28.商人殺しのパンドラボックス
【第10階層 大樹都市ドーラン】
【葉光】ドリアード王家《向天神殿》
──1F 会議室
真上はドーランで1番明るい神殿だというのに、この会議室はいつも薄暗い。
この部屋に通されるようになってまだ日が浅い。
ワシはしがない【鍛治師】ハゼ。
第30階層から逃げ落ちた愚かなる敗北者。コミュニケーションが下手くそで、武器を打つばかりで売るのはからっきし。ドーランに降りてもそれは変わらず。
武器を打って。
打って。
売れなくて。
打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。
……気付いたら【珊瑚商】を任された。
それでも変わらん。ワシは人と関わらず、打ち続けた。
与えられた部下には、ワシの苦手な商売を任せた。
元より商売には時間を取られていなかったが。その僅かな時間を手に入れたので。
打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。打って。
……気付いたら【鶴亀連合】の幹部となっていた。
人のいいシラサギ殿と、金の事となれば実直なカメヤマ殿。この二人であれば会話できない程ではない。会議自体は苦ではなかった。
……が。昨日から重苦しくなった。
「報告します。
ライズさんは【ダイナマイツ】と合流したのち、GMボンバと共に【土落】のパトロールを開始。特段これといって不審な行動は無く、そのまま【天秤】転移ゲートへ。
【翠緑の聖域】にてエルフ派と接触したものの特に何も得ず帰還。
その後は【天秤】にて食べ歩き。【働き鶴本店】にて大量のアドレアップルを購入、飲料屋【千鳥足】にて酒やジュース等を購入、飲食店数店を巡り焼鳥やチーズ等の食べ物を購入し、【ダイナマイツ】へ帰還。16時にしてボンバと酒盛り中です」
事細かに昨日来た男の行動報告をするダミー。
調査の指示を出したのはカメヤマなのに、何故かげっそりして聞いている。
「……楽しんでますね。商人冥利に尽きますね」
「んぅ、それは結構なんですがねぇ……」
夕方から友人と酒盛り。それはなんとも幸せな事だ。
だが何故こんな幸せそうな奴を監視しているのか。
「……カメヤマ様。もう監視は辞めてもいいのでは?」
「いえ、もう少し監視を。彼は本当に油断ならない男です。いや本当に」
本当ですかー? と半笑いのシラサギ。
それはワシも思う。警戒しているのはカメヤマだけだ。
「いいですか皆さん。ライズさんは現状唯一、我らが【鶴亀連合】を単独で崩壊させられるのです。しかも計算高い。警戒を解いてはなりません」
空気が一変する。笑顔の絶えないシラサギも一瞬真顔──というか困惑顔になった。
「同じ商人であれば我々を脅かす者はいません。最大手【マッドハット】には我々から道具類を格安で輸出する事で不可侵条約を締結。【飢餓の爪傭兵団】とも物資の補助等で平等条約を締結しています。アドレの商人は最早敵にはなりません。
同様に【マッドハット】の支援を受け続けている前線の攻略者も敵には回りません。人海戦術が可能なこちらのアイテム生産は前線にとっても生命線です。
では誰なら脅威足るか?
──即ち。金持ちの個人です」
あまりにも単純、しかし納得のいく一言。
だが現実味のない言葉でもある。
「一個人が【鶴亀連合】を買い占めると言いたいのか?」
「ライズさんなら可能です。あらゆる発見をしてきた彼には、あらゆる人からの融資を受け続けています。
ですがそれ以上に。今の彼はとんでもない禁断の筺になってしまったのです」
カメヤマはぽつぽつと語る。
悪魔を生み出した商人達の話を。
「始めは普通の《異様な発見者》程度でした。
サブジョブの発見、レベル上限解放手段の発見、その他階層攻略手段の発見などなど。感謝を形にしたい最前線のギルド達がライズとの関係を良好に保ちたいがために法外な報酬を渡しました。
それで充分だったのです。ですが、どこかの商人は気付いてしまった。
ライズさんに依頼できる仲になれば、同業他社を蹴落とす事ができると。
それからは積めや重ねやの札束の投げ合いです。本人の預かり知らぬ所で、商人達によるライズへの貢物戦争は過激化しました。
窓口は当時彼が在籍していた【三日月】のギルドマスター。物品は場所を取るので融資は金銭に限定されました。
