメイドにオンリーワン! 海、即ち海鮮!」
ナズナやベル、ベラ=BOXと同じクリエイター系第3職【ブラックスミス】。
その中でも、"武器製造"に特化した武器の芸術家。
シャムの手には──意外にも綺麗に創られた、大鉈が二振り。
「うむ。刺身が善いな。では参るぞ【夜明けの月】ギルドマスター"盤上遊戯"メアリー!
【喫茶シャム猫】店長"巧遅拙速"! このシャムがお相手仕る!」
「案外礼儀正しいじゃない。それで、空中戦の心得は?」
「無論。天も地も、求められれば出店するが【喫茶シャム猫】であるぞ」
シャムが一つ指を鳴らすと──雨雲が降りてきた。
いや、雨雲の魔物──?
──【スキャン情報】──
《アマツチノオト》
LV122
弱点:風
耐性:地/斬
無効:
吸収:水
text:
ホライズン階層に生息する、降雨能力を持つ機械生物。雨雲に包まれた機械の雉。
雨雲を設置し豪雨で相手の動きを止めてから急降下し獲物を仕留める。
雨雲の衣が剥がれると空中へ逃げてしまう。
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「我らが【喫茶シャム猫】第9の仲間、"閑古鳥"である。其方は?」
「……ただ空を飛ぶだけならあたしだけで充分よ」
セカンドランカー以降は【ライダー】系列でなくとも移動用の魔物を従えてるって聞いていたけど、また随分な魔物を持っているわね。降雨能力は……【マーメイドハープ】のポセイドヌのためかしら。
「では、征くぞ! 調理開始!」
雨雲の鳥の背に乗り移り──あたし目掛けて突進。
でも、単純な武器戦闘で空中戦ならまだあたしの方が有利。
「【チェンジ】── 【アイシクルランチャー】!」
シャムを空間跳躍で回避し──背後から氷の連弾!
これ一撃では倒せないにしても、面攻撃を回避するのは難しいわよ!
「……様子見か。舐められたものぞ」
ちょび髭が揺れる。
口角が上がっている。
余裕の表情か、或いは怒り──
「【マジックレジスト】!」
魔法の壁を展開する。
サブジョブはマジシャンかヒーラー系列か。流石に完全有利には持って行けないわね。
「殺菌消毒である! 【エンチャント:ファイア】!」
こちらに飛び掛かるシャムの双鉈が炎に包まれる。
──サブジョブは【エンチャンター】で確定ね。
「【チェンジ】──っ!」
回避した先には、"アマツチノオト"。
「こちらは2手。操る事は叶わぬが、"閑古鳥"は近付く者を襲う獰猛な雉よ」
「っ、【次元断】!」
本当はこの後シャムの背後を取って撃ち込むつもりだったけれど──攻撃的緊急回避!
なの、だけれど。
「雲、だけ──」
「ここで押し込む──!」
いつの間にか、背後にまでシャムが──
──最初の飛魚が、いつの間にか周りに──
「甲板まで御同行願う。 【炎月輪】!」
火炎の回転斬り落とし攻撃。高度からして、受ける訳には──!
「負けるかっ!」
杖を手放して、シャムの腕にしがみつく!
「ぬぉっ!」
「ちゃんとエスコートしてよね……っ!」
ザックリと鉈2本分があたしに刺さるけど──このままシャムを手放さなければ、そのまま一緒に回転する。ダメージはそこまで受けない!
──あたしはスキル発動側じゃないから、この回転を素の三半規管で耐えないと行けないんだけどね!
「──活きが良く、粋である! ならば堕ちよ!」
──サッチャー号の甲板へ、炎の双円が叩き落とされる──!




