275.偉大なる先輩達
【第110階層 不夜摩天ミッドウェイ】
──複合黒金摩天楼ミッドウェイ・スクレイパー
──"オリエントサイト教会"大聖堂前階段
死屍累々。スカーレットとイタコタイコ二人だけの戦場には、しかし二人の死体だけは残されて居なかった。
途中で【至高帝国】が横槍を入れて来たからだ。一騎当千とかじゃ済まされない。なんだあのサメゴリラ。なんであいつが"最強"じゃないんだ。
……しかし、その到着までの数十分。スカーレットとイタコタイコだけで耐えていたのだろうか?
否。
ここに揃う【首無し】はトップクラスの戦闘員。
ファルセダーは【月面飛行】に居ながら【象牙の塔】ではブックカバーをして認められた優秀な【大賢者】。
ロージは強豪【バッドマックス】でNo.3の位置にいる【サテライトガンナー】で、同ジョブ界隈では【Blueearth】五本の指に入る実力者。
ファンイェンに至っては蛇使いの【竜騎士】で、【マッドハット】内では戦力のみで数えるなら最強と言っても過言では無い。
それだけの力。あまりにも過剰戦力。この前だとアザリやルミナス、ドロシー、プリステラを返り討ちにするほどだった。
では、何故スカーレット達は無事だったのか。
──騎士が、いたからだ。
「だからよぉ、やめときましょうって言ったじゃないですかブレーグさん。アンタの相手なんて二度と御免ですよ」
階段に寝そべる三人の上には、満身創痍ながら膝すら付かない騎士の姿。
【真紅道】創立メンバー、ブレーグ。即ち【Blueearth】開始段階から今現在に至るまで、ずっと最前線に立ち続けた猛者である。
「……本当に済まなかった。俺は、どちらも選べない優柔不断な男だ」
「違うわ。ブレーグさんは両方選んだんでしょ。スカーレット嬢も私達も生きてるんだもの。私の蛇達でさえ瀕死に留めてくれてるなんて、実力差見せつけられちゃった」
「ん……いや、本当に申し訳無い」
寝返ったのはブレーグ。
スカーレットは一度たりともブレーグから目を逸さなかった。耐えかねたブレーグは、無言でファルセダーを一閃。続く二振りでロージをへし折る。
その後ファンイェンの蛇に噛みつかれたものの、ファンイェンに叩きつけて返した。
ハート達到着の時点で、実は【首無し】組はボロボロだったのだ。
「ああ……私に未来など無いというのに、身体が動いてしまった。姫に助けを呼ばれたら……動かずには居られなかった」
「いいじゃないカ。散々デュークは言っていたじゃないカ。各々の好きにしろト」
「ロージ。お前みたいに堂々と【首無し】をリーダーに告白するタイプの馬鹿はいねぇよ」
「マックスは寛大だかラ。もし【首無し】が終わったならマックスの元へ行くヨ」
「あら。私達、もう裏切っちゃったでしょ。迎え入れてくれるの?」
「マックスは許すヨ。だから堂々と帰る」
精魂尽き果て、もう立ち上がるつもりも無い三人。
まだ膝は付かないが、もう動く理由を失った一人。
ただ、終焉を待つだけの四人。
「……そうだね。お互い暇だ。惚気話にでも花を咲かせるとしよう」
「俺ぁアカツキの事は興味無いんだがな……。あ、じゃあナイスさんの話でもすっか」
滅びを待つ中で、ただ仕事をサボっていた──。
──◇──
──"アルバーニファミリー"本部ビル55F
「おおおおおお!!!! 【オーガチャージ】!」
黒服も魔物も【首無し】も、ずんずん進みながら蹴散らすブルドーザーサメゴリラ。
一気に火力要員が増えた事で、攻略はかなり容易になった。
「あーし達はアドレで隠居してたんだけど、スペードの馬鹿からメールを受けたんだし。
"ミッドウェイで同窓会しよう"って一言だけ。表向きには隠してるぽいけど、アンタん所にいるジョーカーがスペードなのは丸わかりだし。とはいえどの面下げてんな事言ってんのよ……ってハナシ。
あーしとハートはスペードを一発ぶん殴るために来たんだし」
ダイヤは──煌びやかな黄金のドレスが目立ち過ぎないほどの美貌を備えながらも──気安く、苛立ちを隠そうともせず、それでいて嬉しそうだった。
「スペードはまだ見つかって無いわ。でもミッドウェイの殆どは調べたのよ。つまり"セスト・コーサ・マッセリア"の所にいるんだと思う」
「あいつがバグ?なのはヒガルで聞いたし。あーしらは現実?の記憶?とかゆーの無いんだけど、まぁ気にしないでいーよ。わからんけどわかるから」
じ、柔軟……!
