268.暗黒の地平線
【第110階層 不夜摩天ミッドウェイ】
【スケアクロウ】仮拠点
「ここは対【夜明けの月】のために用意した拠点だけど、元々【スケアクロウ】はミッドウェイにも住処を用意してたんだ」
案内するのは先日のジャングル階層でも敵として参加していた【スケアクロウ】のチャイナな姉御肌、ハオハオさん。
周りには【スケアクロウ】──随分と、拠点の広さに反して人数は少なく見えるのですが。
「でも追い出された。ウチには【首無し】が巣喰ってるって噂は知ってたけれど、まさかここまで多かったなんてね」
「もちはハオハオも怪しんでたよー。潔白だったんだね、ハオハオ」
「アンタこそね、もち。いやアンタは何か裏があって欲しかったけど。本当に面倒臭がりでやる気無いだけなのねアンタ」
でろんと仰向けは【エンジニア】のもち。今はこの二人が【スケアクロウ】の頭役らしい。
「【首無し】は……どういう訳か、私達【スケアクロウ】を襲ってきた。ここに居るのは非【首無し】の半分くらいね」
「【スケアクロウ】3分の1が【首無し】だったねー。消えた残り3分の1の【スケアクロウ】は何処に行ったのか全く分からないんだよねー」
「だから貴女を買ったの。どうか力を貸してくれない? ──ミカンさん」
はい。
ミカンさん、【スケアクロウ】に買われました。
この閉鎖されたミッドウェイでは、奴隷同士の戦いは【決闘】として扱われておりデスペナルティは無い様子なのです。
が、それ以外での死はどうなるのか。少なくとも一度死が確認された【スケアクロウ】は二度と現れていない模様なのです。
「奴隷格闘大会には参加しないのです?」
「しないわ。仲間を守る事が先決。……ミッドウェイにいる限り、【首無し】からは逃げられない。厳しい籠城になるわ」
無理に抗争に参加する事もないのです。それは確かにそう。
しかしここにいてはミカンさんも身動き取れないのも事実。どうにかして【夜明けの月】と接触出来るようにしなくては……。
「わかりました。ミカンさん、誇りに賭けて絶対無敵な要塞を建築しましょう。もし裏切り者がいないのならば、ですが」
うん。
みんなの駆け込み寺は必要そうなのですね。
ここで一箇所くらいは安全圏を確保しておくのです。
──◇──
──市街地
タルタルナンバンです!!!
なんとか滑り込みでミッドウェイに突入しました、タルタルナンバンです!!!
【ニンジャ】ですので、襲い来る原住民達からは逃げきれていますが! 今はそれどころでは無く……!
飛んでくる怨念を回避して、ビルからビルへ飛び移る。
ここは廃墟エリア。割れた窓やら何やら、隠れる場所も飛び移る場所も多くありますが──怨念は壁を貫通してウチを狙ってきます!
「なっ、なんで貴方が! 答えて下さい、編集長!」
──【井戸端報道】第1編集部編集長。【ダークロード】シュケル。
ウチの直属の上司でもあります!
ミッドウェイ突入後、偶然出会って声を掛けたところ──問答無用の攻撃!
「ウチが何かしましたか!?」
「……何故入ってきたんだ」
声が、背後から。
短剣でシュケルさんの一撃を受け流して、距離を取ります。さっきまで遠距離攻撃ばかりで本体の位置を確認できませんでしたが、いつの間に背後に!?
「ウチは【満月】に協力してもらっていましたから! 急いで追いつかねば、と!」
「……【井戸端報道】は、君に任せたかった」
またしても、背後!
今度は回避できなさそうなので──肘で反転、シュケルさんの手元を弾く! アイコさんに教わって良かったです!
「何を言っているんですか編集長! 一体、どうして……」
「俺は【首無し】のシュケルだ。そして……もう、【首無し】は終わりだ」
──何と?
ウチの硬直を狙ったのか、シュケルさんは──容赦なくウチを蹴り飛ばす。お腹っ! 狙い所が最悪です!
「【首無し】……何故です! 【井戸端報道】は【首無し】を追って……」
「最初から仕組まれていたんだ。仕組んだと言うべきか。
裏の情報を【首無し】が集め、表の情報を【井戸端報道】が統制する。そういうものだ」
シェケルさんは口が軽い事で有名で、そして記者の割にやたらと強い。
そこまでは情報として把握しています。それでも。
「……それで、その情報をウチに渡して、どうして欲しいんですか!」
「察しがいい。外見だけの女では無かったか」
「失礼ィー!」
本当に口が軽いのならクビになるものです。【井戸端報道】は甘く無い。
──編集長は、何かを伝えようとしている!
