232.因縁、或いは未来への決別
──深い、深い森林の中。
空も果ても見えないが、木々そのものが発光している。視界は悪く無い。
緑の宝珠──対応アイテム"深く若き苗木"によって展開された空間作用スキル──【森羅永栄挽歌】。
ちゃっかり持ってんじゃねーか。
ゴーギャンの遺作【芸術創造:淀みの坩堝】は別空間に逃げた事で解消された。戻る頃には廃墟になってるだろう。だがそれはそれとして。
「障害物が多いな。【大賢者】にゃ合わないんじゃないか?」
「空間そのものがどうであろうと吾輩には関係無い。ただ……これでは一方的だ」
ブックカバーの周囲に、9つの魔法陣が浮かぶ。
──【スイッチヒッター】が全ての武器を併用しその耐久値をHPとする特殊スキル【パラレル】を使えたように、空間作用スキル内では発動者のジョブに合わせた強力なスキルが発動できる筈だ。それがコレか。
「──【全知全能】。今の吾輩には"並行詠唱"の制限は無く、全ての魔法を同時に唱える事が出来る。条件はあるがな」
「おいおい、あまりペラペラ喋っちゃダメだろ。そこ調べるのも醍醐味でしょーが」
「講義中ぞ。私語は慎め。
……この空間において吾輩は無敵である。魔法は同じ物を二度使う事は叶わぬ。そして魔法が尽きればこの空間は閉じる。わかるな?」
「お前向きだな。解除条件はあるが、空間内無敵は想定外だ。【マリオネッター】も【スイッチヒッター】も無敵では無かったぞ」
「ふむ。後衛職である事が加味されたのやもしれぬな。ともあれ──使える物は選ぶ吾輩だが、一度抜いた刃は引っ込めぬ」
「振り上げた拳は振り下ろさないと気が済まない老害じゃん」
「貴様に振り上げたのだから貴様に振り下ろすのだ。覚悟せい」
思い切りの良さ、或いは諦めの良さ?
或いは都合のいい様に解釈する性根の悪さか。
「いいぜ。やっとタイマン張れるんだ。楽しくやろう」
「ふん。生意気な愚物が。……始まる前に、聞いておく。戯言と聞き流せ。
レインから、ハヤテなるガキの正体が黒木翔と聞いた。それ自体はべらぼうにどうでも良いが、貴様は彼奴の事を"兄貴"と呼んだというデータがある」
「……ああ。ハヤテは、黒木翔は俺の兄貴だ。それがどうかしたか?」
「……うむ。一応名乗る。吾輩は大道寺栞。貴様のような愚物では一生踏み入れる事は無いであろう超有名大学の教授である。知らんか?」
「可愛い名前だな」
「……それだけか?」
「え? 名前弄りは悪かったか。ごめん」
「いや……吾輩の事を、知らんか?」
「名前も顔も全く。なんなんだ」
「………………………………よい。戯言だ。ちょっと殺る気が湧いてきおったわ」
「えぇ……何か返答ミスったか?」
突然どうしたと思いつつも。ちゃんとブックカバーも現実の記憶に思う所があったのかと感心する。兄貴が何かやらかしたのか?
「……では行くぞライズ。精々耐えよ」
「馬鹿言え。くたばるのはお前だ」
「ふん。【テンペスト】!」
容赦も情緒も無い大嵐。この森林の中では一度しか使えないってのに、問答無用の先制攻撃!
「【スイッチ】──【壊嵐の螺旋槍】!」
【壊嵐の螺旋槍】は風属性に対する耐性がある。その上で【テンペスト】を突き抜けられるから、態々受けてやる必要は無い。
「【スターレイン・スラスト】!」
「【ブラックホール】【神炎のサウザンドアロー】!」
ブックカバーの右へと展開されるブラックホール。突進の軌道を逸らす狙いか。
そして無数の炎の矢。あえて広範囲なのは──
「【スイッチ】──【煉獄の闔】!」
【スイッチ】によるスキル中断で回避するのを見越しているからか。
【ブラックホール】の影響は闇属性吸収の【煉獄の闔】で無効化。慣性を無視して垂直に落下するが、そこも【神炎のサウザンドアロー】の範囲内!
