235.旅立ち:次を見据えて
【第90階層 水鏡基地ミラクリース】
──【水平戦線】直営宿【オリゾン】
「……イツァムナちゃんさん、【象牙の塔】辞めちゃったの!?」
おお。まだ一晩しか経ってないのにもう新聞に載ってる。手が早いなぁ。
三つ巴の宝珠争奪戦の後、そのまま【水平戦線】やマーフリー族と一緒に宴会が始まった。主賓である【象牙の塔】は途中で帰ったし俺たち【夜明けの月】も適度に切り上げたが……まだ外が騒がしい。あいつら騒ぎたいだけだろ。
エントランスでマーフリーの子供にちょっかいをかけられながらもガン無視して新聞を読むタイカイ爺さん。その新聞を後ろから覗き込むメアリー。子供に好かれるな爺さん。
「【井戸端報道】は完全中立を謳う報道機関。【セカンド連合】の中枢にこそいるが……嘘は書かないだろう……」
「……『【セカンド連合】と【夜明けの月】の宝珠争奪戦第二回戦、威信をかけた戦いに臨むは【セカンド連合】No.2【象牙の塔】。
しかしその結果は、宝珠2つを【夜明けの月】に譲る形となる。【セカンド連合】の所持数そのものは減っていないが、順調に宝珠を集めている【夜明けの月】。
また、突如【アルカトラズ】に連行されてしまった"最強の魔法使い"レインの責任もあり、ギルド脱退という形で償う事となったという。
今後の【象牙の塔】は二代目ギルドマスターにブックカバー氏が就任し、現在は【象牙の塔】の立て直しを優先しているため【セカンド連合】を離れている』……。
ブックカバーがギルドマスター、ねぇ。強さに興味こそあれ、組織の長なんてやるタマかね、奴は……。
ほれ、俺ぁもう読んだ。読みたいなら持ってけ……。俺は散歩でもしてくる……」
「タイカイ爺さん。見張りご苦労さん。お陰で安心して過ごせたよ」
「……生意気言うなガキ共。ちょっと寝る時間が違うだけだ……」
最後までロビーにいたが、宴の中でも俺達を護衛してくれていたんだろう。やっぱりいいなぁ【水平戦線】。
「はよーっす。先遣隊からのメール来てるぜぇー」
「つ、次の集会は……バロウズでは出来ない、との事です。ベルちゃんから……」
91階層にログハウスの様子を見に行っていたクローバーとリンリンとミカンが帰ってきた。
大体【夜明けの月】が攻略を開始する前くらいには安全圏のバロウズで先遣隊の【満月】【バレルロード】同盟と会議するんだが……。
「現状、先遣隊は足止めを喰らってる状態なのです。【満月】【バレルロード】とは次の拠点階層で合流すると思われるのです」
「次ってぇと……【第100密林祭壇ウェンバル】だな。セカンド階層の関門。とはいえ【満月】【バレルロード】が苦戦するようなもんじゃねぇって事は……」
「【セカンド連合】よねぇ。【象牙の塔】をあたし達に投げて注目させた裏で、ベル達を妨害しようって? 随分と賢い作戦じゃないのよ」
朝に弱いツバキが普通にいる。何故か?寝てないからです。ちゃんと寝なさい。
「とはいえ宝珠争奪戦には参加してない【満月】【バレルロード】に直接的な妨害は出来ない。大方、ウェンバルで無差別に交通規制をしてるんだろうよ。
「先遣隊システムはここまでだな。ウェンバルからはベル達と合流して、数の暴力で押し切る。
あまりに激戦だったら諦めるが……目標として緑の宝珠対応アイテム"深く若き苗木"の回収も目標とする。【森羅永栄挽歌】はメアリー向きだ。是非とも確保したい」
「そういえば青の宝珠の対応アイテムはどうなったんです? クローバーに必要ですよね」
「それなら昨晩バルバチョフとじゃんけんして貰ったぞ。この"青晶板"だな」
……四角い板だな。昔の携帯電話みたいだ。
「じゃんけんって。負けたらどうなってたのです?」
「ジョッキで一気飲み」
「釣り合わなさすぎじゃない?」
そんなノリで……。しかし、手間が省けた。
ベル達も困ってる事だし、そろそろか。
「ツバキ。寝るのは出発してからな」
「あら。じゃあ、もう出るのかしら?」
「その方が良い。狙い目だ」
【セカンド連合】は現状、【月面飛行】アカツキの我儘が通っている。
あいつは馬鹿で見栄っ張りですぐに前言撤回するが、だからこそ御し易い。
もしエンジュをベルが支配していなかったら、多分エンジュに待ち構えていたのは【象牙の塔】……或いは、フルメンバーで叩かれてたかもな。そういうリアリストな所も特徴だ。
それが偶然、【夜明けの月】と【草の根】の一騎討ちになった。その次のミラクリースでも【夜明けの月】と【象牙の塔】の一騎討ちになったし、これらは【井戸端報道】によって広められた。
こうなったら、アカツキは周囲の期待に応えようとする。……追い込まれるまでは。
