281.たった一つの、馬鹿げた願い
【第110階層 不夜摩天ミッドウェイ】
──複合黒金摩天楼ミッドウェイ・スクレイパー
──ミッドウェイ崩壊まであと55分
「オラオラ! 蜂の巣だ!」
クローバーの御家芸、クリティカル乱れ撃ち──だが、"バロンデューク/フェイカー"の本体にはクリティカル演出の光が出ない。
「ギミック系か。ライズ、ちょっと撃ち方抑える!」
「分かった。俺が相手だ──【スイッチ】!」
呼び出すは片手剣【月詠神樂】と片手盾【宙より深き蒼】。様子見の基本セットだ。
ギミック系──ダメージ判定を露出させる事に何かしらの条件があるタイプか。
どんなに数値が高くてもクローバーの防御無視クリティカルには耐えられない。そういうルール方面で対応するのは当然か。
バグで生まれたレイドボスだからって、完全無敵にはなれない。そもそも【Blueearth】自体がゲームでも何でもないただのデータサーバー【NewWorld】を無理矢理ゲーム化させるものだから、ここに存在する以上はゲームの体裁を整える必要がある。
……考えてみれば、セキュリティシステムがレイドボスになるのは……セキュリティシステムの如何に関わらず、暴力で突破できるようにするためか。物騒なやり方だなぁ天知調さん。
さて。怪しいのはその背中の目玉翼と、頭部の宝珠だが……。
宝珠は取外可能でないとならないから、これをギミックには取り入れない気がする。取られて生存が困難になる……という不可逆的システムは、永遠にそこにあり続けなくてはならない"レイドボス"という性質と反する。"ヘブンズマキナ"にようにデザインの一つとして額に取り付いている場合もあったが……あいつ完全無敵なギミックボスじゃねぇか。前提が崩れたな。
……まぁ、"バロンデューク/フェイカー"の元データは"イシュテル・イミテーション"で、"イシュテル・イミテーション"の元データは"セスト・コーサ・マッセリア"。【首無し】情報では、"セスト・コーサ・マッセリア"の撃破情報自体はあるから戦えるレイドボスである事は確かだ。そのまま引用していると信じたい。
「じゃあ翼からだな……っと!」
「許すと思うか?」
"バロンデューク/フェイカー"が両手を上げると──ビルたちが浮かび上がる。
その図体でサイキック系かよ。本体に実体が無いタイプと見た方が堅いか──?
「クローバー!」
言葉を紡ぐより早く、光の奔流がビルを爆破する。
クローバーからの攻撃が、ビルの方には届いたか。
「この手の質量攻撃は迎撃可能だァな。ちょっと真面目すぎんぜデュークさんよォ!」
「では、これはどうかな」
クローバーの挑発に乗ったのか、次は4棟。
しかも黒影の魔物までオマケ付きだ。
だが──クローバーには、それでも容易い。
次々と、ビルも魔物も撃破していくクローバー。
──奴隷となってから、弾丸の補充はできていない。戦闘自体が今日まで一度もなかったが、メアリー達と戦った後だ。そこまで無駄使いさせたくない。
──真面目。確かにそうだ。デュークはのらりくらりと立ち回っているが、あれでいて結構真面目すぎるきらいがある。
多分どうやったって"攻略可能な"レイドボスに成るだろう。その難儀な性格込みで計画を立てているはずだ。
だとするなら。
絶対攻略されるレイドボスにならないといけなくて、相手が絶対に勝ってくる"最強"だと分かっているなら。
どういったズルをするのか……。
「時間制限式だ」
単純明快。最もリスクを負わず、簡単に無敵になる方法。
そして、ルールを順守した上で俺達を完封する方法。
「なるほどな。耐久ゲーなら敵が無敵なのは当然か。そんで、どんだけ耐えればいいんだよ」
「どうせ一時間だろ。完全にハメに来てるなデューク」
「……まあいいだろう。正解だよライズ。私という存在が"一時間の耐久を要求するレイドボス"である事と、【Blueearth】があと一時間で崩壊する事には何の関係も無いからね。
もちろん、そちらが耐えられないならそれで構わないが?」
「うるせぇ続行だ。こんなヌルゲーが最後のゲームだなんてなぁ」
詰みだ。
完全に負けが確定した。
……のだが。色々とおかしな点があるな。
「バーナードはレイドボス"カースドアース"の自我部分を乗っ取っていて、主体はレイドボスにある。冒険者としてのデータで活動しているが、本質的にはレイドボス。肉体は後でバーナードに寄せて再構築されたものだ」
「どうしたライズ。……まだ何かできるのか?」
