23.ようこそ、わたしたちの楽園へ
その葉は天を覆い
その枝は光を通し
その幹は空を求め
その根は闇を喰む
決して朽ちぬ永年樹ユグドラシル。
そこに住まうは、精霊か賢者か。
大樹の永遠を約束するかのように、
闘争の輪廻もまた終わらない。
──ここは【第10階層 大樹都市ドーラン】
──◇──
「おー久しぶりに来たな」
到着したのは……木の中!
でっかい転移ゲートは、くり抜かれた大樹の中にあった。
「こんな事してて大丈夫なの? 枯れない?」
「これでも大樹の極一部だから大丈夫。ここバカ広いぞ」
「うへー……上が見えないわ」
周りには結構な数の冒険者がいる。アドレ果樹園で見かけた運送屋のお兄さん達もいる。ガタイが良いからすぐわかる……。
「コンニチワ」
「ひゃっ!」
キョロキョロしてると背後から声を掛けられた。
びっくりして振り向くと、頭に花が咲いてる少女が立ってた。
ジョウロみたいな靴を履いていてふわふわ浮いている。よく見るとスカートの様に広がる触手の方で立っているみたいだ。
「初メマシテ!」
「あっ、えっと、どうも」
手を伸ばされたので取ろうとしたら──ライズが間に挟まってきた。
「久しぶり。こいつらは俺のツレだ」
「……ライズサン! 久シブリー!」
きゃっきゃと笑う少女。
周りを見てみると、なんか似たような少女達に既に囲まれていた。
「こいつらは《ドリアード》だ。ドーランの原住民だな。昔の冒険者に水筒代わりのジョウロ靴をプレゼントされてから冒険者と友好的になったらしい」
既に少し怖くてゴーストの袖をつかむ。
めちゃくちゃグイグイ来るタイプが、原住民?
あたし生きて出られるのかしらこの階層。
「ここはどのエリアでもないのに、こんな所に出るようになったんだな」
「エヘヘ。冒険者ト早ク会イタイノ!」
「はっはっは。おい責任者まだかー」
「すいませんお待たせしました! 君たち、勝手にここまで入ったらダメだよ。ちゃんと契約守らないと」
奥の方から慌てて出てきたのは黒スーツのおじ様。サングラスかけて少し厳つい風貌だけど、既になんか優しそうなオーラを出してる。
「あぁライズさん! 随分と久しぶりにドーランへ来たのですね。そちらは噂の【夜明けの月】の?」
話しながら、おじ様は手でドリアード達を解散させる。渋々といった感じでそのまま壁の方へ散っていった。
「すいません、挨拶が遅れました。私はこのドーランで冒険者用案内役をしています、連合ギルド【鶴亀連合】が総括【ゴルタートル】に所属します、ダミーと申します」
ぺこりと頭を下げるダミーさん。釣られてぺこり。
「早速ですがドーランに初めて来たお二人にはこちらのデータをプレゼントします!」
ホログラムスクリーンを写すデータみたい。ぱっと見で無害ぽいし、素直に受け取る。
スクリーンを開くと……スーパーの安売りチラシみたいな画面が出てきた。
「我々【鶴亀連合】はドーランを拠点とする商業ギルドによる連合です。ドーランにお越しの方にはそちらのホームページのアクセスキーをプレゼントしています。
本来【飢餓の爪傭兵団】傘下ギルドに直接申請しなくてはならない民間クエストも、ここを窓口に受注できます。勿論【飢餓の爪傭兵団】お墨付きです」
冒険者用のホームページ。これは便利ね。
わぁー商品数も凄い。タブが無駄にいっぱいある。
すごーい。馬鹿デカいフォントで目立たせてるけど5%オフにしかなってなーい。流石商人ね。
「お買い物をされない方でも見て頂きたいのがマップページです。ドーランは枝や葉の上に通路や居住区がある複雑な構造になっていますので、ハッキリ言ってこれ無しだと迷います。我々が半年かけて作成した超自信作です! 是非!ご活用を」
へー。マップ、マップ……。
うわ。
新宿駅かよ。
凄く複雑に入り組んでるけど、タブが三つに別れてるのは……?