各拠点階層にギルドを配置して正々堂々宝珠を奪う。アカツキらしくないが、周囲の評価はそうなってしまう。
……それでも宝珠の数とかで逆転され始めたら撤回するだろうが。そこまでの塩梅だな。
「そもそも【セカンド連合】No.2の【象牙の塔】を撃破したんだ。誰が出ても確実に勝てるとは限らないし、【セカンド連合】下位のギルドも頼りにはできない。だから多分ウェンバルには【セカンド連合】下位のギルドが纏めて配置されている筈だ。もしも【夜明けの月】が宝珠を順調に集めていたとして、もしも【セカンド連合】の評判が"正々堂々"となってきたとして……堂々と人海戦術で【夜明けの月】を潰すためにな」
「【セカンド連合】……どのくらいいるんだっけ。ゴースト?」
「answer:search:……【セカンド連合】の序列は以下の通りです。表示します」
──────
1.【月面飛行】
2.【象牙の塔】
3.【バッドマックス】
4.【スケアクロウ】
5.【マッドハット】
6.【草の根】
7.【コントレイル】
8.【頂上破天】
9.【神気楼】
──────
「そもそも宝珠争奪戦において数は重要じゃない。結局宝珠そのものは7つしか無いんだし。奪ったりも出来ないしな」
「このリストで言うなら、下3つくらいは纏めてウェンバルにいる可能性があるって事かしら」
「私とドロシーちゃんは【コントレイル】の空飛ぶ船さんに乗りましたね。あれ凄かったです」
「アイコさんが素手で撃墜させた飛行空母"シェルフライト"ですね。ヒガルでの"【セカンド連合】追放戦"でも相当の脅威でした」
「ドロシーちゃん?」
「ごめんなさいほっぺたつねらないふぇー」
【コントレイル】──【Blueearth】唯一の"飛行専門ギルド"。
制空権を確保した状態で一方的な索敵・攻撃を仕掛けられるのは溜まったものじゃないが……その最も恐るべき所は統率力。
今は【ダーククラウド】のキャミィが持ち込んだ軍人式の教育方針。それは恐らく、他ギルドへの指導にも繋がっている。
「実際ウェンバルに誰がいるのかはベルの報告を待つとして、だ。誰かカズハを起こしてきてくれ。あいつ朝弱いんだよ……」
「そうね。よく知ってるわ……」
意外や意外、我らが生徒会長は朝が弱い。女性陣はよく女子会で巻き込まれてるからご存知か。
「じゃああたしが起こしてくるわぁ……」
「ツバキはそのまま寝ちゃうでしょ。これから出発なのよ」
「物理的にカズハに勝てるのなんてアイコしかいないだろ。行ってきてくれ」
「わかりました」
「アイコさん、僕は置いていってくださいぃぃぃ……」
ドロシーを抱えたまま行っちゃったよ。……まぁいいか。
──◇──
──どこか空の下
月夜。
満月に手が届きそうな程に空高く。
新型"シェルフライト"は今日も快調。
連結6基の巨大空母はヒガルでの撃墜を受けて更に巨大化。【セカンド連合】各所より集まった【エンジニア】の技術を結集し、なんと13基連結まで発展。
──6基連結は技術力だけではなく、携帯性も兼ねていた。各階層を跨ぐ際に一度分解しなくてはならないからだ。
しかし現在の【コントレイル】はその問題を解決している。
攻略階層が物理的に繋がっているジャングル階層──第101階層〜109階層において、巨大空母"シェルフライト"を分解する必要は無い。
ことジャングル階層においては【コントレイル】は無敵。そうアカツキは称して、反【セカンド連合】の連中を食い止める砦の役割を【コントレイル】に授けた。
「……こんな玉なんざワシぁ興味ないんだが」
アカツキから授けられた白の宝珠。対応アイテムは入手出来ないので、本当に持ってるだけだ。【夜明けの月】から宝珠を奪うためだけに渡された、変な玉。
マスタングの関心はそこには無い。
白の宝珠を、空に浮かぶ満月と重ねる。
……やはり、こっちの方が良い。
【コントレイル】を結成した時。
そして今に至るまで。
マスタングの関心は、空にあった。
あの月まで行けるだろうか。
ただそれだけを想って飛んできた。
「──だからよぉ。お前さんの目的って奴にゃぁ興味ねぇんだわ」
甲板にはマスタング一人。
振り返る事もなく、宝珠片手に月見酒。
「バグだなんだとワシにゃわからん話よ。ただ高く行きてぇのさ」
「──」
何者かは観則できない。
しかしマスタングが会話している相手は、確かにそこにいる。
言葉は記録には残らない。だが、何かを言って、マスタングはそれを聞いた。
「……あぁ? 間も無くってなぁ一体……っ!」
──【草の根】のスワンが辿り着いた事実。まだ【ダーククラウド】エリバが公表していない事実。
