215.VSラスボス
【第80階層 天上雲海エンジュ】
東ステージ下
──【夜明けの月】の仮拠点
日中はずっと空間作用スキルの実験。まだ足元がおぼつかないぜ。
「何となくわかった。空間作用スキルは、そいつが最初に触れた宝珠のものしか使えない……んだと思う。
俺は赤の宝珠に対応した"赤髑髏"しか使えないし、多分ここに"赤髑髏"があったとしてもジョージには使えない」
「あの後試しにミカンさんも宝珠を受け取って使ってみたのです。発動した空間作用スキルは【白曇の渦毱】……ジョージのものと同じなのです」
「"ヘヴンズマキナ"と世間話してきたけど、あの子はそのスキルの事を"隔離階層"って呼んでいたわ」
カズハの話も踏まえると、何となく全容が掴めてくる。メアリーが小さく頷く。
「宝珠に対応した個別の"階層"が【Blueearth】の近くにあって、対応アイテムの発動時に"階層"ごと呼び出してるのね。だから空間自体は同じものって事?」
「そうっぽいな。その上でジョブに対応したボーナスが乗る。【スイッチヒッター】なら全ての武器を同時に扱いつつ武器耐久値をHPとして換算できる【パラレル】が使えるようになる。ジョージとミカンも使えるスキルは別のものだった」
「あとは空間そのものの性質だね。【白曇の渦毱】は広大な空中。地上の設定は無く、どこまでも落下できた。解除時のフィードバックは無し。落下ダメージの無効処理は【エリアルーラー】の【チェンジ】のようなものかな」
「【マッドハット】のセリアンが使う【金色舞踏会】は……"舞台"と"観客席"の2つに隔離できる性質があったなぁ。空間そのものの強みはそこか」
「【曙光海棠花幷】は……景色が綺麗だった」
「それだけなのです。ハズレなのです。やーい」
「くそぅ。いいんだよなんか"焔鬼大王"の庭みたいで気分良いし」
というか白こそ大外れだ。空中戦闘可能な手段が無いと終わりじゃん。こっちこそ大外れだ。
「とにかく! 現状【夜明けの月】が持つ宝珠は特殊性の無い赤(対応アイテム無し)と使いにくすぎる白(対応アイテム有り)。空間作用スキルが使えるのは現状だとジョージとミカンだけ。そこに俺も加えた、宝珠所持経歴アリの3人だけで宝珠を管理する」
「今後有力な空間の宝珠が手に入るかもしれないからねぇ。ライズが白の宝珠に対応しなかった以上、複数の空間作用スキルが使えないってのも十分あり得るわよねぇ」
「その辺何か知らねぇのかスペード」
「ぼくはジョーカーです」
「おいどうした」
「……はっ。ごめんクローバー。あの後みっちりしごかれてね」
ついうっかりタルタルナンバンに本名ポロリしたスペードと、ついうっかりタルタルナンバンに宝珠対応アイテムを見せてしまった俺はガッツリ叱られた。かなしい。
「えっと……そうだね、推測は大体合ってると思うよ。宝珠の"隔離空間"は小さいし誰も見つけて無かったせいで【Blueearth】との接続も弱いしで活用してなかったけれど、確かに存在はする。
レベル上限解放クエストが攻略されたら宝珠獲得クエストも簡略版が復活して、宝珠そのものが一般に配られる事になる。勿論それらはレプリカだけどね。
今ライズが手に持っている二つの宝珠は、ちゃんとしたレイドボスの半身とも言えるヤバいブツだよ。それ僕に渡したら完全復活できちゃうレベル」
「あぶねぇ! 触るな近付くな」
「ははは。僕に渡す意思を見せなければ大丈夫だよ。そこにある宝珠自体はただのデータで、本体は今ライズの中にあるから」
渡すのに色々と苦労したが、なるほど冒険者そのものの中にあるのか。
……今の俺、凄いことになってない?
