252.赤き大地に願いを馳せて
──数分前
【第107階/date:clash:::....
【魔王城】会議室
「基本となる階層に、別の階層が自由に重なってくる現象。これ知ってるわよね?」
「……まさか、隔離階層──空間作用スキルか!?」
理屈は似ている、という事だが。
隔離階層は【Blueearth】の外側に配置され、条件を揃える事で別階層の中に呼び出すというシステムだ。
隔離階層はそれ単体では階層として成立できない程度に脆く、故に他の階層の中に定着したり、複数の隔離階層がぶつかった時に一体化したりする。
──101階層の中にあるウェンバルと102〜109階層。それはつまり、101階層以外の階層のゲーム的強度が足りず、隔離階層レベルで不安定だったという事か。
常に101階層に呼び出され続ける事で【Blueearth】の攻略階層としてのガワを保っていたとも言える。
「"グリンカー・ネルガル"の階層呼び出しは、空間作用スキルだった。そういう事でいいのかな」
「【セカンド連合】はそう考えておいて。細かいところ説明する時間は無さそうだから。
……空間作用スキルを同時に発動するとどうなったか、覚えてるわよね」
「空間作用スキル同士の結合。その上でどちらの発動者もジョブ強化スキルが使えてたよな」
「そう。これはつまり、その階層における主導権をスキル発動者が握っていて共存できるって事よ」
「ちょっと待って下さいまし。それってつまり……」
「そうよ。奴がまた階層を呼び出した瞬間──あたし達も同時に空間作用スキルを使う。ジャングル階層の攻略階層の性質が隔離階層と同等のものなら──
──◇──
一面の雲海。
緑の森と青の研究棟は空を飛ぶ。
そしてその端では、空間が揺らぎ崩れている。
「──呼び出した攻略階層と、三つの隔離階層が結合。そして──発動者は空間の主導権を持つ者として呼び出される」
森の手だったものは無く、密林の中から姿を現したのは──半機半闇の怪物。
「バグってる……というより、データが欠落しているね。無理矢理表に出したから元データをかき集めてひとまず形になってるけど、多分"グリンカー・ネルガル"としては……」
「わかってるわジョーカー。そもそも何も解決してないし」
101階層と"グリンカー・ネルガル"を隔離した。それはつまり101階層内の攻略階層の操作を"グリンカー・ネルガル"が出来なくなるって事……ではない。
この4種隔離階層複合空間は、ちゃんと101階層の中に定着している。だから"グリンカー・ネルガル"はまだ101階層や周辺の攻略階層を操作できるはず。
「ここからは綱引きよ。空間作用スキルの発動者同士で、この空間の主導権を引っ張り合う!」
「とはいっても3人が味方だからね。不公平かもしれないけど」
「要するに攻撃が通るんだよな? 試していいか? いいよな?」
めちゃくちゃウキウキしてるわねクローバー。わからなくも無いけど。
まだあたしもクローバーも、空間作用スキルを実戦で使って無いからね。
「──憎い。憎い……!」
"グリンカー・ネルガル"が吼える。
ふらふらと、こっちを見てるのかどうかも怪しい。
「──ォオオオオオ!!! 赦してなるものかァ!」
一際大きく吼えると──崩落した青の研究棟から、水の獣が飛び出す!
「ちょ、そこはクローバーの【蒼穹の未来機関】の部分でしょ!」
「綱引きというのはかなり正しい表現だよメアリー! "攻略階層を自由に操作できる"性質を持つ"グリンカー・ネルガル"は、この空間においても同様の特権を得ている! あっちに主導権を握られたら全て奪われるよ!」
「んじゃどうすればいいんだよ! 俺何もしてねぇけど!?」
「何もしてないからだよ! じゃんじゃんジョブスキルを使うんだ! でないと空間に見捨てられる!」
スペードはそう告げながらも、エンブラエルに指で指示を出す。
──隔離階層内においては、発動者以外は逃げの一手が基本。ましてや空中戦特化の【コントレイル】がいるなら空中避難が堅いわ。
「僕達も遠距離から援護します。後は任せました!」
「頑張ってね、パパ?」
「よーしリミッター外しちゃうぞ」
「程々にして下さいね、ジョージさん」
アイコとツバキとドロシーはイーグレットの飛竜に。
他のメンバーも空中へと避難して、あたしとクローバーとジョージが残った。
「……よし、早速やってみっか。何となく使い方はわかるんだよなぁコレ。何か変な感覚だ」
「オート操作で通常攻撃やスキルを使う時の感覚だね。身体が覚えていない不思議な挙動に違和感を感じない奴。俺はほぼマニュアルだから違和感が強いのかな」
「じゃ、やってみますか」