宝珠の所持者に、現実の記憶が舞い戻る──。
「……はっ。なるほどなぁ。絵に描いた餅か。馬鹿らしい」
マスタングは思い出してしまった。
ここがゲームの世界である事。
あの空に浮かぶ月は、そこには無いと言う事。
「……お前さんの目的。【Blueearth】の崩壊……だったか?」
何者かは頷く。
マスタングは──大きな溜息を一つ。
「いや、やっぱナシだ。協力なんざ出来るか。ワシは【Blueearth】を壊してぇ訳じゃ無いしな。
お前さんで勝手にやりな。邪魔はしねぇさ」
影は、一つだけ何かを残して消えた。
ようやっとマスタングは振り返り、甲板に置かれた白い鈴を拾う。
「んだコリャ。……"白天燐鈴"?」
それは白の宝珠の空間作用スキル【白曇の渦毱】を発動するための対応アイテム。
【夜明けの月】しか所持できない筈の白い鈴。
マスタングは首を傾げる。
「……テメェで好きにやれって事かね。やったらぁよ」
──騒乱は終わらない。
潜む悪意が【Blueearth】を揺らがす。
果たして、【夜明けの月】に待ち受けるは──
──◇──
【第90階層 水鏡基地ミラクリース】
「麿である」
「そうだな」
仁王立ちで出迎えるは【水平戦線】の平安貴族大統領バルバチョフ。朝一で見るには濃すぎる面だ。
後ろにはゴーギャンとアルバレスト。他の傭兵達も見送りに来ている。そしてマーフリー族はまだ踊っている。
「【朝露連合】と提携してくれてんだろ。仲良くやってくれ」
「………………【朝露連合】のお陰で、インフラ周りが強化された。拠点丸ごと【セカンド連合】に離反している我々には、【マッドハット】の供給が縛られていたから。助かる」
【朝露連合】の実権はベルにあるが、口添えはできる。
……今回の宝珠争奪戦やらレインの暴走やらがスムーズに攻略できたのは、現地の協力者あってこそ。この繋がりは大切にしておきたいな。
「じゃ、また会おう」
「うむ。【水平戦線】は傭兵組織。また声を掛けるが良い。言い値で相談でおじゃる」
「安くしてくれよ」
「ほほほ」
敵として味方として、散々会ってきたバルバチョフも暫く会う事は無いと思うと感慨深い。
……と、感動的に進めたいが。
昨晩の宴の影響で【夜明けの月】も【水平戦線】も大半が寝不足だ。
なんならゴーギャンは立ったまま寝てる。
「締まらないなぁ」
「締めなくて良かろう。いつでも帰ってこい」
「……そうだな。頼らせてもらう」
ここからが本番。そう言ってもいい。
転移ゲートを潜り、【夜明けの月】はミラクリースを後にした。
〜空間作用スキル:ジョブスキル編〜
さて、最後に空間作用スキル発動中に得られるジョブスキルについてだ。
これは同じ【スイッチヒッター】である俺とスワンが同じものを発動したあたり、多分ジョブで固定されている。
どの宝珠でも同じジョブなら同じスキルが発動するかは、まだわからない。別の宝珠で同じジョブの例がまだ無いからな。
・【スイッチヒッター】
──【パラレル】
所持している武器が空中に出現する。とはいえそれ自体に意味は無い。結局判定があるのは手に持ってる分だけだからな。
重要なのは、発動中に限り自分のHPが武器とリンクする──というか、装備中の武器の耐久値が使用者のHPに加算されるようになる。武器の数だけ強くなる……が、ダメージがそのまま武器に繋がってしまうから武器がすぐ壊れる。そこを利用して【朧朔夜】が抜刀出来たらもするんだが。
正直無茶苦茶強いんだが、他のジョブの奴が判明すればするほど……控えめなんだな、って思う。
・【大賢者】
──【全知全能】
まず無敵。これがズルい。
発動時は周囲に九つの魔法陣が展開される。
この空間内では使用者の所持する魔法は一つ一度しか使えなくて、使い切ったら空間作用スキルは解除される。
だが使い切るまで無敵。ついでに詠唱時間もカットされる。馬鹿。
・【デビルサモナー】
──【2本の蝋燭】
契約した悪魔と一体化し、その自分自身が分裂する。分身体のHPは全て共有で、契約している悪魔の数だけ分身できる。
つまり全部倒さないと倒れない。実質的な無敵だ。単純だが、サモナー系列の弱点である本体が狙われる問題を解決している。強過ぎる。
・【図書官】
──【共謀綺談】
【図書官】にとって重要な"事象を記録する"行為が必要無くなる。
珍しくそこまで強くない。初心者が逆転するには便利ってくらいだな。これで欲しい"記録"なんてイツァムナなら元から持ってるからな。
無敵では無いが不死身。自分自身の"記録"もストックされているので、死亡時即復活が可能。空間解除条件は……蔵書の消失だな。