しかしそれはそれとして、ちゃんとしないと殺される!
「編集長。もうちょっとハッキリ仰って下さい!」
「【首無し】はミッドウェイの冒険者を殺し、ミッドウェイを滅ぼす。それは逃れられない。だから君は外に居るべきだった」
「【首無し】は今何処に!」
「ミッドウェイ各地に。民衆に紛れ、ギルドに紛れ。
いつでもお前達を殺す機会を窺っている」
「……何故ですか!」
「それこそが【首無し】の総意なれば。【首無し】はここで死ぬ事を選んだ」
「もうちょっとわかりやすく!」
「ここのレイドボスに組織を乗っ取られた。我々【首無し】は従うしか無い」
……あれ。編集長、本当に口が軽いだけ?
ともかく。編集長の口が軽い事と……ウチを殺そうとする事は両立する訳で。
「第1編集部編集長補佐タルタルナンバン。バロン局長は君に目を掛けた。君の明るい性格には【井戸端報道】にも良い影響を与えた。
故に残念だ。何故一人で来てしまったのか。ああもあからさまに避けられていたと言うのに」
「……一分一秒でも早く第1編集部に到達するためですが!?」
「ん。そこはこちらも説明不足が過ぎたとは思っている。全部バロン局長が悪い」
怨念で退路を削られて、高火力の近接戦闘を受けざるを得なくされる。
短剣では耐えうるはずも無い。じわじわと、確実に追い込まれている。
……割れた窓を背に。落下ダメージは耐えられそうにない高層階。飛び移る先には他の人影。まず【首無し】でしょう。
ここまで、ですね。
「ナンバンちゃん! 伏せて!」
壁を破壊して現れたのは──二つの人影。
大きな背中がウチの前に着地する。青い鎧が美しい、戦場の要塞──
「──リンリンさん!」
「はい。リンリンです! 話は後です。飛び降りますよナンバンちゃん!」
「えっ」
リンリンさんに首根っこを掴まれて──そのまま窓から、外へぇぇぇ!?
──◇──
土煙……だけではない。
スキルかアイテムか。ターゲット阻害がかけられている。タルタルナンバンと……"無敵要塞"リンリン。逃げられたか。
だが方角は分かる。遠近総取り物魔両得。器用貧乏の妖怪こそがこの俺、シェケル。あらゆる手でタルタルナンバンをギリギリまで追い詰めてやる──
「──出来んであろう?」
土煙から目が離せない。
ターゲット集中スキル?
だが、この男は──
「何故ここにいる。いつ入り込んだ」
「元より休暇を楽しんでおってな。心配せずとも今日は見逃して|やる」
「──待て!」
土煙が晴れた頃にはもう、誰もいない。
……当然、ビルの外にもリンリンとタルタルナンバンの影は無い。
「【首無し】集合だ。要注意人物の乱入があった」
粛々と。
滅びへ向かうミッドウェイで、我々は歯車となるだけだ。
だが……厄介な連中が混じったものだ。
──◇──
──ある薄暗い一室
五大マフィアの定例会議。
今回は事情が事情なので、通信画面越しでの会議となっていた。
『いや、部屋の電気は付けてくれや。暗い暗い』
"アルバーニファミリー"ボス
──テスコ・アルバーニ。
『誰も会議室には行って無いもんね。まぁほら、悪の組織の悪巧みって感じで良いじゃないか!』
"イリーガルエスケープ社"社長
──ドメニコ・ステファノ。
『……あぁ、もう繋がってる? すまないね。ちょっとゴタついていて……あぁ女王様! そっちの金庫はダメな奴です女王様!』
"ウェストバイトCo."代表
──サルヴァドール。
『……んで。祈り屋の坊主は大丈夫なんかい?』
"燕楼會"頭目
──カイエン・ヒエン
『……ん。あぁ、勝手にやってくれ。私はもうなんでもいいよ』
"オリエントサイト教会"教祖
──クリフォ
ミッドウェイを牛耳る五大マフィア。そして──
「──顔を見られないのは、残念だ」
生きる影。ミッドウェイのフィクサー。
レイドボス──六本指の怪。
"セスト・コーサ・マッセリア"は部屋にいた。
『議題も何もすっ飛ばすぞ。……よく顔を出せたなマッセリア。申し開きはあるか?』
「そう荒れるなよアルバーニ。これもミッドウェイのためだ」
──この定例会議、"セスト・コーサ・マッセリア"が出てくる事はそう珍しく無い。
だが今回は事情が異なる。ミッドウェイの無断閉鎖を行ったのはマッセリアだ。ここにいる全員がその真意を問う為に来ている。
