261.全てが買える街
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この街に差別はない。
武器も、商人も、魔物も、盗賊も、明日も。
この街では全て等しく、金で買える商品だ。
守る盾は金。攻める矛は金。歩む道は金。
貧乏は死。照らす太陽は金貨の輝き。
──ここは【第110階層 不夜摩天ミッドウェイ】
明けない夜。沈まない街。
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見上げる果てまで摩天楼。
一気に"都市"って感じになったわね。これまでで一番文明を感じるわ。
──【夜明けの月】連合がミッドウェイに到達してもう10日経過した。
あたしは、明けない夜の街を独りで歩く。
原住民であるシェードは、みんなスーツやらコートやらを着て忙しなくあっちこっち行き交っているけど、これといって目的は無いみたい。なんだったら見えてるシェード族の9割近くは自我すら無く彷徨う亡霊で、商売をしたりで冒険者とコミュニケーションが取れるシェード族はほんの僅かみたい。
……とはいえ、たった独りで街を歩くのは怖いけど……あたしの首に光る首輪が、あたしを守ってくれる。縛るとも言うけど。
「おお、良く来てくれました」
ビルの入り口で待っていたのは、薄桃色の巫女服の女性。黒い街並みに馴染まないわね。
「凄い可愛い服ね。似合ってるわよ」
「わかりますか!? そうなんですよすっっっごく可愛いんですこの服! ミッドウェイでは欲しい物は何でも買えるとは言うけど望みの品が出品されるかは全くの運ですから、もうお小遣い殆ど使って買ってしまいまして! でもみんなオシャレ興味ない人ばかりでしたからうわぁ嬉しいなぁ感涙だぁ! メアリーさんもギルド通信や【井戸端報道】の新聞で見てましたけどそのドレス風の服も凄い良くて、落ち着いた色合いがその金の髪を引き立てると言いますかあぁぁぴょんぴょんするツインテール可愛い可愛い!私が買いたかったなぁ!」
「あ、はい。ありがと」
凄い暴走させちゃった。ぴょんぴょん小躍りする女性。可愛い。
「おぉいタイコ! 速く連れてこい! 姉御がお待ちだぞォ!」
「ひゃい!ただいまぁ! ……ではメアリーさん、階段登りますよ、気をつけて。手枷かけられてますからね」
両手を拘束する手錠。契約により掛けられた首輪。
あたしは──このビルにいるギルドに買われてしまった。
階段を上がり、扉を開けると──ヤクザの事務所か何か?
目つきも柄も悪い人達の中でドヤ顔かます、スタイル最高性格最悪の女が眼鏡を光らせていた。
「私が貴女のご主人様になります、【飢餓の爪傭兵団】情報班総司令ブラウザです。
これから宜しくね、ペットちゃん?」
……むかつくぅ〜!
──◇──
あたしは【飢餓の爪傭兵団】の所有物として売られてしまった。
何か装備が取り上げられた訳では無いけど、あたしの判断でインベントリを開く事すらできない。
──そんな理不尽あるかって話だけど、現状そうなってるんだから仕方ない。
「姉御。わざわざ大枚叩いて現金一括払いしちまいましたが、いいんで?」
「ミッドウェイで一括払いしない時は踏み倒す時だけです。分割払いなんてしてみなさい、金利だなんだで最終的に倍額払う事になるわ。権威と暴力ちらつかせて現場で値切って一括払い。これミッドウェイの常識です。
……それは【飢餓の爪傭兵団:ミッドウェイ支部】の貴方達の方が詳しいのでは?」
「い、いえ。そりゃそうですが、そこまでしてこのちんちくりんが欲しかったんで?」
「馬鹿野郎! すいやせんブラウザ姐さん、こいつアクアラの一件の時出稼ぎに行ってたもんでブラウザ姐さんが【夜明けの月】にこっ酷くやられたの知らねぇんでさぁ!
