254.侵緑要塞攻略戦
その兵器は、不毛の大地を七夜にして密林にした。
如何なる環境であれ大地の養分を吸い取り、文明を吸い取り、全ての上に密林を植えてしまう侵緑兵器。
その指揮を取るは半獣半機のサイボーグ、"グリンカー・ネルガル"。
しかし彼女は自らを捨てた。生命維持装置である機械半身を捨ててでも、故郷を求めた。
残された機械半身は、単独では機能できない。故に、滅びを待つのみだった。
だが、長く結合されていたガルフの生命力が伝播したのだろうか。機械にあるはずのない生への執着は、残された半身に僅かばかりの時間を与えた。
機械半身は工場と接続した。半身が無いのなら造ればいい。いや、もうその必要も無い。
私こそがグリンカー。即ち、私こそがジャングルの支配者。
目的を失い、無い生を求める破滅の機械が起動する。
──【侵緑要塞 グラングレイヴ・グリンカー】起動。
──◇──
【第101階層ジャングル:アペテ開戦ライン】
ドンリュウの緑龍から見えるは、見上げるほどの巨大な機械。
二足歩行する獣。"グリンカー・ネルガル"は黒豹だったが、これもまた豹……なのか?
サイズ感は……"ヘヴンズマキナ"を彷彿とさせる。デカすぎて戦いに持ち込める気がしないぞ。
「ドンリュウ。"シェルフライト"は無事か?」
「連絡は付くでごわす。もち殿曰く、あの機械でさえ"シェルフライト"に届く事は無いようでごわす」
「まだ目標が"シェルフライト"ならいいのですが……あの機械、空を見ていませんね。狙いは何でしょうか」
「……ヒャァ! こっち見てるゼ!」
「ドンリュウ殿!!!避難願います!!!」
「任せるでごわす! 旋回──!」
グラングレイヴの瞳が光る。
──レーザーがこちらに飛ぶ。いやレーザー系かよ!
「最悪は俺が受ける! 逃げに専念しろドンリュウ!」
「おいどんと"タテワキ"を舐めちゃいかんでごわす! この程度キャミィ殿のしごきを受けた【コントレイル】なれば余裕じゃ!」
無数のレーザーを躱しながら、とりあえずは様子見。
グラングレイヴはこちらを見て──密林を、引っこ抜く。
「ブロッコリーみたいですね!!!」
「やかましいわ! 回避回避ぃー!」
「ぬおおおお!!! 気合いでごわすー!」
森を、投げてくる!
あまりにダイレクトな質量攻撃。レーザーもあって回避は厳しくなってきたが──
「ライズ殿! 恐らくここでごわすな!?」
いつの間にやら、中心部──白い霧に包まれた隔離階層の真上に辿り着いていた。
俺、一言も言ってないが。察してくれたのか。
「助かる。後は自力でなんとかしてくれ!」
"タテワキ"から飛び降りる。
この状況で中から出てこないって事は、流石に何かあったろ。そう言う時のために俺とメアリーで内外に分けたんだしな!
「【スイッチ】── 【焔鬼の烙印】」
度重なる実験の結果、判明した事。
複数の隔離階層が重なった場合、それを壊すのは難しい。
対隔離階層武器──俺の【焔鬼の烙印】と、メアリーの【紫蓮赤染の大晶鎌】。
どちらも二つ結合の隔離階層を壊す場合は、内側より外側からの方が早かった。
今は四つの隔離階層が重なっている。多分内側から解除が出来ないんだろ?
「早く出て来い! 【鬼冥鏖胤】!」
焔鬼の大槌を振り下ろし。
卵の殻を割るように。
隔離階層を──外から壊す!
