216.漁夫の利を狙え
【第80階層 天上雲海エンジュ】
──東ステージ下
【夜明けの月】の仮拠点
無事にスペード/ジョーカーが解放された事で、なんとか帰還。心臓に悪すぎる。
「今後似た様な事が起きてもいいように、バグ復活地点は何ヶ所か共有してもらうわ。全部じゃなくていいから」
「勿論だよ。そこで騙す事はしない。僕の命がかかってるからね」
スペードの監視も多少は緩くなった。ずっと気を張ってるのも疲れるしな。
「さーて今後の方針会議と行こう。【満月】達が色々と情報を持ってきてくれたからな」
【満月】【バレルロード】先遣隊の作戦はうまく行っている。サティスに加えてバーナードもいるから戦力に不安は無い。
「暫くレベル上げの必要は無いから、もう出発するのよね?」
「そうだ。ヘヴン階層はしっかりとした乗り物があればそう苦労するもんでもない。数日中に出発する。よって次の階層のお勉強会だ」
【第90階層 水鏡基地ミラクリース】。傭兵達の最後の溜まり場。
リンリンとミカン、それにカズハもここで有名になったクチだ。
「み、ミラクリースは半月に一度程度の周期で《拠点防衛戦》が行われます。クリックほどしっかりと統制は取れていないんですが……」
「正直そこまで難しく無いのです。そも冒険者側の戦力が充実してるので。適当に傭兵共が屯しているのです。……これまでは」
実際に今のミラクリースに到達したベル達から、情報をアップデートした。随分と様相が変わったようだ。
ドロシーが資料をまとめてくれた。
「数ヶ月前……ミラクリースにいた傭兵達が【水平戦線】を立ち上げました。こちらは【セカンド連合】樹立に伴う非【セカンド連合】の傭兵達の受け皿としてのギルドのようです」
「傭兵……非ギルド加入者はギルド連合に参加できないのよね。セカンド階層の傭兵達の受け入れ先として【スケアクロウ】があるのだけど、それがガッツリ【セカンド連合】に肩入れしちゃってるから傭兵達はかなり厳しい立場にいるの。
そもそも傭兵は中立。進んで【セカンド連合】に手を貸したく無い子が多いからね。そのためにミラクリースで一つ、完全中立の傭兵組織を立ち上げたのよね」
「中立と言っても【セカンド連合】からしたら敵対行動扱いだったようで、ミラクリースの宝珠争奪戦は【セカンド連合】と【水平戦線】との壮絶な戦いになったようです。現在は無理に自治区を侵害しないよう、【セカンド連合】はミラクリースを避けているようです」
これにより、エンジュに引き続いてミラクリースも比較的安全圏だ。後は宝珠の問題だが……。
「ミラクリースの……青の宝珠は【水平戦線】が獲得。宝珠に付随するアイテムは不明ですが、【草の根】が侵入出来ていないため恐らくは未発見かと」
「じゃあ今回は【セカンド連合】の邪魔は入らないって事かァ?」
「いえ。ベルさんが言う事には……【セカンド連合】から声明が発表されています。【水平戦線】に対して、宝珠を賭けた【ギルド決闘】の提案……だそうです」
つまりは戦争だ。向こうには過半数の4つの宝珠があるからな。無理を押してでも残りを集めておきたいんだろう。
「俺たちはその戦争を避けてミラクリースに着く予定だ。勝ち取った方から正々堂々、宝珠2つを賭けてもらえばいいからな」
最も警戒すべきは、宝珠を多く持っているが故の物流勝負。セカンド階層入り直後からガンガン喧嘩を売られたらたまったもんじゃない。
結果的にエンジュとミラクリースが安地になったので、今のうちに4つ確保しておきたい所だ。
そうすれば向こうも慎重にならざるを得ないだろうしな。
「《拠点防衛戦》に宝珠の争奪戦。あとは宝珠対応のアイテムの捜索。狙いはそんなもの?」
「そうだな。ここからはスピード勝負だ。【セカンド連合】を叩き伏せて、一気にトップランカーに追い付くぞ」
と、言うわけで。
「休暇だ。ミラクリースでの戦争と俺達の階層移動を考慮して……まぁ2日くらいのんびりするか」
「よし!!!遊ぶわよ!!!!」
若者組がもういない。終礼後の先生の気持ちだ。
……さて。どうしようかな。
「ヘイヘイヘイそこのライズ。ちょっと遊びに行こうぜー」
「僕も一緒だけどね」
クローバーとスペード。男同士で散歩も悪くないな。
……【至高帝国】の半分がここにいるんだよな。改めて。
──◇──
【第80階層 天上雲海エンジュ】
西ステージ近傍の休憩所
クローバー達に案内されたのは、屋外カフェと言うべきか。そこそこ広い休憩所だ。