でもなんか会話の疑問符が増えて来たわね。あまり難しい言い方はしないようにしよう。
「そー言えば後輩。【象牙の塔】にも顔出したんよね? あーしのひきつぎしりょーどうよ。ばっちしだったっしょ?」
胸を張るダイヤ。それ読むの【象牙の塔】からは解読とか言われてたわよ。
……とは、とても言えない。なんて凄いドヤ顔。
「……まぁ、完璧にマスターしてやったわよ」
「さっすがー。やるじゃん」
……なんだかんだすれ違う事は多々あれど、直接会う事は無かったけど。
この純粋で天才で可愛くって美しいダイヤに対する仕打ちを思うと……。
「……許せないわね、スペード」
「だしょ!? あいつマジありえん!」
何故か意気投合しちゃった。
スペード助けたらあたしも一発殴ろう。
──◇──
……悪寒がする。
「アレが貴様の奥の手かスペード! わ、私の策が、崩れて行く……!
貴様、何処まで読んでいた! 何故先んじて【至高帝国】を……!」
「凡人が大それた事をしようとするからこうなるんだよ。僕、これでも天知調の反証存在だよ? 世界一の大天才と同等の知能を以てすれば容易だよ」
「ぐぐ……ぐがが!まだだまだだまだだ! 奴隷格闘そのものの質は変わらん!」
「そうだね。多分その奴隷は無傷で200Fに辿り着くけどね。
"最強"を従えておきながら敗北の予感を感じていたんだろう? メアリーなら何かするかもしれないって、分かっているからそんなに焦っているんだろう」
「うるさいうるさいうるさい!」
面白いくらい荒ぶるね"セスト・コーサ・マッセリア"。
うける。おもろ。
「……仕方あるまい。これは200Fでブラウザを仕留めるためのものだったのだが……使うしか無いな」
「おや、そちらも切り札を?」
「数多ある手の一つに過ぎない。が、二度使えるカードでも無いな」
もう少し勿体つけるかと思ったけど。
……そして、その奥の手はダイヤとハートにだけは通用しないんだけどね。
──◇──
──"アルバーニファミリー"本部175F
休憩無しでもうここまで。
各フロアでは【首無し】らしく待ち伏せしたり罠が仕掛けられたり、照明を切っていたりと色々ギミックがあったけど……全部ハートが突撃して蹴散らすものだから、そのうち人海戦術なのかヤケクソなのか、どんどん雑になってきた。
「……む。もうメインディッシュか。少し早過ぎだな」
勢いよく扉を開けるというか突き破ると──そこには、たった二人。
「……やっと来たな。【夜明けの月】」
【井戸端報道】の偉い人、【ダークロード】のシェケルさん。その隣には、緑の外套に身を包んだ朧げな男の人。
「初めましての方も多い。名乗らせて下さい。
私は【スケアクロウ】ギルドマスターのイミタシオ。
【首無し】ではNo.2を自称させてもらっています」
イミタシオがマントのように外套を翻すと──銃と、剣が姿を現す。
「レンジャー系第3職【ブレードガンナー】で最強……という事になっています。お互い、悔いの残らない戦いをしましょう」
優しげな雰囲気を纏っているけど、目が笑ってない。多分本当に強いんだと思う。
ハートは、ダイヤと目を合わせて──嗤う。
「流石期待を越えて来るな。【夜明けの月】よ。これはオレ様が貰う」
「あーしにも分けろし。後輩達の強さも分かってきたところ。もう守ってやる必要無いっぽいし」