「バーナードはほぼレイドボスなのに、俺達と同じように冒険者として存在しているだろ。レイドボスになって暴れたりはしない。当然カズハと"エルダーワン"もレイドボスとしての活動はできない。
冒険者の肉体にレイドボスを宿したからって、レイドボスになって無敵化とかできるもんかね」
「……どうかな。ほら、次だ!」
会話を遮るように新たなビルを投げつけるが、クローバーにて容易く粉砕される。
ここまでデュークは一歩たりとも動いていない。
「レイドボスが冒険者の肉体を得たのなら、今のデュークみたいに新しいレイドボスになっているのはおかしい……気がする」
「じゃあどういう事だよ」
「都合の悪い真実を隠すために、適当言ってるんだろ。デュークだしな」
「……酷い評価だね」
「最大級の誉め言葉だ」
そもそも。
ミッドウェイの封鎖はどうやって行っているのか。
ジャングル階層の隔離事件は、ジャングル階層そのものの特異さが原因だ。何を当たり前のようにここでも隔離しているのか。
今になってようやく黒の宝珠が現れたのは、何故か。
レイドボスではなく冒険者が無敵化する方法があるんじゃないか。
冒険者が階層そのものに手を加えられる方法が、あるんじゃないか。
「──クローバー! そのまま俺を守ってくれ!」
「了解! なんでもいいからやらかせライズ!」
呼び出すは──鬼より賜りし両手槌。
「【スイッチ】──【焔鬼の烙印】!」
「! させない──!」
ビルの攻撃は止めたか。
白の煙が刃となり、黒の影が槍となる。
無数の攻撃が俺を狙うが──最強の番人が立ちはだかる。
「手数が足りねぇよ! 一昨日来やがれェ!」
「クソ……! 届かないか!」
ミッドウェイ・スクレイパーになったのは、本当にレイドボスの特権だったのか。
ここまで【首無し】が誰一人として空間作用スキルを使ってこなかったのは何故か。
黒き焔を振り翳し──
「──【鬼冥鏖胤】!」
──この世界を、叩き壊す!
「このミッドウェイ・スクレイパーは……ミッドウェイと黒の宝珠の隔離階層が融合して出来ていたんだろ。
無敵化と階層そのものの変化は、お前のジョブ専用スキルだ!」
空間が割れた先は、相変わらず暗黒の地平線に白い"廃棄口"の世界が割れて見えるが──普通のビルの屋上。
これまでのようにビルが浮いたり、位置が動かされていたりはしていない。
デュークの姿は据え置きだが……。
「やってくれたな……ライズ!」
「オラァ今度こそ蜂の巣だ!」
「うわっふざけんなクローバーこの野郎っ!」
問答無用の銃撃。少し本音出てきたなデューク。
だが……ダメージは無さそうだ。
「っとに……計画は何重にもするものだ。そうだろうライズ!」
「どうせ何かダメージ与える条件があるんだろ。謎解き探索は俺の領分だ。喧嘩なら買うぞデューク!」
「"最強"と"妖怪"相手なら不足無しだ! 攻略できるものならやってみろ!」
──◇──
降り注ぐ白い槍の雨。
「目玉の翼の瞬きと着弾地点が同期してる! 全部の目が開いた瞬間にデューク狙えるか?」
「オラ来た楽勝!」
「早いなぁもう! スモークで視界阻害してるのに!」
──ミッドウェイ崩壊まであと30分。
黒影の魔物の群れに溶けるデューク。
「さっきの白い槍と潜伏位置が同じだな」
「いや覚えてないんだが?」
「お前から見て右前の奴の後ろに3秒後だな」
「……うわっ。本当にいた」
──ミッドウェイ崩壊まであと20分。
──◇──
──レイドボス"バロンデューク/フェイカー"内部
「やれやれ。子供のじゃれあいだね」
僕を取り込んではいるものの、手出しはせず。
何をしろと言うでもなく、あんなに楽しそうに遊んでしまって。
……というか。
「僕だけ暇すぎるよー。混ぜてよー」
ぼやいても独り。寂しいなぁ……。
「じゃあ混ざればいいじゃない」
おや。
撤回しないとね。
「目ェ覚めたと思えば……どこよここ。スペード、椅子に縛られてるけど。解けばいいの?」
「やあやあ我らがギルドマスター。お早いお目覚めだ。ほどいて」
「はいはい……。うわガッチガチってか手首に食い込んでるわね。リアルなら手が壊死してるんじゃない?」
「現実って厳しいんだね」
この精神空間に目覚められるというのは、そこまでおかしな話では無い。
僕は直接吸収されたけど、他のみんなも全て"セスト・コーサ・マッセリア"の策謀によって駒にされたからね。取り込まれる直前、"エルダー・ワン"あたりが何かいじったのかも。
拘束を解いてもらって、ようやく自由!