誰がどのくらい金を積んだのかは【三日月】にしかわからない。だがギルドマスターはその額をちゃんと集計しているそうだ。
限度を知らない札束の投げ合い。そして事件は起きました。
【三日月】が解散したのです。
商人達にとって最も重要なのは、あの金がどこに行ったのか。数えていたギルドマスターならあるいは、還元してくれるのかも。この際だ、散財して消えていたとしても構わない。
ですが、元【三日月】のギルドマスターはこう言い捨てました。
『あのお金は全て、ライズの財布に入っているよ。彼があの財布を使っている所は、僕は見たことないけどね』
こうして、その紐が緩めば商会どころか拠点階層すら余裕で買えてしまうような一個人が誕生してしまったのです。
ついた呼び名が『商人殺しのパンドラボックス』。今呑気に酒を飲んでいる男は、触れるのも悍ましい爆弾だと思って下さい」
……ワシは商人というにはあまりにも商売に興味が無いが、恐ろしさは伝わった。
生きる以上金は必要だ。物を切り売りする商売人なら尚更。即ち人を支配するのは金といえる。
たった一個人。しかしだからこそ、組織としての契約ができない。
全てその個人の気まぐれ次第とあれば、その存在はまるで──
「神。などであるはずがない。あれは我々商人が生み出してしまった悪魔だ。
そして何であれ、商人ならば自らの利になるよう利用する。我々の計画も大詰めといったこのタイミングなのは最悪ですが……己の日頃の行いの成果と捉えましょうか。
攻略しますぞ。悪魔を!」
随分と綱渡りな事だ。ウン。
カメヤマは自分が悪辣な商人であると信じている。それは自虐ではなく、客観的な判断と言える。
商人に必要なのは無私の狂気。己の得のみを取り、己の欲に揺らがない。ワシは奴とシラサギの計画を聞いておらんが、きっとそれはそれは、外からは悪辣に見えるだろうさ。
──ワシも選ばねばならんかもな。
カメヤマはワシをこの席に呼んだ時、ある選択を提示した。
今進行している、大稼ぎする計画について……加担するかどうか。
ワシは小難しい事を考えるのは嫌いだから、「聞かせたければ勝手にすればいい。反対も抵抗もしない」と答えたのだが、それで保留扱いとなった。あくまで自己意思で参加して欲しいわけだ。
少し、面白くなってきた。次呼ばれたら提案してみるか……。
──◇──
【第10階層 大樹都市ドーラン】
【土落】【ダイナマイツ】アジト(廃墟)
「たでぇまー」
「遅くね? 何してたんだよ」
「ジャイアントキリングわんこ蕎麦?」
「なんのこっちゃ」
ぐでぐでになって帰ってきたメアリー達。俺とボンバはもう好きなもの好きなだけ食ったり飲んだりして遊んでいた。
「たのしそうじゃないのよ〜」
「楽しかったぞ。で、報告いるか?」
「会議室でね……私達は先にシャワー浴びてくる。ゴーストぉ〜。ドロシー〜。行くわよぉ〜」
「consent:ドロシーを連行します」
「はい。……あ、いや、僕は男ですよ!」
え?
あ、うん。そうだな。そうだったわ。
全員疲れ切ってて気付くのが遅れていた。メアリーも素でやってたな。解放されてる。
……尚、じゃあ男湯かと言えば【ダイナマイツ】も気が引けるので男湯は時間別である。
──◇──
──数分後
2F 会議室
風呂上がり。【夜明けの月】は会議室に集合した。
「はい、じゃあ報告。お前の言う通り見つけたぞ。裏取りに数日ってとこか」
「こっちは結構効率良い稼ぎ方を見つけたわ。ドーランでの目標35レベルならあと3日くらい?」
「answer:経験値効率と攻略速度を考慮すると34時間15分〜45分程度必要になります」
まぁ1日10時間はレベリングしてるからな。3〜4日ってのは滞在日数とすると短いな。
「今回は俺がアイコに協力を結ぶまでは滞在確定だ。目標レベルを40に引き上げよう。だがまだ12階層には行くな」
「【夜明けの月】がエルフ派に近付いてるって思われたく無いのね。わかったわ。ちゃんとアンタが《恐喝》と《誘拐》できるまで待ってあげる」
「恐喝は多分無理だ。通じる相手じゃない。まぁ最低限目的は果たすから安心せい」
「《ナンパ》より《恐喝》の方がマシじゃない?って思ったんだけど。口説けないでしょアンタじゃ」
「はーーーん経験豊富なこのライズ様に向かって舐めた事を。その気になればイツァムナだってメロメロだぞ」
