270.二人三振りの四天王
黎明期を駆け抜けた冒険者。
数々の伝説を遺してきた彼ら彼女らの中でも一際有名なものと言えば、やはり【大太刀廻り】──"サムライ四天王"である。
同じジョブの上位陣が一堂に会して情報を共有する。【象牙の塔】等、今となっては当然であるジョブ研究。【大太刀廻り】はその先駆けであった。
戦闘において最上級の強さを誇る【サムライ】というジョブは、四天王達によって現代まで磨き上げられ探求され続けている。
──四天王の一角"呪血のカズハ"。
妖刀【厚雲灰河】【分陀利】を使い熟す二刀流の使い手。自らを呪い、そして他者にも呪いを振り撒く呪血の姫。
神速の抜刀術【一閃】とその斬り返し【燕返し】の扱いにおいては他の追随を許さない。
──同じく"規範のサティス"。
過剰強化した大太刀【瑜伽振鈴】を振るう、【サムライ】戦闘スタイルのスタンダード。基本に忠実、の最終形態。太刀筋は刹那のズレも無く正確に。理論が確立されていれば何でも再現してしまうという。
どちらも現代においては伝説の【サムライ】。
ましてや、どちらも攻略を開始した現役選手である。
──◇──
【第110階層 不夜摩天ミッドウェイ】
──複合黒金摩天楼ミッドウェイ・スクレイパー
──"燕楼會"ビル中庭
……現代風のビルの内側は、なんというかヤクザの事務所って感じだったけど。
中庭は和風庭園。こんな改造していいの?
「さて。【飢餓の爪傭兵団:ミッドウェイ支部】の皆々様よ。奴隷はお互いに二人だ……。2対2でいいな?」
小さな屋根のある小屋に腰掛ける"燕楼會"頭目カイエンお爺ちゃん。
あたしとアゲハは、庭園の真ん中に立たされる。
「ええ。それでいいわ。やっちゃいなさいメアリー、アゲハ!」
安全圏から野次入れてくるわねブラウザ。
──あたし達の前には、剣鬼が二人。
「──残念だが、どうにも手加減が出来そうに無いね。直接洗脳されている訳では無いし抵抗出来そうと言えば出来そうだけど、やらないよ」
「ごめんね二人とも。こうなったらちゃんと全員斬り倒して、お姉さんがイシュテルまで辿り着いてみせるから……!」
カズハとサティス。【サムライ】最強格が二人揃って、合計三振り。
……どっちの強さも良く知ってるわ。
「メアリっち。サっちゃんはやべーって」
「カズハもヤバいわよ。いやもう本当にヤバい。こういう時に全然手加減とかしてくれないんだもの」
奴隷を介した五大マフィアの買収──レイドボス"セスト・コーサ・マッセリア"までの導線。
その道具に身内が使われてるのは気に入らないけれど──こっから巻き返すから、別に良いわ。
「行くわよ」
「おいで、メアリーちゃん」
空気が張り詰める。
戦闘はもう、始まっている。
獅子脅しが一つ、カコンと音を響かせる──
「【虚空一閃】!」「【灰燼一閃】!」
「"黒蛍"!」「【チェンジ】!」
二つの剣閃が舞台を覆う──!
──◇──
「おお派手だねぇ。粋だねぇ」
観客席というより、茶屋の出席。
"燕楼會"頭目のカイエンは我々【飢餓の爪傭兵団:ミッドウェイ支部】の敵なのだけれど……こうして隣で茶を飲む始末。
イタコタイコはみっともなく怯えていたので、無理矢理隣に座らせたけれど……。
「それで、カイエン頭目。貴方の私兵はここにいるので全員かしら」
「ああ。耄碌した儂でも覚えられる数だけを残して後は下街に巡回に行かせてるよ。変なのが紛れるともしれんからのぅ」
変なの、ね。
ミッドウェイには、【セカンド連合】……【スケアクロウ】が待機していたはず。
つまりは【首無し】がいてもおかしくないわね。それを警戒しているのかしら。
「……お騒がせして申し訳ないです」
「いやさ、これもまた一興さね。それはそれとしてだブラウザ嬢。この後どうなる?」
「……そうね。更にお騒がせする事になりますね」
もうこの庭園を訪れる者は居ない──のだけど。
イタコタイコは何かに気付いて立ち上がる。私にはわからないけど、気配とかいう奴?
