289.月夜を背負う冥土
──ミッドウェイにて五大マフィアと交渉し入手した、攻略階層短縮チケット。
"セスト・テスコ・アルバーニ"が思い付きで作ったものだが……その効能は、絶大だった。
【第114階層ナイト:エッジ工業地区】
担当:"ウェストバイトCo."
ミッドウェイでもちらほら見たロボットの製造工場。
本来ならここに潜入して先を目指すのだが……現在俺達はその工場を見下ろす2F渡り廊下を歩いていた。
「もう工場見学だな……。近道ってそういう事かよ」
「そういえば工場って言うから身構えたけど、古代文明関係じゃないのね」
ここまであちこちの階層で現れてきた古代文明の機械生物達。特にセカンド階層に突入してからは"ヘヴンズマキナ"、"ディセット・ブラゴーヴァ"、"グリンカー・ネルガル""グラングレイヴ・グリンカー"とレイドボスが機械生物続きだった。
ミッドウェイもそうかと思えば、"セスト・コーサ・マッセリア"はシェード族の恐怖により生まれた都市伝説。この工場で生産されているロボットも、何と言うか機械機械しいと言うか、古代文明のそれとは様相が異なる。
「シェード族自体が古代人の思念体……みたいな考察を【草の根】が提唱していたね。この階層には元となる文明の跡が全く見当たらない。一からここまで高度な文明を築き上げるのは難しいだろうからね」
「なるほどなぁ。長時間滞在するとシェード族化するっていうシステムも気になるが……」
ジョージはこれまでの階層でもその背景を考察してきた。
ゲーム世界だが、"ゲームだから"で済ませられるような技術力は遥か昔の話。結論設定さえすれば過去の整合性が取れるよう歴史が構築するされていくのが現代技術だ。これを天知調が発明したからこそ、【NewWorld】なんていう電子新世界の構築が可能になった訳だし。
「はえー。ロボいっぱいねぇ」
……メアリーのように、ロマンに興味のないちんちくりんもいるが。
──◇──
【第115階層ナイト:クライスラー繁華街】
担当:"アルバーニファミリー"
「……ミッドウェイの下町みたいだな。拠点階層みたいな賑わいだ」
「だがここは攻略階層だぜ。謎解き階層だな。
本来なら色んな店で喧嘩して情報を集めるんだが……」
「俺が案内するぜ」
黒服を引き連れ現れる"アルバーニファミリー"新ボス、メッシーナ。
まさかの直接護衛である。そりゃ自分のシマなんだから誰も手出しはしないよな。
「上手い事やれてるか?」
「俺に限ってはバックにテスコの兄貴がいるからな。直接ご指導受けてるよ。冒険者はテスコの兄貴と出会えないが、俺たちは普通に会えるんでな」
……他にも心配な所はあったがな。
末端のチンピラ幹部、と舐められる可能性もあろうに。物騒なミッドウェイでやっていけるのか心配だったが……末端こそ、こうやって現場に積極的に出られるのは良いかもしれない。要するに顔役なんだし。
「ミッドウェイはこれから冒険者と手を取っていこうと思う。またいつでも来いよ」
「割と嫌になる頻度で帰ってくると思うぞ。そこんとこヨロシク」
「もちろん大歓迎だ」
いい縁になったのは確かだ。メッシーナからすれば巻き込まれただけだろうになぁ。良い男だ。
──◇──
