242.背中を向けるなら突き立てろ
私はセキュリティシステム"ウェンバル"のウィルスバスター。
──違う。
私はジャングルを守る古代文明の遺産"グリンカー・ネルガル"。
──違う。
私は、ドラドの誇り高きガルフ族 ネルガル=クロー。
──違う!
全て植え付けられた過去だ。
全て幻想だ!
このウィルス内部世界において2年9ヶ月前。それより昔の世界は後で生み出された幻影だ!
だから求めるな。
それは後で足された過去だ。
本物ではない!
レイドボスが何だ。
セキュリティシステムが何だ。
私には関係無い。
私ではない!
私は!
私は……。
……私は何者なのだ。
誰になればいいのだ……!
──◇──
──翌朝。
「おはよう【夜明けの月】! あーそーぼー!」
敷地外ギリギリに【頂上破天】。きっちり逃がさないつもりだな。
「おーおはよう。ちゃんと代表者連れてきたか?」
「ちょっぴりムリだった! すまん!!!」
ジャッカルの隣には2人。それぞれがギルドの代表者か。
知った顔と、知らない顔。知らない方は修道服のシスターさんだが……全部の指に指輪をして、金のネックレスまでしている。俗っぽすぎる。
「わたくし、【神気楼】ギルドマスターのソニアと申します。【神気楼】の信条"弱肉強食"に従い、【セカンド連合】に属させて頂いたおりますわ」
「あんまりにも物騒すぎる信条だな。ヒーラーギルドじゃないのか?」
「後衛職だからと胡座を描いているような弱肉は喰われて然るべきですのよ。……そちらにもいいヒーラーがいるようで」
「……役割分担は重要だと思うけどな」
【神気楼】ギルドマスター、ソニア。
……俺は知っている。"LostDate.ラブリ"と半同一化して、"焔鬼大王"やら兄貴やら話を聞いてきたからな。
天知調の協力者の1人──鳳凰院ソニア。世界有数のお金持ちで、曰く"強い女"。本人は記憶を取り戻してない様子だが……油断はならない。
「そして俺だよ【夜明けの月】。流石に親父を連れてくる訳にはいかなくてね。【コントレイル】第二席エンブラエルが代理人だ」
【コントレイル】サブギルドマスター、エンブラエル。空中戦最強と名高い槍使いだ。
「宝珠はある?」
「この場には無い。更に言うなら、宝珠争奪戦を提案するつもりも無い」
「……なんですって」
チラッとドロシーを見る。
首を振る。奇襲・強硬手段の気配は無いらしい。
ならどういう事だ……?
「我々【コントレイル】【神気楼】【頂上破天】は【夜明けの月】に対しても他の冒険者と同様に、この先へ進む事を阻害させてもらう。【セカンド連合】に加入すると言うのならいつでも言ってくれ。
その上で、もし宝珠争奪戦をしたいと言うならば。
我々は逃げも隠れもしない。あの空の"シェルフライト"に辿り着いて、親父と直接対決してくれ」
……厄介な事をしてくれる。
宝珠争奪戦自体は【コントレイル】もやりたい。というか、やるまで逃がさないだろう。
「成程ねぇ。今の体制が【コントレイル】最強の布陣だけれど、争奪戦を行うためには歩み寄る必要がある。
だからあたし達から提案してもらうようにした訳ねぇ。素通りされちゃうとは思わないのかしら?」
「通さないし、通った所で宝珠は親父が一つ確保している。そちらとしても困るだろ?」
戦闘の舞台を向こうに寄せられた。先に宝珠争奪戦を行う前提なら平等なルール制定が必要になるが……この場合、その宝珠争奪戦を行うまでが厳しい。
だが。
相手は【夜明けの月】【満月】【バレルロード】……いやさ、メアリーとベルとスカーレットだ。
「舐めんじゃないわよ【セカンド連合】。絶対に宝珠争奪戦はやってやるから、首洗って待ってなさい」