扉を開けるまでも無く。いつの間にかそこに居たのは──【スケアクロウ】の大斧使いボトム。双剣使いのカズィブ。それと黒の影魔物達。
「マッセリアの私兵に冒険者がいるなら……狙うはアンタらだろうさね。お前達! お嬢さん方に加勢してやんな!」
「いいんですか。"セスト・コーサ・マッセリア"に叛する事になりますが」
「構いやしねぇさ。元よりこっちから願い下げだ!」
"燕楼會"が全員、こっち側に付いてくれた。最初からこうするつもりだったのね。
──好都合。こっちはなんとかしておくから、ちゃんと勝ちなさい。メアリー……!
──◇──
【一閃】
分類両手剣装備"刀"専用の武器スキル。
【サムライ】が使用すればジョブスキルとして昇華し、多様な【一閃】を使い熟す。
特にカズハは【一閃】の達人として有名であり、その練度は【Blueearth】随一。
だから。
「【チェンジ】!」
最速でカズハが動く所までは分かってるのよ!
座標計算の暇は無い。先ずは空中!
カズハの【灰燼一閃】は斬撃のみが実体を持つ。攻撃中完全無敵な上に、攻撃を防いだところで本体はすり抜ける。考えれば考える程クソスキル過ぎるでしょ。
あたしの反射神経じゃ二人の攻撃を見切る事は出来ない。だから雑な回避しか出来ない……!
二人同士の【一閃】。サティスは範囲お化けの【虚空一閃】──地上にいる限りはほぼ全範囲【燕返し】の射程範囲。空中に逃げるしか無い。
それは向こうも把握済み。だけど地上【虚空一閃】の【燕返し】は空中には出来ないから……来るならまだ【分陀利】を納刀してるカズハ!
【厚雲灰河】の【燕返し】を諦めて、【分陀利】を構えてこっちを見る──どうしてあたしが空中にいるってこの一瞬でわかるのかしら。
【チェンジ】は間に合わない。だけど、ロスト階層の頃とは違うのよ。
「【迅雷一閃】!」
紫電纏って、最速の【一閃】が空を跳ぶ。
僅か数瞬のうちに、あたしは貫かれる。
──ここにいたら、ね。
緑の苗木を手元に呼び出す。
さあ来なさい、大森林!
「【森羅永栄挽歌】!」
──◇──
大森林。
空間作用スキル【森羅永栄挽歌】。
視界が悪い。障害物が多すぎる。どこまで巻き込まれた? 僕たちだけか、カイエン頭目達も巻き込まれているのか?
「隙ありだし、サっちゃん!」
背後から、鞭。知覚は不可能、故にアビリティ"見切り"で初撃だけオートで回避する。
──背後には、もう誰もいない。
「やるねーサっちゃん! 今の避けられちゃうんだ」
「……ジョージといい、君といい。この密林と相性が良過ぎるね、暗殺者!」
声は聞こえども姿は見えず。
基礎戦闘能力ではアイコさんに劣るものの、身軽さにおいてはジョージに追いつかんとするアゲハだ。
まだメアリーの相手の方が楽だなぁ!
僕はカズハほど異様な反射神経を持ってない。【一閃】でカウンターとか普通無理だから。
なので──納刀は、しない。
何故ならアビリティ"見切り"は抜刀して構えている時しか使えないからね。
カズハとは違う僕の強み。あらゆる【サムライ】の戦術をカバーできる"規範"をお見せしよう。
「ところでサっちゃん! ウチら2対2だけど、引き分けの場合どうなるんだろーね?」
「さてどうだろう。わかる事と言えば、君達が勝ってくれないとお終いって事だ。張り切ってくれよ?」
「かしこまり!」
──目の前に穴が開く。
魔物"グリーンホール"……アゲハの相棒"黒蛍"。
目の前に現れるか? あのアゲハが?
いやいやブラフでしょ。或いは選択肢?
「──開け"黒蛍"!」
おっと?
"黒蛍"が巨大化──穴が広がっている。なるほど僕を巻き込むつもりか。
なら──"黒蛍"に飛び込み、反転。
「嘘っ!?」
「やはり本命は背後からの奇襲か!」
短剣に持ち替えて接近するアゲハ。殺す時は刃物に持ち替えるクセが仇となったね!
決められた動きをするだけなら、穴に落ちながらでも出来るんだ。飛び込み分の距離でアゲハを回避して、そのまま通常攻撃へ移行──
「【次元断】!」
……は?
"黒蛍"から出てきたのは、メアリー。
僕の背後から光の剣。割れる視界──
「き、みには、負けたく無かったなぁ……!」
「あたしだけが勝った訳じゃ無いわ。正々堂々しすぎよサティス」
いやはや、不甲斐ない。
……む。これは……!