【第116階層ナイト:フラットアイアン大橋】
担当:"オリエントサイト教会"
でっっかい橋。
ナイト階層の外側に繋がる唯一の陸橋。"オリエントサイト教会"は外部から持ち込まれた宗教であるため、外交官みたいな役割もしているらしい。
……冒険者以外からしたら、ナイト階層入ってすぐに白法衣の連中に取り囲まれる訳だ。怖いな。
「ここはボスラッシュ的な階層だったが……異様な光景だな」
大橋の中央を開けるように、ならず者達がビシッと整列している。
……この辺の連中、全員"オリエントサイト教会"の管理下なのか。
「宗教なのか軍隊なのか分からないな」
「"オリエントサイト教会"はミッドウェイの市民を取り込んでいたが……こういう連中も囲い込んでると考えると、ミッドウェイではツバキとアイコに骨抜きにされていて良かったな」
「ミッドウェイ中の殆どの市民をあたし達に仕向ける事も出来たって事よね」
尚、"オリエントサイト教会"の教祖クリフォは程々に正気を取り戻したが……この数日で7回ほど、アイコとツバキのレンタルを打診されている。ウチはそういうお店じゃないんだよ。
──◇──
【第117階層ナイト:ロックフェラー電波塔】
担当:"イリーガルエスケープ社"
新聞社らしく電波塔。本来は塔のあちこちにある発電装置でロックを解除しながら電波塔に灯をつけるんだが……。
「もうついてるな。イルミネーションタワーだ」
「虹色に輝いてるわね。エレベーターで登るだけ?」
「いや、階段」
「内側登ってたらイルミネーション見れないしどうなってんのよ。責任者出てきなさい」
「キリキリ登るぞー」
……ゲームで良かった。こんなの脚パンパンになるぞ。
──◇──
【第118階層ナイト:トランプ森林公園】
担当:"燕楼會"
森林公園。ジャングル階層の直後なだけあって、あのような大自然って感じではないが……いい感じに舗装されて、都内の公園って感じだ。
休日にジョギングとかしたい。
「ちなみにここの木々は魔物だぜ」
全然落ち着かない。
トレント系の魔物ががっさがっさ動き回ってるよ。
「ちなみにここのショートカットは……"何も無い"そうだ」
「どういう事?」
「あそこの爺さん達、見えるか?」
"燕楼會"のカイエン頭目くらいの爺さん婆さんが、物騒な公園の中心で体操している。
……公園の中心とは言うが、この公園の木々は自立して動き回るので……要するにトレント達が避けているんだよな。
「あの人達が、襲ってこない」
「マジかよ。ここ攻略した時ァ散々襲われたもんだぜ。速いし強いんだよな」
「武闘派の"燕楼會"らしいわねぇ。こんな所にも戦力を隠していたのかしら」
ナイト階層自体を閉鎖しておきながら改造していたのはミッドウェイだけだったが、もしかしてこういう盤外戦力を抑えるためだったのかもな。
……御老人方々には会釈しておこう。
──◇──
【第119階層ナイト:エンパイア摩天楼】
──高層ビルの屋上。
現れるは──ゴリラ。
「ゴリラだ」
「ゴリラね」
「摩天楼にゃァゴリラと相場が決まってんだよなァ」
無数のヘリコプターが周囲を飛ぶ。足場かな。
結局こいつも機械生物じゃないみたいだ。え、じゃあこいつ一般巨大ゴリラって事か?