「イツァムナちゃんさん基準じゃ終わりよ。あの人アンタがくれるなら折れた割り箸でも喜んで額に飾ると思うわ」
それは言い過ぎでは? ……ないかもしれん。
「suggestion:サブジョブポイントが基準値に達しました。私のサブジョブの昇格が可能です。昇格してもいいですか?」
「あ、そうか。思ったより早かったな」
「めちゃくちゃ【ヒーラー】として働いたからね、今日。あたしも想定外。いいんじゃない?」
サブジョブ昇格のためのジョブポイントは、そのサブジョブのスキルを使用すれば多くもらえる。なんだかんだでこれまでゴーストはほぼ前衛役で、積極的に回復には回れていなかったからな。
「昇格先は回復特化の【シスター】と、前衛で殴る事もできる【バトルシスター】の2択だ」
「answer:【シスター】を選択します。魔法と物理の両面を選択するプランなので、より魔法攻撃力に補正が入るジョブを選びます」
模範解答。メアリーが誇らしげだ。小突く。殴られる。痛い。
「【バトルシスター】選ばなくても戦法そのものが前衛で戦う回復役だからな。より補正の入る方がいい。
明日昇格しに行くといい。俺は暫くはエルフ派に顔出しだな」
「answer:今昇格します。アドレ兵拠は【土落】にあります。徒歩で15分程度で済む距離です」
「1人で? やめなさいよ危ない」
「そうだぞ。ちょっと武器出してくるから玄関で待ってなさい」
「あたしもちゃんと装備整えて行くから」
「……戦力、拠点の安全性を考慮すると私一人で充分です。武装したマスターとライズが同行した場合の周囲の警戒率は35%上昇する見込みです」
……暗に断られた。
俺もメアリーも凍ったように動けない。
「では、行ってきます」
そう言い残し、部屋を出るゴースト。
「過保護すぎたかな」
「気を遣ってくれたのよ。成長したんだわ。お母さん嬉しい。そう思う事にするわ」
「おかあさんぺったんこ……」
「殺すわ」
「確定事項!?」
──◇──
mission:サブジョブ【シスター】へ昇格。
【ダイナマイツ】ギルドアジトを外に出て、ルートを計測。
大樹の根に沿って繁華街まで降りるルート……想定15分35秒。
ルート破棄。計測前に構築したルートへ固定。
根を飛び降り、下層ホテルの屋上に飛び乗ります。
「うわっ! マジかよ、気付いてた?」
屋上に身を潜めていた男性と接触。
双剣【無限蛇の双牙】を抜き出し臨戦体制に移行。
「待った待った! まだ何もやってないし、してないし、できないよ!
ほら、確かに【ダイナマイツ】が見える位置だが100mは離れてる! 危害は加えられないだろ!」
男性は降伏の意思表示として所持している両手銃を3丁、アイテム化して地面に投棄しました。
臨戦体制を解除しますか?──《No》
「search:レベル121。ローグ系第3職【アサシン】。ギルド【闇夜鎌鼬】所属。プレイヤー名:カマミタチ。
目的を説明して下さい」
カマミタチは驚き目を見開き、諦観を見せて外套を脱ぎ捨てました。外套の裏には短剣や投擲アイテム、計23点。
「《オートスキャン》でも付けてんのか? じゃあもう無理だ。奇襲しても無傷で帰れねぇ。降参だよ。今度こそ本当に。両手銃はダミー。俺【アサシン】だから装備できないし」
「question:何故ですか? レベル差からまだそちらが有利だと計算できます」
「ほほー、自分を犠牲にして守るつもりかな? 無駄だよ。拠点階層で殺ししたら《PKペナルティ》くらっちゃうからな。最終目標はそうだけど、今ペナルティ喰らって投獄されたら情報持って帰れない。
俺は観察役。アンタには傷一つ付けないよ。あ、勿論そっちから来たらやり返すよ。応戦に《敵対行動ペナルティ》は適応されないから、殺さない程度に痛めつけるからな」
search:心拍に異常無し。カマミタチの発言には今度は嘘は無し。
臨戦体制を解除しますか?──《No》
以降警戒解除提案の頻度低下を提案。
「俺は殺し屋【闇夜鎌鼬】の鉄砲玉。今は観察中さ。積まれた金によっては服役も厭わない俺たちの仕事は、まず殺すに値するかの観察から始まる。
アンタは賢いから白状してやるよ。今の段階では通報しても意味ないからな。
でも観察されて気分良いもんじゃないだろ? だからこうやってこそこそ監視してるんだ。気付かせちまって悪かった。詫びに評価上げといてやるよ」
