223.永遠の執着
【第90階層 水鏡基地ミラクリース】
──side:クローバー&スペード&ドロシー
"ディセット・ブラゴーヴァ"。
ホライズン階層に巣食う災厄のレイドボス。
元は古代文明の兵器であったが、戦乱に巻き込まれたホライズン階層の怨恨が身に刻まれ、予期せぬエラーを吐き出す。
"ディセット・ブラゴーヴァ"の暴走によりホライズン階層を破棄した古代文明はそのまま空へと侵略先を変え、ヘヴン階層へと逃げる。
取り残された"ディセット・ブラゴーヴァ"は怨恨に応えるだけのシステムとなり、ホライズン階層最後の生き残りであるマーフリー族を滅ぼすべく稼働し続けている……。
「碌な奴じゃねーな」
【夜明けの月】で手分けをして情報収集中。俺ことクローバーは、スペードとドロシーと組んで聞き込みに出かけていた。
集めたのはレイドボス"ディセット・ブラゴーヴァ"の情報。恐らく奴は自我を発現していて、しかもレイドボス側に意識が引っ張られているとか。だとするなら作られた歴史から奴の性格や特徴が見えてくる可能性があると思ったんだが……。
普通に可哀想な外道機械って感じだ。取り入る隙が無さそうだな。
「前回の"ヘヴンズマキナ"もそうですけど、僕の"理解癖"は人間にしか通用しません。役に立てないと思います」
「いやいや、相手は結局はレイン……人間だよドロシー。自信を持って」
ルガンダからの付き合いだが、ドロシーの能力はすげぇもんだ。マジで心が読めるなんて超能力だろ。
……いや、超能力じゃねぇ。ちゃんと背景があった上で、今に至るまでの苦悩の結果だ。
同じゲームをやり込めば手が覚えるみてぇな事で、人生で"そうせざるを得なかった"行動が癖になっちまった。そのパターンの産物だ。
ドロシーは、疑心暗鬼が"理解癖"に。
リンリンは、自己犠牲が"被虐癖"に……か。
「……クローバーさん。あまり重く捉えないでほしい、です。僕もリンリンさんも、過去を受け入れた上でその"癖"を利用しているんですから」
おおっと。ここも読まれちまうんだよな。流石だ。
……ドロシーもリンリンも未成年のガキだってのに、とんでもないものを背負って、全部受け入れてんだよなぁ。
よしよし。
「あわわ。クローバーさん、強いです」
「ガキ共が頑張ってんならよ、大人が頑張らない訳にゃいかねぇよな」
「それはいい。僕の分も頑張ってねクローバー」
「テメェも大人側だろ」
「前のスペードでさえ生後2年ってところなのに」
やかましい。脳震盪起こしてやる。
「ぐわ〜〜」
──◇──
──side:カズハ&リンリン&ミカン
【水平戦線】本部
ミカンさんなのです。
元ミラクリースの傭兵組で傭兵達から話を聞きに来たのですけれど……。
「カズハの姉御ォ! ご無沙汰してます!!!!」
「リンリン様、素顔が大変麗しゅう……!」
「ミカンちゃん相変わらず可愛い〜!!」
大量の傭兵に包囲されてしまったのです。
……ミラクリースのファン気質を忘れていたのです。
英雄だなんて持て囃されてるけれど、要するにMVPを担ぎ上げてわっしょいわっしょい盛り上がってるだけなのです。栄誉名誉は酒の肴なのです。
要するに騒ぎたいだけ。こんな酔っ払い共から得られる情報なんてないのです。
「ええーい散れ散れなのです! こっちゃぁ忙しいのです!」
「ええー? 帰ってきたんじゃないの?」
「今は【夜明けの月】なのです。はなせおろせー」
ミカンさんだけ扱いが違うのです。
どいつもこいつも昔話やらなんやら話にならんのですー。
「………………みんな、そこまで」
「あっ。姐さん!」
アルバレストがミカンさんを傭兵から奪い取り持ち上げます。いや高い。
「………………【夜明けの月】は【セカンド連合】と戦うために、情報を集めているの。特に《拠点防衛戦》について……」
「おっ。ミラクリースが舞台になるんですかい?」
「最前線で齧り付きだー!」
「エンジュも《拠点防衛戦》で決着したって聞いたぜ俺ぁ」
「《拠点防衛戦》なら任せろー!」
結局うるさいのです。
あとは聞き上手なカズハに任せればいいのです。
──◇──
〜聴取中
──◇──
「《拠点防衛戦》は特に異常無し、と。散歩派はどう?」
「はいなー!」
ぴょこっと頭を出した小柄な芸術家、ゴーギャンちゃん。ミラクリースの重鎮の1人にして、傭兵随一の変わり者──散歩派の代表。
《拠点防衛戦》が長く続くミラクリースにおいて、最早慣れてしまった傭兵達は遊び始めたのです。
即ち《拠点防衛戦》中にホライズン階層を彷徨き始める。散歩派の誕生なのです。
実際30階層に散歩派がいればイエティと合流できていたかもしれないわけで、結構馬鹿にならない情報源なのです。
「ミラクリースの《拠点防衛戦》は御三方がいた頃と変わらず。大体15時間〜35時間程度ですぞ!
