214.白き雲海に鈴が鳴る
【第80階層 天上雲海エンジュ】
「タルタルナンバンです! 取材に来ましたァ!」
「来たわねナンバン。まずはツバキとドロシーのおもてなしをくらいなさい」
「ンゥン警戒してますね! ボディチェックもどうぞドロシーさん! カマンカマン!」
「シロです。どうぞ」
「つれない! 可愛い!」
「元気な子ねぇ」
「ツバキ様ご機嫌麗しゅう! また一段と美しくなりましたねぇ!」
タルタルナンバン襲来。
【井戸端報道】の記者として、ウチのスペードを広報してもらう為に呼び出してみたら爆速で来たわ。
ドロシーとツバキの一応のチェックも通過。【需傭協会】の件から、洗脳の線も警戒するようになったからね。
「今日取材してもらうのはこいつよ。おいでジョーカー」
「どうもスペードです」
「えっ」
「は?」
「あっ」
終わったわ。
──◇──
──"ヘヴンズマキナ"付近
「おおーい"ヘヴンズマキナ"くーん」
遠くのステージにいるは【夜明けの月】のカズハ。
……それと懐かしい気配。
『何用ですか?』
「お姉さんとお話しない?」
『……まぁ、いいですよ。暇だから』
浮雲を飛ばして、カズハを肩に乗せる。
先の戦いでは目の前を飛び回ってエンジネル達を斬り落としてくれました。しかし目的は彼女ではなく。
『……何故"エルダー・ワン"がここにいるのかな』
カズハの肩からひょっこり顔を出す竜。
……ロスト階層のレイドボス。セキュリティシステム"バロウズ"のウィルスバスター。この内後者側の存在。
『"スフィアーロッド"といい君といい、好き勝手に動くのが流行ってるのかな?』
「流行ってはいよう。セカンド前のレイドボスは半数近くが自由行動しておるしな」
『自由すぎる。君達がそんなだからこっちに皺寄せが来ているんだよ。"焔鬼大王"に至っては人間だったとか』
「どうせ突破されたセキュリティだ。我にはそれより優先すべき事がある」
『優先……?』
「これより悠久の時を、我々はどう生きるべきか……だな」
小さな小さな邪竜は、カズハに撫でられながらも威厳たっぷりに続ける。
「例えば【Blueearth】が【NewWorld】を支配したとて、この【Blueearth】が消滅する事は無い。
新たなる【NewWorld】のセキュリティシステムが天知調によって開発され使われる。既に【Blueearth】に紐付けられた我々の出番は無い。
我々に残されているのは、レイドボスという決められた役割を永遠に、自我を持った上で遂行し続ける地獄のみであろうよ」
……それはそうかもしれない。
【NewWorld】のセキュリティは【Blueearth】でレイドボスとなり、その膨大なデータから自我を生む。
そうして生まれたばかりの私でさえ……。
『それが嫌だから抵抗したのだけれど』
「たわけ。抵抗しても無駄だ。冒険者とかいう連中はな、幾ら追い払っても羽虫の如く湧き出ずるものなのだ。
なればこそ、我はカズハに──【夜明けの月】に賭けた。
【夜明けの月】の最終目標は【Blueearth】の支配にある。やがて天知調と交渉する事となろう。
我はその時に、レイドボスに押し込められた同胞達の救済を求めるつもりだ」
「そうだったんだ。お姉さん初耳」
「言っておらなんだ。言う相手もいなかったしな。
……宝珠を失ったのなれば、これから永いぞ。まだレイドボスもセキュリティシステムも手放していない貴様は、割と自由であろう。せいぜい暇潰しを探す事だな」
……なんと。
流石は先人。そこまで考えていたとは。
『……では。君が我々を救済してくれるまで、適当に暇潰しでもしていよう』
「おぉそうしろ。我が貴様らを救ってやろう」
「偉い偉い」
「あふぅーんそこそこ……」
撫で回されているぞ邪竜。
偉そうな事言って、カズハにゾッコンなんじゃないのか?