オラ裏に来いやテメェ! ブラウザ姐さんがメアリー嬢ちゃん買い取ったってったら復讐・拷問・惨殺に決まってんだろうがァ!」
「そうだそうだ! ケジメにお前も売られてみるかゴラァ!」
「えっあたし殺される?」
「殺しません! 全員戻ってきなさい!」
ブラウザの一喝で全員正座。
なんか凄い物騒なんだけど。
「……イタコタイコ。【飢餓の爪傭兵団:ミッドウェイ支部】の担当は貴女ですよね。しっかり教育するように」
「は、ひゃい! ごめんなしゃい……」
さっきの巫女服さんはこの支部のギルドマスターだったのね。なんというか、威厳が無いけど……。
「俺たちがほぼ悪いけどよぉ、ビシッと言ってくれやタイコ。実力じゃ一番強ぇんだからよ」
「そうだぜ。喧嘩する時はあんなヤバいのになんでそんなビビってんだよ。模擬戦でも執拗に目ぇ狙って来るのに普段は目ェ合わせられないの何なんだ」
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
だめだこりゃ、と肩を竦めるヤクザ達。
さすがに実力主義の【飢餓の爪傭兵団】、本当にイタコタイコさんが実力者なんだろうけど……そうは見えないわよねぇ。
「ほら貴方達、ぼさっとしてないでお茶の一つでも汲んで来なさい。あと甘いお菓子」
「そこのメアリー嬢ちゃんにはやらせないんで?」
「貴方、犬にお茶汲みさせられるの?」
「へ、へい!今すぐに!」
「……ブラウザ。あのね、ここで言うペットってそういう感じのものじゃないと思うの」
「え?」
何故かブラウザの隣に座らされて、頭を撫でられたりわしゃわしゃされてるけど。
本当にペット扱いするんじゃないわよ。お犬様になってるじゃないの。
……結局猫可愛がりはそのまま、机にはミッドウェイの俯瞰地図が広げられる。
「現在ミッドウェイでは三つの異常が起きています。私はその内の一つを調査する目的で来て、別の問題に巻き込まれてしまいました。
一つは冒険者の失踪──後に、商品化と判明します。
本来は闇ギャンブルとかで負け続けたり、借金をしすぎると送られる地下施設、その最下位、最終手段である"冒険者の商品化"。オークションにかけられ、首輪をハメられ誰にでも売られてしまう。商品となった冒険者は武器の装備やアイテムの使用を自分の意思で行う事が出来ず、全て買い主の命令通りに動いてしまう。間違いありませんか?」
「そうね。この首輪がある限り、買い主に絶対服従。そう聞かされたわ。インベントリもロックかかってる。
動くのは自由だけど、ブラウザにも他の人にも攻撃行動そのものに制限が課せられているみたいね」
「そうですか。"商品化"まで持ち込んでしまった冒険者は前例が少ないので話のわかるメアリーを買えて良かったです。細かいルールは今後検証していきましょう。
……そして二つ目の異常は、異様な値上がりです。
ミッドウェイの店舗は値段を店側が自由に設定しますが……全ての店舗において先月比平均500%の値上がりを見せています。私はこれの調査に来たのですが……最後の三つ目にひっかかってしまったのです」
窓から見える夜空には、光の網のようなものが張られている。
──これが第三の異常。
「三つ目の異常──ナイト階層の閉鎖。【夜明けの月】連合がミッドウェイに到達して12時間後、このナイト階層は完全に閉鎖されました。出るも入るも不可能です。
だから貴女を買ったのですメアリー! どぉーせ【夜明けの月】が原因でしょう! 知ってる事全部吐きなさーい!」
「知・ら・な・い・つってんのよ! オークションであたしを買った時にも言ったわよね! むしろあたしが聞きたいんだけど!?」
──そう。それはあたし達がジャングル階層を攻略した後の話──
──◇──
10日前。
「ここがミッドウェイか。直接来るのは初めてだが……想像以上に現代っぽいな」
「良く見ると色々おかしいけどな。道路はあるのに車は走らないし、入り口の無いビルもそこらにあるしよ」
入り口の無いビルはゲームのお約束だから……。
