249.黒の熱が虚無を焦がす
【第106階層ジャングル:ナチュラリス空撃ライン】
フライング俺たち。
なんとかメアリーとスペードを残せたが、俺とバーナードとカズハは無事吹き飛ばされている。
「"黒蛍"!」
空中に現れる黒の大穴。
アゲハのペットだ。本来は地上にしか現れないが……ともかく。三人で穴を潜れば、地上に辿り着いた。
「ライズっち!状況は!?」
「今の"黒蛍"の裏側どうなってんの見たい見たい」
「それ後にして! 優先すべき事あるっしょ!」
「助けてくれてありがとう」
「んんー感謝大事偉い! ちがうってば!」
元気でよろしい。アゲハって事はここは屋外の第二班か。【コントレイル】の連中も居たり居なかったりする。
「"グリンカー・ネルガル"を説得して"シェルフライト"を撃墜する。ゴーストが必要だ。第一班はどこかわかるか?」
「ここが何処なのかもわからないわ。一気に不利になったわね」
スカーレットが地面の隙間からひょっこり顔を出す。
「ここは【第106階層ジャングル:ナチュラリス空撃ライン】。こっちは防戦一方よ。……ま、【セカンド連合】は撤退していくみたいだけれど」
「そういう事よ」
グリフォンに跨って着陸してきたのは【コントレイル】第四席アスカ。空駆ける魔法使い。
「本部から通達があってね。負傷者はウェンバルに撤退させるわ。撤退中はお互い攻撃しない約束を交わしたわ」
「協力ではない訳か。被害状況は?」
「こっちは半壊ね。ウチの身内でも半分以上は撤退するし、終わったら他の所の救助にも行くから……事実上の戦闘放棄宣言ね。【夜明けの月】の相手はレイドボスに任せるわ。
……そっちの中でウェンバルに戻りたいって人がいるなら運んでもいいわよ」
「いらないわ。こっちは全員ピンピンしてますから」
……先にスカーレットに断られた。別にいいけども。
「道中に逃げ遅れたマスコミがいたら頼んでもいいか?」
「そこは元より。じゃあもう行くわね。アゲハ! アンタだけは絶対に潰すから首を洗って待ってなさいよ」
「うける。アンタこそその鳥ちゃんと洗っておきなー。獣臭するし」
「ぴーちゃんは香水振ってるのよ! 適当言わないで!」
変な捨て台詞と共に飛び立つアスカ。
ここでは実質的に【セカンド連合】の妨害は無い、と。
「で、何で飛んできたのよバーナード。メアリーはどこ?」
「……攻略階層を呼び出す事で……無理矢理階層の外に追い出された……。スペードとメアリーが残ったが……戦力的には"グリンカー・ネルガル"に届かない。
……何とかして増援が必要、だ」
「そのためにゴーストちゃんが必要って事ね。"廃棄口"への一瞬避難があればゴーストちゃんだけは階層弾きを喰らわない……って事?」
「そうそう。スペードと組めば回避できる人数も増加する。だからゴーストのいる第一班を探さないといけないんだ」
「うん。だとするならば俺の出番だね。"ぷてら弐号"で周囲を偵察してこよう。もし【コントレイル】に撃ち落とされたとして、森の中なら俺は捕まらないよ」
「頼もしすぎるがダメだ。"ぷてら弐号"は"シェルフライト"突入のために必須だからな。ここでダメージを受けるのは避けたい」
"グリンカー・ネルガル"の次に"シェルフライト"。まだまだ先は長い。その上で深傷を負えばリタイア必須なんだから慎重に行かないとな。
「……"グリンカー・ネルガル"の階層呼び出し攻撃は厄介だが……それでも階層は階層だ。
ジャングル階層において……102階層から109階層は、連続する試練。……全て攻略すれば……110階層へのゲートを開かざるを得ない。
そして……それらの階層は必ずどこかに存在する……。でなければ攻略ができない。
純粋に攻略して行けば……必然的に、"グリンカー・ネルガル"に繋がっていく、そういう仕様のはずだ……」
「各攻略階層を突破したら、未攻略の階層の位置を割り出すアイテムが手に入るんだよね。つまりちゃんと攻略すればいいって事じゃないかな、ライズ君」
「それもそうか。気長に行くかー」
【セカンド連合】達はチャット機能ではなくアイテムで連絡を取り合っていた。理由はすぐにわかったが……ジャングル階層ではチャットでの連絡が取れない。
地道に探すしか無いか。
……ま、メアリーとスペードが"グリンカー・ネルガル"を押さえてくれてるだろ。気長に行くかー。
──◇──
【第105階層ジャングル:ライデン補給ライン】
「やられたわ」
仰向けになって倒れるあたしとスペード。
……外傷は無いけれど。
「あの階層呼び出しはズルでしょ。正攻法じゃ無理ね」
あの後、またしても階層呼び出しによる強制吹き飛ばしを受けた。今回もスペードが何とかしようとしたけど、あたしが止めた。
「なんとか維持しようと思えばできたけれど?」
「それでエンジュでは身を削ったわよね。今回だって身体の負担デカいんじゃないの?
