295.2人の死人
プレイヤー名:ミカン
日本名:亜浜蜜柑
本名:タプーズ・アハム
【Blueearth】突入時22歳。
18歳:高校卒業後故郷へ。
空白の4年間を知る者は、ただ1人。
国際警察特派員シェパーツのみ。
災厄のテロリスト、エブライム・アハム。その息子が名前を変え姿を変え、阿僧祇那由多となっていた事は把握していた。
しかし国際警察の監視は極秘であり非合法。故に、全くの別人が阿僧祇那由多として自首したとしてもそれを止める事は出来なかった。
だからこその監視。エブライムから阿僧祇那由多へと遺伝してしまった悪魔の血統。その実証こそが、タプーズ・アハムの監視を決定させられてしまったのだ。
家を転々とするタプーズ・アハム──亜浜蜜柑の影に付き添いながら。
エリートエージェント、シェパーツの長い長い監視は続いた。
タプーズ・アハムの監視が始まったのは彼女が8つの頃──シェパーツは18だった。
そして、タプーズ・アハムが何を思ったか生まれ故郷に帰った時も、当然の様に追跡し──
彼女も、タプーズ・アハムも。纏めてあの日、殺されたのだ。
──◇──
【第120階層 連綿舞台ミザン】
中央区"シアターロビー"
「──蜜柑ちゃんも私も、阿僧祇那由多に心を壊されています。謂わば、四年前に死んでいる。元ある状況に戻すのは、何の違反行為でも無いでしょう?」
ジョージに制圧されたままのナズナは、不敵に笑う。
──ミカンが【夜明けの月】に入るにあたり、記憶を復活させようとした時。天知調が全力で阻止しに来た。天知調の調整の結果、本来22歳のミカンは18歳までの記憶のみを取り戻した状態で仲間になった。
……空白の四年は、ナズナ曰く"死者の記憶"。いまいちピンと来ないが。
しかしこいつ、なんでこんなに余裕なんだよ。原因さえ分かればこっちには天知調もメアリーもスペードもいるんだぞ。
「もう一度調整すれば良いだけだろ。今の状況、お前なら確実にミカンを元に戻せるって理由がわからん。お前は知らないと思うが、こっちには……」
「──いえ。これは少々厄介な状況ですよ、ライズさん」
天知調が──人類最高の知能が、信じられない発言をした。
「ミカンちゃんの4年間。そちらのナズナさんの4年間も。本当に死んだ訳ではありません。
……私やジョージさんやドロシーさんの様に、ある分野において他人類を凌駕する力を持つ人間は一定数存在します。私は知能系万物において万能ですが。
ミカンちゃんとナズナさんを壊した阿僧祇那由多は、その点においては言うならば……"人心掌握"ですね。
那由多に服従し、那由多のために生き、那由多の居ない世界では死ぬ。そんな四年間だったのでしょう」
「その通り。そこを復旧しては那由多のいないこの世界では自殺してしまう。だから18歳でロックを掛けたのでしょう?」
「当然、元に戻す事は可能です。一度外れてしまった記憶のロックを元通りにするのは難しいですが、今度は四年間の記憶を消し去ればいいので。
しかし……空白の4年間以降、つまりは【Blueearth】でのミカンさんの記憶も全て消えてしまいます」
……天知調がそう言うからには、そうなんだろう。ドロシーもいる。そもそも嘘をつく必要が無い。
つまり──
「ミカンはクソッタレの4年間を思い出して死ぬか、俺達との記憶を全部消すか。或いはこのまま凍結か……か。とんでもねェなアンタ」
「私の存在こそが、唯一元通りに復帰できる手段がある事を証明している。そうでしょう?」
天知調が今言った時点で、ナズナもまた同じ洗脳された者である事は間違い無い。嘘とかでは無いようだ。
だとするならこのナズナは、記憶を取り戻しておきながら生きている事になる。
「……あっ。ドロシー君、もうナズナさんを見ちゃダメだよ! その四年間を読み取ったら──」
「だ、大丈夫です。もう見てはいませんから……」
カズハがドロシーを抱きしめる。感受性豊かなドロシーは、こういうトラップみたいな存在を相手するのは苦手だ。……頼り過ぎだな。場合によっては即死罠すらあるのに、ドロシーの読心術を開幕ぶつけるもんな。
「答えは午後の会談の後にでも。楽しみに待っていますよ……そろそろ離してもらえませんか谷川譲二」
「どうするメアリー君。このまま折ってしまおうか」
「……解放してあげなさい。ミカンを戻すには無事でいて貰わないとね」
ジョージはしぶしぶ、ナズナを解放する。
しっかり痛かったみたいで、ナズナは一息ついてから立ち上がった。
「さて。善い答えを待っていますよ」
ナズナが堂々と、悠々と、その背中を向ける──
「ライズ。ライズ」
メアリーが俺の袖を引いて、ナズナを指差す。
「殺れ」
「【スイッチ】──【壊嵐の螺旋槍】──【スターレイン・スラスト】ォォ!!!」
「うぎゃああああああ!!!???」
背後から、ザックリ大槍で貫通!
