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BlueEarth 〜攻略=世界征服〜  作者: まとかな
連綿舞台ミザン/ドラマ階層
291/507

291."夢魔の誘い"

【第120階層 連綿舞台ミザン】


──シアター4:南市街区

飛び入り役者控室(冒険者用宿泊施設)"スタンドイン"


──【夜明けの月】レンタル宿。


「ここも【マッドハット】直営の宿な訳よね」


「まぁ【朝露連合】の届かないこっから先の階層は基本的にそうなるな」


ここも……というか南市街区も、"アクロコットン"による独創的な造形の家が並ぶ。

少々手作り感が否めなく少々不安だったが、流石に綿の専門家"アクロコットン"。ベッドがふっかふかだ。


「……で。どうするんだいメアリー。どうもこうも無いけれど」


スペードの言う通り、何か変な感じだがやる事自体は変わらない。ここで【マッドハット】を倒して宝珠を貰って行くだけだ。


「そうね。話を纏めると……セリアンが宝珠を持っていて、セリアンが【マッドハット】から追放されるとその宝珠は消えるのよね?」


「そう。宝珠を持てるギルド……【セカンド連合】と【夜明けの月】から脱退したら、宝珠は存在できず主人不在でレイドボスの元へと戻る。これは白の宝珠を持ったまま月に飛んで行ったマスタングで実証済みだね。

ちなみに相手はギルド連合【セカンド連合】で登録してるけど僕らは【夜明けの月】として参加しているから、【満月】や【バレルロード】も宝珠を持つ事が出来なかった。これは反省点だね」


「【満月】然り、有耶無耶のままの方が得だったからな……。このタイミングで【朝露連合】の名前を持ち出すと厄介な事になってただろうし、仕方ないだろ」


どう動くかが肝要だ。

必ずしもセリアンの言う通りにする必要は無い。


「まず。例によって世論的に宝珠争奪戦は行わなくてはならない。ナンバンにもバリバリに宣伝してもらって煽りまくってもらっているからな。ここで宝珠争奪戦をしませんってのはナシだと思う」


「その宝珠争奪戦の()()が誰か、って話だね」


「あん? だから宝珠が消える前にセリアンごと【マッドハット】を潰そうって話じゃねェのか?」


「違うかもしれないのよクローバー。エンジュの時はどうしてた?」


「……あぁ、レイドボスから奪い取ったな!」


急いでセリアンごと【マッドハット】を倒さなくとも、別にこちらに損は無い。

なぜなら、黄の宝珠はディレクトールの手に戻るし、本人が"ちゃんとした企画の下に宝珠を譲るつもり"って言っていたから。ちゃんと正式なルールで堂々と貰えばいい。


「【マッドハット】にせよディレクトールにせよ、どっちが相手でも"宝珠争奪戦"の形にはなるわ。

じゃあどっちが得か、を決めなくちゃいけないわね」


【マッドハット】と戦うならセリアンが実質的な味方になる。手加減するような女じゃないが……。

ディレクトールの場合は宝珠争奪戦のルールが不明なのが気掛かりだが、【マッドハット】とは条件が同じな上に、【セカンド連合】側からの妨害が介入しない公平性がある。


「……何より、一番危険視されているセリアンと戦わずに済むのが大きいわ。場合によっては【夜明けの月】と【マッドハット】とセリアンの三つ巴の争奪戦になるかもしれないけれど」


「ディレクトールがやたら協力的なのは気になるがなぁ……」


セリアンを【マッドハット】から追放してもらうか、その前に戦うか。

イマイチ決め手には欠ける。やはり戦力的には抜けて貰ってからの方が良いか……?




