287.旅立ち:駅前改札口現地集合で
【第110階層 不夜摩天ミッドウェイ】
"イリーガルエスケープ社"本社ビル
66F"特殊接待室"
ワンフロアぶち抜きの殺風景な部屋。窓すら無い。何をどう接待する想定で作られた部屋なのやら。
──部屋に残るは、二人。
「よ、宜しくお願いします」
──【飢餓の爪傭兵団:ミッドウェイ支部】代表、"蜂の巣"イタコタイコ。
「ああ。遠慮は無用だよ。宜しく頼む」
──【夜明けの月】構成員、"巨人操りの妖精"ジョージ。
観覧席と言うべきか、別階にいる俺たち【夜明けの月】数名と"イリーガルエスケープ社"の社長ドメニコは映像で二人を観ていた。
ドメニコがマイクを握る。
『それでは──始め!』
──僅か数瞬。
「【建築】!」
「【王の簒奪】!」
ジョージは空中に木片の足場を生成。
その瞬間を狙い、中程まで急接近したイタコタイコがスキルを発動。ジョージの片手剣【ヴィオ・ラ・カメリア】をジョージの手から奪い、引き寄せる。
「速いね」
ジョージは武器に気を取られるイタコタイコの頭上を空中走法で飛び越えて背後を取る──
「──【バックナイフ】!」
背面跳びのスキルは、背後を取ったジョージに無防備な背中を向けて接近するだけ──
否。剣を持たないジョージの攻撃手段を想定するより、手を奪う方向にシフトしている。
あまりにも早い反射的な対応、そしてスキルという現実法則を無視した移動。ジョージも対応出来ずに接触する──
「捉えました!」
瞬間。身を捻り、容赦も躊躇いも無くジョージの首を右手で絞め──左手の【ヴィオ・ラ・カメリア】で、明確に目を狙う!
「危ないね」
瞬間。当然動揺もしないジョージは、両脚を浮かせイタコタイコの左腕を締め上げる。
ゲーム上の都合でジョージの重量が考慮されていない事、スキルでも想定挙動の通常攻撃でもないイタコタイコの攻撃は外部からの軌道妨害を受けてしまう事。その辺があるからとはいえ、脚で締め技をするなよ。
イタコタイコは左手の【ヴィオ・ラ・カメリア】と右手のジョージの首を離し、そのままジョージを地面に叩きつけようとするが──ジョージはイタコタイコの左腕を起点に回転し、イタコタイコの背後におぶさるような形へ以降。ついでに【ヴィオ・ラ・カメリア】を回収して、そのまま背中を蹴って距離を取る。
──そのまま羽交締めに出来ただろうが、ジョージにはそれ以上の攻撃が出来ない。
それに、【盗賊王】相手に接近と接触は控えるようアドバイスしておいたからな。
「──【炎月輪】【ピアッシング】を奪いました。降参しますか?」
「いや。特に影響無いかな」
【盗賊王】は全てを奪う。武器も、命も──スキルもアビリティも。
今の一瞬でスキルを二つ奪われた。片方はジョージのメイン火力【炎月輪】だ。運が無い。
──如何にセカンドランカーの【盗賊王】と言えど、ここまでの練度の者はそうそう居ない。
だが、ここにいるイタコタイコは……【飢餓の爪傭兵団】総頭目ウルフに認められた、【盗賊王】No.2の女だ。
容赦の無い戦闘スタイルに加えて【盗賊王】の練度がトップクラス。正直、なんで【飢餓の爪傭兵団】本隊にいないのか分からないレベルだ。
「──【王の簒奪】」
問答の必要すら無く。またしても【ヴィオ・ラ・カメリア】を奪い、ジョージに移動を強制させる。
空中を飛ぶ【ヴィオ・ラ・カメリア】。
それを跳び越えて、またしてもジョージの空襲。
予見して、イタコタイコは銃を構える。サブジョブは【ガンナー】か!