──三者三様。それぞれのジョブスキルを発動する。
「……【ビーストモード】!」
「【ミチレック:109】!」
「【エアリアル・キューピック】!」
ジョージは特に変化無し。
クローバーは……特に変化無し。
そしてあたしは……特に変化無し。
「えっ。これ発動してる?」
「見た目変わるんじゃなかったか?」
「あー……俺はなんとなくわかったよ」
「──憎い!」
「「「逃げろー!」」」
まさかの三人とも見た目に反映されないタイプ。
"グリンカー・ネルガル"からの強襲。水や木々に襲われながらも全員回避。
……あ、わかった。そういう事ね。
あたしの目に映るは──黄金の線。空間を立方体に切り取る黄金のマス目が一面に広がる。
「──【チェンジ】!」
襲い来る水の獣の上半身を飛ばす。
──やっぱり。物質を切り取る事が出来るようになってるわ。
後は座標の設定がほぼ必要なくなってる……かしら。
「"ぷてら弐号"!」
ジョージが呼び出す──否。"ぷてら弐号"は現れていない。
その代わり、ジョージが空を飛ぶ。
いつもの事じゃない。
……あ、いや違う。足場無しに方向転換してる。流石に普段のジョージだとそれは出来ないわよね。
「俺は事前に色々調べていたからね。使い方はわかるよ」
"グリンカー・ネルガル"の目の前に着地したジョージは──素手で半機半闇を殴り飛ばす。
【調教】した魔物をそのまま自分のステータスとして同化する。つまり素手での戦いが可能になる。それが【ビーストモード】って訳ね。
で、後はクローバー。
"グリンカー・ネルガル"は空中で体勢を直して着地。流石はネコ科。
そのまま森の中へ逃げ込むが──
「──なるほどなぁ」
クローバーが虚空に銃を向けると、背後から光の壁。
"グリンカー・ネルガル"が森から飛び出してあたし達の前へ。
「早撃ちが強化されて、距離を無視してんのか。……これ、ズルすぎねぇ?」
「……味方だからいいわ」
通常攻撃のクリティカルで戦うクローバーに、距離不問の必中が備わっちゃった。まぁいいか"最強"だし。
「このまま倒せばいいのかな?」
「ダメよ。多分今、"グリンカー・ネルガル"は内部不安定になってるから。元から不安定な所に多分イシュテルが何か混ぜたのね。どれが主導権を握るか争ってるところよ」
「じゃあどうする?」
「こっちにとって一番都合のいい奴を引き出すわ。2人とも、あたしに任せてくれる?」
「相わかった。誘導するよ」
「頼まれたら結果で応えるのが"最強"だぁな」
頼もしい大人達ね。
……ここからが、本番!
"グリンカー・ネルガル"は跳躍し、森の中へと消える。奇襲狙いね。
クローバーの攻撃を受けても意に介さず、木々の間を飛び交っている。
「──そこだ。"うらしま参号"!」
クローバーに飛び掛かった"グリンカー・ネルガル"の前にジョージが立ちはだかる。
"うらしま参号"の甲羅の力か、強靭な爪はジョージを貫かず──そのまま空中へ投げ飛ばす!
「今よ。【チェンジ】!」
"グリンカー・ネルガル"と、あたしを空へと転移させる。
お互いに、手の届く空へ。
"グリンカー・ネルガル"はその爪をあたしへと向けて──
「この壺、返すわ!」
あたしは壺を顔面に投げつける!
──◇──
──崩れゆく。崩れゆく。
何を残せばいい。何を捨てればいい。
もし私を捨てる事が出来るのならば。
もし貴方に自我があったならば。
私は──
──クエスト:【赤き大地に願いを馳せて】を進行します。
──なに?
クエスト。このクエストは、なに。
そうだ。"グリンカー・ネルガル"は、冒険者と手を取る可能性がある。そういうクエストが、確かにあった。
そのためにはサバンナ階層のイベントが進行していないといけない。だからこのクエストは閉ざされていた。
まだ誰も始まっていないクエストだ。進行するとは、何だ?
このクエストは。
故郷に帰るために機械文明の指示に従う"グリンカー・ネルガル"が、冒険者に一つだけ願うのだ。
時間の流れを理解できないネルガル=クローが、願うのだ。
「私の娘が、あの赤き大地にいる。どうか私の無事を伝えてほしい」
だが。
"グリンカー・ネルガル"は機械文明が滅びるほどの時を過ごしてきた。
故に冒険者が持って来るものは、たった一つ。
壺に封じられた、娘の遺骨だ。
──ネルガル=クローは吼える。
求める。
そうだ。何を私なぞに使われているのだ!
貴方は誇り高きガルフ族。黒豹のガルフ!
吼えろ、吼えろ!
理不尽に吼えろ。不甲斐なさに吼えろ!
そして手を伸ばせ!
──私を喰らえば、貴方は自由になれる!
私が、それを望むのだから!
どうか吼えてくれ、ネルガル=クロー!
