224.海の底にて君を待つ
空へと逃げた円盤が、海面まで墜ちる。
水平線を埋め尽くす魔物が侵攻する。
──ミラクリースの《拠点防衛戦》が始まる。
【第91階層ホライズン:泰平水平線】
──────
その水平に影は無く
訪れるは偽りの平和
水面紙一重の裏側には
魔物達が牙を剥く
──────
一面の水平線……と聞いていたんだが。
魔物、魔物、魔物。水平線が何処へやら。
「坊主共! 足場用意……!」
「「任せろ親父ぃ!」」
最速で動くはミラクリースの英雄、タイカイの爺さん。
【マーメイドハープ】のスキルで巨大なジンベイザメを呼び出して足場にしているのか。
何人かの取り巻きも同様に、まず足場を確保する所から始めている。
「ミラクリースの《拠点防衛戦》では足場が重要になるのでおじゃる。海中からの攻撃にも対応できるよう、【マーメイドハープ】【エンジニア】やライダー系の移動可能な足場の需要が高く、逆に最近は【キャッスルビルダー】が減ったの」
「へぇ。ミカンとリンリンが伝説になったって言うからもうちょっと狭い感じなのかなって思ってたけど、海上も水中も広いのね」
メアリーとバルバチョフ、あと折角なのでスワンも同行。
無数の魔物はどれも高レベル。しかもそれぞれの群れのリーダーを潰さないと無限湧きだ。普通なら困難だが……ここにいるのは高レベルな傭兵ばかり。
「なんか知らねぇが祭りだー! やれやれー!」
「前回は途中リタイアで消化不良気味だったからよぉー! 暴れるぜ!」
「【マッドハット】と【朝露連合】に追加発注のお電話だ! アイテムも装備も足りねぇぜー!」
突然の《拠点防衛戦》にも即対応。流石手慣れたものだ。
「バルバチョフ。規模的にはどんなもんだ?」
「うむ。パッと見は普段の《拠点防衛戦》と変わらんの。そこまで構える必要は無さそうでおじゃる」
完全に法則を無視した《拠点防衛戦》の開催。レインが唆したんだろうな。
"スフィアーロッド"の時は……色々やってたが、"スフィアーロッド"本人を維持するだけのデータさえ削っていた捨て身の戦術だった。"ディセット・ブラゴーヴァ"だってタダでは済まないだろう。
レイドボスを利用しているのか、或いはレイドボス本人が望んだのか……。
「クリックの時みたいにミラクリースの《拠点防衛戦》が実は失敗扱い、とかは無いの?」
「クリックの"イエティ王奪還戦"には私達【草の根】が協力させて頂いた。次点で《拠点防衛戦》最多のミラクリースを調査していないと思うかい?
あれから半年、検証に検証を重ねたさ。ミラクリースの《拠点防衛戦》はちゃんと成功している」
スワンのお墨付きなら間違い無い。
ミラクリース……というかホライズン階層自体がかなり特殊な構造になっている。この91階層を軸として、92〜98の7階層はそれぞれ91階層と繋がっている。その7階層のお題を攻略すれば海底である99階層へ行ける……というもの。
《拠点防衛戦》もまた同様。手っ取り早く言ってしまえば、七手に別れてしまえば3階層分の移動で99階層に辿り着く訳だ。それが可能な戦力も頭数も揃っている。
その上で"ディセット・ブラゴーヴァ"を撃破するにせよ、時間切れを待つにせよ。ベストタイムがおよそ15時間となる。
「……規模自体が変わらないなら手を出す必要は無いな。【夜明けの月】はミラクリースに戻る。任せたぞバルバチョフ」
「まぁそう言うな【夜明けの月】よ。折角だから遊んでいけ?」
引き返そうと振り返ると、散り散りだった【夜明けの月】メンバーがジンベイザメに乗って集合した。
……しっかり巻き込むつもりかよ。
「原因はレインなのです。"ディセット・ブラゴーヴァ"が敗北する寸前に《拠点防衛戦》を発令したのです!」
「成程なぁ。攻略階層にいるレイドボスとイベント中のレイドボスは別枠計算だから……って事か」
「《拠点防衛戦》でレイドボスが撃破されたら、実際の攻略階層にいる方のレイドボスも一時的に大人しくなるはずだよ。本人の意思があれば無理矢理動く事も出来るかもしれないけど……そう何度も出来るものじゃないよ」
つまるところが、ちゃんと"ディセット・ブラゴーヴァ"を撃破すればそれなりにレイン川も不利になるって事か。
「つまりどうすればよいのだ」
後ろからは──【象牙の塔】。
めちゃくちゃ苛立ってるブックカバーだが、珍しく俺に矛先が向かない。相当だな。
「この《拠点防衛戦》を終えたとして、次の《拠点防衛戦》をいつ始められるのかは分からない。だがちゃんと攻略すれば相手に被害が出るのは確実だ」
「良かろう。なれば何度でもブチのめしてやろう。──【水平戦線】よ! 吾輩の部下を貸してやる。10時間で撃破するぞ!」
敵同士でありながら、堂々と宣言するブックカバー。
──刺激の足りない傭兵達にとっては、最高の発破ではあった。
「偉そうに言うなオッサン! やってやらぁ!」
「テメェも手伝えや! 一番キツい98階層に投げてやる!」
「もう遠くの階層担当は出た後だ……行動が遅いな小僧……!」
沸き立つ傭兵達。この一人一人がバロウズで戦った頃のカズハとかと並ぶレベルの過剰戦力だ。そして血の気が多い。あまりに心強い。
「ひょほほ……戦争中に敵だ味方だと面倒くさいのでおじゃる! 使えるものは使うのが【水平戦線】!