「【パワーショット】──」
ジョージの速度に対応できる眼があるなら。ジョージの行動をある程度絞れる手段があるなら。
如何にジョージと言えど、空中での行動制御までは出来ない──
「──【バインドウィップ】!」
先程、一言イタコタイコと交わした瞬間。
ジョージがインベントリから取り出していたのは、捕獲用鞭【紫呪竜の髭鞭】。
現実的挙動をしてくれない鞭装備はジョージ的には苦手らしかったが……。
紫毒の鞭が、イタコタイコを縛り上げる。
鞭を引き、空中から地上へと着地するジョージ。【ヴィオ・ラ・カメリア】をキャッチし──そのまま、横薙ぎ払う。
「──【火炎斬り】!」
炎の一筋がイタコタイコを斬り裂く──
──◇──
「負けましたー。凄い、凄いですよジョージちゃん。可愛いのに恐ろしく強い……!」
「いやいやイタコタイコ君も素晴らしい。最初から最後まで俺の動きを追えた者なんて初めてだよ」
大の字で倒れるイタコタイコ。観戦席から降りてきた俺たちに気付いて、慌てて起き上がるが……体力に余裕があるな。
「鞭を専門として扱うアゲハ君がいて助かった。鞭の使い方、聞いておいて正解だったよ」
「いや凄い戦いだった。クローバー以外だとジョージくらいしか相手にならなかったかもな」
「ひゃあ……褒められると、恥ずかしいです」
「タイコォ! 負けたがよくやったなタイコォ!」
「胴上げだ! 反省会だ! 祝砲だ!」
「そーれわっしょい!わっしょい!」
【飢餓の爪傭兵団:ミッドウェイ支部】の黒服ヤクザ共も雪崩れ込んで来た。愛されてるなぁイタコタイコ。
「いやはや凄いものを見せて貰った。"イリーガルエスケープ社"には武闘派が少ないから【飢餓の爪傭兵団:ミッドウェイ支部】に要請したが……負けに悔いは無いよ」
ドメニコ社長は【飢餓の爪傭兵団:ミッドウェイ支部】に軽く頭を下げてから、俺に一枚のチケットを渡してきた。
「我々"イリーガルエスケープ社"が管轄する【第117階層ナイト:ロックフェラー電波塔】の通行手形だよ。これで君達【夜明けの月】は今後117階層のみ近道が可能になる」
──ナイト階層は、事前にミッドウェイで交渉すれば攻略が容易になる。
というか権利を買わないと階層攻略が出し物にされて勝手に妨害を投げられる。それを防ぐのも戦略の内だったが、現在はミッドウェイのゴタゴタでその妨害を考慮する必要は無かった。
だが、それはそれとしてこの階層短縮チケットの存在がある。……というか"セスト・テスコ・アルバーニ"が作ったんだが。
五大マフィアそれぞれを打ち破るごとに一つ、大幅な近道を手に入れられるという。折角なので利用する事にした訳だ。
「ライズさん。メアリーさん達から連絡が」
「お、了解。どれどれ」
ドロシーは俺と来ていたが、【夜明けの月】メンバーは他のマフィアに顔を出して貰っている。
──────
[メアリー]:
『"アルバーニファミリー"はクローバーとあたしで抑えたわ。一番乗りね』
[カズハ]:
『"燕楼會"のカイエンおじいちゃんからチケット貰ったよ! 集合場所で落ち合おうね!』
[スペード]:
『"ウェストバイトCo."は僕とゴーストでなんとか勝てたよ。何か【満月】の支援とかで物騒な武器が流通してるんだけど?』
[ツバキ]:
『あたしとアイコで"オリエントサイト教会"とは話を付けてきたわ。何故か戦闘しなかったけど』
──────
──◇──
【第110階層 不夜摩天ミッドウェイ】
──地下鉄中央ミッドウェイ駅セントラルロビー
「俺たちが最後か」
「遅いわよライズ」
ミッドウェイからの転移ゲートは地下鉄。何と言うか、オシャレだな。
【夜明けの月】総勢12名。最早全員が戦力だ。クローバーが突出しているものの、他のメンバーだってかなり鍛え上げられている。
……とっくに俺が先輩面できるような実力差は無いが、必死に食らいついて行きたいもんだ。
「114階層からの5階層はかなり短縮できるらしい。次の階層に辿り着くのは……まぁ2.3日くらいだな」
「早いわね。この辺はテスコに感謝ね……」
「切符、買ってきましたぁ」
リンリンがニコニコで切符を持ってきた。
