221.新たなる黒幕
【第90階層 水鏡基地ミラクリース】
【朝露連合】中立拠点会議室(跡地)
バルバチョフの空間作用スキル【蒼穹の未来機関】から戻ると、レインの姿も空間のヒビも消えていた。
「………………これはまた、衝撃的な真実、だね」
「うむ。何か変な事隠しておるな【夜明けの月】は、とは思っておったがな。どこまで秘匿されておじゃるか?」
メアリーによって強制的に記憶を戻した【水平戦線】の二人。少々強引だが、もう隠し通せそうにも無いしな。
「【Blueearth】でも現実の記憶を持ってる奴はかなり少ない。俺達【夜明けの月】は例外中の例外だ」
「………………今の様に。メアリーは記憶を戻す力を持っている? ……なら、レインも?」
「あたしはレインとはほぼ初対面。別口ね。
……あたしの名前は天知真理恵。世界最強の犯罪者であるお姉ちゃん──天知調を追ってハッキングして【Blueearth】に潜入したの。だから後付けで記憶を復活させられるってワケ」
「ともすらば、何故レインは【象牙の塔】の記憶を?」
「その辺は脱線してしまうね。それよりこれからの事を考えたいな」
記憶があるからといってバグやらなんならまでは結びつかない。この二人があるべき姿と言える。
普通は記憶を取り戻した程度でそこまで把握できない。レインのようにこっちの内情まで把握しているのはおかしいし──
「──イツァムナ。助けてもらってなんだが、お前にも嫌疑はかかっている」
「ライズ。貴様……」
イツァムナとブックカバーとアザリ。この3人はレインによって記憶を復活させられたらしい。
三賢者2人は……記憶どうこうの話になってなくて、レインを倒す事だけで話していたのでよくわからないが。
イツァムナの行動だけは不可解だ。
「空間作用スキルの正体が擬似階層への隔離である事を把握しているんだな? それは記憶があるだけじゃ説明付かないぞ」
レインは"ディセット・ブラゴーヴァ"が普段生息している99階層と90階層を繋げた。
ゲームシステム上あり得ないが、物理的にそこに存在している"ディセット・ブラゴーヴァ"がもしミラクリースに上陸したら……その設定上、マーフリー族は虐殺される。そうなればミラクリースは拠点階層として持続する事は出来ない。致命的なバグになる。
それを止めるためにイツァムナがバルバチョフに使わせたのが【蒼穹の未来機関】──空間作用スキル。
空間作用スキルは【Blueearth】の階層外側に存在する小さな階層だ。そこに対象者をワープさせるスキルと言い換えられる。つまりは99→90階層へ繋げていたゲートを潜っていた"ディセット・ブラゴーヴァ"の足は、突然全然関係無い階層に飛ばされた事で千切られたという事になる。その上ミラクリース側からレインが消えた事で闇のゲートを維持できる存在が消え、自動的にゲートは閉じたようだ。
……ここまでは、記憶持ちで天知調と親交があり、その上で空間作用スキルについて詳しくない限り辿り着けない話だ。【夜明けの月】くらいにしか無理だ。
それをイツァムナは把握していた。何だったらバルバチョフが空間作用スキルを使うためのアイテムを持っている事まで。
「……"青い海の人"という言葉が、アドレで流行っています」
イツァムナはブックカバーを制して、俺の対面に座る。
いつもの小ギャルファッションで。
「或いは、ルガンダに伝わる"輝く行き止まり"。或いはドラドに伝わる"幻のオアシス"。データの滞留、或いはバグと直接接してしまうと……冒険者は記憶を取り戻してしまう可能性があります。
イツァムナは……何のミスかはわかりませんが、【Blueearth】開始日に記憶を取り戻してしまったのです」
「最初から記憶持ちだったって事……?」
「です。イツァムナはそれを隠していました。我が運命と同じです。黙っていた事は謝罪します……」
「いや俺が記憶を取り戻したのはそこから一年後なんだが」
「……あの行動を、記憶の無いままにやっていたと?」
え、ドン引かれた。なにゆえ。
「まぁいいわ。でも空間作用スキルの詳細について知ってるのはおかしくない?」
「ほぼ推測です。イツァムナは少しだけ機械に明るいので。もし私が【Blueearth】を作るのならそう設計すると考えました」
「バルバチョフが空間作用スキル専用アイテムを持っていた事と、そもそもアイテムが空間作用スキル発動の鍵となっている件については?」
「赤の宝珠をライズに奪われた後、スワンが"赤髑髏"を発見した事は【セカンド連合】首脳陣ならば知っておるわ。そういう物が存在しておる事は吾輩でも知っておる」
「麿から言うが、ミラクリースの宝珠はイツァムナから押し付けられたのでおじゃる。最初の戦争でな」
「……それは俺っちも知らなかったぜぃ。本当かイツァムナ」
「事実です。【セカンド連合】に奉納しては回収されてしまう。恐らくはこの場で使う事になると想定していましたので、預けておきました。
……レイン相手に使う事になるとは思いませんでしたけれど」
天知調はプレイヤー達の心までは読まない。
イツァムナが記憶持ちだったとして、そこまでは把握出来ない……というのはわかるが。
「考えてみれば、【需傭協会】の一件もイツァムナは早期に俺と合流したよな。ブックカバーが洗脳されて大暴れしてたやつ」
「吾輩の自意識である」
「うるせぇ。
……今回も用意周到すぎる。或いは【セカンド連合】に在籍している事自体がそうなのか?
