226.何度でも、貴方と
《拠点防衛戦》2回目──
「ドロシーにメアリー、イツァムナにアルバレストか。【水平戦線】と【夜明けの月】、【象牙の塔】の主要人物が人質に取られた訳か」
現状の確認をしようにも圧倒的な魔物の数。
とはいえ手慣れた傭兵たちはタイカイの指揮の元で91階層を防衛し時間稼ぎをしてくれている。
ミカンが手早く会議室を作成し、各ギルドの首脳陣が集まった。
「消費アイテムは元に戻っておる。新たなイベントが開催されたというよりは、最初からやり直しといったところでおじゃるか」
「大局で見れば所詮は4名が消えた程度。"ディセット・ブラゴーヴァ"撃破には事足りるであろう。だが──」
「問題は"人質"発言だねぃ。レインは冒険者に危害を加えられる立場なのかぃ?」
「システム上はまだ【象牙の塔】メンバーなんだろう。《拠点防衛戦》では冒険者同士で争うことはできない。少なくともミラクリースの《拠点防衛戦》ではな。
だがレイドボスに指示して攻撃させることは可能だ。まぁそれで死んだからなんだって話なんだがな。ゲーム世界なんだし」
それでもわざわざそう発言したあたり、ちゃんと俺たちに通用する方法を持っているんだろう。
「レイン自身がレイドボス化する可能性はあるよ。或いはバグの力を使って人質のデータを壊すとか」
それとなくスペードからのアシスト。記憶持ちとはいえ、こいつがスペードで、しかもバグの元凶である事は【夜明けの月】以外には言っていない。
「そこまではしないんじゃないかしら。だってメアリーが人質なのよ? 本当にピンチになるならお姉さんが黙ってないわよぉ」
「そうだね。まだ天地調の介入が無いという事は、レインには今のところそこまでの力を持っていないという事か」
「……そういえば、ツバキさんのパパ発言。マジだったのでおじゃるな。まさか"人類最強"だったとは……」
「肉体のみにデバフをかけるなど愚の骨頂。インドア派であるな天地調。だからホーリーのような輩を出してしまうのである」
……確かに、天地調の警戒する度合いは肉体強度側にばかり寄っているな。内面の問題を軽視して記憶を飛ばすだけの処置で済ませた結果として色々と弊害が……いやその話はいいんだよ。脱線脱線。
「とにかく。天地調とは連絡を取れない。こっちから連絡する手段はメアリーしか持ってない……よな、ゴースト」
「answer:yes:私でさえ直接のコンタクトは禁止しています。救難信号と現状については送信していますので、把握はしていると推測されます」
「なるほどなぁ。メアリーが囚われているからこそ、脅威度の測定になる訳か。"ヘヴンズマキナ"の時も手出ししてこなかったもんな」
あの時は基本的にゴーストと一緒にいたから、最悪ゴーストを経由して"廃棄口"を開く事も視野に入れていたんだろう。今回はメアリー側にそういう逃げ口要員がいないが……。
「……別に人質に危害を加えなくても、こうやって無限に《拠点防衛戦》を続けさせる度に人が減っていくならジリ貧になるよな。何らかの解決策は必要だ」
「な、何度もチャンスがあるのなら!」
立ち上がるはリンリン。
覚悟を決めた、戦士の顔で。
「わ、わたしは……!」
──◇──
──10時間後
【第99階層ホライズン:海底地平線】
「やぁ。さっきぶりだねブックカバー」
「【テンペスト】!」
早すぎんだよ。
……デジャヴだな。
だが、再演の大嵐は──途中で霧散する。
「【テンペストクロー:ストーム】──古代魔法では比較的弱いけど、【テンペスト】と相打ちにはできるよ」
その宣言は──即ち、完全なる決別。
最強の魔法使いレインが、人間を裏切った証拠。
「良かろう。貴様がどう堕ちようと、吾輩には変わらん。二年振りに教鞭を振るおうか、琴姫のガキィ!」
「教授はお変わりないようで、安心したよ! もう何度目かもわからないけど、改めて"最強の魔法使い"を決めようか!」
「貴様ら、手出し不要だ! 【アースフラッド】!」
「【ミドガルズオルム:クウェイク】!」
大地陥没の大魔法に、超広範囲の地震が衝突。同規模威力の相殺だが、お互い多段ヒットなので振動被害が止まらない。よそでやってくれ……!