あっちがノーリスクで階層呼び出し出来るんだとしたら不利すぎるわ。安全に退却できるし、利用しない手は無いわね」
バグに干渉できるのはバーナードとスペードだけ。大切に使うのは当然だから。
「……いやー、流石悪の総帥。何でも利用するねぇ」
「そうよ。アンタの事も使えるだけ使ってやるんだから。覚悟しなさい」
「わぁこわい。ところでメアリー」
「何?」
スペードが小さな身体を起こして、こっちに向き直す。
「今君を潰せば、僕はバグとして完全復活できるんだけど」
「そう。やるの?」
「やんない。だって罠だから」
そうよね。
スペードもあたしも気付いている、この違和感。
「二代目スペード──イシュテルの妨害の根幹には、僕の復活があると思うんだ」
「そうね。最初の干渉だったヘヴン階層でのスペードクローン増殖事件については──あの場で事故を装ってライズを仕留める事ができた。そしてそのまま不安定な鏡世界から【Blueearth】の裏側へ逃げる事も出来た、でしょ?」
「うん。やらなかったけどね。天知調に消されるリスクを帳消しには出来ないし、あの段階で賭けに出るわけには行かなかったし。
……イシュテルからの妨害は、大抵の場面で監視付きの僕を1人にする事が出来る場面が多かった。まるで誘導しているかのように」
スペードが力を取り戻す事は、イシュテルにとって利益になるのかしら。
スペードが居なくなった事で空いた席に、推定人間であるイシュテルは居座った。スペードが力を取り戻せば競合どころじゃない。だってスペードは本場のバグ。その上でお姉ちゃんレベルの知能を持ってるんだから。普通に喰い潰されるわよね。
「例えば、誘いに乗った僕を天知調に突き出して……今度こそ言い逃れ出来ない状況に追い込んで、確実に消滅させるとか。それもなんか回りくどいというか、なんだかなぁ?」
「そうよねー。わかる事といえば、明らかにスペードを狙ってるって事だけど」
"グリンカー・ネルガル"の自我発現がイシュテル由来というのは憶測だけど、まぁ確定でしょ。
とりあえず、現状打破のためも合流よね……」
「そうだね。ここから出られたらね」
【第105階層ジャングル:ライデン補給ライン】。"グリンカー・ネルガル"軍の補給戦線。
大量の物資と、それを仕分ける大型クレーンの魔物──"ガベージカベータ"。さっきからコンテナを右に左に動かしてる背景だと思ったけど、アレ魔物なのね。
そしてあたし達はそんなクソデカコンテナの隙間に落ちてきた訳なんだけど。
「これどうやって出ればいいの?」
「いやぁまさかこんな原始的な詰み方があるなんてねぇ。俯瞰ゲーなら詰みだよ」
全方向を囲まれて、ここが何処かもわからないけど。
……とにかく逃げるしか無い、かな?
「【チェンジ】なら逃げられるけど、どうする?」
「できるなら攻略したいね。一度攻略した階層は109階層のフロアボスを倒すまで入る事は出来ないけど、それってつまり階層弾きのメタになるよね?」
「ここの攻略って……」
「あのデカブツの討伐、だねー」
……仕方ないわね。
やるかー。果てしなく気が乗らないけど!
──◇──
【第109階層ジャングル:ステーゲ最終防衛ライン】
"グリンカー・ネルガル"は独り、廃工場に残る。
邪魔者は排除した。後は……後は何をする?
「私は、何がしたい……?」
謎の訪問者。レイドボスだった者達。
彼らは"彼ら"であった。
レイドボスである自分とは分離した"エルダー・ワン"。
レイドボスもセキュリティシステムも投げ捨てた"スフィアーロッド"。
まだ目覚めないながらも全てを人間に委ね自我を放棄した"カースドアース"。
私は、どうしたい。
この胸に渦巻く熱は、間違いなく故郷の赤土を求めている。
それは、"私"なのか?
私がそれを求めて良いのか……?