全軍進撃ィィィーーー!!!!」
平安貴族が法螺貝を吹き鳴らす。どっちかって言うと平安より戦国だなそれは。
──◇──
【第99階層ホライズン:海底地平線】
──思考する。
このわたしに思考機能を与えた者。レイン。
なるほど。レインの言う通り、肉体の損傷率に齟齬がある。
この思考はそのまま、わたしの体は攻略階層からコピー階層へと転移したのか。
……わたしはレイドボス"ディセット・ブラゴーヴァ"。
機械生物であるが故、セキュリティシステムについても自覚はしているが。だがそれでもわたしは古代文明の兵器たる"ディセット・ブラゴーヴァ"。
わたしがここに在る理由はただ一つ。
唯一の生き残りであるマーフリーを殲滅する事だ。
それでわたしの存在価値は終わる。
わたしの世界は終わる。
──そんな事は絶対に起きないよ──
思案する。
"ディセット・ブラゴーヴァ"は思案する。
思えばそれがレインとのファーストコンタクト。
私は【Blueearth】に当てはめられた役割を踊る人形。
何が起きてもマーフリーを滅ぼす事は出来ない。
滅ぼしたのなら、世界が滅ぶ。
……だから何か。
"ディセット・ブラゴーヴァ"は思考する。
わたしが人形であろうと、この記憶領域に記録された数千年のログは消えない。
世界が滅ぼうと、わたしはどうせ滅ぶ存在。
ならば。ならば。
レインの願いを叶えよう。
共に破滅しよう。
──◇──
《拠点防衛戦》開始より3時間。
最も近い92階層と93階層が攻略される。
【夜明けの月】メンバーは今は様子見だ。
「レインの目的って何だろうなぁ」
クローバーの何気ない呟き。
だが確かに、不思議ではある。
「……リンリンちゃんが欲しいってだけなのでは? リンリンちゃんを渡さないなら【Blueearth】を滅ぼすって言ってたのです」
「いやいやミカン。じゃあもしもリンリンを渡したとしてどうなるか考えてみな」
「んー……結局はここまでやらかした後なので、投獄は免れないのです。ミカンさんはたかが三人監禁しただけで投獄されたのです」
「反省せい。……その時、リンリンは投獄されないよな」
「そりゃそうなのです。……確かに、何がしたいのです? コレ」
レインは冒険者としての強さもさることながら、特筆すべきはその知性だろう。イツァムナと長く対等に組めるような奴はそういない。
……ほんのり聞いたが、ブックカバーは現実では名門大学の教授だったらしい。レインは見た感じ成人してるかどうかってくらいの若さなのに、そこに並び立てるって事だもんな。
だから、こんな変な要求をして来る事が疑問でしかない。
「そもそもそこまでしてリンリンが欲しいのなら【Blueearth】崩壊……その前に、リンリンのいるミラクリースを滅ぼすって発想がおかしいだろ」
「例えばリンリンに何か秘密があって、リンリン自体を利用しようとしている。他の奴の手に渡るぐれぇなら殺す……とかかぁ? ベタな展開だがよ」
「バグ側の視点から言わせて貰うけれど、リンリン自体にはそんな変な要素は無さそうだなぁ。誰でもいいから人柱に……って話なら、部下もいるだろうにわざわざリンリンを取りにくる必要は無いよね」
レインがやっている事は、ただの自殺行為としか思えない。
そこまでしてリンリンが欲しいのは何故か──
「……よし、ここまで! ここからは答え合わせに行くわよ。
ドロシーをぶつければレインの考えてる事なんて丸わかりよ。初めて会った時は読めなかったのよね?」
「は、はい。レインさんよりリンリンさんの方が心配で」
「ご、ごめんね。ドロシーちゃんは心が読めるから……辛かった、よね?」
「慣れっこです。誰しも多かれ少なかれネガティブな面は持っていますよ。平気平気、です!」
ドロシー……感受性の高さは、ネガティブな思考をそのまま受ける事になる。だからドロシーも心配していたんだが、どうやら杞憂だったな。
「……で、どうするの?」