『冒険者は好き勝手しているよ。【首無し】が平気で街中で殺しをしてるし、ライトニングなる奴に至っては論外だ。冒険者の分際で五大マフィアに届こうとしている。というか所持総額で言えば既に"オリエントサイト教会"を抜いている』
「だが、ここまで届く事は無い。好きにさせればいいだろう。滅ぶまでの余興だよドメニコ」
『滅ぶまで、ですか。ミッドウェイを滅ぼす事の何がミッドウェイのためになるのか、説明頂きたい。
治安も金回りも、その他諸々。今封鎖が解かれたとしても、元のミッドウェイに戻るにはどれだけの時間がかかるか』
「それが狙いなんだよサルヴァドール。最早ミッドウェイの滅びは止められない。【Blueearth】はその滅びを許容するしかない。こんな事をお前達に言っても理解できないだろうけどね」
『傲慢。変わらないのぅマッセリア。故に足元を掬われるのだぞ。
こちらはこちらで好きにやらせてもらうわぃ』
「カイエン。……そうだ。好きにやってくれ。届かない者同士でな」
『ぅえぁ』
「おいクリフォはどうしたんだ本当に」
『お前がやったんじゃないのか?』
「するか。脳みそ溶けてんじゃないのか。おーいクリフォ、大丈夫か?」
『大丈夫だよ。どうかした?』
「急に正気に戻るな」
──滅びは街に現れる。
システムが破綻したミッドウェイは、【Blueearth】の異物となって独立し始める。
天知調はミッドウェイを【Blueearth】と統合してミッドウェイの滅びを感染させるか、ミッドウェイを切り離して【Blueearth】を瓦解させるか。その二択なのだ。
これこそ私が企む、【Blueearth】崩壊のための一手。
「ミッドウェイは滅びる。だが我々だけは生き残る。この暫くの破滅を耐え忍んでくれれば、あの暗黒の地平線の先を手に入れられるのだ」
『なんか祈り屋みてぇな事言ってんねぇ。それ、相わかったと受け入れるとでも思ってんのかぃ?
アンタが儂らの存在無くして居られない事くらいは分かってんだよ』
「そうではないんだ。
そうでは、なかったんだ」
私は。
五大マフィアのバックにいる存在。
畏れ敬う巨悪の具象化。
……ではない。
私は、レイドボス"セスト・コーサ・マッセリア"。
セキュリティシステム。
だから、貴様らなぞ必要無かったんだ。
「これまで通り私に従うというなら、尊重しよう。
だがライトニング某の戯れも程々にな。ついうっかり貴様らを潰してしまいかねん」
『……成程な。誰に何を吹き込まれたのかわからねぇが、ハッキリしたぜ』
動くは五大マフィアトップ。"アルバーニファミリー"。
『俺たちを舐めたなマッセリア。高く付くぜ』
「……明確な行動になるまでは、見逃してやろう」
次々と、モニターの光が消える。
これ以上話す事は無い、と通話を切った様だ。
「生き残るのは、私だ」
暗黒の地平線を眺める。
私は、全てを手に入れてみせる。
待っていろよ。【Blueearth】……!
〜人物紹介:シェケル〜
シェケル
所属:【スケアクロウ】
【井戸端報道】第1編集部編集長
ウォリアー系第3職【ダークナイト】
報道組織【井戸端報道】第1編集部の編集長。そして【Blueearth】最大の闇組織【首無し】の一員。
マスコミとしても情報屋としても致命的に口が軽く、無口なくせに致命的にポロっと情報を漏らしてしまう。
デュークとは【首無し】結成前からの仲で、親友のつもり。あっちがどう考えているかはどうでも良い。勝手に助ける。
補佐としてタルタルナンバンが配属された段階で、彼女が【首無し】無き後の【井戸端報道】を背負う人である事を理解。そして【首無し】が消える可能性を理解した。
なので後進育成に精を出そうとしていたが、オンラインでもタルタルナンバンがあまりに優秀過ぎてそもそも教える事も貸せる手も無い。
正直タルタルナンバンには【井戸端報道】を安心して任せられるからガッツリ悪役になってやろう、というのが今回の行動の真意だが、普段大人しくて天然な人がそんな事してもあまりインパクトにはならないのである。
自ら発信しない性格なのでわかりにくいが、異様に忍耐強い。今回【首無し】は全員洗脳されているが、実はシェケルだけはその洗脳が通用していない。
命令に背くと激痛が走るが、その激痛をガン無視するからである。
なお、タルタルナンバン達に逃げられたのち仲間からボコボコに叱られた。こっちはアンタほどタフじゃねーんだよ!