それはさておき、ここが【満月】にとっての目的地の一つ。ベル達にとってはここが関門。
「何もかもが金で買える【第110階層不夜摩天ミッドウェイ】。ここで商業を成功させなきゃ【Blueearth】の掌握は不可能よ。【マッドハット】との商業戦争もここで決着付けないとね。
私達【満月】はここで暫く攻略を中断する事になるわ。序盤階層の頃みたいに【夜明けの月】の後追い体制になるわね。あまり時間がかかるようなら私だけ残って【満月】のギルドマスターをパンナコッタにして後追いさせるわ」
「僕も残るよ」
「ダメ。貴重な戦力でしょ。私が攻略諦めるって訳じゃないし……それに最後の手段の話よ。私を誰だと思ってるの?」
まーたベルとサティスがイチャイチャしてるわ。
……商業の最前線、ミッドウェイ。【朝露連合】から分離して旅をしてきた【満月】にとっての到達地点。
「ヘヴン階層、ホライゾン階層、ジャングル階層と先遣隊ご苦労だった。ここからは俺たちでやるよ。本当にありがとうな」
「……礼は早すぎるわよ馬鹿。ここにもどうせ【セカンド連合】がいるんでしょ? そっちちゃんと潰してから行ってよね」
「残る宝珠は4つ。【セカンド連合】も4ギルドだよ。【月面飛行】【マッドハット】【バッドマックス】【スケアクロウ】……と」
「商業戦争なら【マッドハット】あたりか? ……あとは【スケアクロウ】だな」
ライズが候補に挙げた【スケアクロウ】は……表向きには傭兵やリタイア勢を集めた駆け込み寺。だけどその本質は、【Blueearth】の裏社会を牛耳る悪の組織【首無し】の潜伏先。
ミッドウェイを本拠地にしてる可能性が高いらしいけど、どうなのかしら。
「──ああ、旦那! 良かった無事でして!」
転がり込んできたのは……デューク。
アクアラの【マッドハット】担当商人で、【首無し】のボス……そして【井戸端報道】の局長バロンでもある。なんでかそこは否定するけど。
「どうしたデューク!」
「待ちなさいよライズ。ヒガルで一回騙されてるでしょ。ちょっとは怪しみなさいよ」
普段けっこう疑り深いのになんでかデューク相手の時はすぐ信用するのよね、ライズ。
この手の奴は普通に裏切るわよ。ツバキとドロシーを前に出して──
「! 全員逃げて──!」
何かを察知したドロシーが叫んだ瞬間。
──あたし達は意識を失った。
──◇──
「何が起きたかはわからないけど。どうせデュークが原因よ」
「闇組織【首無し】……私も情報収集に使ってはいます。失踪事件は【首無し】によるものの可能性がある、と」
ブラウザはあたしを膝の上に乗せる。すごいむずむずする。
「【夜明けの月】【満月】【バレルロード】は殆どのメンバーが売りに出されていました。しかし私がオークションに辿り着いた頃には半数近くが買い取られた後。残るメンバーで最も話がわかる貴女を買い取った次第です。
無駄にギルドマスターだからって値段が釣り上げられていましたが、事前にサクラを間引いておいたおかげかそこまでの痛手にはなりませんでしたね」
「……何したの?」
「不幸にも完全予約制の客先に空きが出来ただけの話です」
……ブラウザは闇組織の一員じゃないのよね?
「とにかく。今直面している問題を纏めます。
このミッドウェイが封鎖され、値段が釣り上げられると何が起きるのか。
──即ち貧富の差。金を持つ者と持たざるものへと分かれていきます。ミッドウェイでは現金強奪も容易い。この【飢餓の爪傭兵団:ミッドウェイ支部】も貧困冒険者や魔物化した原住民の攻撃を受けています」
「物価が5倍になってますから、こちらもお金が減る一方です。ブラウザさんが自分のインベントリにギルド基金を入れてから来てくれたのでひとまず安心ですけど、【飢餓の爪傭兵団:ミッドウェイ支部】の基金は本部の方なので……ルートが断絶した今、私達は一文なしだったんです。本当に助かりましたブラウザさん」
「姉御がいなきゃ俺たちぁ……あの辺の亡者共と一緒に小銭すら奪い合うようになっててもおかしくねぇ。本当に感謝ですぜ」
「いえいえははは」
……着服してたんじゃない?