「"シェルフライト"はバラして売ったら端金にはなるかしらね。人間は身包み剥いで何もかも金に変えてやるわよ」
「随分と鉄臭い道を敷くのね。私の前に立つ以上、踏み締められる覚悟はあるのよね?」
一切怯んでないぞリーダートリオ。凄いぞリーダートリオ。
ベルだけやたら物騒なんだが。
「威勢が良いな! それでこそ、だ。
じゃあお話はここまで。いつでもいいからな。楽しくやろうぜ【夜明けの月】!」
「楽しみにしていますわ。それでは……」
エンブラエルもソニアも、ジャッカルも。不敵に笑いつつも会談は終了。して──
「じゃあここからは【朝露連合】との取引な。多少割高になっても良いから回復薬を纏めて買いたいんだが」
「【神気楼】はMP回復薬が欲しいですわ。調合はこちらでするので材料の方を見たいのですが」
「【頂上破天】は武器修復のための材料が欲しいんだよなぁ。こっちの余り装備類と交換で安くならないか?」
「物々交換は受け付けて無いわ。でも使用済み装備の買取はしてるからそれで差し引く事は出来るわよ。
あと【コントレイル】は【マッドハット】から回して貰いなさい。ここの【マッドハット】に規定量の1.75倍回しておいたから。【神気楼】は定期購入特典で調合サービスが無料で受けられるわよ」
「「「わぁい」」」
ううーん商人!
──◇──
【朝露連合】の領地──ツリーハウス
「【井戸端報道】第1編集部編集長補佐タルタルナンバンですゥ! 7往復目ェン!」
「ご苦労。じゃあ8往復目ね行ってらっしゃいナンバン」
「聞いてますからねパンナコッタ先輩! もう戦ってないんですよねェン!?」
死んだ目のナンバン襲来。
早速パンナコッタと夫婦漫才。仲がよろしい。
──タルタルナンバン。
【夜明けの月】との縁は古く、第0階層の頃からの付き合いだ。
【Blueearth】の報道員【井戸端報道】の新人記者で、【夜明けの月】立ち上げ時の騒動の際に【井戸端報道】局長バロンの気まぐれで巻き込まれ、それ以降ズルズルと【夜明けの月】の取材担当に。
かなり誠実で聞き分けがいいので、【夜明けの月】と独占取材契約を締結。本来タルタルナンバンが自力で辿り着いた30階層でお別れの予定だったが、その後局長バロンの気まぐれにより第1編集部編集長補佐に任命。第1編集部に辿り着くため、【満月】と階層攻略協力関係になる。
とまぁ波瀾万丈な彼女だが、この【セカンド連合】vs【夜明けの月】という対面においては非常に微妙な立場となっている。
そもそも【満月】も【井戸端報道】も、正式には【セカンド連合】にも【夜明けの月】にも属していない。
【井戸端報道】はアドレ王家に認定された完全中立の情報機関で、今は【スケアクロウ】に席を借りているだけ。
【満月】は【夜明けの月】の活躍によって成立した【朝露連合】から分岐した商業ライン開拓班。
とはいえどうしてもそれぞれに干渉してしまうので……そのどちらにも属するタルタルナンバンは【セカンド連合】との騒動の際は意図的に離脱させられている。
そしてそれを平然と利用して物資補給班にするのがベルだが。流石容赦がない。
「【井戸端報道】第1編集部……要するに【スケアクロウ】まであとどのくらいだ?」
「只今の【スケアクロウ】は150階層まで進んでいますが、そこまで行かなくてもいいとは言われています。
というか、宝珠争奪戦のゴタゴタが落ち着くまでは目立たないようにと指示を受けていますよ」
「目立たないように……?」
尚、現在タルタルナンバンは外付けインベントリの荷台車に色んなアイテムを山積みにして走って帰ってきている。めちゃくちゃ目立ってるだろこれ。
「でも今回は話が別よ。なぜなら宝珠争奪戦はまだ始まって無いから」
──ベルの言う通りではある。