「宝珠の事は良くわかったわ。あまりアテに出来ない事もね。戦力にするならさっさと次の宝珠を奪いに行きましょ」
「その前にやる事があるな」
これが本命。ここをどう潜り抜けたものか。
今日も今日とて、メールボックスに通知が届く。既読無視。
「そろそろバロウズで定例会議だ。【満月】【バレルロード】と──【ダーククラウド】とな」
目覚めてしまったバグの親玉。
ハヤテ──兄貴は、どう動くか。
──◇──
──数日後
【第60階層 荒廃都市バロウズ】
モニュメントタワー"ユグドラツリー"
【満月】と【バレルロード】との会合の前に。双方には無理を言って先に【夜明けの月】と【ダーククラウド】で会議する事にした。
【夜明けの月】全員はともかく、【ダーククラウド】も全員参加。トップランカーが自由なもんだ。
そして──
「──スペード。ここで不信な動きをすれば斬る。私の劔の届かぬ範囲に行けども斬る。いいな?」
【アルカトラズ】"拿捕"の輩 白き劔のブラン。
それだけじゃない。灰の槌スレーティー、黒の檻ネグル。あと多分"LostDate.ラブリ"まで。そして──大本命、世界一の犯罪者 天知調。
「……では、全員揃いましたね。始めましょうか──スペードの第二審を」
スレーティーが槌を鳴らすと、一気に背景が裁判所に変わる。これも空間作用スキルみたいなもんか。
「私がハヤテさんに頼み、殺害した筈のスペード……どうやって生きていたかは見当がついています。今の貴方を殺せばもう戻らない事も」
「どうだろうか。一度逃げれたんだから、また逃げるかもね」
「無駄口を叩くな。次は腕を斬り落とす」
……ブランのそれは脅しじゃない。かつてはバーナードの腕も平気で斬り落としたしな。
「お姉ちゃん。スペードは【夜明けの月】の一員よ」
「真理恵ちゃん。それはかつての状態ならの話なの。もうバグとして目覚めて、完全復活一歩手前なの。ここで仕留めなきゃならないの」
クローバーが仲間になる前くらいを思い出す。
結局は力を持つ者は、いつだってちゃぶ台をひっくり返せる。天知調がダメと言えばダメなんだ。
だからいきなり正念場だ。
「ここでスペードを殺したところでバグそのものは生まれるわよね。だったら──」
「問題なのはスペードが自我を持っている事なの。私に匹敵する知能を持つスペードをそのまま生かしておけば、それだけでバグを後付けで増やしてしまう。
【Blueearth】のバグなんて本来は自然発生する分を潰す程度のものなの。スペードがいなければ全て丸く治るわ」
「だからこそボクは、スペードを殺すためだけに冒険者となった。今回も同じ事だ。止めないよね、ライズ」
「いや止める。調さんと兄貴が言ったことはこっちも了承済だ。その上でこいつを利用しようとしてるんだよ」
「承諾しかねます。【夜明けの月】に──真理恵ちゃんに危険が及びます」
「俺を見殺しにしたよな、アクアラで。その辺の埋め合わせは?」
「今回は適応外です。そもそも、真理恵ちゃんの代わりに他の【夜明けの月】が犠牲になる……といった道があるのならば私は迷いなくそちらを選びます。今回の件は、それをしたところで真理恵ちゃんへのリスクが残るので」
……マジじゃん。無理してワルぶってはいるが、覚悟は本物だ。実際本当に俺は一回見捨てられてるし。
そう。天知調にとって最も大切なのは家族。
だから、こういう手を取るしかない。
「お姉ちゃん」
メアリーが一歩前に出る。天知調を刺激しないよう、スペードからは離れて。
「今のスペードはまだバグとして復活していないのは間違い無いわ。後はバグの種を残した特定の場所に行くだけ」
「そうね。それが何処なのか突き止める必要は無いけれど。ここでスペードを殺すだけだから」
「【第66階層ロスト:つるばみの大穴】の中腹から入る脇穴の奥よ」
「……真理恵ちゃん、なにを……?」
メアリーは。
この会議に望む前に、ある男に依頼をしていた。
天知調はメアリーを信じるが、メアリーは天知調を信じていない。悲しい事だが。
「相応の自我を持った、バグに関わる者しか呼び起こせないらしいわよ? スペードが言うにはね。
それを併せ持っている上に、お姉ちゃんに反抗する理由がある人が、たった一人いるじゃない」
「……真理恵ちゃん! 何をしようと言うの!」
「何もしないわよ。お姉ちゃんが何もしないならね」
メアリーの頼った男。
バグの力を持ち、スペードの代わりになれる程度に強靭な自我を持ち、この相談ができる程度に記憶を持ち、そして創造主に牙を向ける存在。
「バーナードがいるわ。あたしの命令一つで──2人目のスペードになってくれるってさ」
天知調が裏切ったゲーム会社【TOINDO】の御曹司。
レイドボス"カースドアース"と、あの時のバグをその身に内包する存在。
「お姉ちゃんがスペードを殺すって言うなら、この場でバーナードをバグ化させるわ。そうすればそこにいるスペードはバグの力を二度と手に入れられない普通の冒険者になるわね。殺せるのかしら。