「question:【Blueearth】では冒険者同士で殺人しても拠点で復活するだけです。攻略階層では遺品が残りますが、遺品狙いではなくPK狙いのギルドの目的とは何ですか?」
「……おお、そこからか。案外ピュアかい、アンタ。
まずそうだねぇ、遺品狙いではないが、殺したらちゃんと貰うよ、遺品。殺した後は遺品をダシに使って誘き出すんだよ。で、別のメンバーが武装スカスカのターゲットを殺す。最初に殺した奴はペナルティで投獄されてるからな。
あとは繰り返しだよ。ターゲットが何らかの要求を呑むまで、攻略階層に出たら殺し続ける。折れるまで。
俺達自身は殺しと恐喝しかしない。できない。ターゲットに何を要求するかはクライアント次第だなぁ。
だからさ、結構大変なんだよ。ペナルティ覚悟でそいつの拠点荒らして再挑戦用の武装や金を減らしたりもするし。
一回の仕事で3〜7人は監獄行きだ。そりゃ慎重に吟味するよな。
教えるのはこんなもんか。クライアントとか、ウチの規模とか配置とか本命のターゲットは誰かとか、仕事に直接関わる事は言えないぞー」
大の字で寝転ぶカマミタチ。
必要な情報は入手完了。処分しますか?──《No》
「question:最後の質問です。あなたは本当に、ここから【ダイナマイツ】へ一切の攻撃ができませんか?」
「え? いやそりゃ勿論。あ、この銃は本当に俺に気付いて接近した奴を本命で仕留めるためのダミーだって。100mってこのくらいの階層の冒険者だと目視で測定できる奴はまだ少ないからさ、これ見せるだけで『狙われてる! なんとかしなきゃ!』って思わせられるんだよ。
マジな話、100m超えたら弾消えるのにどうやって狙うんだっつーの」
search:心拍に異常無し。カマミタチの発言に嘘は無し。
情報収集完了。当初の任務へとルートを修正します。
「ありがとうございました。失礼します」
ホテルから飛び降り植木で落下ダメージをカットしショートカットします。目的地までの想定時間は7分26秒です。
──◇──
「いや〜夜空を駆けるメイドさんやべぇな。かっけぇ。
評価上げとこ。ファンになったわ。
……ライズの評価は爆下げしとくか。うん。ペナルティ覚悟で俺が殺すのもアリだな。
黒髪ロング爆乳メイドを侍らしてる男なんて殺されて当然だよね!」
~【Blueearth】での三大欲求~
《天地調のしらべごと》
【Blueearth】では実質的には三大欲求を満たす必要はありません。
空腹や睡眠不足に相応のデバフや倦怠感か発生しますが、現実のようにそれで死に至る事まではしません。
極端言えば、不眠不休で活動する事は可能という事です。
ですが認識改竄まではしていませんので、ほとんどの人がちゃんと寝て、ちゃんと食べています。
……実はガンギマリ状態のライズさんが寝ずに攻略階層を調べ続けた事があってから、少しだけ睡眠不足のペナルティは重くしています。
食事は単純に、でも作る楽しさは忘れないように。
調理スキルを作り、料理行動に無意識のオート行動補正をかけて、レシピが脳内に浮かぶようにしました。
数時間かかる調理も時間が短縮されています。お湯の沸騰とかは一瞬です。
相当料理が元から苦手な人でもない限りは問題ないはずですが、指示を受けて動くのは自分自身なので、調味料間違いとかはあるかもですね。
お風呂! お風呂も重要です! もすといんぽーたんと!
【Blueearth】では雨で濡れても一瞬で乾きますし、体から老廃物が出る事はありません(というか成長しません)。
なので本質的にお風呂の必要はありませんが、私はお風呂が大好きです。
なのでめちゃくちゃこだわりました。風呂上りのしっとり感もバフとして設定しています。
あと睡眠関係ですね。こちらもかなりこだわりました。
一切攻略には必要のない寝具屋や大量のパジャマをこっそり作っておきました。
なんでこっそりかというと、当初はただのゲームとしての開発だったのでなかったのです。睡眠が。
4倍速のゲーム世界で睡眠してしまうと現実での生活に影響を及ぼしますからね。
だからブラックボックスに入れて、ゲームスタートと同時に解放しました。
バグもけっこう出ましたが、対策は万全でしたので即対処。今のバグもこのくらい簡単に消えてくれればなぁ。
ん? あと一つ?
……のーこめんとです。