不適な笑みを浮かべ、ハートとダイヤが前に出る。
元トップランカー二人がかり。シェケルもイミタシオも、緊張が走る。
「──あなた方を抑える事が出来るのならばそれで充分ですが……いいんですか?」
「理由は3つ。メアリーならば【チェンジ】で貴様らを飛び越えられるだけの充分な実力があると分かった事。
貴様らがここら一帯で一番骨がありそうな事。
そして、何より──」
ハートがこれまで持っていた斧を捨て──赤と黒の斧に持ち直す。
「──【ダークロード】相手に二度目の負けは許されん」
殺気。その一言ではとても形容できない、色んな感情が内包された敵意。
──【至高帝国】が解散したヒガルでの騒動。最後の敵は【ダーククラウド】のハヤテだった。
そりゃ負けたく無いでしょうね。
「二人とも。あたし達は先に行くわ」
「ん。精々頑張るし」
「歯ごたえが無ければ早々に噛み砕き追い付くぞ。ピンチの時は時間を稼ぎたまえ」
「優しい先輩達ね。でも……クローバーは、あたし達が倒すから」
張り詰めていた二人の表情が──サメゴリラは顔見えないけど──少し柔らかくなった、ような気がした。
邪魔しちゃ悪いわ。それに、先輩の前で下手はできない。
クリックで画面越しに見た、ダイヤの複数人大移動。
全員を同時に運ぶなんて造作もないわ。
「じゃあね。──【チェンジ】」
シェケルとイミタシオの背後、次の階への扉の前に全員で飛ぶけど──二人はこっちを振り向く事も無い。
あたし達が扉を開けて先に進んでも、一歩も動けない。
【Blueearth】最高峰が、二人を睨んで離さないから。
──◇──
「行ったか。果てさてセカンドランカー最高位は如何程のものか。
──片手斧二刀流専用武器"アダム"と"イヴ"。耐久値自動回復の無限武器だ。かつては武器耐久値に泣かされ、"テンペストクロー"ごときに遅れを取ったからな」
「……いやー、格下狩りは気が引ける。貴方達相手で助かりましたよ。無論、負けるつもりはありませんから」
イミタシオが、半歩踏み出す。
"無座の女王"の赦しも無く。
「【チェンジ】」
「──【ブレードガード】!」
瞬間。
イミタシオの目の前には赤き斧。
瞬時の判断で剣で受け、銃で【ゼロトリガー】を撃ち込む算段だったが──威力差で剣ごと腕が、身体が弾かれる!
──ダイヤの【チェンジ】で動かされたのは、イミタシオ。しかもハートの目の前へと。
今まさに移動しているイミタシオに、攻撃行動を始めたハートに合わせて座標を切り取り、干渉しないでここまでの至近距離へ飛ばすのは──神業どころではない。不可能と言って言い。
だがその不可能を実現するのが神。ダイヤの座標認識能力は、未だメアリーでさえ届かない領域にある。
「危ない……! 【グレイヴナイト】!」
シェケルは座標召喚スキルでハートとイミタシオの間に騎士を呼び出す。
至近距離のハートほど恐ろしいものは無い。ハートは二刀流だ。続く黒の斧で致命傷を負わせる訳には行かない──
「勘は良し。策は悪し。見通しが甘い!」
一撃で武器ごと体勢を崩し。
二撃で仕留める最高火力。
出し惜しみも容赦も無い、フルチャージの振り下ろし。
「──【メテオダンク】!」
超火力の隕石が、人の手で振り下ろされた。




