272.聖なる祈りは影に沈む
【第110階層 不夜摩天ミッドウェイ】
──複合黒金摩天楼ミッドウェイ・スクレイパー
──sideメアリー
"燕楼會"に続き"ウェストバイトCo."も撃破。
ベルの死と同時にサルヴァドール代表も塵となって消える。
やっぱりというか、イタコタイコさんが調べたところ、"ウェストバイトCo."内のシェード族も全員消えていた。ロボットが荷物の梱包と配送をしていたけど……。
「奴隷はメアリー、アゲハ、カズハ、パンナコッタ。買い主は私、イタコタイコ、スカーレット。人数としては安心できる程度になってきましたね」
奴隷も買い主も居ないと心配だものね。多分"ウェストバイトCo."と心中するのはパンナコッタでもベルでも良かったんだろうけど……少しでも戦力を残そうと犠牲になったのかな、ベル。
「あとは"アルバーニファミリー"、"イリーガルエスケープ社"、"オリエントサイト教会"だけど……」
「記録員として資料集めていましたが、"オリエントサイト教会"が狙い目ですね。所持総資産が比較的少なく、そして長所が一般市民を囲っている事なので……戦力的にはそれほどでも無い」
「他の所に動きが無さそうなのが気になるんだけど。あたし達しかやってなくない?」
「そうでも無いよ」
背後に着地するは──見慣れた高機動日本人形。
「ジョージ! 無事だったのね」
「久しいねメアリー君。みんなも無事で何よりだ……おっと」
刹那。短剣をジョージに突き立てようとしたイタコタイコが、軽やかに避けられ組み伏せられ制圧される。どちらも流石ね。
「……メアリーさん! なんですかこの可愛い子は! アゲハさんといいちょっと和服の人達は肌出し過ぎじゃないですか誰の趣味ですか教えて下さいお話したいです呑み明かしたいです!」
「うん。本人達の趣味よ。組み伏せられて一声目がそれでいいの?」
「凄いねこの子。一切殺気を感じなかった……というか、俺を認識してから一切の思考を捨てて襲いかかってきたよ。闇ギルド系の熟練者かい?」
「イタコタイコはマジの一般人よ。離してあげてほしいわ」
「いえご褒美ですこのままでどうぞ!」
強すぎる……。
あたし達が"燕楼會"で戦っている間もブラウザと二人で【首無し】を倒してるのよね。イタコタイコさんかなり強いわね。
ジョージも無抵抗無害な女性を拘束するような男じゃない。すぐ解放してイタコタイコさんの手を取って起き上がらせる。紳士ね。
「俺はライズ君に付いていたんだ。メアリー君達の情報は秘密裏に集めていたよ。手助けできなくて申し訳ない」
「奴隷でもないのね?」
「ああ、奴隷一歩手前で逃亡したからね。ともかく伝令だ」
ライズの所にいたジョージがここにいる。
嫌な予感はしてたけど。
ジョージは淡々と口を開く。
「ライズ君は相打ちになった。"イリーガルエスケープ社"は撃破したが──もう五大マフィアに挑戦できるのはここにいるメンバーだけだ」
──◇──
"イリーガルエスケープ社"撃破。
レイドボス解放まで、残り2棟。
──◇──
脅威は残り僅か。
【夜明けの月】ギルドマスターなだけはある。
きっと"オリエントサイト教会"程度なら勝利するだろう。だが"アルバーニファミリー"がいるなら大丈夫だ。あそこは奴隷もマフィアも最高水準。奴らでは突破できないだろうよ。
「そうだろうね。何人束になってもクローバーは倒せないよ」
お前はどこの味方なんだ。
……まぁいい。何となく、貴様のスタンスがわかってきた。
私の後ろに誰かいると思っているのだろう。
ただ本能のままに動く事を恐れているのだろう。
極上の餌を目の前に吊り下げられて尚、その姿勢。
いつまで耐えられるものかと思っていたが、理性を覚えたか。人ならざる者が。
「怪しすぎるんだって。それに、【夜明けの月】なら君達を止めてくれる。その後に空いた椅子ごと全部貰えば解決じゃないか」
──ならば。
──ならば貴様はまだ要注意人物だ。
「また切り替わったね。"セスト・コーサ・マッセリア"は名前があるから、君をイシュテルと呼ぼうか?