ブックカバーが好き放題動く間に他のメンバーで"ディセット・ブラゴーヴァ"を叩く。あっちはもう任せよう。
──【ロストスペル】。現状最強の魔法使いレインが扱うマジシャン系のジョブ。
【大賢者】が初級から上級まで幅広く魔法を使いこなすのに対して、【ロストスペル】には最上級魔法しか存在しない。
各階層の遺跡を解析し、特殊な魔法"古代魔法"を習得しなくてはならない。覚えられる魔法は最上級。火力もデカければ、詠唱時間も消費MPも最上級だ。
だから、直接対峙した場合は小技の通用するブックカバーに利があるんだが……そこは流石に"最強"。抜かりない。
レインはアビリティ"魔術圧政"により中級以下の魔法を超軽減している。代償としてレインは上級以上の魔法しか使えないのだが、元からそのつもりなので何も問題はない。
上級同士の撃ち合いなら【ロストスペル】の独壇場だ。【大賢者】の中でも、元より派手好きで複数属性を鍛えているブックカバーぐらいしか上級魔法なんて連発しない。
最上級魔法特有の詠唱時間や、それによるラグについては……驚異的なタイムスケジュール管理能力で秒以下の単位で平行無詠唱をしているらしい。
……つまり、ブックカバーはレインの下位互換的戦闘を強要されている事になる。
4枠しかない並行詠唱のスペースを数秒要する魔法で割り当てる。タイミングと先読みがモノを言う……ジャンケンだ。
「大丈夫なのかオッサン」
「たわけ! 余裕である……【ブラックホール】【ホーリーブラスター】!」
重力の渦、広範囲の光線。闇と光の最上級魔法にして、拘束と火力のクソコンボだ。
「【エルダーワン:ロストフレア】」
黄金の炎。魔法は灰となって消滅する。魔法使いにとって最悪の、魔法を殺す魔法。
魔法の強制消滅に加えて、一定時間の同名魔法発動禁止のデバフ付き──
「──【テンペスト】!」
──故に。そこまで理解しての、本命。
ブックカバーの属性適正レベル最大である風属性。
絶対的な高火力広範囲の最上級魔法。
【エルダーワン:ロストフレア】は強力ながら古代魔法随一の詠唱時間を誇る。四枠のストックを二つ消費してでも無理矢理引き摺り出した甲斐はある……!
「残念だ、教授。──【ブラゴーヴァ:オプセィシア】!」
空間が割れる。
恐らくはホライズン階層の古代魔法。未発見だったはずだが、"ディセット・ブラゴーヴァ"と協力している今のレインなら持っていてもおかしくない。
空間の裂け目から飛び出す鎖や歯車が【テンペスト】を貫通し──ブックカバーを拘束する。
「これで王手だ。──【焔鬼:調印】」
炎獄の隕石がブックカバーを狙う──
「【イージスフォース】!」
──光の壁がブックカバーの頭上を覆う。
その影は立ち止まらず、レインに向かって突進して行く。
「……凛!」
「お、お願いします、ジョージさん!」
「相わかった。早速の出番だね」
リンリンと並走するジョージが懐から取り出すは──白い鈴。
「空間作用スキル──【白曇の渦毱】発動!」
範囲は3人。リンリンとジョージとレインを白い雲が取り囲む──
──◇──
隔離階層【白曇の渦毱】
一面の空。
足場も何も無い空間……!
これが空間作用スキルか!
「"ブラナズミヤ"! 頼むよ!」
【ライダー】系列ではないが、移動用の魔物を使役するのはランカーの嗜み。
大翼を持つ黒蛇カラス"烏変幻"。私一人を乗せるなら充分だ。
……飛行系の魔物で良かった。ミラクリースでバルバチョフが使ってきた【蒼穹の未来機関】は完全水中だったが、"プラナズミヤ"は泳げない。水に触れると普通のカラスに戻ってしまうからね。危ない危ない。
……で、凛と譲二さんは【夜明けの月】名物の"メルトドラゴン"──"ぷてら弐号"か。
「……それで、一体どう言った要件かな。まさか私を倒せるとでも?」
「はっきり言って正面からは難しいね。俺と言えど完全に足場のない【白曇の渦毱】では君の首までに数秒を要する。古代魔法で迎撃されておしまいだ」
「本当に不便な空間作用スキルだね。それで、わざわざ負けに来たのかな?」
「まさか。本命はリンリン君だ」
譲二さんが後ろに下がり──凛が、真っ直ぐ私を見る。
あ、いや、目線は逸らした。いやいや及第点。良くがんばりました花丸。
「あ、ああああの! ……に、に、にに兄さん!」
返事はしない。私の声が凛の恐怖の対象だから。
……いや、ずっと私の返事を待ってるね。ごめんね。
「はい、なんでしょう」
「ひぃ」
「少し休憩しようかリンリン君」
「さ、流石に早すぎ、です。がんばりますぅ……」
「よーし偉いぞ」
偉い。花丸。