『失敗』「した」
声が聞こえる。
何の声なのか認識できない。どこから聞こえるのかわからない。
【自我を】『与えた』「貴方の自我は」[不安定だ]
「……私に自我を与えた者か。余計なことをしてくれたな」
「申し訳ない」【貴方は】『優秀なセキュリティ』
[自我もまた]『特別なものである』「予想外だった」
セキュリティシステム"ウェンバル"は【Blueearth】にかなり抵抗している。私がここまで強い自我を持ってしまったのは、レイドボスにもセキュリティシステムにも共感できない自我を得てしまったのはそのためなのか。
「故に」【謝罪】『する』
《与えた自我を》【踏み躙る】『事を』
──心の中の熱が、黒くなる。
『自我は』=【思考】【感情】【認識】
「貴方は」[自我の認識を俯瞰する]
【故に】「感情の操作を外部から受け易い」
"グリンカー・ネルガル"【は】『世界を恨んでいる』
違う。
命の灯火を鉄の身体で繋ぎ止め。
機械文明の傀儡となってでも、故郷に帰る日を夢見ている。
"グリンカー・ネルガル"は、誇り高きガルフだ!
『そうだろう』【今までは】
「だが」[感情を]『書き換えたらならば』
【事実】"は"[塗り替えられる]
黒の熱が私の心を焦がす。
違う。この熱は私じゃない。
"グリンカー・ネルガル"のものでもない。
事実を、捻じ曲げるな!
"グリンカー・ネルガル"【の】[過去は]
【Blueearth】"発生"「時点で造られた」【虚構】
違う。
あの悲しみが、偽物であってなるものか!
何を以て本物と言うのだ、貴様は!
「貴方が疑ったのだ」
『これまでの記憶は何なのだ?
どこまでが私で、どこからが嘘だったのだ!』
【貴方が疑ったのだ】
"グリンカー・ネルガル"[の存在が虚構であると]
──私、は。
私は。
"グリンカー・ネルガル"は。
誰でも、いいか。
元より"私"など、存在しなかったのだ。
──"グリンカー・ネルガル"の名の下に、命ずる。
ジャングル階層は、今より滅びる。
〜人物紹介:パンナコッタ
【満月】所属
ヒーラー系第3職【ドクター】
元【井戸端報道】の記録員。ダウナー系白衣の天使。しかしコミュ力が壊滅的で、おおよそ記者に求められる能力の殆どを有していない。
プライドが高いが、自己評価は低い。自分より優れている者を嫌うが、自己評価が低すぎるためかなり多くの人が自分より優れていると感じてしまう。
かつては記者として【井戸端報道】に入社したがその性格により仕事にならず、自分の有用性をアピールするために全ての記事記録を纏める"記録員"の役職を新たに設立する。勿論当時のパンナコッタにそんな権力は無く、当時の編集長が目を付けてくれるまでは記者と自称記録員の仕事で二足の草鞋状態だった。
その後"記録員"としての仕事がある程度軌道に乗ったあたりで同僚も部下も増えたが、上述のコンプレックスによりやはり疎むようになり自主的にコミュニケーションを避けるようになる。そのタイミングでバロン局長に声を掛けられ、アドレにいる間はバロン局長の専属秘書となる。そもそも【井戸端報道】の相手の大半はアドレにいるため、不在続きの局長に代わり纏め役として貢献してきた。
その後タルタルナンバンとかいう美人コミュ強ハイパー新人が加入。秒速でファンクラブが設立されているのを見て苛立っていたが、自分にもファンクラブがあると言う事は一切気付いていない。
ドーランにて【朝露連合】の騒動があった後、バロン局長によって【井戸端報道】をクビになり【満月】への参加を指示される。
実質的にはスパイのようなものである事と、秘書業もまた同僚が増えてきて自分の居場所が無くなってきた事により渋々承諾する。
尚、スパイ行為は一切していない。建前でも自分をクビにした【井戸端報道】のためになってやるものか。
……本人は気付いていないが、恐ろしい程に纏め上手で整理上手で教え上手。常に自分の業務を完璧に引き継げる体制を作ってしまう性格に気付いていないせいで、周囲が自分レベルに仕事の出来る新人ばかりだと勘違いしている。お前の引継ぎが完璧なだけだそれは。
野心のあるベルの事は気に入っているが、それはそれとして小さい生き物が好き。"スフィアーロッド"でさえ可愛いと思っているレベル。どちらにしても黙ってれば可愛い。
タルタルナンバンについては妬みが大きいが、それはそれとしてその存在は輝かしい。強火ファン。ナンバン側からの矢印だけは受け付けないが、長く共に活動してきているのでそこまで露骨に嫌ったりはしない。タイミングが合えば一緒に買い物したり、編集部に顔出ししたりする。