一斉に中から飛び出すは飛竜達。【コントレイル】達が中で待機してたな。
"ぷてら弐号"と"ベラシート"が見えた……と思ったら、蒼の帯が飛んできて俺を捕まえる。アイコの蒼の"仙力"か。よく気付いたな。
「助かったわライズ。どうしても内側から出られなくて」
「やっぱり? その辺ちょっと色々考えないとなぁ」
メアリー達、【夜明けの月】は全員ここにいるみたいだ。
……そして"グリンカー・ネルガル"も。
「やはり予想通り、もう"グリンカー・ネルガル"が消えた前提でクエストを飛ばしてるね。結果的に機械半身が分裂してるんだけど」
「……あれが、あの子?」
「恐らくはね。後はどうやって救うか、だね」
「待て待てスペード。俺にも説明プリーズ。何が起きてどうなってんだ」
当たり前のように話が進んでいるが、こっちからしたら訳がわからん。教えてくれ。
──◇──
説明中……
──◇──
「なるほど理解。要するに普通に殴り倒せばいいんだな」
「倒さないでよ。助けるのよ」
大体の話は理解できた。
ジャングル階層は本来は途中でレイドボスが入れ替わる特殊なシステムで、色々とズルが重なった結果として新旧レイドボスの"グリンカー・ネルガル"と"グラングレイヴ・グリンカー"が同時に存在してるって事か。
「目的は?」
「暫定では【Blueearth】の崩壊としてるわ。とにかく、あたし達のやるべき事は二つ。
一つはあのレイドボス"グラングレイヴ・グリンカー"の撃破。もう一つはぐちゃぐちゃになったジャングル階層の再構築よ」
「2人のレイドボスが共存している現状に僕の力が重なれば、"グリンカー・ネルガル"でも階層操作は可能になる。"グラングレイヴ・グリンカー"との綱引きになるけどね。
僕と"グリンカー・ネルガル"は各地の攻略階層を回ってある程度の段階まで修復させる。外から触れる程度に修復したらゴーストが階層を"廃棄口"から一度【Blueearth】の外に投げ出して、天知調が完全修復してからまたここに戻す」
「なんか凄い事してないか?」
「一回【Blueearth】の外に投げた方がイシュテルの妨害を受けずに済むからね。荒技だけど、僕と天知調ならできるとも」
「ジョージ、スペード、ミカン、リンリン、バーナードはこっちに付いてもらうわ。【セカンド連合】達残りのメンバーは全員でグラングレイヴを討伐する!」
随分と過剰戦力だ。レイドボス1匹にこんだけ戦力がいるなら問題なさそうだが──
「多分イシュテルからの妨害もあるよ。何が狙いかわからないけど、多分グラングレイヴは普通のレイドボスじゃないから気を付けて」
「……お前に気を付けてなんて言われるとはなぁ」
「えぇーどう言う意味?」
どういうも何も、元ラスボスだろうに。
こいつもう完全に【夜明けの月】だな。
「……よし。ベルとスカーレット、あとエンブラエルにも連絡を繋げよう。【Blueearth】初出現のレイドボス討伐なんてワクワクするな!」
「めちゃくちゃ楽しそうだなライズ」
「そりゃ勿論だ。作戦とはいえ仲間外れにされて悲しかったぞ俺は」
……昔なら単独行動万歳って感じだったがな。
やっぱり仲間と一緒が一番だ。
──◇──
──どことも知れぬ場所
ああ。作戦がガタガタだ。
何故"グリンカー・ネルガル"が生きているのか。
仕方ない。
ああ仕方がない。
スペードも誘いに乗らなかった事だし。
もう壊してしまおう。
依然、状況に変わりなく。
天知調が追い付く前に、ジャングル階層を壊せばいい。
"グラングレイヴ・グリンカー"だけでは難しいだろう。
しかし、ここからの補助があれば──
「やっと見つけましたよ、イシュテル」
──どうやら、迷子の子猫がやってきたようだ。
【象牙の塔】ギルドマスター イツァムナ。
イシュテルとは、私の事か?
「名前も顔も知りませんので。かっちょいい名前を与えました」
人の知らないところで?
