218.旅立つ者へ祝福を
【第88階層ヘヴン:捌面玲瓏の写鏡】
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ここは最後の身だしなみ
鏡に映るは誰の顔
今一度、見つめ直す機会を
旅立ちの時は近い
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一面の空──に、鏡みたいなのがいっぱい浮いている。
みたいな、というかまんま鏡ね。
「この階層はかなり意地悪だ。まぁ……ゲームで鏡なんてパターン決まってるけどな。こんな後半に置くなって話だ」
「鏡にしか映らない敵、鏡の中に入る、一部分だけ鏡が無くて通れる……或いは、自分自身との戦いってとこだァな。定番は」
屋外に放置された鏡、ってあたりになるともう固定されてくるわね。鏡に映るあたしは今日も可愛い。
「通過経験のあるクローバー、リンリン、ミカン、カズハは先に行けるからな。"ぷてら弐号"でミカンが連れてってくれ。俺達はここでちゃんと試練を乗り越えないといけない」
「僕も通過経験はあるんだけれど……反映されてないね。そりゃそうか」
スペードも残留組。目を離さないようにしなきゃね。
……しかし何となくわかったけど。鏡に映る自分との戦いねぇ。
「結局は魔物だ。そこまで厄介な敵じゃない。
オート行動しかしてこないからマニュアル操作組は負ける訳無いし、【サテライトキャノン】の精度も高く無いから撃ち合いじゃドロシーが勝てるだろうしな。
二人一組で挑戦できるから……前衛後衛を合わせておきたいな」
「そうね。ツバキはジョージと、アイコはドロシーと組めばいいかしら。あたしがゴースト、ライズがスペードでどう?」
「戦力的にも問題無さそうだな。よし、やるか」
こういう時、スペードのポジションは悩むものだけれど。直接監視しつつ敵の撃破も出来るのはライズかゴーストだけれど、ゴーストは"廃棄口"をスペードに利用される訳には行かないから2人きりにさせたくないし。これでいいでしょ。
ゴーストと一緒に鏡の前に立つと──鏡に引き込まれる。
鏡の中では、もう一人のあたしとゴースト。
「……よっし、やったるかー!」
──◇──
デュークからこの情報を貰った時、俺は困った。
ここがセカンド階層の鬼門。セカンド入りしたのにここから先に進めなくなった連中も少なくない。
この相手は自分。といってもゲーム世界の範疇の自分だ。マニュアル操作まではしてこない。
例えば……両手剣を筋力だけで二刀流にしていた"草原の牙"のベルグリンだとしたら、ここに映るのは両手剣一振りしか持ってないベルグリンだ。
だからジョージやアイコだったら楽勝で勝てるだろう。
……じゃあ俺はどうかと言えば。
過剰な火力の武器のせいでこっちへのダメージはデカく、俺自身の判断によるところは【スイッチ】のタイミングくらいで後はオート操作頼り。そもマニュアルへの切り替えを省略できるのが武器切り替えの強みだからな。これでいて結構オート操作人間だ。
ジョージの指導を最も長く受けていながら、全然マニュアル戦闘に慣れなかった。技術としては得ているけどな。上手く使えない。
じゃあどうなるかって言うと、普通に負けかねんって事で。
「そういう弱音はさぁ、チーム訳の時に言えば良かったじゃん! アイコかジョージと組ませて貰えばさぁ!」
「うるせー! こっちにゃ意地ってもんがあんだよ! 付き合えスペード!」
俺からの銃撃が凄い。あの俺MP管理とかしないからさっきから燃費の悪い【デッドリーショット】を撃ちまくってくる。武器の強化値が同じだから喰らったら俺もスペードも即死なんだが!