宝珠争奪戦は【井戸端報道】によってトップランカーからアドレまで、一つのエンタメとして報道されている。今最もホットな話題だ。
あのアカツキでさえそれに冷や水は浴びせられない。正々堂々宝珠を賭けて戦う必要が出てきた。
だからこそ、ジャングル階層においては宝珠争奪戦に至る前で対策してきた。
世間の期待に応えるために宝珠争奪戦は開催されなければならないが、そこに至るまでで【夜明けの月】を撃退すればいい。嫌な戦略だが、つまりは非公式戦だ。
「ナンバンが味方しようが私達【満月】【バレルロード】が協力しようが歴史に残らない。何故ならまだ宝珠争奪戦は始まって無いから。
さぁメアリー、自慢の頭を回転させなさい。どんな外道戦略も今ならオフレコよ」
戦略。
戦闘前の盤外戦と言えばメアリーだ。ここまで何度も救われて来たしな……。
「んー……そうねー……」
メアリーは幾らか考えて、うんうん唸って……。
「逃げちゃおっか?」
──◇──
【第110階層不夜摩天ミッドウェイ】
【セカンド連合】秘密会議室
「【夜明けの月】も俺達ももう逃げられねぇ。宝珠争奪戦はコンテンツになっちまった。
あのメアリーとかいうガキは……まぁ置物だろうが、ライズの負け犬でもその辺は理解出来んだろ。
だからジャングル階層では"待ち"の一手だ。【夜明けの月】では"シェルフライト"に辿り着けないし、ジャングル階層を抜けられねぇ。
そして何より【夜明けの月】は階層攻略中だ。もし宝珠争奪戦が始まらないのなら、それは【夜明けの月】が辿り着いてないって事だよなぁ?
まだ【セカンド連合】の方が宝珠の数は上。上に立つのは俺達。大衆に非難されるのは【夜明けの月】だ!」
アカツキは吠える。
勿論、この作戦を考えたのはアカツキでは無い。
「やるじゃねーかジジイ! 性格悪いなぁ!」
「ガキな上に馬鹿とは救えないのであるな坊主。吾輩にかかればこんなものよ」
【象牙の塔】二代目ギルドマスター、ブックカバー。
ライズとの接点や【夜明けの月】へのこれまでの貢献・協力から危険視されていたけど、蓋を開ければコレ。意気投合してる。
「あとはどっちに転ぶにしても待つだけか。停滞したままは世論が許さねぇもんな?」
「次なる【夜明けの月】の一手は打診である。即ち、宝珠の贈与によるジャングル階層の突破。宝珠も三つあれば一つを切って進む手段も取れるものである」
「それを大々的に報道! 勿論俺達の都合の良いようにな。【夜明けの月】の信用度を落として【セカンド連合】の人気爆上げってな!」
「上がるのは無理であろうがな! 貴様という存在の減点が大きすぎる故に」
わははと笑う下衆コンビ。もう馴染んでるわ。
「失礼しまして皆々様」
影から生えてきたのは、【首無し】のデューク。
正式に【セカンド連合】に属している訳では無いけど……事実上【セカンド連合】の中核の1人。
「なんだよデューク。急ぎか?」
「ええ急ぎでして。【夜明けの月】【満月】【バレルロード】の動きに変化がありまして」
「む。もう降伏か? 他愛も無いのである」
こいつら……。
デュークは一応裏社会のトップなんだけど、何故これほどまでに軽く絡んでくるのか。
「というか私とブックカバーは外した方がいいですか? 【首無し】とはアカツキとしか組んでないのですから」
「いいえアラカルトさん。その場で結構でして」
アカツキとのみ契約している非合法ギルド。だからその存在が【セカンド連合】にいる事自体は公表してはいない。【井戸端報道】と同様に協力者の1人という事。
何考えてるのかわからないけど、アカツキを気にいるあたり碌な人間では無い。というか関わる度に怖い。裏社会の帝王なんだからそりゃそう。