まぁそこはいいわ。やるべき事は理解できた。
「ブラウザ。提案よ」
「あらどうちたの?」
「ペット扱いやめろ」
撫でる手を跳ね除け、一度ブラウザの膝から降りる。
「──ミッドウェイを支配するわよ。金も立場も裏社会も、全て奪ってのし上がる!」
〜ギルド紹介:【飢餓の爪傭兵団:ミッドウェイ支部】〜
70階層までは全ての拠点階層に配置されている【飢餓の爪傭兵団】傘下ギルドだが、セカンド階層以降は要所のみ設置して先鋭の保持を優先とした。セカンド階層突入直後であるエンジュ支部以降ではミッドウェイのみである。
ミッドウェイの商品には未だ最前線でも使用できるような優秀なものが数多く存在し、その商品を独占するため配置された。全てが金で解決するミッドウェイだが、金を得るための暴力が是とされるので実際に必要なのは暴力である。そのため比較的荒くれ者ばかりが配属されている。
・ガントレット
ウォリアー系第3職【聖騎士】
スキンヘッドの強面。経理担当。
元ミッドウェイ支部の纏め役で、キング.J.Jの部下だった。上司譲りの自信家だったが、当時新入りだったイタコタイコに挑発したところ返り討ちに遭いプライドをへし折られる。以後はサブマスターとしてイタコタイコを補助しつつ、前々から興味があった金銭面管理を楽しんでいる。
多趣味で人気者の親父さん。料理スキルカンスト勢。色々と若いミッドウェイ支部のメンバーを守るお父さん。
・ジョットラグ
ヒーラー系第3職【ドクター】
したっぱ。刈り上げ。
元【飢餓の爪傭兵団】傘下の攻略ギルドで、セカンド階層突入後にギルドが解散しソロでここまで辿り着いた武闘派。
実力主義の【飢餓の爪傭兵団】をこよなく愛し、傘下ギルドの事を踏み台としてしか考えていなかった問題児。
ミッドウェイ支部もさっさと通り抜けていよいよ本部の仲間入りだと浮かれ、禁忌であるイタコタイコへの野良試合を挑み惨殺される。
その後先輩方にバチクソに叱られ、イタコタイコに勝つまでミッドウェイ支部の下働きをする事になる。
しかし案外上から一方的に押さえつけられること自体に反発は無く、求めていたのはちゃんとリードしてくれる飼い主だったと気付く。
なのでイタコタイコにはちゃんとしたリーダーになって欲しい。そして俺をペットにしてくれ。
・イタコタイコ
ローグ系第3職【盗賊王】
ぽやぽやで臆病なギルドマスター。可愛い物が大好き。
ガラの悪いミッドウェイ支部に配置され戦々恐々の毎日だが、支部の全員は彼女の実力を理解している。
元ソロランカーで、【需傭協会】も闇ギルドも関わりが無い真っ当潔白。だが戦闘スタイルは残虐。
人一倍臆病な彼女は"やられたら怖い事"を熟知しており、人一倍強い共感性から相手のやられたら嫌な行動を的確に取れる。力が無くとも火力が無くとも目を潰せば怯むだろうし、足を払えばコケるし、武器を奪えば攻撃されない。果てには"殺せば殺されない"。
恐怖心から繰り出される残虐非道な行いには一切の躊躇が無い。当然降参もタンマも無いので、ミッドウェイ支部での戦力測定はちゃんと申請した【決闘】によってのみ行われる。下手にちょっかい出したら殺されるまで終わらないからね。止めに入った奴も殺されるからね。
尚、本人は怖がっているもののミッドウェイ支部のアイドル……というか若女将というか。しっかり周りの男衆に守られており、下手な虫は寄り付けない。