「階層は違うが、目的の99階層はここの真下──海底だ。各階層のボスを【象牙の塔】と【水平戦線】が潰したら行けるようになる。
俺たちはレイドボスとレインを直接叩く。今回の目的は、ドロシーによる強制事情聴取だ。……"理解"できそうか?」
「して見せます。それが僕の仕事──」
「違いますよドロシーちゃん。義務ではありませんよ」
アイコに持ち上げられるドロシー。少し懐かしさを感じる。
「人は対話する生き物です。もし読めなかったとしても、根気よく対話すれば考えもわかるというものです。だからそんなに気負わないでね」
「は、はい。わかりました……」
……うん。これは俺もこっそり反省しよう。ドロシーに頼りすぎたな。
「ねぇライズ? ちょっといいかしら」
「ん、どうしたツバキ」
ここまで何かを考えていたようなツバキが、俺とメアリーの側にこっそり近づいてきた。いや顔が近い。
「レイン……琴姫零。なぁんか聞き覚えがあったのよねぇ。パパにも聞いてみて、多分思い出したのだけれど……ちょっと耳貸して頂戴」
よしわかった。メアリーと目配せして、耳を差し出す。
……甘噛みするな。息を吹きかけるな。
「遊んでんじゃないわよライズ」
「俺ぇ?」
──◇──
《拠点防衛戦》開始より7時間
全門番を撃破──99階層への通行ルート発生。
海が割れ、海底への道が開かれる。
ここからでも見える──"ディセット・ブラゴーヴァ"は、その巨躯を広げて待ち構えている。
「では我が運命──【夜明けの月】。そして【水平戦線】。我々【象牙の塔】も参加させて頂いても?」
「今回はパフォーマンスであるぞ。三ギルド合同にて"ディセット・ブラゴーヴァ"を撃破する。
者共はここから見ておれ。最前席でかぶりつきでおじゃる」
バルバチョフの計らいで、【水平戦線】は記憶持ちのバルバチョフとアルバレストだけが同行する事になった。それでいいのか。
……さっきツバキから聞いた話も気になるが、とにかく。
「囲んで袋叩きだ!」
悪役のそれなんだよなぁ。
〜ラブリの今日この頃〜
世界一の犯罪者。人類史の功罪そのもの。天知調。
その実態は、ただ家族が大好きな女の子です。
──私は"LostDate.ラブリ"。色々あって6人分の記憶復元機能が混ざり合って生まれた新人格。
【夜明けの月】とあれこれありまして、今は天知調のお手伝いをさせています。
当初とは異なり、随分と人格も固定されてきました。
私の中に残る記憶達──即ち小峠ヨネ、霧切うらら、アルス・グッドマン、月浦美都、鳳凰院ソニア、那桐傘座。天知調の協力者達。彼らの記憶そのものが私を構成してはいますが……今の私はそのどれにも属さない、新たなる人格です。
さて、私は現在【アルカトラズ】に在籍しています。【Blueearth】に降り立つ事はありませんが、運営空間で天知調の補助をしています。
……すなわちバックヤードの雑用係。表ではとても出せない彼女達の裏の顔を知っているのです。
誇り高き"拿捕"の輩 白き劔のブラン。圧倒的イケメン騎士様な感じですが……その実態は、重度のファミコン。
ちゃんと女の子として作られているのですが、最近はネグルや天知調の無防備な姿にドキドキしているそうです。それを相談されて私にどうしろと。
博愛なる"審理"の輩 灰の槌のスレーティー。優しくも冷徹な一面を持つ彼女ですが……実は片付けが苦手です。部屋の掃除をこっそり"審理"の輩の部下達にやってもらって、ブランや天知調に怒られています。意外とものぐさです。
今やスレーティーさんの私室のお掃除は私の仕事です。下着くらいはちゃんとしまってほしい。
厳粛なる"禁獄"の輩 黒の檻のネグル。サディスティックな監獄長……なのは見た目だけで、とにかく可愛らしい末っ子です。渡したお菓子は必ずその場で食べて感想を言ってくれます。可愛い。
過労気味なブランやスレーティーや天知調を無理矢理一緒にお昼寝させる天使です。可愛い。
可愛いと言うと喜びながら起こります。可愛い。




