27.《聖母》アイコ
【第13階層裏 翠緑の聖域】
アイコの一喝によって開放はされたが……そのままアイコにエルフの里を案内される事となった。何人かの監視付きで。
「我々は現在、エルフと共に永年樹を取り返す活動をしています。私はそこまで役に立ってはいませんが……」
「何を言ってるんですか! アイコさんがいるおかげでドリアード派の連中も結構な数が中立になってくれています。
アイコさんが来る前は、ドーランで買い物なんて夢のまた夢でした!」
「そうですアイコさん! 今日も匿名で物資の贈り物が来ています! ご謙遜を」
人望は本物にようだ。本人の自己評価は低いが、それはもう大人気。冒険者は元より、すれ違うエルフ達も笑顔で声を掛けてくる。
俺でさえ、話しているとどこか安心してしまう。
……まあそれは現実のアイコを知っているからというのとあるだろう。まさか記憶が消えたこの世界でも同じ渾名で呼ばれているとは。
──《聖母》アイコ。世界最強の空手家にして、ボランティア活動で世界各国を転々とする有名人。
「世界一優しく強い格闘家」のキャッチコピーで名を馳せたTVタレント。
当然だが、その外見は一目見たら忘れられないインパクトだ。まさかとは思ったが、そのまさかだとは。
テレビに脚色された人間性というのもあるだろう、と少し疑ってかかっていたが……現在、ライズセンサーには悪人判定無し。根っこからの善人だ。
嘘だ。そんな人間いるわけないだろ。捻くれ倒している俺はまだ疑うぞ!
「ここは修練場です。武器の練習をしていますね。
私は武器を上手く扱えませんが、素手だと戦えないのでここで毎日練習しています」
開けた場所にカカシが数体。モーニングスターで殴り倒された痛ましい姿。
他にも数体あるが損傷が一番大きいのはアイコの物だ。他も剣で刻まれたり、後頭部を執拗なまでに狙ったような銃痕だったり。
……空手において世界大会で無敗4冠。開催前に行われる性別重量無制限のエキシビジョンマッチは毎年恒例「全階級アイコ蹂躙劇場」となっていた、そんな怪物が「素手では戦えない」なんてな。素手での戦闘に制限がかかる【Blueearth】の悲しさか。
──◇──
「こちらは礼拝堂。私もよく祈りに来ます。毎日数時間はエルフと我々の会議室にもなります。
エルフの方々は長命で私なんかが役立つとは思えませんが、相談室も一応開いています。最近はもう交流会になっちゃっていますが。サインなんかも書いちゃったりして、私ったら思いあがっちゃってますね……恥ずかしい」
──◇──
「こちらは畑ですね。エルフの秘術ですぐ育つんですが、最近は種の仕送りが増えた事で色んな種類の作物が育つようになりました。
あ、あそこの《ジャイアントデス大根》は私しか引き抜けないので、数少ない私だけの仕事と言えますね」
──◇──
「こちらは大食堂です。最近はエルフの方が増えてきて、本来の食堂を解体して青空食堂にしました。
エルフの秘術で雨が降らないんです。凄いですよね。
私は斧を装備できないので、手刀でテーブル用の木を加工する事しかできなかったんですよね」
──◇──
本当に素手に制限入ってるのか?
