284.摩天の空に満月が踊る
【第110階層 不夜摩天ミッドウェイ】
──あの大騒動から数日。
ミッドウェイ中心地──から少々離れた、地元民すら恐れる無法地帯。
その中心地に聳え立つ、金ピカギラギラビルヂング。
──【朝露連合】提携商社【満月】本拠地"フルムーンタワー"。
「……趣味わるー……」
「聞こえるぞ、地獄耳に」
『聞こえてるわよメアリー。ライズ。さっさと入りなさい』
ほら。
わざわざ放送まで使ってる。
……あれから数日。元々ミッドウェイに根を張っていた【首無し】の商業線と情報網は、丸ごとベル達【満月】が受け持つ事になった。
かつてと大きく異なる事は、五大マフィアは勿論の事、その裏に立つ"セスト・テスコ・アルバーニ"とも交流が出来た事で表向きの立場が補強された事。そもそも【満月】自体が凄腕の商会であった事もあり、規模としては【マッドハット】を追い抜いた形となる。
……【満月】の最終目的としては、【マッドハット】が独占している市場を奪う事だ。戦いはまだ終わらない。
エントランスでは、"ウェストバイトCo."のロボット達やらシェード族やらが忙しなくあちらこちらに行き交っている。
シェード族は生きる目的が無くては消えてしまう。手っ取り早く言えば、仕事に飢えている。働き手には困らないだろう。
「あやっ! ライズさん、メアリーさん! お久しぶりですゥン!」
「あらナンバン。元気?」
「もりもり元気でェす!」
あれから一睡もしていないタルタルナンバンは【井戸端報道】の局長に就任。
……【井戸端報道】先代局長バロンの投獄。第1編集部部長シェケル他、多数の【井戸端報道】重役が【首無し】として検挙され投獄された。
【スケアクロウ】に属しながら前線の情報を集めていた第1編集部はミッドウェイのここ、"フルムーンタワー"に根を下ろす事となり、人手不足は残された健全な【スケアクロウ】のメンバーの一部が協力している。
「【スケアクロウ】は全体の三割程度が【首無し】でした。【井戸端報道】に協力頂いているのはもう三割くらいで、残り四割は散り散りに。【セカンド連合】に傭兵として属したり、【水平戦線】に参加したり……といった感じです」
【スケアクロウ】も重役はほぼ【首無し】。
現在はもちさんが頭を張っているが……去る者追わずのスタンス。かつて【井戸端報道】を保護していた【スケアクロウ】は、逆に【井戸端報道】に間借りする形となっている。
「やっと本社設営が終わったのね。新聞は大丈夫なの?」
「私がここまで全部の編集部に顔を出したのが上手く転がっているらしいです。こっちがゴタついている間、特にエンジュの第2支部とヒガルの第3編集部が頑張ってくれました!」
……デュークはここまで読んでいたのかも知れないな。
こうなった時、タルタルナンバンの様にカリスマ性のある実力者──しかも【夜明けの月】側にいた事で【首無し】と無関与を主張可能──そんな子を、よく見つけてこれたな。
「……ですが。一つだけ残念なのは」
タルタルナンバンが、目線を落とす。
笑顔だけは崩さないように、と。自分を鼓舞しているように。
「……ウチは、ここでお別れです。これ以上攻略する必要はありませんから」
──タルタルナンバンはそもそも、【満月】ですら無い。徹頭徹尾【井戸端報道】だ。
ここを第1編集部とするなら、もうこれ以上階層攻略する必要は無い。
「最前線の情報は、各方面の取材で補います。ここは普段と変わりませんね。【セカンド連合】からも、勿論【夜明けの月】の皆さんからも。定期取材させてもらいますからね?」
「……ナンバン」
「あ、そうだ。宝珠関連でいい情報が入ってるのですよ! もちさんが意外にも顔が広くて……」
「ナンバン」
メアリーが、ナンバンの前に立つ。
言葉を遮って、目を合わせる。
「これまでありがとう。これからもよろしく。それで充分でしょ? ……泣かないでよ」
「……だって……楽しかったのでぇ……」
口出しはしないが。
タルタルナンバンの不安は、良く分かる……つもりだ。
一緒に冒険してきた連中が先に行く不安。
こっちが勝手に足を止めたからこそ、それをぶつけられないんだよな。
「心配しないでも、定期的に顔出すわよ。契約結んでるでしょうが」
「だってぇ……だってぇ……」
思えば長い付き合いだ。それこそ、【夜明けの月】結成の瞬間からずっとだ。
……こっちからしても、利用価値とかそういうの抜きに惜しいと思える程には仲良いつもりだよ。
──◇──
──ナンバンと別れ、最上階に到着する。
【バレルロード】一行。
【満月】はパンナコッタ以外が勢揃い。
「端的に言うけど。私達【満月】はここで攻略を休止するわ」
ベルはどっしりと革張りの椅子に座るが、高さが合って無い。机の上に首乗ってるみたいになってる。