「おきゃくさまー」




ノックと共に気の抜けた若女将の声。


「あ、はーい。どうぞー」


「失礼いたしますー」


ドアを開ければ、かなり小柄な和服の女性。

──【マッドハット】宿泊業幹部、カシャさん。


「お夕飯の献立なのですがー、和洋中の3種がございますー。お伺いに参りましたー」


「サシャ……おお、【井戸端報道】に料理コラムを書いているサシャ君かい?」


「あらー? もしや貴女は階層研究のコラムを書かれているジョージ様。【草の根】の方かと、勘違いしていましたー」


「ははは。確かに階層についての記事を書かせて頂いているけれど、俺は根っからの【夜明けの月】だとも」


ちっちゃい者同盟。ここにミカンを加えたい。

──尚、サシャはセリアンと共に今の位置まで追い上げた古参の冒険者。【マッドハット】では重鎮だ。つまりこのちっちゃい者同盟、見かけに反して大人すぎる。

それはそれとして。こんな所に幹部がいるのならば利用しない手は無い。ジョージが話している隙にツバキに耳打ちする。


(……ツバキ。サシャさんと()()してくれるか?)

(あら。それじゃ()()()()()()())


──【三日月】時代、俺とツバキは基本的にギルドの事なんて微塵も考えていなかった。その辺全部ハヤテに丸投げ。

だが、どうしてもギルドとして必要な事ならこうやってお願いしたものだ。

【三日月】の数少ないルール。"身内のお願いは断らない"。……その結果、全員が意地張って解散しちゃったんだが。


「ツバキは何にするの?」


「パパと同じのにしてくれる? あたし、少し仮眠するわねぇ」


「あ、うん。奥のベッド使いなさいよ」


「はぁい」


サシャさんは穏健派らしいが……【マッドハット】からしたら【夜明けの月】は敵で、商売敵の身内でもある。情報収集は専門家の仕事だな。


「あと、これは【マッドハット】からなのですがー。明日の昼に一度顔合わせがしたいみたいとー」


「構わないわ。場所を教えてくれる?」


「ええ、ええ勿論で御座いますー。こちらミザンのフロアパンフレットはサービスで提供しておりますー」


「ありがとう。受け取っておくわ」


サシャさんから小さなメモリーチップを受け取ると……インストールする前にスペードに預ける。内部データの確認のためだ。

ログハウスまで行ければメアリーでも解析できるが、この場で健全性をチェックするだけならスペードやゴーストが最適。特にバグに詳しいスペードの存在は助かるもんだ。

……そこまで警戒する必要はもう無いんだが、クセだな。


「さて。レベリングも本格的に再開しなくちゃならんし、色々と決めるか」


……これまで暫くは急ぎ足での攻略に加えて、バグだなんだの騒動だったが。

ここからは純粋な人間相手の騙し合い。情報戦なら負け無いぞ……。




──◇──




──PM21:00


【マッドハット】の基本業務はそこまで忙しく無い。

否。攻略を中心としなくてはならない本部【マッドハット】は、その業務を外部委託している。故に自ら店頭に立つ事も久しく無いもので。


しかし私──【マッドハット】副社長ナズナにとっては、面倒事が山積みだ。私は仲介人。全員の仕事の割り振りを考えねばならない。

かつてはこんな時間に終業など出来なかったのだからマシなものだ。

セリアンの思い付きは、まさに金券だ。文字通り無から金を生み出す女。その空想が霧散する前に、アイデアを現実に引き戻す事が私の仕事。

あの女、思い付くだけなら昼も夜も関係無い。おかげで不眠症のデバフが付いた事だってある。

最近はセリアンも活動そのものが抑えられているので、こうやって夜の街を出歩く事すら可能になった。


……が、不眠症は治らない。

空いた時間は居酒屋に当てる。飲み歩きが趣味とは不健全だが……市場調査なので。これは。

しかし幹部達だって、仕事一辺倒な私とオフに会いたく無いはずだ。だから私が行く予定の店は事前に幹部達と共有している。


──居酒屋"ロングバレル"……元アドレ兵の補給班が立ち上げた、人間向きの大衆居酒屋。そこまで騒がしく無いし、冒険者よりもアドレ兵の方が多いから身内ともバッティングし辛い。

個室があるのが本当に良い。ナンパなんてされた事無いけど、やはり女1人で居酒屋というのは自分も周りも気を遣うものでしょう?