「ドーランは3つのエリアに別れています。
最高位、太陽光の当たる葉の上、樹頂のエリアが【葉光】となります。
ドリアード王家など高貴な方の住まう天上の世界ですね。冒険者として見るなら、高級品を取り扱う店が多いです。私の在籍する道具屋【ゴルタートル】は王家勅命店ですので、こちらに本部を構えています」
王家公認の道具屋。凄いけど、それ冒険者用のアイテム売ってるのかしら。
「次に枝や幹といったエリアが中間にして規範となる【天秤】となります。大抵の買い物はこちらで事足りますね。
最も複雑で迷子になりやすいエリアです。故に原住民の居住区・商業設備が中心に寄り添っており、冒険者用の設備や店は外側になります。方角が会っていても枝を間違えるだけで大回りする事となりますのでご注意を。
また、ここ……幹の内側も【天秤】エリアの扱いにはなりますが、完全に冒険者専用エリアなのであまり原住民が寄り付く事はありませんね。最近はゲートから知らない人が来るのを楽しむ変わり者が増えましたが」
最初に出迎えたのは変わり者だったのね。よかった。
みんなあんな感じだったらもう帰るわよあたし。
「最後は根、即ち地上ですね。【土落】エリア。ドリアード一族は樹上生活を神聖視していますので、大地を忌み嫌う性質があります。なのでこちらは冒険者の自由にさせて頂いており、【飢餓の爪傭兵団】傘下ギルドの方々を管理人として配置しています。
降りてすぐの所は冒険者向けの宿や飲食店で賑やかになっています。また、アドレ王国の兵拠もこちらにありますので昇格転職の際はご利用下さい」
「植物一族なのに土嫌いなのね」
「大樹に寄生しているようなものなので、もう土から栄養を取る必要が無くなったとか。エリアについてはこんなものですかね。【土落】へ向かうのなら下へのリフト、【天秤】へ向かうのなら上へのリフト。【葉光】へ向かうならそこから更に上です」
リフトというと、壁際にあるでっかい葉っぱの事かしら。
さっきから何の力か、上に下にとフワフワ上下してる。
「ドリアードの稼業だな。俺が来た時はここからは無人リフトだったが……」
「未だに【土落】までは相乗りしませんけどね。最近は特段冒険者に懐いているようで。ここだって上と比べれば【土落】に近い方なのに、変わった子達です。
……む。そろそろ時間ですね。どうですかライズさん。私は【ゴルタートル】に戻りますが」
「久々にカメヤマに声掛けるか。俺達も一緒にいいか?」
「勿論です。久々のドーランでしょう? 私が奢りますよ」
あれよあれよとダミーさんと一緒に【葉光】へ行く事になった。
優しい人ぽいから少し安心だけど、あたしは別の事が気になって警戒が取れない。
と、頭にライズの手が乗った。撫でるというより、抑えつける感じじゃない? 背ェ縮むわ離せ。
「安心しろギルドマスター。少なくとも今は安全だからな」
「えぇ。拠点階層は安全な場所ですよ。勿論、警戒する事そのものは悪い事ではありませんが」
ニュアンスが違う気がする。
あたしがオオバさんとムネミツさんからここの話を聞いた事は、ライズに伝えた。その上でまだ黙ってろって事なら、そうするしかないか。
壁際まで行くと、先程のドリアード達が待っていた。
「ここは《N-0-0》ノりふと、【天秤】行キデス!」
「《N-13-8》まで頼みます」
「だみーサンは無料! 他ハ半額ノ1200Lデイイヨ!」
「おお太っ腹だねぇ。だがコイツらは初めてなんだ。ドリアードの懐の広さ見せてくれるかい?」
「ヌー。ジャア3人デ3200Lヲ、2500Lマデ切ッテヤラァ!」
「いよっ御大臣! おっと、小銭が足りないな。1000Lを500L2つに両替してくれ」
「無償デ両替シタル」
「助かるぜー。ところで最近どうよ? 地図出来てから番号通りの場所まで運ぶの大変だろ」
「余裕! りーふりふとハ大樹ノ加護ヲ受ケシ《ドリアード》ナラ操作楽チン! ボロ儲ケナノ!」
そりゃいい商売だ。よし、じゃあさっき渡した1000Lの余りだから1500Lな」
「ン? ンン。マイドー! 爆速デ上ガルゼー!」
うーわマジかこいつ信じられん。
馬鹿金持ちなのに値切りやがった。騙してるし。
「ライズさん、私が奢るつもりだったのですが」
「まぁまぁ」
悪い笑顔。こいつ本当1番信用ならないまであるな。
値切る理由別に無かったろ。自警団に捕まるぞ。
「上ヘ参リマース!」
全員で葉っぱの上に立つと、フワリと風を受けて空へ浮かぶ。
ちょっと早い。手摺無いエレベーター怖すぎない?