──《冒険者ライズに"敵対行動ペナルティ"を科します。24時間、この階層からの転移を禁じます》──
無慈悲なるアナウンス。うん、それはそうなる。
しかしメアリー。何か策があっての事と見た……
「よくもやってくれたわねナズナこのやろう。あたし達は悪の組織【夜明けの月】よ。
仲間に舐めた事した奴は絶対許さないわ!」
……策、あるんだよな?
「くっ……貴方、今何をしたのか分かっているんですか? ああもう凄い痛い! そこには"拿捕"の輩のブランさんまでいるというのに! 現行犯逮捕でしょうお馬鹿!」
「そうね。ライズ。捕まる前にもう一発行きなさい。PK取ってもいいわよ」
いや良くないが?
……本当に策、あるんだろうな?
メアリーは堂々と腕を組んで立っているが、俺は腰が引けてきたぞ。
「……実に残念だ、ライズ」
状況が飲み込めないのは俺もそうだが、【アルカトラズ】のブランもそうだ。
だがこうなれば立場上──俺を"拿捕"するしかない。
手錠がハメられました。
……あれ、誰も助けてくれないの?
「拠点階層での他ギルドへの悪意を持った攻撃行為。最低でも投獄までは覚悟しておくことねライズ。何してんのよ」
「えっ俺騙された?」
「宝珠はあたしに譲渡してよね」
「えっ。あっ。はい」
手荷物をメアリーにホイホイ渡して、ブランに連行される。
……何だこれ。俺もナズナも理解できていないぞ。
「調様と関わる様になってから有耶無耶になっていたが、それなりに小さな罪が積み重なっている。折角の機会なのでここで纏めて清算してしまおうかライズ」
「そんなオマケみたいに!?」
無慈悲にも、光の扉を潜らせられてしまう俺。
"審理"の輩が並んで待っている。くそー。これで俺も前科者かぁ。
──◇──
──ライズが、連行された。
「いやどういうつもり? そこまで私に攻撃したかったんですか?」
「それはそうよ。人の仲間に手出しして無傷で済むと思わないでよね」
ふんぞり返るメアリー。なんでこう、どこもギルドマスターって奴はこんなに堂々としてるのかしら……?