「いらっさいませ。ナズナ様、お待ちしておりました!」


元気な挨拶。原住民"アクロコットン"は言葉を使えないから配膳調理担当で、会計と案内専門のバイトを雇う事がミザンでのスタンダード。

……しかし。お待ちしていたとは? ここに来たのはまだ3回目くらいだった筈だけれど……。


店員に案内されると……宴会用の大部屋へ。

中には……。




「お疲れ様です副社長!」

「おっ。遅いぞー。早くコートをインベントリに仕舞いなー」

「もう飲み物頼んでありますよ。冷えた甘いやつ! 前に副社長が好きって言ってたと思うんですが……」




……【マッドハット】の、幹部やら、店員やら。

攻略の手伝いをして貰ってる傭兵やら、【セカンド連合】の外部指導員やら、監視やら。

大体20人くらいが……仲良く盛り上がっている。

セリアンは居ない。こんなに人がいるのに、あの遊び好き騒ぎ好きのセリアンが居ない?


……私は、お世辞にも好かれるような人間では無く。何より今はセリアン不信任決議の真っ最中で、あまり良い空気では無い。こんな大手を振ってセリアン追放事前祝勝会とかやる雰囲気じゃない。

なのに、こいつらは嫌な顔一つせず……。私の好きな飲み物とか、私言ったっけ?


【夜明けの月】と接触した筈の"スタンドイン"のサシャが、何故かここにいる。私の手を引き、料理も飲み物も揃った席へ案内される。




「貴女の頑張りを認めているのよぉ。優しい同僚ばかりで良かったじゃない? 副社長」




──冷たい、と評するには余りにも温かく。

恐怖も警戒も熱く溶かしてしまう、猛毒のような。

恐怖を覚えられない恐怖。一滴も呑まずして酩酊する錯覚。

サシャの誘導した席、私の隣から私にしなだれかかるのは──


「……つ、ツバキ……! 【夜明けの月】が、何故ここに」


妖艶なる夜の支配者。"夢魔の誘い"ツバキ。

にっこりと微笑うその表情一つ。一言も無く、私の疑問が掻き消される。

……ここにすわっていると、ダメになる!


「まぁまぁいいじゃないの。仲良くしましょう?

夜の街に敵も味方も無いじゃない、ねぇ?」


──ここにいる全員。たった一晩、この時間に至る前に! 全員骨抜きにされたのか!


ええい動け私の脚ィ! 注ぐなツバキ! あっ顔がいい。




……。




………………。




──◇──




──翌朝。

【夜明けの月】レンタル宿"スタンドイン"


「【マッドハット】の構成、資金問題、現状の戦力、あと専属契約している【セカンド連合】とトップランカーの財政事情とか、ドラマ階層の攻略情報とか、未払い金の差し押さえで押収したレアアイテムだとかイベントだとか……空間作用スキル用のアイテムの入手条件も全部聞いてきたわよぉ」


「ライズあんたツバキに何させたのよ。ジョージに殺されるわよ」


「あたしがやりたくてやったのよぉメアリーちゃん。……んんーっ、久しぶりにたっぷり()()できたわぁ」


起きてロビーに行ってみれば、ぶっ倒れている女将サシャさんと、カウンターでまだ何か飲んでるツバキ。

尚、【Blueearth】にアルコールは存在しない。それに相当する、デバフ"酔い""睡魔""行動不能"を与える飲料はあるけれど。ツバキが飲んでいるのはそういうデバフの無いフリードリンクだから。


……流石は"聞き上手"で有名なツバキね。話を聞いてみれば、朝の4時まで呑み明かしていたらしいわ。


「あとはねぇ……何か脅された時用の個人パスワードとかかしら?」


「それは流石に言わなくていいわ。胸にしまっておいて」


「はぁい。優しいのねマスター?」


……優しい?

ライズ。ハヤテ。あんたら【三日月】時代に何やってたのよ……。

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