確かデュークの情報では……【喫茶シャム猫】の店があったな。誰もいないが。
「ここは冒険者共有の商業施設だったんだけれど、どうやら【朝露連合】のショッピングモールに役割を吸われたみたいだね」
「この辺に座るか。エンジュの端っこだから雲海が一望できるぜー」
適当に選んでいるように見えて、周囲が見渡しやすい場所を選ぶクローバー。セーフティエリアの外である以上、どこで見張られているかわからないからな。
クローバーのペットである"スメラギ"を散歩させているのも、影に隠れる連中を炙り出すためか。デュークみたいに地面の中に潜む奴もいるかもしれないからな。
「……さて。【セカンド連合】を倒した先はトップランカーだよな。そこを抑えて、いよいよもって天知調って流れだったはずだ」
「そうだな。……まさかトップランカーが入れ替わるなんて思ってなかったけどなー」
「あはは。僕もまさかあそこで死ぬとは思わなかったなぁ」
……とはいえ、それが困るかと言われればそんな事は無い。
未知数非公開の【至高帝国】と比べて【ダーククラウド】は内状を全部把握出来ている。というかこの2ヶ月近くでかなり交流してきたからな。むしろこっちの方が良い。
……兄貴と正面切って戦えるしな。
「さて。元トップランカーが2人もいるんだぜ。ぼちぼち考えようや、対トップランカーについて。そう遠く無いぜ?」
メアリーは既に対天知調を想定してスペードを引き入れた。
ならその前にあるトップランカー戦を考えるのも必定か。
「まず第一に。レベル上限って優位性は恐らく使えねぇ。【ダーククラウド】を始めとして、この【セカンド連合】戦では地味にトップランカーには後ろ盾になって貰ってるからな。多分【夜明けの月】がレベル上限解放手段を手に入れたら、メアリーは全員に公開するだろうよ」
現在の【Blueearth】において最強の情報。レベル上限150の突破手段。これを手に入れたなら色々と交渉も出来るだろうが……まず確実に【ダーククラウド】にはバレるし、そこからトップランカーに横流しされたら"出し渋った"結果だけが残る。旨みはない。
元より後ろから追い付く事が最優先だ。変に敵対しない方がいいだろう。
「だとすると、こちらの武器は──"隔離階層"。空間作用スキルになるね」
トップランカーが持っておらず、今後も暫くは手に入らないもの。それは現状7つ全てが見つかった宝珠に他ならない。
宝珠所持者同士でしか受け渡しが出来ない宝珠は、現在ではその全てがセカンドランカーが所持している事になる。トップランカーはこのレベル上限解放クエストが終わるまで、どう足掻いても空間作用型スキルを使えないという事になる。
「使ってみて分かったが、空間作用スキルはかなり強力だ。レベル上げさえ置いてかれなければトップランカーとも渡り合えるだろうな」
「問題はトップランカー側だよ。彼らは【夜明けの月】をしっかりと評価してるし、空間作用スキルについても追い付く頃には認識されてるだろうね。
……レベルが追いつかれて、未知のスキルを一方的にぶつけてくる。少なくとも弱者相手のような油断はしてくれないよ」
「こっちが有利になり過ぎるか。そんな事考えた事も無いな」
「おいおい。そもそも"最強"たる俺がいるんだぜ。相応の警戒はされて然るべしだろォ」
……油断を利用できるのも挑戦者側の利点だったんだが。万全の体制で待ち構えられるわけだ。
「トップランカーに辿り着いてからも大変だよ。というか、それ以前の問題もあるけれどね」
スペードが周りを確認する。一際重要な話をしたい様だ。
遠くで地面から生えた"スメラギ"が両手で輪を作る。近くには誰もいないようだ。
「……【Blueearth】はね、最終で205階層だよ」
──そういえば、階層が何処まで続くのか確認してなかった。
というか、205階層?
確か今のトップランカーは……171階層じゃねーか。
「割と終わりが近いんだな」
「……トップランカーが205階層に辿り着いたら天知調の勝ちだよな。計画もクソも無ぇ」
「そうだよ。あまり猶予は無いからね」
冒険者が【Blueearth】最下層に到達するって事は、コンピュータウィルス【Blueearth】が新世界サーバー【NewWorld】を支配する──天知調の勝ちって事だ。
勝ち逃げの線も充分にある。俺達は……メアリーの願いを叶える事は出来るのか?