「総店長カメヤマも久しぶりにライズさんと会えば驚きますよ」
「アポ無しは厳しいか? もう王家直属の重役だろ」
「最近は新事業のため王家との会合も店への顔出しも少なく、会議室にいらっしゃいます。きっと気分転換になりますよ」
ライズが知り合いとは知らなかったけど、カメヤマの名前は聞き覚えがある。
──ドーランを取り仕切る商業複合ギルド【鶴亀連合】の統括、道具屋【ゴルタートル】GM カメヤマ。
今のドーランの冒険者を支配する闇の帝王。
ホームページの項目を見る。
──────
《連絡》
《特売情報》
《MAP》
《民間クエスト受注》
《ブラックリスト》
──────
……《ブラックリスト》。ドーランにおいて何らかの違反行為を行った冒険者の顔と名前、その他情報と……懸賞金が乗った、ドーラン独自のリスト。
当然、ベルグリン達【草原の牙】も乗ってる。
このリストはあくまで【鶴亀連合】が独自で作成しているものであるため、別に【アルカトラズ】が動いて捕縛するわけじゃない。あくまでアドレの認証を得ていない民間の指名手配だ。
民間だからこそ公的機関【アルカトラズ】は干渉しない。だから──指名手配犯に対する過剰な取り立ても、PKでもない限りは干渉できない。
歪んだ自警。それがドーランの闇。
「メアリー。メアリー?」
「あ、ごめん。何?」
ライズが声を掛けてたみたい。気付かなかった。
まだリフトは上昇中。でも終わりが見えてきた。
「俺は【葉光】に用事がある。お前は退屈だろうから、ゴーストと【天秤】で遊んでおいで。15時に《S-1-4》で集合だ。いいな?」
と、あたしのプレゼントボックスに何か送ってきた。お小遣いらしい。お父さんか。
「迷子になるなよ」
「大丈夫よ。MAPは覚えたし」
「へぇ、可愛らしいギルドマスター様ですね。まぁ今はいつでもMAP確認できますから、安心して迷子になって下さいね」
ダミーさんがなんか煽ってくる。地図は一度見たらもういらないでしょ。何言ってんのよ。
「モウスグ着クヨー!」
ドリアードの呼び掛けに頭を上げると、葉に隠されながらも木漏れ日が眩しい、外の景色が見え始めた──
──◇──
あまりに太すぎる枝が別れ、上下に、複雑に道を形成する。
木造の店舗は枝に直接建てられているものもあるが、時には上の枝から吊り下げられている構造のものもある。
原住民のドリアード、そして多くの冒険者で賑わう繁華街。
【第10階層 大樹都市ドーラン】
【天秤】リフト《N-13-8》前
「俺たちはリフト乗り継ぎだ。1番【葉光】に近いここは1番人気だ。好きなもの買って食って遊んでおいで」
そう言い残してライズはダミーさんと次のリフトに乗った。
見上げれば木漏れ日が差し込む程度には明るいけど、ここが【天秤】最上階だとするから下は結構な日陰になるわよね。
ただ枝の伸びる方向に沿って町ができているのかと思えば、ある程度都合の良いように吊り橋や吊るし家屋で道が作られている。立体的な構造に加えて必然的に斜面が多くなる構造は、なるほど迷子を誘発させやすくなっている。
原住民すらそう考えているから【天秤】中央に店を構えているわけで。冒険者用の店舗は外側、迷いやすいし客が来ない場所しか使えない。
アドレでもそうだったわね。繁華街大通りは基本的に原住民向けで、冒険者の店は一本裏通りにあった。
完全に冒険者向けの店なら【土落】で構える事は可能。あっちは原住民が嫌うから土地余り放題だし。
それを抑えているのが地主、強大なバックのある【飢餓の爪傭兵団】の傘下ギルドってわけね。実質的に【鶴亀連合】のバックに【飢餓の爪傭兵団】がいるに等しいってわけ。
……ベルから少し聞いた、ドーランの話。
『ドーランは《商人の聖地》なんて触れ込んでいるけどね、とんでもないよ。あそこで商売するには上に尻尾振らなきゃいけない。