デュークは近くの椅子に腰掛けて、平然と報告する。
「【夜明けの月】【満月】【バレルロード】……全員、ウェンバルから消えまして」
「え?」
〜ギルド紹介:【頂上破天】〜
攻略序列:12位 セカンドランカー
【セカンド連合】序列8位
ギルドメンバー:12名
突出した特徴や副業を持たない階層攻略ギルド。
元はヒガルで燻っていた2つのギルドと3人の傭兵を合併して成立したギルド。
ギルド間連携・単独行動どちらも高水準で、決定火力こそ乏しいものの継戦能力に長けている。
基本的にギルド間の仲は良好。
王道とも取れる熱血漢のギルドマスター ジャッカルを有しているが、その立ち回りは冷酷にして機敏。セカンド階層突入段階で【飢餓の爪傭兵団】傘下であったものの、【セカンド連合】結成後はそちらへ鞍替えする。
その上で【飢餓の爪傭兵団】との情報網は生きており、【セカンド連合】の情報を商品として【飢餓の爪傭兵団】と取引をしている。
・ジャッカル
ローグ系第3職【ソードダンサー】
"最強の剣舞士"
【頂上破天】ギルドマスター。覆面のヒーローはレッドカラー。
声が大きく、その堂々とした立ち振る舞いから正義に燃える熱血漢と勘違いされがち。
しかしその正体は時世を見極め場合によっては敵味方問わず掻き回す本物のトリックスター。
セカンド序盤にして"最強"のジョブ称号を勝ち取る逸材であり、【飢餓の爪傭兵団】傘下に参入できたのはこのため。
【頂上破天】を立ち上げたのも彼である。
目立ちたがりな外見は本質を隠すためのカモフラージュだが、それはそれとして性格は陽気。
戦闘データも多岐に渡る。双剣、片手剣、短剣、片手盾を使い分けるので戦闘スタイルを掴むのは難儀する。
・スパイラル
サモナー系第3職【ビーストテイマー】
サブギルドマスター。元ソロの傭兵で、最初にジャッカルが声を掛けた創立メンバー。
自己顕示欲の塊……と取れる言動は、寄せ集めの【頂上破天】において他のメンバーの牽制と裏切り者の炙り出しが目的。
強烈なインパクトを残す事で他のメンバーが陰で動く……というのが【頂上破天】の基本戦術。そのため派手な戦い方を好む。サバンナ階層の"マッチングサーカス"では派手すぎるレアエネミーを使役するジョージと話をしたがっていた。
【頂上破天】であろうと誰も信用していないし、そんなスパイラルを受け入れてくれる【頂上破天】の事が大好き。
・クロ
ローグ系第3職【アサシン】
隠密班指揮者。【頂上破天】結成前のギルドの一つのギルドマスター。
ジャッカルが目立ち、スパイラルが派手に掻き回した所を利用して隠密・奇襲する。
かつてロスト階層でジャッカルに告白されるも手酷く振った。しかしヒガルで攻略に難儀しギルドの半数が離脱した最中にジャッカルが現れ声を掛けてくれた。
恋慕は無いが恩は返す。
ちなみにやや声が高いだけで男性であり、ジャッカルは未だにその現実を受け止めていない。
・バンダード
マジシャン系第3職【大賢者】
元【象牙の塔】の一員。クリックの【象牙の塔】本部に帰ったタイミングでジャッカルと会い、以降度々ジャッカルを助けたりして仲良くなる。
【頂上破天】がセカンド階層に突入してから暫くして、ジャッカルの仲間になるために【象牙の塔】を脱退。
ブックカバーからは選別に一度マジで【決闘】してもらい、ボコボコにされた。
ちなみに【夜明けの月】とアドレで絡んだ事もある。
・ミツカラナイト
レンジャー系第3職【スナイパー】
鎧甲冑の銃使い。全然ナイトではない。
どこから来たのかも不明。数を数え直してみたらいつの間にか紛れ込んでいた。
一切喋らない仕事人。だがコミュニケーションの一環としてジェスチャーがうるさい。