「名前は重要です。闇に消えていた貴方の実体を縁取り、その存在を認識できるようにしてくれます。
名前を捨て、謎に身を隠す貴方には必要でしょう」
なかなか乱暴な理論だ。
もう少しカッコいい名前の方が良かった。
「では、呼びましょうか? 貴方の本当の名前で」
……君は。
私は君の事を知らないよ。
どうしてそこまで知っている?
「……私のことを覚えてませんか。イツァムナ悲哀。
しかし仕方のないこと。私と貴方は、終ぞ顔を合わせる事は無かったのですから」
ハッタリ……ではない。
君は、私を知っている。
私は、君を知っている?
「……ライズとカズハの様にはいきません。
我々は幼馴染だというのに、顔も声も知らないで。イツァムナは貴方の事を案じていましたが、独りでも楽しくやっているようで安心しましたよ」
──ああ、理解した。
君は、何度も私の家に来てくれた──
「引きこもりの---君。君はどうしてこんな事をするんだい?」
──答える義理があるか、と突き放す事は出来ないな。
君の献身を知っている。無視できるほどもう子供じゃ無い。
だから、答えよう。
私の目的は──
──◇──
【第101階層ジャングル:アペテ開戦ライン】
樹木の鳥が、空飛ぶ機械の蛇が、周囲を飛び交う。
あれはレイドボス"グラングレイヴ・グリンカー"の眷属か。数が多すぎるし、一体一体がかなり強いな。
「エンブラエル! この包囲網潜れる奴はいるか?」
『俺! 後は調子に乗らなければイーグレット。ドンリュウはまだ難しいというか、血が騒いで交戦しちゃうというか……』
『俺に任せて下さいよ兄貴ぃ! 楽勝ですって!』
『これはダメでごわすな』
【コントレイル】からの連絡で戦況は判断できる。とりあえず使い物になるのがエンブラエルだけって事はわかった。
「どうするメアリー」
「エンブラエルさん、それって何人くらい連れていけそう?」
『うちの子の積載量的に3人……いや、5人! 意地を張らせてもらうよ!』
『流石兄貴ィ! 7人くらい軽いってもんだ!』
『いや5人だって!盛るな!』
……なるほど。調子に乗ったイーグレットは結構危険だ。そりゃわざわざ注意書きするわ。
「レイドボス短期撃破が可能なクローバーは絶対に送り込みたいわね。ずっとエンブラエルさんに乗せてもらう訳にもいかないから……飛行補助でアゲハとあたし。火力支援でサティスとカズハ。あとライズとツバキも行ける?」
『7人いない!?』
「あら、出来ないの?」
『エンブラエル様を舐めないで下さいまし! 余裕ですわ!』
『ソニア君!?』
『あー、こちら良いとこ無しの【頂上破天】ジャッカル! 地上からの接近を試みているが、魔物を薙ぎ払えれば出来ないことも無さそうだぜ!【サテライトガンナー】回してくれたら確実だ!』
「じゃあサティスとカズハは地上から回って。【バレルロード】は地上戦の方が得意よね。【頂上破天】と合流して地上侵攻お願い!」
『任せなさい。真っ赤な道をこじ開けてやるわ』
メアリーの指揮の下、各位が適正な配置に付く。これこれ。流石はメアリーだ。
「アイコとドロシーはスカーレットに付いて。パンナコッタは安全圏で医務室展開して補助、サポートにベル、医務室防衛にレンとナンバン! 見知ったメンツの方がいいでしょ」
『防衛なんて私1人で充分よ。レンとナンバンは現場と往復させて補給班にするわ。回復が追いつかない連中は補給班に合流なさい』
『……では【神気楼】からはクピコを医務室に送らせて頂きますわ。彼女も【ドクター】ですの』
『ヒャッハァァァァア!!! 宜しくお願いしまス』
通信で配置が確定した頃、エンブラエルの銀竜が着陸した。
「クローバー、あたし、アゲハ、ライズ、ツバキ。5人でいいわね?」
「助かるよ……。いや本当に」
苦労してるなぁエンブラエル。