「あーもう、僕はなんか半分崩れてるし! バグだからかなぁ!?」
「お陰で俺1人を相手にするだけで済んだじゃねーか! その俺が強すぎんだけどな!」
スペードの写しはもうなんか自立できないレベルでドロドロになってる。なぜ。
ともかく俺を何とかしなくては。距離を詰めるには……スペードを囮にするか。
「スペード! "回避防御"ならこの距離の俺の攻撃は全部防げる! 注意を引いてくれ!」
「わかったよぉ! 僕だって【ソードダンサー】とはトップランカー時代に散々打ち合った! 立ち回りくらいわかるよ!」
スペードの武器は短剣【想死想哀】。防御性能は下がるが色んな状態異常に耐性を得られる武器だ。
【ソードダンサー】の十八番である"回避防御"で低い防御力を補う、紙装甲のタンクという異色のポジション。タイミングとゲーム勘が重要となるが、そこは一番近くにいるクローバーに教わってもらう。
攻撃の軌道が固定されているオート戦闘の俺相手なら、今のスペードでも充分に回避できる……はずだ。
距離を取ったまま俺も両手銃で行く……のはナシだな。両手銃同士だと後出しが勝つ。タメの必要なスキルは後出しの通常攻撃で阻害されるからな。
「【スイッチ】──【壊嵐の螺旋槍】」
嵐の槍。【Blueearth】に数多ある突進スキルの中でも、この出の速さは抜きん出ている──
「スキル──【スターレイン・スラスト】!」
スペードに向いたターゲットがこちらへ変更される。が、時すでに遅し。
俺の幻影の前まで辿り着いたのなら、こっからは近接戦だ!
「「【スイッチ】──【月詠神樂】!」」
七色の宝剣。打ち合いにまで持ち込めばこっちのもんだ──!
「CPUには──タイミングだ!【七星七夜】!」
スキルを発動するタイミングはプレイヤーの技量次第。
通常攻撃同士の相殺にタイミングを合わせて──目にも止まらぬ七連閃!
「……っし、倒したか」
ドロドロに溶けていく俺を見るのは少し嫌だが……とにかく、個人的な難所は突破できた──
「ライズ、危ない!」
投擲される短剣。
スペードの【想死想哀】が俺の頬を掠める。
何をする、とかリアクションを取る暇も無い。"危ない"と言われたら危ないんだ。振り向く前にスペードの方へと回避。
「……これは、どう言う事なのかなぁ」
スペードはアビリティ"投げ上手"で投擲武器を回収できる。貴重な【想死想哀】は手元に戻っている。
振り向けば。そこには──大量のスペード。
「最初から溶けていたんじゃなくて、出現に時間がかかってた……のか?」
「流石におかしい。というかこれはバグだよ! それも自然発生のものじゃない!」
……なんだと?
──◇──
【第89階層ヘヴン:玖鼎大呂の鐘の音】
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旅立つ者へ祝福を
最後の鐘は貴方へと
青き世界に祝福を
──もう振り返ってはならない
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古代文明……なのかしら。
目の前に廃墟。巨大な鐘が落ちている。
その鐘を守るように一際大きな竜が鎮座している。
「……ライズとスペード、遅いな。もう全員揃っちまったぞ」
「フロアボスは途中参加でも大丈夫ですから、先に初めてもいいかと」
「そうね……どうせ倒さなくちゃ行けないし、さっさとやっちゃいましょ。全員戦闘体制!」
スペードと一緒なのが懸念だけれど、まぁきっと大丈夫。
とりあえずは目の前の敵に集中しないとね。
──【スキャン情報】──
《第玖の試練 出雲須之威吹》
LV120 ※フロアボス
弱点:
耐性:闇/地/斬
無効:水/風
吸収:火/光
text:
かつて古代文明と戦い敗れたヘヴン階層のかつての主。"ヘヴンズマキナ"と交戦した際に聴覚を失っている。
怨敵である古代文明の遺物セレモニーXを利用し、来る復讐の時に備えている。その存在を丸ごと試練として"ヘヴンズマキナ"に利用されている事は知らずに。
あらゆる属性のブレス攻撃・落雷・鱗飛ばしと強力な遠距離攻撃を可能とする。セレモニーXの鐘が鳴ると的確に弱点を攻めてくるようになり行動パターンが狭まるほか、その対となる属性が弱点となる。
セレモニーXの近くに戻ると自身とセレモニーXを急速回復するが、その間は全属性が弱点となる。
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──【スキャン情報】──
《永遠の祝福 セレモニーX》
LV120 ※フロアボス
弱点:
耐性:火/水/地/風/斬/突
無効:打
吸収:
text:
天上世界から逃げ出す者を許さないアラートシステム。しかしその機能の殆どは欠損している。
出雲須之威吹と共生関係にあり、あちらがダメージを受けるか自身が打撃攻撃を受けると鐘の音を鳴らし、"強制弱点状態"を付与してくる。
この鐘の音は耳の無い出雲須之威吹以外の全てに付与されるため、自身も弱点属性が付与される。
4つのアラートシステムは撃破する度に爆発する。出雲須之威吹が近くにいるとアラートシステムは回復するが、タイミングを合わせれば爆発に巻き込む事が可能となる。
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「……2体いるじゃないの!」
「フロアボスが複数いるのは割とこれまでもあったのです」
「……そういえばそうね。しかし面倒そうな相手ねぇ」
「クソ硬い古代遺物に、バカ強い竜種だからなァ。事前に【スキャン】するクセ付いて正解だったな。こっからは基本的に初見殺しのフロアボスばっかりだからよ」
竜を殴れば鐘が鳴る。
鐘が鳴れば全員に弱点属性が付与される。
竜は弱点属性と対の属性が弱点になる。
一定以上削ると回復モードになって全属性が弱点に……。
「面倒ね。ドロシー、やっちゃいなさい」
「もう照準合わせてます。防衛お願いします」
そりゃ三種の神器と呼ばれるだけあるわ。あまりにも無属性防御貫通が強すぎる。
「ここの一番の難点は足場なのです。こっちは足場不安定の中、翔んでる相手の遠距離攻撃を受けなくちゃならないのです。
──が、ミカンさんがいるならばそのような課題は無きに等しき!です! 【建築】!」
ミカンが作り出すは雲同士を結ぶ架け橋。
足場問題の心配が無いのは本当に安心できるわね。
「……先に竜を潰すわよ! 纏めて攻撃を喰らわないように前衛組は散って!立体戦闘可能なジョージ・アイコ・ゴースト・カズハは竜を撹乱、クローバーとあたしとツバキは鐘も竜も狙える位置まで移動!
ドロシーはリンリンとミカンと組んで【サテライトキャノン】撃ちながら移動!」
「了解だマスター。両手に花ってやつか?」
「言ってなさいよ。パパが飛んでくるわよ」
「クローバー君。ツバキに擦り傷でも付いたらへし折るからね」
「任せろって。縛りにもならねぇよ」
クローバーの立ち回りも変わってきた。
これまでは戦力不足の【夜明けの月】において切り札というか、ワイルドカードとして活躍して貰っていたけれど……混戦や長期戦に耐えられないという欠点を抱えていたわ。考えてみれば【至高帝国】時代にアイテムの消耗0の【決闘】で名を馳せていたのはその辺りの欠点を補う戦略だったのかもね。
ここからは相手がレベルカンストの【セカンド連合】である事、【夜明けの月】の戦力も充実した事から選択肢が増えた。特に気を付けるべきは在庫管理。
本気を出せば秒間1008発の銃撃弾幕。1秒でインベントリ1枠(999個スタック)を使い切るバカ燃費。これを温存させる戦略を取るようになった。
撃破を狙わないならそこまでの弾幕はいらない。クローバーの役割は、中距離まで届く広範囲の後衛護衛に落ち着いた。
攻撃範囲が広いという事は護衛範囲も広がり、そしてそのまま有事の際に前衛まで駆けつけられる。ポジション自由枠のライズやアイコ、ゴーストがいる【夜明けの月】において、範囲を手広く確保できるのは強みになるわ。
「──来るぞ、竜が!」
大きく一つ吼え猛る出雲須之威吹。こわい。
その瞳が前衛達を捉え──鐘の方へ向かうあたし達に向き直した。やっぱりこっちが優先みたいね。
「89%──【サテライトキャノン】!」
初撃の光束が竜を撃ち抜く。1割くらいしか通ってないけれど、それでも大ダメージね。
「この竜、HPだけならレイドボスにも匹敵するぜ。だからこそ色々とギミックが満載なんだがよ」
──鐘の音が鳴り響く。
全員に弱点属性が付与された。竜の喉が赤く輝く──
「火属性! ジョージは鐘に、竜はあたしが行くわ!」
「相わかった。任せたよ」
空中で軌道を逸らし、竜のブレスを容易く回避するジョージ。そのままこっちを振り向き──空中で静止する。
「【チェンジ】──【チェンジ】!」
あたし自身をセレモニーXの上空に転移させてから──あたしとジョージを入れ替える。
鐘は火が弱点。竜はその逆の水が弱点──
「詠唱済よ! 【風花雪月】!」
「いい高度だ。【炎月輪】!」
氷の華が竜を包む。
炎の輪が鐘を鳴らす。
「……もう俺のサポートもいらねぇなぁ」
「あら。あたしを守ってくれないの?」
「まさか。傷一つつけさせねぇよお姫様」
「そのお姫様にあたしも入れなさいよー!」
空中に転移したはいいけれど落下怖すぎる! 落下ダメージ無いけれど!