"ディセット・ブラゴーヴァ"と魔物のリーダー格は相変わらずホライズン階層の各地にある転移ポータルに出現。規則性はナシと見て良さそうですなー!
各魔物のリーダーを撃破して"ディセット・ブラゴーヴァ"を釣り上げるシステムも変わらず。変化ナシですぞー」
……ふぅむ。散歩派でさえ変化に気付かないあたり、自我を持ったのは最近? "スフィアーロッド"はずっと隠していたらしいのですが、あれは例外とするのです。
バグの力を得たレインによって目覚めさせられた?
「今の"ディセット・ブラゴーヴァ"を観察している人はいる?」
「繋がってますですぞ! 【象牙の塔】が来てますからより警戒態勢です」
ゴーギャンの手元のウィンドウには99階層の深海が映されているのです。
レイドボス。野生で階層に生息するそれと、《拠点防衛戦》で出てくるそれは同一とは呼ばないのです。
《拠点防衛戦》はレイドボスを討伐する意味合いもありますので、基本的には《拠点防衛戦》のレイドボスは弱く……倒せる程度のものになっているのです。
とはいえ普段のレイドボスが無敵という訳ではなく。うちのクローバーのように単騎で撃破してしまう事もあるのです。
【象牙の塔】は【Blueearth】随一の高火力ギルド。たとえホームグラウンドの"ディセット・ブラゴーヴァ"相手であれ、倒せない相手ではないのです。
……それを理解しているであろうレインが、どう動くのかが問題なのです。
──◇──
【第99階層ホライズン:海底地平線】
──────
無限に広がる水平線
その下に広がる地平線
そのような海がある筈は無く
全ては虚構の海である
──────
巨大な烏賊……のような、生体機械。
即ちホライズン階層のレイドボス"ディセット・ブラゴーヴァ"。
ただ広がる海底の地平線の真ん中で、水面を見上げておる。
「堂々と待ち構えておるな小僧! 憎たらしいものだ」
「今の私は"ディセット・ブラゴーヴァ"と一心同体なんだ。どうせホライズン階層から逃げられないんだよ。困ったものだね」
今日もスカしておる小僧──レイン。
前々から気に入ってはおらなんだが、今回ばかりは許されぬ。
「貴様は……イツァムナと共に在った【象牙の塔】創立メンバーであろうが。貴様だけはイツァムナを裏切ってはならんだろうが!」
「裏切り? ちゃんと説明した上での離別だとも。宝珠の件は申し訳ないけれど……これは無い方がいい」
「相変わらず言葉足らずだねぃレイン。舐めたんじゃねーぞコラ」
【象牙の塔】戦闘部隊総勢48名。
総攻撃なれば、最強のマジシャンであろうとも容易く捻る事が出来るであろう。
ましてや──
「貴様は未だ【象牙の塔】だ。味方同士の攻撃は通らん。できて質量攻撃による物理的な妨害程度だな」
その牙が我らの喉元に通らぬのなら、恐れる相手ではない。
「……【象牙の塔】枢機たるイツァムナが命じます。総員、第一目標はレイドボス"ディセット・ブラゴーヴァ"! 亜の無力化を最優先とします!」
「了解──【テンペスト】!」
デカブツ相手でも吾輩の領分である。
大嵐はイカの行動を狭め、部隊は展開する。
こちらは長年後衛職のみで五本の指に入っておるのだ。たかがレイドボス1匹に苦労する訳も無し!
「我が先鋭たる【大賢者】部隊! 【マジックブレイド】部隊と合わせ進軍である!
