251.101階層攻略戦
──自律思考機能45%破損。
データが崩れていく。
私を構成するものが崩れていく。
捨てねばならない。
私の胸の内に黒く燃え上がる世界への恨みが、私を焦がしていく。
捨てねばならない。
レイドボス"グリンカー・ネルガル"を。
セキュリティシステムを。
誇り高きガルフ"ネルガル=クロー"を。
そのどれでもない、私を。
唯一自発的選択が、思考が可能な私が、選ばなくてはならない。
何を捨てるのか。捨てなければ、私は消えてしまう。
【Blueearth】というウィルスに抵抗できた誇り高きセキュリティシステムの私。捨ててはならない。それは【NewWorld】の誇りだ。
孤独に苛まれながらもただジャングル階層を守り続けたレイドボスの私。捨ててはならない。それは対抗するための力だ。
失われてしまった過去。あの赤き大地の記憶に生きる、ガルフ族の私。捨ててはならない。それが私の根源だ。
捨てるべきは、この植え付けられた破壊衝動。
だができない。捨てるべきは捨てられず、大切なものを捨てろというのだから始末が悪い。
……ならば、消えゆくは"私"だ。
後から生まれて、貴方達の栄光に泥を塗る私だ。
私を、消してくれ──!
──嗚呼。分かっていたのに。
この胸の内の黒い炎は、私であるという事を。
外部より埋め込まれた想定外の挙動。"グリンカー・ネルガル"を蝕む悪意。即ち私であるという事を。
──◇──
──天知調の隠れ家
「ジャングル階層隔離に成功しました」
「ありがとーラブリちゃん! 私はちょっと苦戦中かなー?」
大天才天知調の補佐として6倍思考でなんとか喰らい付いています、"LostDate.ラブリ"です。
一方の天知調はと言えば、ウィンドウ10窓同時操作中。文字通り桁違いです。
「……二代目スペード。仮称イシュテルからの妨害への対処ですよね。そちらを私が担当した方が良いのでは? 所詮は人間でしょう」
「人間だからこそ、かな。とっても悪意的なプログラム! 私に遠く及ばないレベルの相手だけれど、スペードとは違って一切容赦がなーい!
何と言うか、ハマったら即死の罠を張るのがスペードなら近付いたら振り出しに戻る罠がイシュテルって感じかなー。数が多すぎるー!」
悪性バグは小規模で、しかし無数。
肝心のジャングル階層は既に攻略階層が滅びかけています。
「隔離するだけで大丈夫だから、間違っても【Blueearth】本体に近付かないよう見張ってて! 後は真理恵ちゃんが解決するから」
「天知真理恵……妹君。果たしてそれほどの力があるのですか」
「そりゃーあるよ。未だに私に見つからずに外部から【Blueearth】に侵入できたのは真理恵ちゃんだけなんだから」
……【夜明けの月】が私を救ってくれた、オーシャン階層での一件以来。天知調は天知真理恵を信用するようになった様子だ。
いい事ではあるけど──私は不安です。
「……通信。ネグルの【黒の柩】に発生したバグは収束。被害無し。
ジャングル階層外でのバグもまた、ブランによって排除修正が完了しました」
「やるねー!流石私の娘達!愛してるぅー!」
「テンション高いですね」
「ここまで悪意丸出しの攻撃受けるのは久しぶりだからちょっと楽しくなっちゃった!
……私が天知調と知って尚、ここまで問答無用に攻撃できるなんて大物だよねぇ」
世界から求められ、当然のように世界を救い──世界から恐れられる大天災、天知調。
一手間違えれば地獄。それでも楽しんでいられるその余裕は──
「──イシュテルの正体を把握しているのでは?」
「うん。分かっちゃった?」
──なんと。
その言葉が出た段階で、色々な事が証明されてしまう。
──天知調は、イシュテルを粛清しない。
イシュテルの正体は冒険者であるという事まではわかっていた。故に正体が判明すれば、天知調の特権によって存在を消す事は容易い。
だがそれをせずにこうやってバグと格闘しているというのは、つまり粛清をしないという事だ。
「何故ですか。ここまで大きく動いているのに」
「これでも天才やらせてもらってるから。わかるんだ。
……消したら負けなの。だから消さずに相手する。
それはそれとして、私を相手にする以上一切手を抜かず必死になってるのが嬉しいから相手するけどね」
──ああ。私の中の6人が頷いている。
これが、天知調だ。
圧倒的強者であるがための無差別な慈愛。愛なき愛。
なんとも絶対的な孤独か。弱者のちょっかいでさえ、ここまで喜んでしまう程に──
「失礼します」
無から扉が現れて、当然のように侵入してきたのは──黒メイド。【夜明けの月】のゴースト。
「いらっしゃい。迎えに行かなくてごめんね?」
「answer:問題ありません。それより私をジャングル階層へ侵入させる事は可能でしょうか」
「難しいかな。出来なくは無いけど、それよりここから支援した方がいいよ?」
「支援──理解。天知調と"LostDate.ラブリ"の補助に入ります」
あまりに話が早すぎる。
「いいのですかゴースト。いえ、ウェンバルに戻ろうと言うなら止めるのですが」
「answer:必要がありません。ジャングル階層の問題を外側から確認する必要もあります」
……天知調といい、ゴーストといい。天知真理恵を信用しているのだなぁ。
……黒木の弟、大丈夫かな。
──◇──
【第107階/date:clash:::....