「ところでナズナ。いいの?」
「……いいとは?」
「"商人殺しのパンドラボックス"、投獄されたんだけど」
……。
「………………あぁっ!!」
──◇──
【アルカトラズ】
"審理"の法廷
「拠点階層内での暴力行為に伴うペナルティ、その他かねてよりあちらこちらで提出されていた不法侵入・器物損害の被害届。
金銭或いはそれに相当する物品での恐喝・隠蔽。
これまでの功績で差し引こうにも、その功績が大抵何かしらの違法行為によるものですからねぇ……」
"審理"の輩 灰の槌のスレーティー。
最も天知調さんに近い構造だと言う。確かに見た目は目を閉じた天知調さんといった感じだが、何というか調さんみたいなはっちゃけ感というかある種の明るさが無く、落ち着いた大人の女といった雰囲気を感じる。
俺も最初は調さんにそんな感覚を覚えていたんだがなぁ。どうしてああなったんだろう。ちゃんと手綱を握っとけよ兄貴。
「……そうですね……【黒の柩】へ投獄とします。懲役は……とりあえず、4年ほど」
4年。
……【Blueearth】始まって3年経ってないのに。
「厳しくないですか」
「その方が好都合と聞き及んでいます。それに、こちらの問題も解決したく」
「問題?」
スレーティーが悩んでいるのは俺の扱いに困っていたからだと思っていたが、どうにもそれだけじゃないようだ。
──【アルカトラズ】の誇る大監獄【黒の柩】。
【Blueearth】のどこでもない別階層にあり、【Blueearth】では裁けない悪を投獄するための監獄。
という側面もあれば、現実の記憶とゲームでの人格に異常をきたした者のリハビリ施設でもある。
基本的には無期懲役というシステムは無いが……釈放の見込みが無い者は、いる。
「この法廷の場では私は私情を口に出せませんので……詳しくは"拿捕"にお願いします」
「そういう訳だ。ついてきて貰おうか」
またしてもブラン。
警察みたいなポジションのブランとここまで顔を突き合わせておきながら、投獄されるのは初めてだ。
……と言うと周りからはいつも「嘘つけ」と言われるんだが。そんなに犯罪者顔かなぁ。
──◇──
──真っ白な渡り廊下
ブランと二人で、何もない無機質な廊下を歩く。
手錠は外れない。スキルも使えない。自分の意志で足を止めることも……できないな。
「だからそういう好奇心からの抵抗をやめてくれ……」
「ごめん。……それで、何があったんだ。ここまで重い罪なのは、何らかの事情があるんだろ?」
「……まず、メアリー殿からの依頼である事。子細は承知している。一時的にライズという存在が【Blueearth】から離脱しなくてはならない。そのために投獄するか、延々と審理を続けるかの二択だった」
「ずっと法廷に立ちっぱなしは嫌だなぁ。配慮か?」
「今の事情のみであれば、メアリー殿が許可するまで法廷に立たせるつもりだった。実刑が出なければ退廷も叶うからな。だが……ここからが、こちらの事情だ」
白の廊下は徐々に、徐々に灰色に陰って行く。
この先に漆黒が待ち構えていると示すように。
「顔だけは見たことがあるだろう。我ら【アルカトラズ】三大権力の最後の一つ。"禁獄"の輩 黒の檻のネグル。
……私の、大切な妹だ」
【アルカトラズ】三大権力。悪を捕縛する"拿捕"の輩ブラン。罪を裁量する"審理"の輩スレーティー。
なんだかんだでこの二人とは関わる機会が多かったが、最後の一人──悪を幽閉する"禁獄"の輩 ネグルとはまだ会った事は無い。天知調一派全員集合!みたいなタイミングでちらっと見たが。
「どうにも最近様子がおかしくてな。我々も軽々に【黒の柩】には入れない。様子を見に行ってほしいんだ」
「そんな簡単に言うが、それだけで懲役4年はどうなんだよ。元より言うこと聞かないと出所させないつもりだろ」
「できないんだよ。ネグルはここ最近、とっくに刑期を満了した者を【Blueearth】に帰さないんだ。我々からの問いかけにも応えない。【黒の柩】内部で何が起きているのか分からないんだ」
オマケの使いっ走りって事か。
……まぁ、行ってもいいかって思えるだけの理由もあるしな。
「わかりましたよ。どうせミザンでの問題が解決するまでは暇だしな。なんとか見てみるよ」
「感謝する。……警戒はしておいてくれ。【黒の柩】はネグルの庭だ。何が起きるかはわからない」
投獄といえば。
例えば【満月】のアゲハが殺し屋やってた頃に投獄されてから足を洗ったり。
例えばジョージが不法侵入した際に一時的に閉じ込められたり。
例えばスペードが……
「ちなみに、様子がおかしくなったのはいつ頃から?」
「元々積極的にコミュニケーションを取る子じゃなかったから何時から、というのはハッキリとしないが……ここ数ヶ月の話のはずだ」
【至高帝国】時代のスペードが投獄されて、"廃棄口"に投げ捨てられる前に一回投獄されたはずだよな。
……もしかすると、もしかするかもしれない。
「何か心当たりでも?」
「いえまさか! 粉骨砕身務めさせていただきます!」
もしバグ案件だったら俺だけじゃ何とも出来ないが……その問題を外部に連絡さえ出来れば大丈夫だろ。
うん。きっと何とかなる。なれ。
「あと、君の懲役は妥当な数字だ。むしろこの件の事もあり減刑している」
「そんなぁ」