何が狙いなんだ? あまりレイドボスを虐めるのは感心しないな」
──関心も無いのによく言う。
「そんな事は無い。僕は【Blueearth】と共に生まれたバグだ。【Blueearth】の全てを愛しているとも。
ただ、存在意義が【Blueearth】の破滅であるというだけだ」
──貴様の起源などどうでもいい。
──重要なのは──
──……。
「君にも狙いがあるみたいだが、どうにも上手く行ってないみたいじゃないか。
僕への嫌がらせもいい加減勘弁してほしいな。【夜明けの月】にはサクサクと【Blueearth】を攻略して欲しいんだよ、僕は」
──黙れ。
──貴様の存在が問題なのだ。
──だから、私は──
「……破滅的だね。狙いがどうあれ、諦めないというのは面倒だなぁ」
──それが人間の特権だ。
「可哀想に。僕に何をして欲しいのかわからないけど、僕は君の願いを叶える事は無いよ」
──それならば、それでいい。
──私はそもそも、貴様さえ消せればいいのだ。
「だったら何故拘束で留めるのかな。僕の予想はこうだ。僕を取り込みたいんだろ? それで完全なバグとして顕現しようって事だ。でないと外に控えている天知調から逃げられないからね。
でも普通に取り込む事は出来ない。僕から君達へ力を譲渡するのを待っているんだろう? それこそ、僕が君達を利用しようと動くのを待っている。
残念だったね。僕が何かしなくとも、【夜明けの月】は君を討つ」
──……。
──言いたい事は、それだけか。
──話にならん。
──◇──
──"オリエントサイト教会"前
「"オリエントサイト教会"にはツバキとアイコ君がいる。後はドロシーとプリステラ、【象牙の塔】のアザリとルミナスが居る筈だよ。ミッドウェイ・スクレイパーになってからはわからないが……」
縦に伸びた大聖堂が、少し遠くに見える。
そこまで繋がる長い階段に──幾人もの人影。
「……メアリー。ここは私が残ります。ジョージはブラウザと共に大聖堂へ。娘さんが心配でしょう」
二丁拳銃を構えるスカーレットの瞳は、人影の最前線に立つ男を睨んでいた。
「ブレーグ。騎士の名を捨てて私の前に立つ事の意味、理解してるのよね?」
──【真紅道】団員ブレーグ。
【真紅道】の創立メンバー……スカーレットとも、古い仲。
「姫。……俺は、【真紅道】も【首無し】も大切に思っています」
「貴方の忠義は知っているわ。その上で、どちらを取るのかと聞いているのよ。私の騎士ブレーグ!」
「……私、は」
「ブレーグさん、やめときましょうや。俺達が代わります」
ブレーグの前に躍り出るは更に3人。
毛皮のコートを着た男と、宇宙服で顔を隠した奴。それと蛇を連れている女の人。
「【月面飛行】ファルセダー。【バッドマックス】ロージ。【マッドハット】ファンイェン。どれも戦闘できる諜報員だそうだ」
「よく知ってんな大和撫子! 誰かから聞いたか?」
「君達のボスからね。よく評価していたよ」
「ボス? ……ボスねぇ。そうか。"イリーガルエスケープ社"で堕ちたってなぁデュークか! こいつは傑作だ」
ファルセダーが懐から魔導書を取り出す。
──あいつは結構好戦的ね。
「じゃあ次のボスは俺かなぁ!? ──全員くたばれ!【ブラックホール】!」
「"黒蛍"!」
「【チェンジ】!」
今更黒き渦に呑み込まれるような馬鹿はいない。
他の奴隷組はアゲハの"黒蛍"に頼んで、あたしはブラウザと一緒に【首無し】を飛び越える。
「逃すな影魔物!」