「それはそうだ。文句あるか」
『心を読むな。勝手にしたまえよ』
──◇──
スペード……ジョーカーはタルタルナンバンとの取材中。監視にメアリーとゴーストが付いている。
カズハ……というか"エルダー・ワン"は、"ヘヴンズマキナ"に顔出しに行っている。
他のメンバーもそれぞれ自由時間だ。俺も自由にエンジュの……主要地である分厚い雲の、裏側を探索している。
「何でこんな事に付き合わなくちゃならねーのです」
「ミカンの力があればどこへでも行けるからな。助かる」
風船に乗ったミカンがだるだるとうつ伏せになって浮かんでいる。
──ミカンの想像力と建築スキルがあれば、こんな明らかに行かない場所も行ける。現在俺はミカンの作ってくれた足場を使いながら雲の裏側にいた。
「……これ目的あるんです?」
「ある。白の宝珠に対応した空間作用スキル用アイテムを探すためにはな」
スワンが使っていた"赤髑髏"。俺が持っていただけで【曙光海棠花幷】が使えた。
赤の宝珠はヒガルで【セカンド連合】から勝ち取ったものだ。そして今俺は二つの宝珠を持っている。
今手に入れたばかりの白の宝珠対応アイテムを探すならば今しかない。目立つところは【飢餓の爪傭兵団:エンジュ支部】のマーモットに頼んだから、このあたりのまず人の来れなさそうな所を探している訳だ。
「あー、ほらライズさん。"ヘヴンズマキナ"の所にカズハちゃんがいるのです」
「"エルダー・ワン"が話したがってたからな。そうだろうよ」
「いいのです? カズハちゃんを一人にして」
「"エルダー・ワン"がいるだろうよ。あいつは俺たちを裏切らないって」
「所詮は化け物だと思うのです。そこまで何故レイドボスを信じるのです?」
「信じてるのはレイドボスじゃなくて"エルダー・ワン"な。あいつも【夜明けの月】の仲間だ」
大所帯になったもんだなぁ。セキュリティシステムからバグまで手広く扱わせていただいております。
「信じると言えばスペードなのです。アレ本当に置いておくつもりなのです?」
「メアリーが決めたからな。どうにも無害そうだし」
「無害な訳ねーのです。バグですよ。しかも前科持ち」
「その辺はメアリーが一番良くわかってるだろうよ。でもお互い利用するしかないんだ」
遂にセカンド階層。最前線は170階層だからまだ半分もいってないが、そろそろ考えないといけない頃だ。
……最終到達点の話。天知調との交渉の話を。
トップランカーを倒し、階層攻略の全権を掌握。冒険者が階層攻略しないのならば【Blueearth】は【NewWorld】を侵略できない。
そのカードで天知調を交渉のテーブルに引き摺り出す。大枠の狙いはこんなものだ。
スペードという存在は一石二鳥。交渉の材料となりつつ、【Blueearth】支配後の敵となるバグと関わる事ができる。先を見ればここで抑えたいのはわかる。
「……色々と腹に秘めたものはあるが、それはそれとして一緒にいるからには仲良くしたいよな」
「これまでの連中と同じ扱いは危険なのです。今回は向こうに悪意があるのですよ。適当ぶっこいて危険を呼び込むのはナシなのです」
「心配してくれてありがとうな。そういう視点助かるわ」
「じゃかーしぃのです。……ん。ライズさん、あっちに何かあるのです」
「ははは。話題逸らすのが下手だなぁ。そんなお前の見える位置に何かある訳ないだろう」
振り向き見れば。
雲の隙間から白い鈴。
……あるやんけ!
──◇──
──────
【夜明けの月】新メンバー:ジョーカー
ローグ系第3職【ソードダンサー】
昨今【セカンド連合】から名指しで敵視されている【夜明けの月】が用意した秘密兵器とのこと。【セカンド連合】対策として経歴は伏せられており、名前も偽名であるそうです。
【夜明けの月】のお得意戦術である高速アタッカーにして、これまた【夜明けの月】のお得意戦術である謎の技術を使いこなす……予定、らしいです!
先日の"白天宝珠争奪戦"ではそこまで活躍できなかったとの事で、実際の実力は未知数。今後に期待がかかります!
──────
「……じゃあナンバン。絶対に言っちゃダメよ」
「守秘義務は守りますよ! ……ウチに抱えきれる情報なのかは怪しいですが」
取材を終えて内容確認。
ジョーカーがうっかりスペードなんて言ったからてんやわんやだったけど、タルタルナンバンだったから何とかなったわ。流石はマスコミの良心。
……とはいえ。バレるのも時間の問題かしら。
ナンバンは味方でもあるし敵でもある、微妙な位置の友人。あまり情報を与えるのはお互いに良いことじゃないわね。
「おおーい。空間作用スキル用のアイテム見つけたぞー」
良くないっつってんでしょうが!!!!!