──◇──
……あれから。
スペードの幻影を倒す事25体。やっと解放された。
「どうなってんだアレ」
「人為的なバグなのは間違い無いけれど、僕ではないよ。……バーナードって今、ちゃんと【バレルロード】にいる?」
「バーナードにはまだフリーズ階層の場所しか教えて無いし、あそこは天知調によってもう修復された。出し抜かれる事は無いはずだが……」
考えたく無いが、あり得る話ではある。
──スペード以外の誰かが、なんとかしてバグの力を手に入れた?
「……これは今後の課題だな……と、いたいた。もう先に始めてるじゃねーか……」
と。見上げてみれば。
──竜の残りHPが、あと僅か。
「……急げスペード! 早くしないと置いていかれるぞ!」
「えっ、あ、そうだね。ちゃんと参加しないと撃破実績が手に入らないね!」
くそぅ。強くなりすぎだあいつら!
〜ヘヴン階層と竜〜
《ジョージの【Blueearth】考察》
例えばフォレスト階層ではドーランをドリアード族とエルフ族で取り合っていたが、同様の事例がヘヴン階層でも起きていたのだと推測される。
というか古代文明は【Blueearth】においては侵略種であり、彼らが栄えたその足元には必ず蹂躙された種が存在するはずだ。
ヘヴン階層ではそれが竜種だったと推測される。本来エンジュは竜種の住処だったのだろう。
"ヘヴンズマキナ"は古代文明の兵器であり、ヘヴン階層のあちこちに工場が隠されていたあたり土地を狙った侵略だったのだろう。"ヘヴンズマキナ"そのものがエンジネル達の生産工事である事、エンジネル達がやたら物騒な武器を持っている事から、相当本腰入れた侵略だった事が伺える。
エンジュの建造物も最初は"ヘヴンズマキナ"の内部で構築されたものを設置しただけらしく、考えみれば資材も何も無い雲の上にどうやって建造物を建てたのかという話だ。まぁエンジュ自体は古代文明の発明による人工足場雲なのだが……。
とかく、追い出された竜種はどうなったか。
彼ら自体にはそこまで知性というものは感じられず、他の魔物と近い存在……というか冒険者からしたら魔物だ。
縄張りこそ奪われたものの、彼らは雲さえあれば生存できるようだ。先日出会ったフロアボスが頭領なのだろうが、配下の竜達は割と自由気ままだったように見える。
縄張りを奪われたと言うが、彼らが獣と同程度の知能であるのなら現状に不満は無いだろう。何故なら"ヘヴンズマキナ"側も竜種側も、このヘヴン階層に外敵がいないからだ。古代文明側は場所さえ確保していれば竜種と敵対する必要は無く、古代文明側からのアクションが無いのならば竜種にとって外敵は存在しない。場所が変わっただけで安全か確保されているのだから竜種にとっては依然安全な世界なのだ。
だからこそ、俺は驚いた。
竜種の長、出雲須之威吹。
わざわざ古代文明から最も遠い位置に根を張り、古代文明すら利用して。ただ生存する獣こ世界において、明らかに不要な行動と言わざるを得ない。
復讐心。獣に不要な価値観。あれを見た時、俺は納得した。
やはり竜は原住民だったのだ。それだけの知性も持っているし、きっと冒険者と手を取り合う事もできたのだろう。
となればやはり気になるのは──【Blueearth】を好き放題している古代文明だ。きっと何処かに根城があるのだろうが、果たして彼らは何を思ってこんなことをしているのだろうか。
……或いは彼らこそ、"領地拡大"という決められたコマンドに従う獣なのかもしれないね。