「あーしが足場飛ばすからクロちゃむは気にせず撃ちまくっちゃって! ツバキちゃまはこのままエンブーに乗るんよね?」
「ええ。宜しくね、飛竜のお兄さん」
「んんんんツバキ様を乗せるのは責任重大だなぁ! ライズ君、振り落としたらごめんね?」
「何で俺なんだよ。途中下車したら合流不可能だぞ俺」
「その時はイーグレットあたりに拾わせるから。運転荒いけど腕は保証するからさ」
「その腕が保証できなくて編成から外れてたろ……」
「ははは。じゃあ飛ぶよ。しがみついてね──」
──優しい口調だから、すっかり忘れていたが。
エンブラエルという男は、キャミィによる軍事教育の前は相当な暴れ馬だった。
「速い速い速い速い! 今どっちが上だァ!?」
「わひゃー! すっごい回転だし!」
「エンブラエルさん! 今一回転する必要あった!?」
「あらライズ。落ちそうよ」
「め、メアリー! 【チェンジ】で戻してくれ!」
「無理! 座標がわかんないー!」
……地獄のアトラクションと化したエンブラエル交通。
目的地に辿り着けるのは、何人だろうか。
〜レイドボス解説〜
ジャングル階層はかつて砂と荒野の広がる大地だったが、古代文明の発明した侵緑兵器"グリンカー"にて既存の土地や建造物、文明や歴史を全て押し潰し、その上に密林を広げた。
目下侵略が完了したジャングル階層には戦線維持装置のみが必要であり、ホライズン階層よろしく立場の低い者が当てがわれた。
だが次第に自動メンテナンスをしてくれる独立兵器に任せた方が楽だと分かり、かつて実験によって生み出されたガルフ族を被験体としてサバンナ階層から拉致。唯一生き残ったネルガル=クローを半分殺し、生命維持装置と自動自然保護装置として機械の半身を取り付ける。
【侵緑軍長 グリンカー・ネルガル】
ジャングル階層のレイドボス。半獣半機のサイボーグ。
全自動でジャングル階層を守るガーディアン。古代文明の生体データを保有していない者がジャングル階層を通る際、8つの試練を与える事でそれをパスデータとして登録してくれる。
それはそれとして、101階層をうろつく不届者は抹殺する。
一度パスデータが登録されれば対話が可能になるが、その為に交戦する必要があったので誰も試行していない。
サバンナ階層にて"カースドアース"を討伐すると"赤土の巫女"とのイベントが発生するのだが、そこがバグによって発生しなかった。その結果、そのクエストと繋がるこちらのクエストも進行しなくなる。
本来ならば何度か対話することで"娘の姿が見たい"という依頼を冒険者にするようになり、しかしサバンナ階層には伝説の巫女の遺骨しか残されておらず。冒険者が持ち帰ってきた遺骨を胸に、彼女は永遠の命を捨てて故郷に帰る決意をする。真実を臆さずに伝えた冒険者には、誇り高きガルフの巫女たる証、自らの牙を親交の証として手渡し、その身を引き裂く……というストーリー。
つまり彼女はこの後死亡してしまうのだが、あらゆる面でクエストが崩壊した結果として後任の"グラングレイヴ・グリンカー"が存在する状態でも存在してしまった。こうなるともう彼女が死ぬイベントそのものが消えてしまうので、彼女は生きてサバンナ階層へと辿り着く事すら可能になる。勿論バグだらけになるので、天知調とスペードは死ぬほど頑張る事になる。こんな辛い人、救わなくてどうしますか!
【侵緑要塞 グラングレイヴ・グリンカー】
"グリンカー・ネルガル"の機械半身が工場を取り込んで巨大化。"グリンカー・ネルガル"の仕事を引き継ぐ。
サイズがデカくなっただけでやる事そのものは"グリンカー・ネルガル"と変わりない。流石に対話はできない。
現在はバグによる後天的人格が植え付けられているが、彼そのものの人格というものはあるのだろうか。
巨大化した身体の最奥部では、まだ機械半身がそのままの形で残っている。いつかもう半身が帰ってくると思っているのだろうか。