レインに使う事になると思わなかったってんなら、誰が狙いだったんだ。お前は誰を狙っている?」
アドレから再出発した時と比べて、抱えている謎も大体は解明された。
天知調とハヤテを悩ませていたバグの元凶は【至高帝国】のスペードであり、今もこうして虎視眈々と復活を目論んでいる。
……だが、今日になって新たな謎が発生した。
88階層にてスペードのデータを増殖させたり、レインに記憶を取り戻させたりバグの力を与えたり……。
スペード曰く、新たなる"自我を持ったバグ使い"がいると。
それには記憶を取り戻す程度の自我が必要で、即ち──現状の容疑者はレインと、イツァムナだ。
「……イツァムナは、ずっと人探しをしています。
【Blueearth】に間違いなく入っているし、入っていれば恐らく悪事をするであろう人を。
"影の帝王"も"心改"も人違いでしたが、イツァムナは諦めません。
まだ姿形も捉えられていませんが、イツァムナは必ず見つけ出します」
「イツァムナ自身はバグと繋がりが無い、と?」
「はい。証明は出来ませんが」
「いや彼女は無関係だ。ここまで近ければ判別できるよ」
スペードがバグの元凶だった事は……流石に言ってないが。多分みんな"突然【夜明けの月】に加入した奴な時点で怪しい"くらいには思ってるよな。
「レインも元凶ではありません。彼が動いたのはここ最近の事です」
「具体的にゃ5日前だぁな。突然俺達に記憶を思い出させて二言三言問答すりゃあ、【夜明けの月】に用事があるとか言ってどっかにきえちまってねぃ」
「そこでイツァムナからの告白を受け、吾輩達はレインを追ったのだ。【夜明けの月】のいるエンジュにはまだ入れなかったので、ミラクリースに来るまで待っておった」
「………………だが、レインの背景にいる者──レインに記憶と力を渡した者が、イツァムナの探している人である、かもしれない……と?」
「はい。イツァムナはそう睨んでいます」
「何か名前とかわからんのかの。その探し人。呼称がなければ話しにくいのでおじゃる」
「……名前も、顔も声も知らないので。ゲームの友達で、チャットでやりとりしていたのです。
では仮にイシュテルと呼びましょう。奴は狡猾で臆病。我が愛児レインは貴重な手がかりなのです」
名前も顔も声も。
それなのに必ずいるって確信できるのは凄いもんだな。
「……それで、どうするのでおじゃる。色々あったが現状はそこまで変わってないのでおじゃるぞ」
「あーっと……そうだな。改めて整理するか」
随分色んな要素が混迷してきたな。
「まず本来は【水平戦線】と【象牙の塔】の戦争による宝珠争奪戦だったんだが、【セカンド連合】側からの宣戦布告が届いて無かったと」
「レインか、レインに力を貸したイシュテルの仕業であろう。何が目的かはわからぬがな」
「レインの目的は実の妹であるリンリンを手に入れる事。それが叶わないならミラクリースを滅ぼす、と」
「レインは宝珠に興味無さそうだったね」
「だとしても【象牙の塔】は大打撃だぜぃ。宝珠が無けりゃ宝珠を奪う事は出来ねぇ。今更本部に戻って新しい宝珠を貸してくれるかってぇと……まぁ無理だねぃ」
アカツキからすれば身内のイザコザでしかないしな。
そりゃそうではある。
「で、レインは……明確に【Blueearth】を壊そうとしている訳だ。どうする?」
「……まず第一に。【水平戦線】は表立って協力はできんのでおじゃる。記憶があって、運営側の知識があってようやく通ずる話であるからして。【セカンド連合】の【象牙の塔】に協力する事はできんの。
とはいえ【Blueearth】そのものの危機。いざとなれば【水平戦線】を扇動出来るよう準備はするがの」
「………………落とし所はその辺りしか、ない。【セカンド連合】との対応に加えて、《拠点防衛戦》も……あるから」
「愛児の不始末です。【象牙の塔】が片付けます。我々は100階層から逆走し"ディセット・ブラゴーヴァ"のいる99階層に向かいます。恐らくはそこにレインもいるでしょう」
「──とはいえ、こういう輩の対処は【夜明けの月】が慣れてんじゃねぇんですかぃ? アクアラの謎のレイドボス反応、あれも【夜明けの月】だったりして」