ファルセダーがあたし達の方を振り向いた。
つまり、あの人から目を離した。
「──殺します」
【盗賊王】イタコタイコ。恐怖心による反射のみで異様な速度を手に入れた超高速アタッカー。
人影の間を縫い、ファルセダーの首と目を狙う──
「甘い……!」
弾くは大男ブレーグ。そこまで読んでいたみたい。
「──たった二人で、私達を相手するおつもりで? 姫」
「余裕よ。増員かけたらどう?」
宙を舞うスカーレット。
──勝機は、無い。
「メアリっち! 早く!」
「わかったわ。【チェンジ】!」
大聖堂の中へと飛び込むと、大きな門が音を立てて閉じられる。
アゲハの"黒蛍"からパンナコッタもカズハも出てきた。ジョージも自力で到達している。
「……これで、被害は最小限という訳ですか。冷酷ですね、【夜明けの月】」
「イタコタイコさんを置いていく必要は無かったわ。切り捨てたのはアンタも一緒よブラウザ」
「……ふふっ。毛頭も心配していないのは、同じね」
「そうね。あの二人なら大丈夫でしょ。外に出る頃には血の海よ」
ブラウザもあたしも、半分本気だけど。
とにかく目の前の問題を何とかしないとね。
「メアリー。戦闘が始まったら我はカズハに替わるぞ。後は頼む」
「ありがとう"エルダー・ワン"。……カズハの影化もほっぺたあたりまで引いたわね」
「我が引っ込む間は影化は進行する。酷いようならまた出てくるが……我が操るよりカズハに任せた方が戦闘では強かろう。内部からも僅かながら影化を抑えておく」
敗北した奴隷は"セスト・コーサ・マッセリア"の手に落ちる。それを無理矢理押し留めてくれてるけど、完全には無理みたい。
それでも凄く助かってるんだけどね。"エルダー・ワン"はいいレイドボスね。
「──さて。メアリー君。どう思う」
「どうって──」
大聖堂には、人だったモノが礼拝台を拝んでいる。
もう完全な影になっていて、外で見た影魔物と大差ない。
礼拝台の上には、3人の影。
恐らくは"オリエントサイト教会"の教祖クリフォ。そしてその両脇に──黒く変色した、アイコとツバキ。
「……地獄ね。大聖堂をここまで悪趣味にできるものかしら」
「ああ。本当に趣味が悪い。"エルダー・ワン"……ああなった二人は助けられるかな?」
「……すまんジョージ。カズハの例は我が中にいた事と、影化開始段階で止められたからできた事だ。例え我がツバキに取り憑いたとして……もう助けられん」
「うん。そうだよね。ありがとう」
ジョージにとってツバキは、それはもう大切な……誇張抜きに世界で一番大切な存在。
こうなる事は分かってた。けど、ジョージを外に置く訳にもいかなかった。
「……あの教祖を仕留めれば、奴隷同士で戦うまでも無いんだよね?」
「そうね。あたし達は奴隷同士で戦うから、ジョージは隙を狙って。でも無理しなくていいわよ」
「奴隷は4対2だし。こっちを待ってても問題ないし」
「いや、いいよ。お互い頑張ろう」
……ジョージの顔、直視できないわ。
ふと前を見ると、信者共が合体して巨大化していた。
もうなりふり構わないのね。ホラーなんだけど。
「──ブラウザさん。貴女を守る事は出来そうに無いんだが、大丈夫かな」
「お構いなく。存分に暴れてきて下さい」
ジョージを止められる人なんて、この場には居ない。
合体した信者だったもの達が雄叫びを上げる。悲鳴にも聞こえる。
ジョージは跳び──影を蹴散らしていく。
「行くわよ。【夜明けの月】前進!」