「まぁまだ100階層にも到達してない訳で。ゆっくり考えようよ」
「焚き付けておいて……。まァそりゃ、なる様にしかならんわな」
元も子もない。
……目下やるべき事は変わらない、ってのそうではあるが。
──◇──
【第110階層不夜摩天ミッドウェイ】
【セカンド連合】の会議室
「──報告。【満月】が【第90階層 水鏡基地ミラクリース】に到達しインフラを整備した結果……【水平戦線】の戦力に向上がみられます」
報告するは【スケアクロウ】の一員。
……って名目の【首無し】なんじゃねーかな。興味ねぇけど。
「【セカンド連合】と戦争する気満々かよ。てかやっぱりヤバいのは【満月】だよな。潰せねぇの?」
「【満月】が引き連れる【朝露連合】は【セカンド連合】もトップランカーも親身にさせて貰ってんだろ。商人は中立。【マッドハット】で学ばなかったか?」
「その【マッドハット】はそれで良いのかよ。自分の領土踏み荒らされてんぞ」
……っと、【マッドハット】は謹慎処分中だったな。
セリアンの態度は目に余る。相応の罰は絶対に与えてやる。
が、今はそこじゃねぇ。いない奴を気にかける必要はねぇ。
「……【水平戦線】との戦争。そんで後ろから追ってくるだろう【夜明けの月】とかいうハイエナ。全部蹴散らせ。
……二度目は無いぜ、【象牙の塔】」
俺は出し惜しみをしない男。
【セカンド連合】No.2の【象牙の塔】は、本来ならエンジュで【夜明けの月】とぶつけるつもりだったんだが……。
ともかくミラクリースは【象牙の塔】の管轄とした。そもそも連中は青の宝珠を【水平戦線】に取られてるしな。
「……イツァムナは約定します。必ず【セカンド連合】に宝珠を持ち帰ると」
イツァムナ。
人望激アツのクソガキ。
俺なんかよりずっとちっせぇクセに偉そうで嫌いだ。
だがよ、こいつは(趣味の悪い事に)ライズにゾッコンなんだよな。
……何で俺に手を貸すんだ?
まぁいいか。どうせ俺は誰も信用しねぇし。
使えるモンは食い潰す。そんだけだ。
「………………一応聞いておくがよ、【夜明けの月】に手は抜かねえよな?」
「ははは。イツァムナは結果を約束するだけだよ」
「頼むぞマジで。いや【草の根】も手ェ抜いてたとは思ってねぇけどさ……」
恋愛の良し悪しは……個人の自由だと思うけどよぉ。
男として、変にモテてるライズは気に食わねぇよな。
別に俺はいいんだよ。俺は強い男だから。俺をフったアラカルトだって側に置いてるしな。寛容だろ?
〜生態調査:エンジネル〜
《ジョージの観察記録》
これまで各拠点階層には様々な異種族が存在していた。
【Blueearth】の魔物や原住民の成長過程は歴史の自動生成によって生み出された産物だが、大枠はゲームデザイナーによって作られたものだ。詰まるところ、現状の姿がまず決められており、そこに到達するよう歴史が作られている事になる。
ドラドのガルフ族のように、外見は獣人より獣寄り、食生活は獣人より人間寄りという奇抜な発展結果に辿り着く事もある。
そういう時に【Blueearth】で使われる虎の子が"古代文明"だ。
【Blueearth】各地に存在する機械生物。或いは歴史に干渉するほどの力を持った秘密組織。ゲーム目線で言うのならば、どうしても整合性が取れなかった時の奥の手とも言える。
さて、エンジュについてだが。ここはそんな古代文明の遺物が中心となっている。
あの"ヘヴンズマキナ"がそうだ。【Blueearth】各地にあった機械生物用の全自動整備工場。その大型タイプが"ヘヴンズマキナ"そのものだ。
そしてそこから生み出される機械生物こそエンジュの原住民、アンドロイド"エンジネル"だ。
これまで機械生物の中立ポジションは居なかったが、彼らはかなり友好的だ。表情こそ無いが、それぞれ独自の価値観を持ち……生まれた自我を大切にしているらしい。
人間の真似をして人間らしくありたい、というのが願いだそうだ。そのためアドレ兵や冒険者への対応は柔和。なるほどこれはセカンド階層にして唯一の安全地帯と言われるだけはある。
エンジネルはエンジュから外に出ない。なんなら"ヘヴンズマキナ"もエンジュから出ない。これは結構珍しい事で、エンジネルにとって生活に必要不可欠な補給を"ヘヴンズマキナ"で行っているため外に出る必要が無いのだろう。他の階層は生きるために魔物を狩ったりしていたが、その必要が無いためか。
ちなみに少し身体を調べさせてもらったが、殆ど人間の肉体と遜色無かった。背中には飛行ユニット、頭部には天使の輪を想起させる外付けの思考補助ユニットがある。これらは取り外して生活する事もできるらしく、それらが無い彼らは普通の人間と見分けがつかないほどだ。
"ヘヴンズマキナ"が音声認識セキュリティに対応していた事が発展し、音楽が栄えるようになった。元は"ヘヴンズマキナ"の入出管理担当がラッパを吹いていたが、そこからどんどん発展していったという。その後アゲハによるバンド結成から一気に音楽文化が発展。今やエンジュのあちこちでご機嫌なリズムが奏でられている。
エンジネル共通の見解が"自我の有効活用"だからか、手探り状態ながら現状をエンジネル同士で無線共有しているらしく流行がすぐに広まる。【満月】が手早く商業施設を建てられたのもこの流行のしやすさにあったのかもしれないね。