……それはともかく、見回ってわかったが、どこもかしこもエルフしかいない。冒険者は最初に俺に剣を突き立てた数名以来、一人も見なかった。これは深刻な人員不足だ。
「ちなみに【エルフ防衛最前線】は何人くらいのギルドなんだ?」
「ギルドメンバーは10人ですね。ですがメンバーでなくとも協力して下さる方は大勢いますよ」
アイコの指差す先には、山のように積まれた資材。
「今は検品中です。いつも匿名でいろいろな物が送られてくるんですよ。
実際、エルフさんが元気になったのはこの差し入れのおかげです」
「検品は誰が?」
「ギルドマスターのヒイラギさんです。変なものが無いか、全部自分で点検していると」
物資の山に埋もれて、猫背ぎみの男性がこちらへ手を振った。あの人が【エルフ防衛最前線】のギルドマスターか。
アイコも手を振り返している。のんびりした空気が流れる。アイコの外見は世紀末みたいなんだが、なんか既に可愛く見えてきた。
……アイコはおよそ警戒心というものを感じさせないが、他のメンバーは依然俺を警戒しているようだ。
だってアイコと二人きりにさせてくれないからな。
今回の計画にはアイコの協力が必要だ。何度か通う事になるな。
──◇──
振り向けばドーランが見える、【土落】の終点──森の入り口。
果てしなく広がる森から聞こえて来るのは木々のざわめきなのか、魔物の唸りなのか。
──ここは【第11階層フォレスト:新緑の出入口】
「フォレストじゃウィードと比べて圧倒的に擬態系の魔物が多いっス。
単純に捕まる危険性もあるっスけど、クエスト効率の話的には発見が難しい事が障害になると思うっス」
レンを戦闘に、早速やってきました新階層。
まずもう既に木の根やらなんやらで足場が悪いわ。
──────────
パーティ 10/10 ▼[レベル順]
【リベンジ: ゴースト: 99】
【ナイト :ミズバケツ: 35】
【バーサー: アミド: 33】
【バーサー: シモセ: 33】
【バーサー: ペンスリ: 31】
【バーサー:コクショク: 30】
【バーサー: カリット: 29】
【スナイパ: ドロシー: 29】
【ウィッチ: メアリー: 28】
【トリック: レン: 26】
──────────
「ヒーラーが極端に少ないから分担するわよ。
基本的にバーサーカー5人に対してサポート5人で行くわ。どんな事が起きても2人1組にはなる事。
ゴーストは唯一回復魔法持ちだから中心配置。倒れそうな人を回復してあげて。
レンとドロシーとミズバケツとあたしは相方をアイテムで回復させる事になるから、後衛よりは中衛で。
【バーサーカー】系列特有の前進による戦線分離は2人1組戦法でカバーするけど、前衛は冷静になったら戻ってくる事。いいわね?」
「「「YES.お嬢!」」」
なんかめっちゃ返事いいわね。
「じゃ振り分けね。ペンスリさんを扱えるのはミズバケツさんくらいだろうからここで組んで、聞こえにくいコクショクさんは距離取って回復投げられるドロシーが組んで。ドロシーの判断で勝手に回復させるわ。
あとはレベル平均をできるだけ合わせるためにアミドさん・レンで一組、シモセさんとあたしで一組、カリットさんとゴーストで一組ね」
シモセさん……片手斧二刀流のちょっと顎が大きなお兄さん。片付けが苦手という、戦闘においてはそこまで気にならない欠点を持つ人。割と礼儀正しい方で、この人ならあたしでも組める、と、思う。組めなくちゃ。
「なんかトントン拍子で話が進むっスね。でも小分けにするのは賛成っス。フォレストじゃ10人規模のパーティが完璧に纏まって行動するのは無理ゲーだと思ってたっス」
「この案で行くならむしろ5人も【バーサーカー】いるのは助かるわね。前衛はどのサポートと組んでも一定の成果を出せるし。流石ドーランに根付く【ダイナマイツ】ね」
「いや我々はアホなだけ……」
「その通りだぜお嬢!」
「うおおおおやったらぁぁぉぁ!」
「ワシの相方ぁ誰じゃって?」
「コクショクはドロシーだってよ」
「ふおおおおおロリショタじゃああああ!」
ミズバケツさんを押しのけて盛り上がる前衛筋肉部隊。
士気が高い。変則的だけど、きっと上手くいくわね。
さあクエスト開始よ──!
──◇──
【浮遊大輪の花弁収集】:0%
「高いところに浮いてる花は、めちゃくちゃ花びらを落とすっス。無理に高い所まで登らなくても拾うだけで充分っス」
見上げるとそこら中にピンクの大輪が、まるで木々を彩るかのように森の空に咲いてる。綺麗だわ。
「でも要求量がめちゃくちゃ多いわ。直接取っちゃえばよくない?」
「その辺が厄介ス。《スカイフラワー》が飛んだ後に、その性質に目を付けた賢いハンターがいるっス。ほらあそこ」
レンの指差す先の大輪に、巨大な蝶が飛来して──花ごと8本足に囚われる。
花の裏側から現れたのは、花と同じ薄桃色の大蜘蛛。
「search:《スパイダー:スカイフラワー》。自身の巣に落ちた《スカイフラワー》の花弁を飾り、《スカイフラワー》に擬態します。蜘蛛の巣の粘着性を失っていますので、捕食は本体の力で行う習性があります」
「高いところはあいつらがいるから、陸路を攻めなくちゃいけないんスよ。あいつら35レベルくらいあるしフットワーク軽いからすぐ集まって来るっス」
「よく飛行系の魔物乗った【ライダー】系が捕まる罠だな。慣れたドーラン冒険者は陸路を攻める。が、今回はドロシーがいるからな。撃ち落とす事はできるよ。
花だったらお得、魔物だったら地上戦で経験値。どうだろう」
シモセさんからの冷静な提案。両手に斧持った蛮族とは思えない。
「レベル高いがまぁ地上で一体相手ならそう厳しい相手ではない。やるか! 盾持ちのペンスリとカリットを前にしてな」
「でも槌装備はボスだけなんだよな。俺達全員斬撃だ。《スパイダー:スカイフラワー》は打撃に弱いんだが」
「ミズバケツは元両手槌使いだろ。ボスの顔立てて両手剣使ってんだろ? 今使っちゃえよ」
「えー? いいんですかー? 確かに持ってきてますけどー。一応、一応ね?」
「めっちゃウキウキだミズバケツ」
「本来1番血の気が多いからの。ほんで作戦は?」
「「「落として! 叩く!」」」
息の合った作戦会議。むしろこっちが追い付かないと。
ドロシーは比較的慣れてるのか、既に銃を装填している。
「で、では行きますよ。《スパイダー》種は地上でも速いので、撃ち落とした後の援護お願いします」
「任せろ!」
「では──【パワーショット】!」
ドロシーの放つ弾丸が、巨大な花を撃ち抜く──
──と同時に、花はグシャっと折り畳まれ、巨大な花蜘蛛が落ちてくる!