「──アゲハ! 受け取ってくれ!」
「えっ、ほいっとキャッチ! ってサっちゃんコレ──」
ギリだね。
愛刀【瑜伽振鈴】をアゲハにパス。
その投げた手が、黒く染まっている。
「──"黒蛍"! サティスを飲み込んで、吐き出すな!」
「無駄だよアゲハ! それよりカズハに気をつけなよ!」
視界まで黒く染まる。これは、つまりそういう事だよね?
後はよろしくね、二人とも。
──◇──
──サティスが、真っ黒になって消えた。
「メアリっち。今のって……」
「何が奴隷格闘大会よ。自分の手駒は渡すつもりが無いって訳?」
シェード族みたいに真っ黒になったのは、多分"セスト・コーサ・マッセリア"の仕業よね。
こっちが勝てば奴隷ごと総取りってのがルール。だから負ける前に回収するってこと?
「【瑜伽振鈴】を渡したのは……最悪のパターンを考慮したのね」
「敵にそのまま操られるって事?」
「サティスはこれしか武器持って無いからね。もし操られたとしても戦力にならないわ。それよりも問題なのは──」
「やっと見つけたわ、メアリーちゃん」
ひやりと、首筋に刀を当てられたかのような冷たい声。
嘘でしょ。結構遠くに置いてきぼりにしてきたのに、もう追いついたの?
「……メアリっち。これ、ヤバめ?」
認識できる距離まで近付いたその影は──赫と蒼の妖刀を抜いた、カズハ。
その顔は既に、半分が影になっている。
「もう操られてるの?」
「ええ。ごめんね二人とも。お姉さんを越えていってね?」
問答の猶予無し。カズハが──一歩であたし達の前まで瞬間移動。
"セスト・コーサ・マッセリア"。カズハの優しさじゃあたし達を倒せないと踏んだのかしら。
馬鹿ね。
「アゲハ!」
「おけまる!【バインドウィップ】!」
カズハが刀を振るうより先に、鞭でカズハを拘束する。
「動きも単調。見える位置からの突進。何よりカズハなのに納刀しない!
お粗末すぎるわよフィクサー! おとといきやがれ!」
紫蓮の杖に"赤き大地の想い"をセット。
【紫蓮の晶杖】は【紫蓮赤染の大晶鎌】へと進化する。
拘束を一瞬で振り払うカズハ。
でももう遅いのよ。
本来のカズハなら、ここまで楽じゃ無かったわね!
「ぶった斬るわ!【赤き大地の輪廻戒天】!」
赤と紫の円閃が、カズハごと空間を切り裂く──!
──勝負は一瞬!
「"エルダー・ワン"! いける?」
「ああ! 我に任せよ!」
カズハの残った瞳に、黄金の炎が煌めく。
ここが隔離階層とミッドウェイの狭間であること。レイドボスとしてもセキュリティシステムとしても精通した"エルダー・ワン"がカズハに取り憑いている事。そしてこの奴隷格闘戦に決着が付いた事。
今なら、きっとカズハを助けられる!
「こんなウィルスで、カズハを奪えると思うなよイシュテル!」
カズハに取り憑いた"エルダー・ワン"の炎が全身を包む。そして──
──◇──
【第110階層 不夜摩天ミッドウェイ】
──複合黒金摩天楼ミッドウェイ・スクレイパー
──"燕楼會"ビル中庭
「──決着、ね。その辺にしときなさいイタコタイコ」
「あ、はい。もうすぐ殺せます」
【首無し】のカズィブの首に執拗に短剣を突き刺しまくるイタコタイコ。恐怖心からくる脅威の排除は無慈悲で徹底的。流石この治安の悪いミッドウェイを任されるだけはあるわね。私も"燕楼會"も引いてるわ。
【首無し】の軍勢を退け、庭園の中央には──メアリーと、アゲハ。それに……カズハ。
「どうやら負けちまったら……こうなるみてぇだな」
「カイエン頭目。それに皆さんも……身体が」
影の具現化、シェード族である"燕楼會"の面々の身体が、端から崩れて消え始める。
「こりゃあ反撃に出る事も出来ねぇな。しゃあねぇ。このビルは貸してやるよ、ブラウザ嬢。マッセリアの奴をぶちのめすまで自由に使いな」
「──ええ。わかりました。必ず」
カイエン頭目は快活に笑いながら、その身は塵となって霧散した。
──"燕楼會"撃破。
レイドボス解放まで、残り4棟。
〜今後後書きは不定期更新とします〜