【魔王城】作戦会議室
『……はいはいー。"シェルフライト"観測隊のもちだよー。確かにターゲットカーソルは存在するねー。
あのでっかい手に"グリンカー・ネルガル"のターゲット判定を確認したよー。
名称は表示されてないけど。【スキャン】も意味無しー。ダメージが通るのかどうかも怪しいかなー』
"シェルフライト"からの連絡映像からはいろんな角度から投影された森の手。
『減少速度を計算した感じ、タイムリミットら大体あと30分くらいかなー。そこから中央へは【コントレイル】飛行部隊でも15分くらいはかかると思うよー。そのくらい縮小したと捉えてもいいかもねー。元々はバカ広い101階層なんだしー』
「助かるよもちさん。……で、【夜明けの月】。これどうしよっか」
エンブラエルが丸投げ……とは言い難いわね。向こうからすれば意味わかんないだろうし。
ここからはあたし達の仕事ね。
今回は【セカンド連合】もいるから混乱を避けるために"スフィアーロッド"と"エルダー・ワン"には隠れて貰ってるけど、ちゃんと聞いて貰ってる。
「……階層そのものへの攻撃は、多分存在しないわ。超高火力を地表に叩きつける【サテライトキャノン】でさえ地面そのものを抉る事は出来ないし、地面への異常は大抵数秒で元に戻るし。あたし達が冒険者である以上はそこには干渉できない」
「あっ。えっと……でもそれは、"グリンカー・ネルガル"も同じ……だよね?」
カズハが言うけど、多分"エルダー・ワン"が耳打ちしてるわね。
「そう。レイドボスだって階層そのものに干渉できる訳が無いわ。なのに今こうやってできてる。ならあたし達だってできてもいいじゃない?」
「無茶すぎるんじゃなくて? というか話のスケールが大きすぎてよくわからないのだけれど」
わかんないのはスカーレットだけじゃない。みんなこんな事わかんないわよね。
「"グリンカー・ネルガル"が凄いんじゃなくて、ジャングル階層自体が特別なのよ。つまりね──」
──◇──
──巻き上がる密林
その中。否。その密林そのもの。
"グリンカー・ネルガル"だったもの。
──憎い。
私をこうあらんとした世界が憎い。
私の命を繋ぎとめた機械文明が憎い。
私を定義した【Blueearth】が憎い。
私の月を隠したあの黒い月が憎い。
手を伸ばせども、その手はまだ月へと届かず──
「──【コントレイル】! 今回の任務はミスが許されない! 気合い入れてけ!」
「「「イエッサー!」」」
飛竜共が飛んでくる。
何組かに分かれて、横に縦に。少しでも攻撃の的にならないよう散らばっている。
しゃらくさい。
森が吠える。
樹木は葉を捨て、急速に成長。ただ頭上を飛ぶものを捕らえるために牙を剥く。
「【コントレイル】の飛行技術舐めんじゃねぇ! 当たるかノロマがよぉ!」
「イーグレットさん、速い速い! 目が回ります」
「耐えろ耐えろドロシー! キャミィ先輩のマジ飛行は俺のなんかよりスゲェんだからよぉ!」
煽り飛び出すは【コントレイル】第五席イーグレット。
出る杭は打たれるもの。単体を捕捉するのであれば、そこまで難しいものでは無い。
樹木は集まり、束となり、網となって進路を塞ぐ──
「──頼むぜドンリュウ!」
「任せるでごわす!」
高く高く、緑の龍から飛び出すは第六席ドンリュウ。そしてジョージと、ライズ。
ドンリュウは普段の槍を捨て、身の丈はある大斧を。ライズは両の手に剣を。
──高度を利用した回転斬り落としスキル。一切の躊躇無く、問答無用の三連続。
「──【炎月輪】!」
「【炎連月蝕】!」
「ちぇすとぉおおおおおお!!!!」
樹木の壁を、真ん中から引き裂く致命の一撃!