最終火力はアザリが控えておる! 存分に暴れよ!」
「「「了解!!!」」」
あらゆる魔法が海底を染め上げる。殺風景な地平線に丁度いいのである。
「叔父貴。レインを抑えておいてくれ」
「うむ。何も考えておらん筈も無し。お前は気にせず準備せよ。単体火力最強は依然としてお前なのだから」
「おいおい、そりゃ応えにゃダセェってもんだねぃ!」
アザリのみが辿り着いた【ジオマスター】の境地。準備さえ整えばレイドボスにすら通用する超火力。
レインが危険視するとすればそこだ。故に吾輩とイツァムナ、2人がかりで止めるのだ。
「……そんな警戒しないでも、私はここを動かないよ」
「無詠唱"並行詠唱"を警戒せよ。マジシャン同士の戦いは、抜き身の刃を首に突き付け合っているも同義。──鉄則である」
「レイン。イツァムナでは貴方の悩みを解決出来ないのですか?」
まだ歩み寄る、我らが枢機イツァムナ。
──現実の記憶を取り戻した今であろうと、吾輩は彼女を信奉する。その価値のある、高潔な女性だ。
「すまない。これは私が背負いたいんだ。
……【象牙の塔】には迷惑を掛けたくない。今からでもミラクリースを離れてくれ」
「ぬかせクソガキ。我儘に背負うのであらば、我儘に打ち滅ぼすまでよ」
「ブックカバー。私の愛児。どうか穏便に……」
ガキには拳骨で充分なのである。記憶があれど、コンプラなぞ知った事では無いのである。
「されど。そも貴様の狙いは破綻しておろうが。我々を相手に"ディセット・ブラゴーヴァ"が耐えられると? 既に瀕死であるぞ」
レインを引き付けている間に、既にアザリは"純無属性"を獲得。目に見える速度でレイドボスのHPを削っておる。
「……そうか。これ以上は無理そうだね」
小僧はまた憎たらしい顔で──否。覚悟を決めた顔をした。
「わかったよ。私も──【象牙の塔】を倒すとしよう」
──海底が赤く染まる。
アラートが鳴り響く。
海震と共に、"ディセット・ブラゴーヴァ"が地中に沈む。
「……総員、退避──」
「それは私の方からしてあげよう」
動く間も無く。【象牙の塔】は次々と光に包まれて消えゆく。
攻撃ではない。これは──
──◇──
【第90階層 水鏡基地ミラクリース】
アラートが鳴り響く。
映像越しに見えていた【象牙の塔】は──外の広場に転移してくる。
これは、クリックで散々見てきた光景なのです。
──『《拠点防衛戦》が発令されました。《拠点防衛戦》が発令されました』──
──『参加者は中央広場に集合し91階層へ転移して下さい』──
「……ゴーギャン!」
「ありえないですぞ! 次の《拠点防衛戦》は早くても1週間は先の筈なのです!」
高頻度で《拠点防衛戦》が発令されていたクリックでは、《拠点防衛戦》開始時に本来フリーズ階層にいた冒険者は全員クリックに転移させられていた。それが原因で階層攻略が滞っていたのです。
その仕組みは後で知りましたが、《拠点防衛戦》専用のコピー階層に切り替わるため、なのです。
内部データこそ転移しますが、レイドボスは旧階層にもコピー階層にも存在する。それはつまり──
「無理矢理《拠点防衛戦》を開催する事でダメージをやり直しにするって事、なのですか」
恐らくはこれがレインの奥の手。
《拠点防衛戦》開催による"ディセット・ブラゴーヴァ"の事実上の無敵化、或いは不死身化……!
「………………【水平戦線】総員準備! 出来ないとは、言わないよね?」
「「「よしきた姉御ォ!」」」
【水平戦線】は大丈夫そうなのです。問題は置いてかれた【象牙の塔】……。
「……ぬあああああ!!!! 小僧!!!!殺す!!!!!!!」
……の中心でブチ切れてるブックカバーを、どうするかなのです。
〜やっつけセカンド連合〜
「一緒にメシを食おうぜ!」
「いやだよ面倒臭ぇ」
「オラ行くぞアカツキ」
「おろせマックス! 俺は総司令だぞぉ!」
「ワシも行くぞぃ。留守は任せたぞアラカルトの嬢ちゃん」
「ええ任せてマスタングさん。帰ってくる頃には私が【セカンド連合】のトップよ」
「勝手するなアラカルトぉぉぉ……」
【月面飛行】ギルドマスター、アカツキ。
【バッドマックス】大頭マックス。
【コントレイル】首領マスタング。
……仲良しトリオではあります。なんだかんだで振り回されるのも悪くないとアカツキも思っていますから。
今日は昼食ですか。あの3人は何だかんだ健啖家ですし大丈夫でしょうが、アカツキが負けず嫌いを発揮して注文しすぎないといいのですが……。
「おや。もう昼食の刻ですか。イツァムナも同席しても?」
「「「……え?」」」
突然のイツァムナさん。
これはいけない。男衆も硬直です。
最強の箱入りお嬢様イツァムナさん。立場はアカツキとほぼ同格、他2人にとっては上司のようなもの。
男三人で行くのですから、脂っこいラーメン屋でも考えていたのでしょう。そしてそこにイツァムナさんを連れて行く事も考えた事でしょう。
……後で三賢者に殺される。そう思ってもおかしくありません。
突然の難問。イツァムナさんの満足行く店にしなくてはならなくなりました。
「…………よし! ミッドウェイにいいレストランがあったよな。あそこ行こうぜ」
「……そう、ですか。三人しか行かないお料理、食べてみたかったのですが」
しょんぼりイツァムナさん。
そしてとっくに考えが読まれていたのですね。
「……レインもブックカバーも、格式高い料亭にばかり連れて行ってくれるのですが。貴方達の……所謂、ジャンクな? お料理、イツァムナも一度は食べてみたいと……思いまして」
悩む三人。
最初に折れるのは──
「よしよし、ジジイが連れて行ってやろう」
「ここはこのマックス様がエスコートを」
「しゃーねーなぁ。テメェの奢りだぜ」
「「「……あん?」」」
流石はリーダー達。率先して犠牲になろうという美しき庇い愛。アカツキはクソだけれど。
……そして何故か喧嘩になり、結局四人でラーメン屋へ。
その後【象牙の塔】の三賢者に一人一人叱られるのであった。
イツァムナさんは終始笑顔だったわ。やるわねアカツキ。