「ビンゴだドロシー! お嬢、指示を!」
「まだあたしが奴の行動パターンを把握してないわ! 打撃のミズバケツさんを中心に前衛4人がタゲを逸らして!」
「「「了解!」」」
前衛への指示は端的に。
花蜘蛛との戦闘が開始する。
「【兜割】じゃあ!」
「【バーンアックス】!」
「爪攻撃は俺が受けるよーっ!」
「隙作って! 【ギガントスタンプ】落としますよ!」
「ゴーストとドロシーは回復支援! レンはあたしを護衛して!」
「了解っス!」
布陣は決まった。まずはライズから貰った魔法の出番ね。
「解析魔法──【スキャン】!」
敵のデータを解析する無属性魔法。発動と同時に一瞬時が止まり、敵の情報が可視化される。
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《スパイダー:スカイフラワー》
LV33
弱点:打撃/氷/炎
耐性:風
無効:毒
吸収:毒
text:《スカイフラワー》に擬態した巣を張る《スパイダー》種。
捕食の為に脚が強化されており、他の部位より攻撃が通りにくい。
弱点を突かれるか3本以上の脚が行動不能になると防御できなくなり隙が生まれる。
蜘蛛糸の粘性は下がったが強度は上がっている。蜘蛛糸を投げ槍のように射出する時もある。
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……氷も弱点ね。
「オッケー! こっからあたしが援護するわ! 隙ができてからミズバケツさん最大火力お願い!」
「わかりました! お前ら情けない所ぁ見せるなよ!」
「「「応!!」」」
いつの間にか前衛は花蜘蛛を取り囲み、順番に殴ってタゲ管理をしている。息ピッタリじゃないと出来ない芸当ね。
その隙に詠唱が終わり、あたしの大技──【アイスショット】の上位魔法が発動する。
「デカいの一発! 【アイシクルランス】!」
氷の大槍があたしの頭上に構成され──花蜘蛛の頭部目掛けて放たれる。
弱点を突いた《weak!》の表示。ついでに《critical!》。これは大ダメージね。
体勢を崩し隙が生まれた事で──ミズバケツさんのハンマーが鈍く光る。
「チャンス! 【ギガントスタンプ】!」
無慈悲に振り下ろされる鉄槌。
衝撃波を纏い、花蜘蛛の全身ごと叩き潰す。
【スキャン】使ってるから、そのHPが一気に削り取られるのを見ていたけど、とんでもないダメージね。
斧と槌は単発火力がとにかく大きい、とライズから聞いてた。現状最強の物理火力は斧スキルらしいわね。
無惨に潰された花蜘蛛は塵となって消滅。いくらかのドロップアイテムを残し、追撃も無く。初陣は大勝利ね。
「おお、あの鬱陶しい蜘蛛野郎をここまで容易く倒せるとは! 流石は魔法!ひいてはお嬢!」
「違うぞ。そもそも撃ち落とせたからだ。つまりドロシー!」
「いやいやトドメの私の……力はあんま関係ないか」
「「自信持てよ!」」
なんかいつも盛り上がってるわねあいつら。
……ライズだったらこれ、わざと数匹撃ち落として一網打尽とか計画するわよね多分。
あたしは完璧な女よ。1匹1匹確実に撃ち落として荒稼ぎしてやるわ。
「じゃんじゃんやるわよアンタ達!」
「「「YES、お嬢!!」」」
──◇──
その後《スパイダー:スカイフラワー》が複数いる場所で1匹撃ち落としてしまった為に、数匹に終われ壊滅寸前となるのであった。
「ライズ助けてぇーーー!!!!」
~メアリーの備忘録~
「【Blueearth】の内部にまで入る必要は無かったんじゃないか?」
ライズにそんなことを聞かれた。ちゃんと訳あっての事だけど、わざわざ言う程の事でもない。
でも忘れちゃいそうだから、ここに残しておこうと思う。
あたしの目的はお姉ちゃんの世界征服の乗っ取り。