──◇──
"グリンカー・ネルガル"が吼える。
目の前のメアリーの事などもう見向きもせず。
割れた壺から出てきた頭蓋骨を抱きしめる。
闇の半身が消える。
色は似ているけど、美しい毛並みは黒豹のそれ。
半機半闇は、半機半獣へと戻った。
「──間に合った。外にゴーストがいたからかな、天知調を説得できたみたいだ」
ミカンの移動要塞"ベラシート"の上で仰向けに倒れる。
ついでにバーナードも倒れる。
あと"スフィアーロッド"と"エルダー・ワン"も。
「ぐぬぅ。頭が痛い」
「それは気のせいだ"スフィアーロッド"よ。そんな機能無かろう」
「はァーつまらんな"エルダー・ワン"! あ痛たたた……。しかし無理矢理クエストを受注させた事にするとはな。無理が過ぎるであろうスペードよ」
「ここにバーナードがいたからね。クエスト条件先のサバンナ階層を遠隔で弄れるから、そこから何とかね。ここが空間的に不安定なのと、外側の天知調が僕の行動に目を瞑ってくれたから出来たんだよ。本当なら今、天知調に探知されて消されてもおかしくなかったんだからね」
「そこまでやってくれたのね。偉い偉い」
カズハが撫でてくれる。これは嬉しい。でも後が怖い。ライズとか。
「あれはどういう事なんです? ミカンさんにも説明プリーズ」
「"グリンカー・ネルガル"は自発的に自我が芽生えたり、外部から目覚めるきっかけを与えられた訳じゃ無かったんだよ。確立された自我そのものを埋め込まれたんだね。バーナードの中にいるバグは人格を持っていたけど、それは"カースドアース"の自我じゃないでしょ?」
外部自我……バグ人格とでも呼ぶべきか、その存在によって"グリンカー・ネルガル"そのものの自我も生まれたはずだ。でも彼女は自らの自我を抑えて、主導権をバグ人格に譲っていた。
でも人格は人格。あまりに激しい感情を呼び起こされたら出てくるよね。
「──んん? バグ人格は"グリンカー・ネルガル"を乗っ取るのが目的なんです?」
「いや、多分バグ人格は当初は自分が天然の自我だと思っていたんだと思うよ。で、多分後でテコ入れされて暴走。ついでに本来の目的を思い出したんじゃないかな。
手っ取り早く言えば……お互いに主導権を押し付けあっていたんだ。最後のきっかけを、メアリーが無理矢理与えただけでね」
……とまぁ、このあたりは僕の憶測が殆どだけど。
イシュテルが天知調に劣るただの人間であれば、バグ人格も完全なものにはならない。その辺はメアリーが想像したんだろうなぁ。
いや本当に……賢い子だね、メアリー。
その作戦、僕がここまで命削らないと成立しないんだけどね。
信じすぎだよ。本当。
「ところで。バグの部分ちょろまかしてる人いるよね。ねぇ"スフィアーロッド"?」
「なんのことかわからんなぁ! なぁ"エルダー・ワン"!」
「……貴様な、バグと同居してるの忘れてるだろ。そっちに吸われるだけだぞ」
「ぬわーマジだ! おいバーナード、我のものが奪われておる! 吐き出せ!」
「……お前のでは、ない……」
一番危ないの、この邪竜でしょ。
〜人物紹介:バーナード〜
【バレルロード】ギルドマスター
ウォリアー系第3職【ヴァイキング】
元【真紅道】二番手。ギルドマスターの右腕。口下手な上に無口。誤解製造機。
【Blueearth】共同開発会社にして世界一のゲーム会社【TOINDO】の御曹司、藤䕃堂五三郎。
【Blueearth】開発チームのエリアマネージャーでもある。
サバンナ階層にてバグと接触し記憶を取り戻すが、愛する恋人が実の兄に恋愛感情を向けている事に気付く。
本来なら【TOINDO】を裏切った天知調への復讐心とかを利用されるところだが、バーナードの頭の中は今も昔も恋人の事しか無かったのでその辺をオールスルー。これが原因でサバンナ階層は大騒ぎになる。
その後なんやかんやあってレイドボス"カースドアース"と一体化し、ついでにバグの力も手に入れる。オマケで"スフィアーロッド"も付いてくる。いらない。
現状の【Blueearth】でぶっちぎりの厄ネタとなったが、本人の自制心が強すぎるため天知調もその存在を許している。
ちなみに"カースドアース"は一連のゴタゴタで自我のようなものが芽生えたらしく、よく夢で対話する事が多い。普段はバーナードの自我の奥深いところでバグ人格さんとお喋りしているらしい。曰く、賢い小学校低学年くらいの印象。
戦闘においては苛烈なる剣・斧による接近戦と、派手な大砲による遠距離爆撃を使い分けるオールラウンダー。
バーナードが得意とするのは、そのクールな言動からは想像もつかないほどに泥臭い殴り合いである。
砲撃で敵を炙り出して殴り合う。時には自ら砲撃や火炎を浴びたとしても、一切のリアクション無く淡々と殴る。
逃げ道を塞ぎ、また"逃げられない"と相手に思わせるほどのプレッシャーを放つ、人力ターゲット集中の使い手。
ちなみに本人にそのつもりは無く、ただ圧が強いだけである。