さあさあ我らがマスター、ここから大逆転という訳だね。
「……よし、スペード。状況は理解できたわ。
手伝ってあげようじゃない」
……え?
──◇──
──ミッドウェイ崩壊まで、あと15分。
──ミッドウェイ崩壊まで、あと--分。
「……うん?」
空の裂け目が広がる。
ミッドウェイが揺れ動く。
「どういう事だ。もう滅び始めてんじゃねェか!」
「いやそんな筈では……何?」
急ぎ残り時間を確認しようとすると──何処からか、声が聞こえる。
『イシュテル。或いは【首無し】のデューク。よくもやってくれたわね。その手腕、一周回って褒めてあげるわ』
声は俺の頭上──いや、この身体から出ている。
──スペードが何か、したか?
「メアリーか! デュークの中にいるんだな!?」
『久しぶりねライズ。ちょっと失礼するわよ』
声のみだ。
何か妨害が出来る筈がない──
『システムがガタガタ過ぎるのよ。最適化してあげたわ』
「──は?」
──ミッドウェイ崩壊まで/ 残り0分
空の亀裂が広がる。
暗黒の夜空が割れ落ちる。
ミッドウェイが地に沈んで行く──!
──◇──
──レイドボス"バロンデューク/フェイカー"内部
「──何をしているんだ! メアリー!」
「お。早いわね」
戻ってみれば、勝手に人の中にパソコン立ち上げているメアリー。そして次々機械を作らされているスペード。
「何を、していると聞いている!」
「手伝ってやってんのよ。世界、壊したいんでしょ?
今のアンタの持っている力だけでも制限時間の半減くらい容易だったわよ」
──流石は、唯一単独で【Blueearth】への潜入に成功した天才ハッカー。
いやそれどころではない。このままでは──
「滅ぼしたく無いんでしょ」
──メアリーは、呆れたような目で俺を見る。
よくライズにも向けるよな、その目。
「なにを……」
「ライズが止めてくれるって信じて暴走してるんでしょ。もう目的は達したから、後は倒されるだけなんでしょ?
嘘だって言うなら何で止めるのよ。あんたの望むもの全部あたしが用意してやるって言ってんのよ」
ああ。
多分、メアリーは全部分かっている。
だが。
それが、どれだけ難しい事か──!
「一言言うだけで解決するわ。どうせ踏ん切り付かないんでしょ。自称オトナだから。
知ってるのよ。そういう情け無いオトナと、もう110階層も一緒に走ってきたからさ」
メアリーはスペードの背中を押して、俺の前に立たせる。
──流石は、ライズの繰り手か。
「後押しいるでしょ。脅してあげる。
ここで言わなかったら、あたしがミッドウェイを……【Blueearth】を滅ぼす。ほら、言え」
俺の知る限り、最も残酷で、最も優しい脅し文句だ。
自然と。
俺は、スペードの前で膝を付いて。
「頼む……スペード」
深く、頭を地に付けた。
「ライズを、裏切らないでくれ」