「期せずしてミッドウェイを手に入れたようなもんだからな……」
「それもそうだけど、戦力都合もあるわ。【井戸端報道】にパンナコッタを移籍させて、タルタルナンバンとの契約も解消。片手間で攻略は出来ないわ。
【バレルロード】はそのまま攻略してもらって構わないけど……」
「この人数だけで攻略するのは骨が折れるわ。レンとアゲハにも振られちゃったし」
「ウチらはベルっち社長の犬だかんねー」
「っス! 恩義も義理も、契約書もあるっス!」
手綱握られてんなー。
……そうでなくとも、現状【セカンド連合】と【夜明けの月】でバチバチやってる中での攻略は難しいだろう。【バレルロード】もここで一旦休憩か。
……それに【バレルロード】は俺たち【夜明けの月】以上に【満月】と関係を持てるという強みがある。あらゆる面において商人という存在は敵味方問わず優秀だからな……。
「そういう訳で、こっちはもう物資支援くらいしか出来ないわ。頑張りなさい」
「いやもうその後ろ盾だけで有り難すぎるんだが。今後とも宜しくな」
いよいよもって【セカンド連合】との戦いも折り返し地点。こっちに最大級の商会がいる事はかなりのアドバンテージだ。
……振り返ってみれば、【満月】【バレルロード】連盟にはセカンド階層突入から今に至るまで助けられっぱなしだな。
「ここで満足するつもりは無いからね。【バレルロード】は【真紅道】に、私とサティスは【飢餓の爪】に用事があるんだから」
「今度は俺達が道を作る番、か。恩は返すぞベル」
「お互い様ね。じゃ、話は終わり。あんた達もやる事済ませてさっさと出ていきなさい」
見れば諸々の書類の山。
こうは言っているが……ベルは暫く身動きできないだろうな。
──◇──
──街へと出れば、シェード族しかり冒険者しかり、アウトローな夜景に相応しく無い活気溢れる街並みだ。
「おいライトニング!」
「ん。これはこれは"アルバーニファミリー"の新ボス様じゃん。一人で散歩しちゃダメだろ」
チンピラ同然だった男は、毛皮のコートを着て随分と豪華になった。
傍には……出会ってる間ずっと体調不良だった、"イリーガルエスケープ社"のスクーチャだったか。
──あの事件によって、シェード族も大きく変革した。
本来は"アルバーニファミリー"以外は外部からの移民で、シェード族になりつつあるもののまだ元の人格を有していたが……例の一件で一度全員がシェード化。
一度融解してしまった連中をどうやって助けるかテスコは悩んでいたが──メッシーナの持っていた、スクーチャのカメラレンズが鍵となった。
何かしらの物を核として影を再構築。謂わば新生シェード族として第二の生を、第一の人生の記憶で再開させるシステムを構築したのだ。
……これについては"エルダー・ワン"が提案し、天知調と交渉。元よりミッドウェイは比較的【Blueearth】に浸透していたため、調整は容易だった。
これでシェード族も、昔ほど不安定な存在では無くなったと言う。
「暫くは五大マフィアも停戦だ。勝手に喧嘩すりゃあビッグボスが黙っちゃいねぇさ」
「そりゃ良かった。……どうだ? 上手くやれてるか」
「後遺症はデカいな。特に"オリエントサイト教会"のクリフォなんて、教会の壁にクソデカいツバキとアイコのポスターを貼り始めたぞ」
「脳を焼かれちゃったかぁ」
五大マフィア……というかミッドウェイの原住民達からすれば、とんだとばっちりだった。本当に申し訳無い。
……それはそれとして。メッシーナは一つ指を立てる。
「そんで、お前に頼まれてた件なんだが。映像が出た」
「……お。あったか?」
「あったし、無かった。……ほれ、コレだ」
メッシーナの手元にウィンドウが現れる。
──街中の監視カメラだ。
「……ここ。上から落ちてくるぞ」
誰も居ない路地裏に──黒い玉が、落ちてくる。
跳ねたりもせず、ストンと地面に接地した。
「……で、1分後な」
路地裏に現れたのは──外套羽織った優男。
『見てるかい【夜明けの月】。残念だが、これは【スケアクロウ】のものなのでね。引き分けだったし、文句無いだろう?』
「イミタシオ……あいつどんだけタフなんだよ」
ピースサインしながら黒の宝珠を見せつけてくるイミタシオ。クローバー相手にしても死ななかったのかよ。
「探しても見つからない訳だわ。イミタシオはこの後投獄されたけど──【セカンド連合】在籍の【首無し】を経由して、【セカンド連合】へ渡ったと見ていいわね。やらかしたわねライズ」
「ぐぬぬ……戦い損かよ。やるせないなぁ」
あの時デュークが黒の宝珠を落としても戻って来なかったのは、正式な所持者イミタシオが既に下にいたからか。
んー……まぁ、それでもこっちは赤、白、青、緑で四つ持ってるからな。リードはしている。
よって問題なし。お咎めも、無し!