コンプレックス拗らせてるあたしは、何としてでもお姉ちゃんをぎゃふんと言わせたかったの。
お姉ちゃんはもう電子世界に逃げちゃったし、【Newworld】サーバールームの座標もあたしには教えてくれなかった。物理的な干渉は技術上不可能と判断したわ。
じゃあ電子的に、ハッキングで攻撃するしかない。まだ世界で成功した人も組織もなかったけど、こっちの方が勝ち目があると思った。
そこで課題になったのが、現実と【Blueearth】の速度差。向こうは現実の4倍の速さで時間が進んでる。
付け入る隙も4倍速で消えちゃうし、何よりお姉ちゃんが4倍速で成長・対応してくる。せめて同じ土台に立たないと厳しいわね。
お姉ちゃんは【Blueearth】の外部に管理者ルームを作って、そこにいると踏んでいた。
お姉ちゃんと同様に、【Blueearth】に隣接する形で速度を同期した別ルームを作成して、そこからハッキングする事にしたわ。
【Blueearth】そのものに侵入するわけじゃないからバレるリスクは低いし、近ければハッキングもしやすい。
……で、問題が発生。【Blueearth】の外側を囲むように、同様の別ルームがあった。お姉ちゃんのルームとは別の空間。
あたしの見立てでは、この空間は排気口兼セキュリティ。重力は外側に向いていて、【Blueearth】からこの空間へ捨てられたデータはそのまま電子の世界へ投棄されバラバラに分散する。
同様に侵入者もそのままお帰り頂くって寸法ね。しかも一方通行。この空間からは【Blueearth】には行けないみたい。
まあそれはパンピーの考えよ。廃棄の速度感覚を把握できれば速度の遅いポイントを集積させて、安全圏を作成できるはずよ。
作った安全圏の近くに冒険者アバターのデータがあったからそれを取得。アバターに周囲のデータを変異調整して拠点を確保してもらってからあたしも侵入。
廃棄空間でさえ凄まじいセキュリティと初見殺しの数だったけど無事突破。拾い物の冒険者アバターに内部からいろいろしてもらったから上手くいったけど、ここは運だったわ。
侵入が成功したら冒険者アバターをちゃんとした冒険者に調整。もちろんチートもりもりでステータス改造しまくり。
レベルは強そうだから99に。職業はかっこいいから【リベンジャー】に。素体があまりに美女だったので外見は据え置き。破損もしてなかったし。
あたしの先兵が出来たところで、あたし自身の分身を作成。バストを少し将来を見据えて作成したらセキュリティに引っかかりそうになったので泣く泣く断念。
せめてもの抵抗で髪の色を変えたわ。あとは冒険者としてのダミーを作成して、侵入の準備は完了。
【Blueearth】へは入れないはずの一方通行も、さんざん流れてくる廃棄データ達を解析すれば可逆通路にできる。
そしてあたしは無事、冒険者アバターとあたしの分身を【Blueearth】へ送り込む事に成功したわ。
あとはどうやって世界征服しようかなーってところで、冒険者アバターを囮にして協力者を探す事にしたわ。
で、その後。ライズを見つけて、なんやかんやでお姉ちゃんに見つかって。
その瞬間あたしの本体の場所が特定されて、可逆通路を利用されて引っ張られて。
作ったダミーデータとあたしの分身とあたしの本体を融合されて、冒険者にさせられた。というわけね。
そう、ゴーストはこの時に拾った冒険者アバターの事。
あの空間は記憶のロックがかかってるみたいで、ちょっと具体的な光景が思い出せないのよね。きっとそのうちこの記憶も忘れちゃうんじゃないかな。
それも癪なので、ちゃんとログに残しちゃおう。ゴーストと出会った日くらいは記憶しておきたいわ。
ゴーストのデータが外に投げ出されて消滅する前に拾えてよかったわ、ほんと。
……なんとなく、今日はゴーストと一緒にケーキでも食べに行こっと。