それに、今後はお姉ちゃんに敵意を向ける理由のあるバーナードが敵になるわね。あの人相当賢いわよ。あたしには及ばないけれどね?」
「……バーナードさんのデータを消す事は可能ですが」
苦し紛れの言葉だが……その辺も対策済だ。
寄りにもよって、そっちの味方によってな。
「それは勘弁願いたいなお嬢さん」
動くはゴロー。それとシーナ。
バーナードの祖父と、秘書。
「可愛い孫なんだ。殺すと言うなら……貴女には届かないので、ハヤテを殺す事にしよう」
「ハヤテからは"冒険者を殺す武器"を預かっています。スペード殺害用の控えです。不用心にも鍵のかかった部屋に置いていました。ピッキングは義務教育です。ぶい」
「あれー!? ボクは聞いてないなぁ!?」
一瞬でハヤテを締め上げる2人。手早いな藤䕃堂財閥。
「調ちゃん。私は調ちゃんの味方だけど、殺す事しか出来ないよ。真理恵ちゃん、殺そうか?」
「論外です。うららちゃんは何もしないで。ありがとう」
天知調の協力者であるツララも、その性質上あまり役には立たない。役に立つ時は俺たち全員皆殺しになるが。
さて。ここまでやってもまだ天知調次第だ。この上でまだ強行突破できるだけの力がある。
が。
天を仰ぎ、大きな溜息一つ。
「……ちゃんと、面倒見れる?」
最後には姉として、落としたか。
──◇──
「それじゃ定例会議始めるわよ……なんで息絶え絶えなのよアンタ達」
「もうバーナードは呼び戻していいのよね?」
下で待たせていた【満月】と【バレルロード】の面々にも戻ってきて貰った。
天知調は【アルカトラズ】を引き連れて、半泣きで帰っていった。いやぁ申し訳なかったなぁ。
「……メアリー。本当にいいのかな?」
「まだアンタを利用できてないからね。ちゃんと役に立ちなさいよ? ジョーカー」
「……わかったよ。君は命の恩人だ。暫くは大人しく協力するよ」
こちらもいい落とし所に落ち着いた。
ちなみに、バグ復活ポイントは他にも何ヶ所もある。今回は作戦を全部スペード/ジョーカーに伝えた上で公開できる位置を本人に白状させた。
しかし、それはそれとして。
「……で、そこの子供はなんで片腕無いの?」
……しっかり罰は受けたのだが。
〜その者達、自由につき3〜
【首無し】のカズィブだ。
今日も今日とて【喫茶シャム猫】の監視だ。
先日【アルカトラズ】に検挙された【喫茶シャム猫】だが、本人達のテナントであった事もあり情状酌量。
"アイスライクサプライズモール"のマツバオーナーが来て莫大な違約金を毟り取られた【喫茶シャム猫】の面々は──
「出稼ぎである!!!!」
……何故か【第40階層 岩壁都市ドラド】にいた。
リーダーのシャム、コックのディザスターは変わらず。同行していたスティングとマッシブハントは別行動だ。
今日の同行はワカメ頭の【マーメイドハープ】使いのポセイドヌと、枯れ枝みたいな細身の吸血鬼みたいなナナフシ。
ナナフシは希少ジョブ【ドラゴンブラッド】。希少ジョブ組だな。
「うむ。遂に路銀が尽きたな! しかし金稼ぎならば前線へ行き素材を狩ればいいのでは?」
「ポセイドヌ……まだまだ店長の理解が足りませんね……ふぅ」
金稼ぎならば素材狩りは定番だ。全冒険者の中でも指折りの位置にいる【喫茶シャム猫】ならそれだけでも莫大な利益を出せるだろうが……。
「ノン! 我々は【喫茶シャム猫】であるぞポセイドヌ。野蛮な魔物狩りなどノーセンキュー! このコーヒーで勝負である!」
「えぇ、ええ。それは結構。しかしどうしてドラドで?」
「ドラドには飲食店が"イートミート"1強でやんすコック。即ち未開拓。そこに我らがコーヒーという"星"を見せつける事でバカ売れって寸法ですよ」
「おぉ……流石はディザスター。冴えているな」
「ふふん」
これでも【喫茶シャム猫】の中でかなりマトモな部類の連中の会話である。
……ドラドには数多くの肉食獣人──ガルフ族がいる。先日【朝露連合】が介入した事と昨今の階層攻略ブームが合わさり、冒険者も多数いる。発想は悪くない……気がするのだが。
そもディザスターを厨房に立たせないでほしい。また爆発するぞ何かが。
「ドラドはカフェイン禁止なんだ。ごめんね!」
ガルフ族の巫女に出店を止められた。
良かった。流石のディザスターも厨房を構える前に阻止されては爆発させられん。
意気消沈とする【喫茶シャム猫】。セカンドランカーともなればそれなりに金も必要だ。こうなれば諦めて狩りに出かけるしか──
「サーカスを観に行くのである」
現実逃避すな。
「うおおおおサーカスに駆け込むのである! 早い者勝ちである!」
「あっずるいシャム様! 待つでコック」
「先に行ってて下さい……ふぅ」
「我は【植物苑】を見に行くかな」
勝手に自由行動しないでくれ!!!!!
その後。
何故かサーカスでパフォーマンスのバイトをしているシャム猫達の姿があった。
演目は火の輪潜りだった。狩りよりずっと原始的というか珍獣扱いじゃねぇか。