「罰ゲームはちゃんと考えてあるからね」
くそぅ。
──◇──
【飢餓の爪傭兵団:ミッドウェイ支部】
「ここか?」
「そう、だけど……」
事務所の入り口には、張り紙。
──────
『【夜明けの月】お断り!』
──────
「邪魔するわよ」
「文字が読めないタイプなの?」
一切躊躇せず突入するメアリー。
なんだここヤクザの事務所か?
待っていたのは、三人。
【飢餓の爪傭兵団:ミッドウェイ支部】の代表、桃色巫女のイタコタイコさん。
情報班総司令、いつの間にか混ざってて特に活躍しなかったブラウザ。
あと……
「何でファルシュがいるんだよ」
燃える赤髪、最前線斥候部隊隊長──【首無し】のファルシュ。
ニヤケ面で手を振るな。顔だけ良いなコイツ。
「イタコちゃん。もう誰もおれへんな?」
「はい。私も出て行きたいんですけど」
「だめやでー。ほな話しましょ」
ファルシュは現在、武器を持っていない。
そりゃ事務所の中だから当然なんだが、こいつ血の気が多いからなぁ。明確に敵意は無いとアピールしてんだろ。
「──【首無し】は消えてへん。【満月】に下った【首無し】は極小数や。アクアラの本部でさえ把握しとらん奴もぎょうさんおる。ウチみたいにな」
堂々と【首無し】宣言。
隠してたんじゃ無かったか? ブラウザはともかく、イタコタイコもいるのに。
……まぁこの二人は今回どっぷり【首無し】と関わってしまったし、纏めて釘を刺すつもりか?
「で、それがどうした。ボスの敵討ちでもするか?」
「馬鹿タレ。【首無し】に頭はおらん。デュークやって便宜上の纏め役っちゅーだけの話や。
──今生き残った【首無し】でいっちゃん強ぃんは……ウチや」
「はぁ」
「興味無さ過ぎひん?」
何と無くわかった。世も末だな。
「ドロシーじゃないが、もうお前が何でここに来たのか分かったぞ」
「奇遇ね。あたしもよ」
「さよか。ほな前置きはええわ──」
ファルシュが立ち上がり。
その瞬発力を最大限発揮し──
──俺たちの前に、膝を付く。
「ウチ、リーダーできひんねん! 助けてやぁ!」
──それはもう綺麗な土下座だった。
うん。トップが居なくても回るとか抜かしてたけど、デューク含めた初期メンバーがかなり密接にやり取りしてたから誰か一人抜けても大丈夫ってだけの話だよな。
丸ごと首が全部消えた余波は、残った連中に回ってくる。どうすれば良いかって言えば、最終的には一番強い奴に期待や責任が回って来るよな。
「たのむでブラやん!」
「あのねぇ。デュークが不在の【首無し】なんて説明書捨てた爆発物じゃない。私でもお断りよ」
「ライズはん!」
「俺個人がどうこう出来る立場じゃないからなぁ」
「メアリー様!」
「……ベルの所で働いたら?」
「嫌や!」
これはもう、どうしようも無いな。
我儘放題のファルシュに泣き付かれ──ひとまず、ファルシュがリーダーとなる事までは決定させた。
当分の活動は情報網の復旧──つまりは現状維持だ。各ギルドに潜伏したままの【首無し】はそのまま活動し、順次釈放されてくる投獄メンバーを待つ……という形でお茶を濁す事となった。
以降、リーダーをさせられるファルシュは定期的に俺たちやブラウザに泣き付く事となる。
……デューク。早く帰って来い。【首無し】、無くなってるかもしれないぞ。