単発の火力は弱いから大盾で受け切れるが、その間攻撃に転じる事は出来ない──
「【雷帝の鉄鎚】! 【フリジングダスト】!」
大盾で受けきれない上からの落雷雨。そして視界を遮る氷の濃霧。
「【スイッチ】──【宙より深き蒼】!」
魔法攻撃なら"ジャストレジスト"で受けられる【宙より深き蒼】でなんとかなる。が、森林と濃霧でブックカバーの位置を見失いかける──
「【陽炎演舞】」
やりやがった。
声とおよその位置さえ分かればなんとかなるが、敵影の位置がわからなくなった。ここまで視界が悪いと影の有無もわからない。
「【テンタクルフリーズ】」
「【アースフラッド】」
「【ホーリーブラスター】」
「【ガーディアン・シルバー】」
「【ダークネスドリーム】」
「【サンバーン】」
上級魔法の雨霰。容赦無さすぎる!
あまりにも火力。【大賢者】の強みが活かされすぎてるだろ!"ジャストレジスト"で受け切るにも限度がある──
「仕方ねぇな。【スイッチ】──【かげぬい】!」
取り出すは黒の短剣。氷の濃霧より上空の枝に投げ刺して──その位置まで瞬間移動!
【朝露連合】鍛治班の新作だ。【ニンジャ】専用武器だが、【スイッチヒッター】でも使える性質があって良かった!
「こちらからも見えるようになっただけだ!外さんぞ!【イビルバインド】!」
「【首狩舞】!」
「【フレアストーム】!」
幻影で手数が増えてんのズル過ぎるな。
……だがこっちもズルはあるぞ。【宙より深き蒼】が闇の鎖で拘束される前に【スイッチ】で戻して──
「──【忘れじの灰晶短剣】!」
忘れがちだが【スイッチヒッター】はローグ系。短剣の使い方には一日の長ありだ。
鍛治断ちさせられていたハゼが半狂乱でかき集めたロスト階層の灰。使い道の無さ過ぎるそれから作られたのは──耐久値1の武器シリーズ。
霞んだガラスの短剣は、ローグ系なら投擲可能。
魔法に反応して──爆砕!
「ぬっ……何だそれは!」
「ただ脆いだけのナイフだよ! 在庫はいっぱいあるぜ──【投擲乱舞】!」
所持短剣を投げつけるローグ系の基本スキル派生。魔法と当たる側から破壊されていく。唯一の利点といえば、透明である【忘れじの灰晶短剣】は魔法の属性を写して相殺される事か。
「──ぬぅ、なれば! 無属性の【魔導砲】で──」
「さっきから炎やら雷やら光らせ過ぎだ。影が出てるぞブックカバー!」
本体は見切った。後は──
「【チェンジ】──【焔鬼の烙印】!」
ブックカバーが射出した最大規模の魔法攻撃【魔導砲】。
隙の大きい魔法だが、あいつの事だから絶対に当ててくる。だとすれば、どうやって避けるか?
──その辺をうやむやにする為に、このチャンスを待っていた!
空間作用スキル。呼び出された擬似階層。
それを打ち砕く焔鬼の一撃。
ブックカバーはたった一度の【魔導砲】に集中している。両手槌の隙の大きさも、今ならカバーできる!
「──【鬼冥鏖胤】!」
【魔導砲】の正面から、空間ごと……烙印!
世界にヒビが入り──ブックカバーの魔法陣も、【魔導砲】も、空間ごと消え去る!