──【スキャン情報】──
《進化の隣人 ザ・キング》
LV135 ※フロアボス
弱点:
耐性:
無効:
吸収:
text:
霊長類の止まらない上昇志向を目の当たりにした動物園のゴリラ。人類が進化すると同時に進化し、摩天楼が天へ伸びると同時に頂きに登り、人類の繁栄と同時に巨大化した。
人類が大好き。正々堂々とした戦いを好み、故に弱点も耐性も無い。純粋な火力勝負となる。
────────────
こちらから攻撃をするまで、ゴリラはじっと待つ。それはもうキラキラとした瞳でこっちを見つめてくる。
「……純粋に強いわね。でもこういう正統派なの、悪くないじゃない」
「ちなみに僕……というか【フェイカー】、冒険者以外相手だとめちゃくちゃ弱いからね」
「わかったわ。行くわよスペード」
「わかってないよね?」
「【チェンジ】」
問答無用で飛ばされるスペード。
……さて。誰が参加するかね。
「俺は【至高帝国】時代にほぼソロでやったから譲るぜ。あの頃はスペードに丸投げされたなぁ」
「そうか。どうするメアリー? 結構純粋な火力が求められるぞ」
「そうねー。アイコとゴーストとジョージで撹乱して、ドロシーで一気に【サテライトキャノン】って感じかしら」
鉄板の戦術だな。戦術も何も無いが……
「じゃあドロシーとクローバーとカズハは禁止な」
「いじわる。いいわよ別に……。メインアタッカーはゴーストで行くわ! 全員展開!」
こういう時に文句を言わなくなってきたな。戦力に困って無いからこその余裕か。
ゴーストを火力要員にするって事は……。
──◇──
「おっ。ドロシーとカズハ。こっちこっち。ここはギリ安地だぜー」
「お姉さん不服。だって火力面ならライズ君とトントンだと思わない?」
「ライズが【朧朔夜】取り出してようやくタメ張れるってとこだろ」
「カズハさん、無意識にライズさんを甘やかし過ぎですよ」
「えっ、そう? そうかなぁ」
「かかか。戦闘火力で言えばライズより俺寄りだぞお前らは」
「えっ、僕もですか?」
「当たれば即死待った無しの超精度【サテライトキャノン】が使えるんだもの。こうやって禁止されるくらいには、ねぇ?」
「……何か凄い所にカテゴライズされてしまった……」
──◇──
「──【建築】!」
ミカンが複数のビルに橋を掛ける。足場の不安が無いのは嬉しい話だ。
ゴーストと組んだのは俺。護衛では無いが──
「【スイッチ】──【天国送り】!」
あくまで誘導。ゴリラの顔面を狙撃して、こちらにターゲットを向ける。
「来るぞゴースト!」
「answer:yes。action:skill【アビスブレイク】発動します」
ゴリラの拳に合わせて、ゴーストの双剣が衝突。
闇属性の刺突スキル【アビスブレイク】は、攻撃相殺能力が高い攻撃的防御用のスキル。武器耐久値を大きく削り、ダメージ自体はそこまで軽減されない使い難いスキルだが──ゴーストの双剣【無限蛇の双牙】は耐久値が実質無限であり、ダメージについてもHP調整に使える。
だが──
「二手目が速いな! 【スイッチ】──【煉獄の闔】!」
ゴリラの攻撃が速すぎる。こっちに振り向いて、他からの攻撃を完全無視したタコ殴り!
大盾で受ける。流石にこれをゴーストに回せば死ぬ!
「【目取り足取り】」
黒の霧がゴリラの視界を覆う。視界と攻撃範囲減少の呪い──ツバキか。
レイドボスやフロアボスには呪いの効力が弱まる事はあるが、このゴリラには耐性が無さそうだ。
ツバキは適当なヘリコプターを乗っ取ったみたいで、ゴリラに狙われるもメアリーの【チェンジ】で逃亡。
「【チェンジ】!」
メアリーとアイコがこっちに転移して来た。最後の詰めだな。
「【仙法:翡翠羽織】……私の"仙力"の殆どを回します。一撃で仕留めちゃって下さい、ゴーストちゃん」
強化もできる万能ジョブ【仙人】。元より肉体にダメージ判定が欲しいだけなので、余った9割の"仙力"を全部バフに回す豪華仕様だ。
……ゴリラはこちらに狙いを定めて拳を振るうが──
「【ワイドシャッター】──【リアクティブ・カウンター】!」
リンリンが下から飛び出す。ミカン製カタパルトで射出されながらの防御だが、当然のようにジャストガードしてカウンター。ゴリラの身が跳ね除けられ──
「行って来なさいゴースト! 【チェンジ】!」
「answer:yes」
──ゴリラの上空へ、満月を背負いメイドが跳ぶ。
「action:skill──【リベンジブラスト】」
HP1割を切る状態──【リベンジャー】として最高火力が出せる状態での一撃。
謂わば黒の【サテライトキャノン】が、ゴリラを貫く──
──◇──
【夜明けの月】ナイト階層踏破──。