まぁアドレ以外のどこでもそうだけどね。30階層以降は超大手商業ギルド【マッドハット】が、20階層は【飢餓の爪傭兵団】が取り仕切ってる。でもドーランは過激だよ。マジで碌なもんじゃない。
原住民の王家の権威、【飢餓の爪傭兵団】の武力、周辺の魅力的な商人ギルドの制圧。全て悪用してる。そんなのにコキ使われないとマトモな立地を回されない。
私は極一部のマニアに売れれば売り上げは充分だけどね。ドーランまでやっと辿り着いた程度の商人はもうどうにもならないよ』
まぁ、あたし達は商人じゃないけどさ。それで無視できるような環境じゃないのよねココ。
「question:マスター。どこから行きますか」
「あーはいはい。お小遣い確認してからね。あたし達クエスト報酬で荒稼ぎしてるけどギルド経費に回してるから、このお小遣いの範囲で買い物するわよ」
自制は大切。ライズみたいに月間20万Lのログハウス維持費の自動支払いに1年間気付かないようなガバ感覚にはなりたくないわ。
プレゼントボックス開封。
《100,000,000L》
「一億円も使うかぁ!」
「correction:【Blueearth】の通貨は《円》ではなく《L》です」
そうじゃないわよゴースト。
くそ。渡した奴がガバガバすぎる。
──9号室の主、かつてのライズの同僚さん。
絶対苦労したわよね。あたしが引き継ぐわその苦労。
〜ドーラン迷宮を打破せよ〜
《寄稿:【働き鶴】GM シラサギ》
皆様こんにちわ。
【第10階層 大樹都市ドーラン】にて複合ギルド【鶴亀連合】の大黒柱、運送ギルド【働き鶴】のギルドマスターを務めさせて頂いています、シラサギです。
この僧帽筋だけでも覚えていって下さい!!!!
……あ、文面開催なので見えない? そうですか。
……そうですか……。
気を取り直しまして、今回はドーランのある課題……《ドーラン迷宮問題》についてのお話です。
かつてしがないリンゴ売りの筋肉だった私は、ドーランに到着してからはドーラン内の運送業を開業しました。
理由は明白。枝に沿って広げられたドーランの街は、とてつもない迷宮だったからです。
何度も何度も足を運んでいる私くらいしか、ドーランでは運送業ができなくなっていました。
しかし、私だけわかっていても意味は無いのです。
冒険者の商店は常に外側、複雑に入り組んだ迷路の先に配置されてしまいます。経営者が辿り着かないのは勿論のこと、お客様が来ません。これでは商業が成立しない。
この問題を解決すべく私に声を掛けた方こそ今の【鶴亀連合】総店長、カメヤマさんです。
カメヤマさんは私の把握しているルートをMAPに起こし、それを武器にバラバラだった商業ギルドを統一。
大商会となった【鶴亀連合】としてドリアード王家に起案書を通し、ついには国政に干渉できるほどの権利を得たのです!
MAPの発明の他、ドリアード達の気まぐれで行き先が決まっていた《リーフリフト》を詳細に区分けしたり、ドリアード王家の勅命を賜り枝と枝を結ぶ吊り橋を多数建設。吊り下げ店舗を増やす事で中心地に近い場所でも冒険者店舗を展開できるようになりました。
ですが、光ある所に陰もあるのがドーラン。人が寄り付かなくなった【天秤】末端には、素行の悪い冒険者の溜まり場になってしまいました。
そこでカメヤマさんは《ブラックリスト》を作成し、【飢餓の爪傭兵団】をバックに付けて丸ごと一掃したのです!
【土落】に逃げられる可能性がありましたので、地上管理を【飢餓の爪傭兵団】傘下ギルドに依頼する事で完全に追い出す事に成功。こうして商業の聖地ドーランが出来上がったわけですね。
我々商人は戦闘が苦手な人も多いですがドーランに到達さえすれば、武力の制圧を恐れずに済む環境で商売が可能です。
そう、ここは商人の聖地。わたしたちの楽園なのです!