「──なっ──」
ゴーギャンの遺作が崩れた後か。廃墟の中、俺とブックカバーは着地する。
「【スイッチ】──【朧朔夜】!」
一瞬で砕ける【忘れじの灰晶短剣】。それはこの為でもある。
──弌ツ。己が命を闘争に奪われる事。
「──黒木のガキ! 舐めるなァ! 【テンペスト】!」
隔離階層ではない今なら、一種一度の魔法制限も無い。何が起きたか理解したブックカバーはいつもの魔法で対抗する。
──弐ツ。七の同胞を失っている事。
嵐が迫る。もう発動したスキルは止められない、止めない。
その因縁に相互性は無い。ブックカバーからしたら……【Blueearth】より前からあった因縁なのかもな。
──参ツ。その一振りのみに全てを捧げる事。
嵐の中の11連撃。全部は耐えられない。
1。2。3。
俺のHPが尽きるのに、後一秒もいらないか。
だが──【朧朔夜】は手放さない。
「【朧朔夜】──」
それは水平線に昇る太陽。日出の太刀。
月も霞む程の陰炎がその刀身を覆い隠す。
炎と怨に蝕まれた妖刀の、閃光の如き抜刀術。
「──【焔鬼一閃】!」
──過去に囚われた因縁を、因果の太刀が斬り捨てる。
──◇──
「──第二試合。勝者は──」
──◇──
数分後。
観客席には、先程まで戦っていた二人が仲良く座っていた。
いや仲良くは無いわね。
二人とも同じ感じではあるけれど。
お互い腕を組んで、お互いしかめっ面で、お互い不服そうに。
「……なんでアレで負けるのよライズ」
「うるせぇ。アレは俺の勝ちだ! ズルだ! 判定に偽りアリだ! 抗議だ!」
「そうである! 吾輩はしっかり喰らったぞ! あの刃を! 身代わりの盾すら貫通して吾輩のHPはしっかりと0になったであろう!」
「いえ、ですから。ライズ様のHPが先に尽きたのです。【テンペスト】の被弾5発目で」
「「認めん!!!!」」
「ええ……」
"審理"の輩さんも困惑してるじゃないの。やめときなさいよ。
お互いに納得いかないみたいだけれど……第二試合は【象牙の塔】の勝ち。
ギリでライズが負けたみたい。あそこまでやって負ける? とは思うけど、一番本人がそう思ってるみたいで。ライズはこれまで見た事ない様な駄々っ子してる。
「す、凄い……。あのライズさんが恥も外聞も無く、本心に一片の曇りも無く負けを認めていません。信じられない」
「ブックカバーと絡むと大体こうなのよぉ。【三日月】時代もそうだったわね。ほら落ち着きなさいな見苦しい」
「うおお離せツバキ! 俺は納得出来ないぞ! もう一度だブックカバー! あっちで第2ラウンドだ!」
み、醜い。
ライズの本音を引き出すのにギルド総出でヒガルでボコボコにした身としては、こんな簡単に本音が出てる事は少し納得いかないわ。
でもブックカバーさんは腕を組んだまま、大きな溜息を吐いて。
「……否。貴様と戦うのは、これで最後である」
「はァーーー!? 勝ち逃げかこの野郎!」
「貴様が負けたのが悪かろう愚物! 吾輩だってなぁ、ここで綺麗に負けて終わりたかったのだ! なァーーーに負けてんじゃ黒木のクソガキィ!」
「だから負けてねぇ! もう一回だもう一回!」
「断る! 貴様との因縁はここでおしまいだ。もう二度と貴様とは戦わん!」
「なァんでだよ馬鹿! 石頭! おじさん!」
「おじさん結構! 場合によってはジジイの歳であるからして」
「クソジジイ!」
「殴り合いの喧嘩なら受けて立つのである!」
「んなの俺が勝つに決まってんだろうが後衛職のジジイ!」
「喧しい! 殴り合いである!」
「変な所でペナルティ発生させんな! アザリさん、引き剥がすの手伝って!」
「んんー、もう放っとこうぜぃ。ほら叔父貴、折角だから【森羅永栄挽歌】でさ、二人っきりで喧嘩したらどうだよぃ」
「名案である! 行くぞライズ! 殴り合いだ!」
「よしきたクソジジイ!」
仲良くどこかへ行く二人。
……何なのよこいつら。
アザリさんの機転で無事追放出来たけど……。
「……叔父貴が何考えてんのかわかんねーけどよ、結局本音ではライズと仲良くしたかったんじゃねーかねぃ。でなきゃ戦闘狂の叔父貴が因縁引っ込めるなんて言わねぇわな」
「ライズさんは、ブックカバーさんの事を知らない様でしたが。ブックカバーさんは……なんというか、父性? 爺性? といった感情に見えました」
「何それ。結局は仲良しなのねあいつら」
或いは、年齢を超えた友達か。
何にせよ……似た物同士の喧嘩友達ね。
……あそこまで好き放題してたの、愛情表現って事?