尚、今の若い世代……リンリン達18歳組は、切符の存在を知らない。俺だって二十代後半だが知識として知ってるくらいで、とっくに電子マネーの時代だったからなぁ。
リンリンとメアリーとドロシーが珍しいものを見るように切符の裏表を眺めている。
現代ではそもそも改札なんて無いしな。通行料金は国民登録カードから引き落とされるからゲートも何も無いし。
……あれ、ジョージが少し辛そうにしてるな。
「さっきドロシー君に言われてね。どうやって電車に乗るのかについて。切符の話かと思ったら、そもそも改札を知らなくて。『それじゃあ改札周辺で渋滞起きちゃうじゃないですか』って言われたよ」
「ああ……俺のガキの頃にはまだあったよ、改札」
「うぐ。やめてくれライズ君。君とカズハ君までそのリアクションは、おじさんに効くよ」
……かつてない程にダメージを受けているな。
まー近代は天知調の発明で何ランクも文明飛ばして成長したとか言われてたけど、その前の時点で相当成長速度は速かったもんな。世代間ギャップはあって仕方ない。
【ダーククラウド】には……確かジョージと近い年代のラセツが居たな。今度会わせてやるか。
──◇──
──【第30氷結都市クリック】
"アイスライク・サプライズモール"
魔法書店【象牙の塔】併設
魔法探求ギルド【象牙の塔】会議室
──【セカンド連合】臨時会議室
「久々だなァここ。何で今回会議室変えたんだ?」
「馬鹿者。ミッドウェイのいつもの会議室は【夜明けの月】がいるから使いにくいのであろう。アカツキの意地を舐めるな」
「るせー」
【バッドマックス】のマックス。
【象牙の塔】のブックカバー。
【月面飛行】のアカツキ。
そして──【マッドハット】ギルドマスター代理の、ナズナ。
「……あー。次は【第120階層 連綿舞台ミザン】。残る3つの宝珠を賭けて戦わにゃならない。わかるな代理の女」
「ナズナです、アカツキ様」
「おーそうだっな。で、分かってるな?」
明らかにやる気の無いアカツキ。
だが、現状【セカンド連合】は優位に立てていない。
3つの宝珠を一つずつ賭けたとして、全部回収する事は出来ないからだ。
「まずお前らが宝珠を回収する。次に【バッドマックス】が二つの宝珠を賭けて総取りする。最後に俺が残る一つを奪って、勝ちだ。ちゃんと勝てよ」
「……あの。一つ質問宜しいでしょうか」
「んだよ」
そう。後が無い。
ここで【マッドハット】が勝たなくては、宝珠の回収が追い付かないのに。
何故この人達はコタツを囲んで蜜柑を食べているのだろうか。
「何故、そこまで弛緩していらっしゃるのでしょうか。【マッドハット】は商人の集まりです。【象牙の塔】すら抑える勢いの【夜明けの月】は、まだ脅威では無いと……?」
「脅威ではあるよ。認めてるよ。でも肝心な事が分かって無ぇな」
コタツに顎を乗せて、心底面倒そうに、興味なさそうに言うアカツキ。
「俺は【夜明けの月】にゃ負けねぇ。マックスも負けねぇ。ブックカバーだって勝って帰ってきてんだろ。
──俺たちは強者だ。負ける筈が無ぇ。
お前ら【マッドハット】が戦闘できねぇ役立たずだってんなら、ちゃんとアイツのやる気を出させろよ。俺ぁ元から【マッドハット】の事は、アイツを引き抜くつもりで呼んだんだ」
「……我らがギルドマスター、セリアンですか」
セリアン。
【Blueearth】最大の商会【マッドハット】を立ち上げた最高峰の商人にして──セカンドランカーでは常に最上位の実力を誇る実力者。
空間作用スキルを使いこなす謎多き強者。プライドの塊であるアカツキすら認める実力。
「──またあの女か」
「……ん、何か言ったか」
「いえ。必ずや宝珠を持ち帰って来ます。それでは失礼します」
会議室を足早に去るナズナ。
感情を押し殺す事には慣れている。
それでも、セリアンの事だけは。
──【マッドハット】No.2ナズナ。
セリアンの右腕。……セリアンの、腰巾着。
そう罵倒されればマシだった。
現実はより厳しい。
圧倒的なカリスマを誇るセリアンの影にナズナが居る事を、認識する者はいない。
妬ましい。
あれだけ好き放題するセリアンばかりが認められる中で、ナズナは名前すら覚えられない。
──ナズナは、右手を握り締める。
精々笑っていろ、セリアン。
二度と笑えなくしてやる──!