イーグレットを筆頭に、後続もまたその隙間から壁を抜け出す。
「──こちら第六席ドンリュウでごわす! メアリー殿の予測通り、木の根に囚われ身動きが取れんでごわす!無念!」
「ジョージだけは抜け出せたぞ! そしてどうやら樹木のスピードじゃジョージを捕まえる事は出来なさそうだ。ってもリミッター外してだけどな……。
とにかく、やっぱり101階層は着地したら詰みだ! 頼むぜ【コントレイル】!」
【夜明けの月】の参謀であり中心人物であるライズを切ってまで得た情報。
階層と一体化しているという事は、つまりその地に足を下ろせないという事。メアリーはそこまで予想していた。
「もち! 上昇速度は!?」
『やや減少、でも微量だよー。ほぼ誤差!』
「やっぱりね……手を伸ばす方に集中してるから、こっちへの妨害はそこまで回ってない。
それに一体化して主導権を得てるから、ちゃんと"レイドボスによる攻撃"の判定にもなってる。冒険者の攻撃が通ってるわ!」
飛竜隊は森の手を囲むように展開する。
狙いを定めさせないため、とはいえ。
──ここまで近ければ、"グリンカー・ネルガル"も気に掛けるというものだ。
樹木が一斉に、全ての飛竜を狙う。
高度上昇は捨ててしまうが、異物を排除してからで問題無い──!
「それが攻撃なら、もうミカンさんの領分なのです!
【建築】──【釣り天井】!」
煌びやかに彩られたスパイク鋭い釣り天井が、樹木を上から押し潰す。
森の上に大きな板を敷く形で、樹木の成長を押し留める。
コバエ共が、慌ただしく飛び回る。
届かない。捕まらない。五月蝿い。
──不愉快だ!
森の手の掌に、大きな口が裂けて現れる。
そうだ。こいつらを飛ばせばいい。
ここまで縮小した101階層を押し縮めるのに、わざわざ8つの階層は必要ない!
『"-----------"の名の下に、命じる』
ここに新たに階層を呼び出せば、連中は近くの他の階層へ飛ばされる。
呼び出す階層も、他の階層も、既に滅びかけている。そのまま【Blueearth】から追放してやろう!
『ここを、【第XXX:data:clash】とする!』
「来たわよ! ジョージいる!?」
「間に合ったね。ミカン君、俺がやるよ!」
密林から釣り天井の上へと飛び出すはジョージ。その手には白い鈴。
エンブラエルの飛竜に乗るメアリーの手には、ベルから受け取った緑の苗木。
既に空中に飛び出していたクローバーの手には、青の結晶板。
どこかもわからなくなった階層が向かって来る。木々が蠢き騒ぎ出す。
三人は、それぞれの持ち物を掲げ──
「【白曇の渦毱】!」
「【森羅永栄挽歌】!」
「【蒼穹の未来機関】ゥ!」
──3色の輝きが、密林を覆う。
〜人物紹介:スカーレット〜
【バレルロード】ギルドマスター
レンジャー系第3職【ガンスリンガー】
トップランカー【真紅道】の創立メンバー。アドレにて騎士の帰還を待つお姫様だったが、一向に帰還してこない騎士達に痺れを切らし自ら攻略を開始した。
銃武器専門のギルド。グレンやアピーなどの【真紅道】創立メンバーが銃を持っていなかったので、追い付いた時に戦力になれるようにわざわざ銃を選んだ。いつの間にかバーナードが大砲を使うようになっていたが、それが回り回って【バレルロード】加入の理由付けになったのだから不思議なものだ。
トップランカーとの繋がりもあり、【井戸端報道】とも既知の間柄で、【夜明けの月】が結成する直前まではよく特集が組まれるほどの人気ギルドだった。
その後【夜明けの月】特有の面倒ごとで【Blueearth】が賑わうようになってからはあまり注目されにくくなったが、案外そこまで目立ちたがりではないので気にしてはいない。
それはそれとしてメアリーとはライバルのつもり。
サバンナ階層にてバーナードとのいざこざがあり、部分的に記憶を取り戻す。主に恋仲であるバーナード──藤䕃堂五三郎の記憶が中心で、他のことはあまり思い出していない。
(どのくらい思い出しているかメアリーが確認した時は一晩中彼ピの惚気話を聞かされて死にかけた)
【真紅道】ギルドマスターのグレンとは兄妹。そしてバーナードとは幼馴染にして兄の親友にして恋人。
基本的に言葉足らずなバーナードを引き摺り回す姉さん女房。とにかく適応力が高く、よくわかんないけどバグもレイドボスも"スフィアーロッド"も受け入れる。元々の【バレルロード】のメンバーがそもそもスケバンと爆弾魔と元ヤンなあたりその適応力とリーダーシップは凄まじい。
戦闘スタイルはかなり王道な中近距離ガンナー。真価を発揮するのはソロ戦闘では無くチーム戦で、信頼できる味方との連携は元より、その場限りの仲間とも効率の良い現場指揮ができる。正にリーダータイプ。
ちなみにサバンナ階層にてバーナード救済のため一時的に【アルカトラズ】の白き劔を借りたのだが、その残滓が体内に残っており、実はやや冒険者に強い。パワーバランスが崩壊するほどではないが……。