ブックカバーさん、不器用すぎない?
〜ランカーの嗜み〜
《ジョージの独り書き》
ギルドともなれば【ライダー】が一人は属し、移動用の魔物を飼育するのは最早常識と言える。
その上で、個人的な移動手段として魔物を使役する冒険者もいる。セカンドランカー上位やトップランカーともなれば必須だと言う。
例えばクローバーは影を泳ぐ"ネビュラウィンドウ"の"スメラギ"を使役している。
【ライダー】系列ではないので使役魔物は戦闘で活躍する事は無いし、負傷したら【ライダー】系列に回復してもらう必要はある。冒険者数の多いエンジュやミラクリースではそれを生業としている者も見られた。
さて、身内では他にもセカンドランカー経験者がいるがどうだろう。
ミカン君とリンリン君は、ミカン君自身が移動手段を【建築】出来てしまうので使役していないそうだ。
ジョーカー/スペード君は死亡時にハートとダイヤに委託。今は何も使役していない。
カズハ君は、一応居るが拠点牧場に放牧したままだと言う。【夜明けの月】加入前の時点で派手な移動が少なくなっていたので、もうめっきり呼び出していないとか。
折角なので、久しぶりに様子を見に行く事になった。
拠点魔物牧場でのんびり草をはむ白い毛の壁……"ホワイトウォール"という、フリーズ階層の長毛鹿だ。
正面から見るとその毛で壁にしか見えない。雪の中だと姿がわからなくなるとか。
カズハ君曰く、名前は"クロッキー"。……由来は、名付け当時は"なんとなく"だったが……。
同行していたライズ君がいそいそと場を離れるが、もう遅い。カズハ君は顔を赤くして何処かへ行ってしまった。ううむ。これは事故。
使役魔物の話をしていると、どうにもツバキもボディガードとして使役しているものがいるとか。
有角の大蛇"ヴォイドサーペント"の"にょろ"。水陸両用で、【三日月】解散後に拾ったと言う。そもツバキはサブジョブが【ライダー】なのだが。
"にょろ"は後期加入だが、【三日月】時代の馬車引きもいるらしい。ライズ君が戻って来た頃に連れ出したのはサバンナ階層の"キングワラビー"。サバンナ階層らしい巨大なワラビーだ。名前は"びょんこ"。可愛い。
可愛いナリをしながらもちゃんと馬車を引く膂力はあるのだが……とても、とても上下する。乗り心地は……まぁ、居眠り防止に役立つ程度、との事。
使役魔物は魔物牧場に放牧しておけば牧場主が管理してくれるので大丈夫だが……偶には様子を見に来たいものだ。【夜明けの月】の魔物担当として、今後は彼らとも付き合って行こうと思う。
早速"まりも壱号"は大人気だ。というか【夜明けの月】以外の魔物からも遊び場になっている。最近は出番が少ないから、ここで遊んで貰ってほしい。