「アザリ。余計な事を言うな。吾輩達で片付けるのだ」
「……へーい」
「いや待て。宝珠を持ってるレインは【夜明けの月】の標的でもある。ここは共同戦線を──」
「断る。二度は無い」
……ブックカバーがいる以上は、これ以上は無理か。
向こうが納得できるようにするには──
「待ちなさい。あたし達【夜明けの月】は、【Blueearth】にいる記憶持ちの冒険者を管理する仕事があるのよ。レインの問題が解決するまでは自由にさせてあげるから、必ず毎日一度は連絡をしなさい」
「……嬢よ。強かになったな。……アザリ。連絡番は任せた」
「お任せをってなぁ!」
見事だメアリー。それはそれとしてそんな仕事知らないんだが。女って凄い。
「あたし達も一旦みんなと合流するわよ。リンリンが心配だわ」
「answer:yes:リンリン達は宿に到着したようです」
「……麿達の本部直営の宿である。頼れる用心棒もいるので安心めされよ。
レインの目的がリンリンである以上、それとなく警備は厚くしておくでおじゃる」
「………………ミラクリースにいるのなら、仲間。頼りないかもしれないけれど、頼ってほしい」
「過去最高に頼り甲斐があるよ。ありがとう」
今後の方針を立てようにもレインがどこに行ったのかはわからないし、一旦は【象牙の塔】に任せよう。
リンリン達は無事だといいんだが……。
「……それはそうと、ゴタゴタが片付いたらバルバチョフの宝珠もいただいていくからな」
「うむ。【決闘】でおじゃるな。麿が総取りしてみせよう」
「あ、そこは協力してくれないのね……」
〜スペードを知ろう〜
【夜明けの月】のログハウス
──リビングフロア
スペードです。或いはジョーカーです。
ライズとメアリーとクローバーとゴーストが不在です。それ以外の全員に囲まれています。
僕を【夜明けの月】に加入させたのはこの場にいない4人の独断みたいなもの。彼らは僕を信用しきって無い様だね。
さて、どう取り入ったものか……。
「第一回! スペード君を歓迎しようの会ー!」
「やんややんやなのです」
……は?
唖然とする僕を放置して、カズハは司会を進める。
「はい、そういう訳で始まりました。新人歓迎会です。
とは言っても私たち、バグには詳しく無いので。まずはスペード君の事をよく知る事から始めまーす」
「いや留学生みたいな扱い。バグってそんな軽々しいものではないよね?」
「メアリーちゃんとか"エルダー・ワン"とかいるからバグくらいどうでもいいのです。すわれ」
……なんか舐められてる?
ミカンに言われるがままソファに座ると、両サイドをツバキとアイコに塞がれた。
「今後どうなるにしろ、仲良くするに越した事は無いでしょ? それに対人コミュニケーション自体は【至高帝国】時代にやってるでしょう?」
「悩み事があれば何でも相談して下さいね」
「じゃああそこのドロシーとジョージをなんとかして欲しいんだけれど。凄い殺意」
「変な事したらころす」
「変な事考えたらジョージさんにチクります」
最悪のコンビだぁ。
「……で、これからどうするのです?カズハちゃん」
「とりあえずパーティゲームでもしよっか? 4人対戦のミニゲームあるし」
「【TOINDO】自社作品だからって家庭用ゲームそのままありますからね【Blueearth】。機械すら碌にない世界観なのに」
やれやれ……僕が天知調と同等の知能を持っていると忘れてるのかな。
まぁ軽く捻ってやりますよ。
──◇──
アイコ→反射神経の鬼。
ドロシー→心理戦無効。どころか利用される。
ジョージ→反射神経の鬼2。
リンリン→タイミングゲーのみ無双。
カズハ→"エルダー・ワン"と2人がかり。
ミカン→単純に意地悪。
ツバキ→ピンチになったらボディタッチしてくる。
「……ずるいぞ君達ぃ!」
「やーい最下位。全員分のジュース持ってこいなのです」
「次は勝つからね! 首洗って待ってろー!」
「帰ってみれば、随分といいオモチャだな」
「割と【至高帝国】でもあんなんだったぞアイツぁ」
「とことん黒幕向いてないわね……」