「……に、兄さん! 好きなものは、なんですか!」
君。
……いやいや、何を聞くのかと思えば。
私は貴女にとって恐怖の象徴であろうに。
だから、そう。できるだけ悪意的に答えなくては。
凛が気兼ねなく怯えられるように──
「……女性の生き血ですかね」
吸血鬼か私は。
馬鹿。私の馬鹿。こんなの信じる訳無いじゃないか。
あ、凄い怯えている。計画通り、されど心外。
「リンリン君、他には?」
「えっと、えっと……嫌いなものは、なんですか!」
「愚かなる人類」
「ひえぇ……」
ごめんね凛。
これでも"100年に一度の神童"と呼ばれた私の頭をフル回転させて答えているんだよ。出来るだけ他のトラウマに触れない程度に怖がらせられる回答で行ってるんだよ。
というか何の時間なんだコレは。
「……あっ。レイン君よ。時間みたいだよ」
「えっ。……あぁ、本当ですね。それではまた、ご機嫌よう──」
空に亀裂。
空間を割いて現れるは"ディセット・ブラゴーヴァ"。
どうやら99階層の"ディセット・ブラゴーヴァ"が撃破されたようだ。もう一度、《拠点防衛戦》は自動で最初へと巻き戻る。
「に、兄さん!」
時の奔流に呑まれながら、凛は私に手を伸ばす。
その手は取らないが──凛の目が鋭くなる。
「まだ、また来ます……から! 覚悟、して下さい!」
──◇──
《拠点防衛戦》3回目
人質追加:ブックカバー・ツバキ・ゴーギャン・ゴースト
──15時間後、99階層解放。
"ディセット・ブラゴーヴァ"も疲弊している。というか、呆れている。
「いい加減しつこいね。諦められないのかな?」
「まだリンリンが折れてないんでね」
海底に立つは──半日ぶりの、リンリン。
「ジョージさん。もう一度、お願いします!」
「相わかった。【白曇の渦毱】──!」
何度も。
「【象牙の塔】に入ったきっかけは……?」
「イツァムナの生き血が美味しそうでね」
「ひぃん……」
何度も。
──《拠点防衛戦》4回目
人質追加:ゴーギャン・アイコ・ルミナス・カズハ
何度も。
「趣味は、ありますか……?」
「……最近は、あえて魔物の首を千切って放置していたりしているよ」
「ヒィ……!」
何度も……!
──《拠点防衛戦》5回目
人質追加:バルバチョフ・アザリ・ライズ・ミカン
……まだ、諦めないのか!
〜曲がれども一筋の道に1〜
"大道寺の大入道"と呼ばれたクソガキがいた。
なまじ体格に恵まれた故に、なまじ地主の家に生まれたが故に。あらゆるものを権威と暴力で手に入れていた妖怪であった。
愚かなガキは、その力が自分のものだと信じていた。
自分の力が誰より優れていると信じて疑わなかった。
家を飛び出したガキを出迎えたのは現実。
権威の届かぬ世界で、力自慢とはいえただのガキ一人。何が出来るというのか。
ガキは挫折を味わった。その挫折を、認めなかった。
今も認めてはおらん。戦略的撤退だった。勇退だ。
勉学は退屈であった。本なぞ一度読めば粗方わかる。二度読めば理解できる。三度読めば暗唱できよう。
小さな机に積める程度の量の本を、何故何年もかけて読み聞かせられにゃならんのか。
ガキは嫌われ者になった。理解できん事が理解できなかった。
嫌われ者は暴力に飽きた。得られるものが少なすぎる。
家督を継ぎ、学問を納め、嫁を貰った。印刷所の令嬢だが、その実態は出不精な物書きであった。
顔と体は100点、性格は0点である。そう言ったら、"アンタと同じじゃないか"と笑われて──耳に裁縫針を刺し貫かれた。嫌われ者はそれ以降、嫁に逆らう事は無くなった。
研究は良い。数字はいい。知識はいい。独りの世界は、誰にも邪魔されん。
誰とも関わらなければいいのだ。そうすれば吾輩とて、面倒事を起こす事も無かろうて。
……いつからだったか、まだ教鞭なぞ取っておらぬ頃。二人の馬鹿なガキがやってきた。
曰く、勉強を教えてほしいと。"百年早いのである"と鼻で笑って蹴散らした。
奴らは最低の人種であった。全く話を聞かん。ボコボコにしても次の日には研究室に忍び込んできおった。
何年も何年も、吾輩は変わらなかった。
人は変われぬものだ。たとえ吾輩が智を認められようと、吾輩の根底は馬鹿ガキで嫌われ者なのだ。
喧嘩ばかりの教え子は、いくら勉強を教えようとすぐ喧嘩をして無意味にしておったが。
馬鹿な方も、もっと馬鹿な方も。ちゃんと学校を卒業できた時は、柄にもなく飯を奢ってやったものだ。格安の牛丼であったがな。
吾輩とて、彼奴等に学んだ事もある。
二つだけだが。
一つは、人は変わるという事。
もつ一つは、人は変わらないという事だ。