──◇──
"白天燐鈴"
ライズが獲得した、所謂空間作用スキルを発動するためのキーアイテム。
「ナンバンにはそれの事は伝えていい事にしたわ。未発見のままなら【セカンド連合】の人員を割く事も出来るだろうけれど……ナンバンも何かしらの手土産がなくっちゃね」
「そうだな。別にバレたから何だって話だし」
現在は東ステージの上。【飢餓の爪傭兵団:エンジュ支部】の有志を募って、空間作用スキルの実験をする事になった。やはり皆興味津々だな。
「白の宝珠は最初にジョージが手に入れて、今はライズが持ってるのよね。だったら二人だけがこの鈴を使えるのかしら」
「そうだな。マーモット! ちょっと【決闘】付き合ってくれ」
「勿論ですぜ。有効人数の調査も必要でしょう? こっちゃ20人は出せますぜ」
「頼りになるな。早速やるか」
──光の円がステージを包む。
とはいえ戦うつもりは無いんだが。
「"赤髑髏"の時は……アイテムの使用だけで使えたな」
"白天燐鈴"を……使う。
天に掲げる。
振る。
地面に叩きつける。
「……使えねぇ」
「では俺が代わろう。ライズ君、鈴を」
ジョージに鈴を手渡した、その瞬間──ジョージが何かに気付く。
「……おっ。使えそうだよ。使い方が脳裏に浮かぶ。
どれ──【白曇の渦毱】」
ジョージの宣言と同時に──視界が広がる。
一面の空。雲海の上。
そこに──落下する俺たち。
「……落ちる落ちる! ジョージ!」
「ご、ごめんごめん。解除!」
一瞬だったが、唐突な浮遊感。【飢餓の爪傭兵団:エンジュ支部】の皆もへたり込んでいた。
「びっくりしたー……。じゃあもっかいやるか」
「ライズさん正気っすか」
「まだ何もわからないからな。人数制限とか出来るのかもわからないし。もう少し付き合えよ、紐なしバンジー体験会」
「なんで具体的に言うんすか。怖すぎる」
「まぁまぁ。男を見せな」
「……それ言われちゃあ断れんですね。野郎ども!とことん付き合うぞォ!」
「「「うぃーす」」」
やる気無ぇなぁ。
──その後繰り返す事十数回。
俺達はステージのど真ん中で紐なしの自由落下を楽しんだ。
その後地上を歩くのに影響が残った。
〜その者達、自由につき2〜
【首無し】のカズィブだ。
今日は【喫茶シャム猫】の動向を監視していこうと思う。
ここは【第30階層 氷結都市クリック】。
【喫茶シャム猫】はここのテナントの一つを借りているが……残念ながら店ではなく倉庫としての運用をしている。
とはいえ連中にとっては始まりの地だ。【喫茶シャム猫】はここで売れない喫茶店を営んでいた二人が始めたものだからな。
現在の【喫茶シャム猫】構成員は8名。今見えているのは4人。
「ここまで帰ってくるのも久しぶりであるな!」
──ギルドマスター"巧遅拙速"のシャム。
あらゆる所でクソ不味いコーヒーを押し付けてくる要注意人物。階層によっては指名手配されている。
「そうでコックねぇ。前回とは風景も様変わりしたでコックが……」
"厨房の破壊神"ことディザスター。
一度厨房に立てば爆発事故によるペナルティ、ついでにPKまで発展した超危険人物。こいつがここで店を構えていたという恐ろしい事実がある。前科16犯、投獄歴2回4ヶ月。
「ええと、ええと……最近リニューアルした、みたいですね。旧テナント群の位置も……パンフレットに。
【喫茶シャム猫】の特攻隊長にして紅一点。【ラピッドシューター】のスティング。
大人しげな言動ながら、敵に急接近して手数で蜂の巣にする容赦ない戦闘スタイルだ。超近接最高火力スキル【ゼロトリガー】の5連射が可能な唯一の冒険者。アレは反動がデカすぎてなかなか連射できないんだが。
「イエティ達のために広くしたんだと……ぐぅおおおお!!!!泣けるぜぇぇぇ!!!!!!」
馬鹿うるさい大柄な男はマッシブハンド。ジョブは【ドクター】で、回復支援要員。いやスティングと逆すぎるだろう。その見た目で後衛なのかよ。
……とまぁ、こんなコソコソしなくても勝手に目立ってくれる連中なんだが……油断はできない。あれでいて計算ずくの可能性は捨てきれない。
さて、恐らくはテナントの前に辿り着いたのだろうが……動かない。誰かを待っているのか?
「……開かない。ディザスター! 鍵は?」
「鍵穴はここにありますね。ここが弱点でコックよスティング」
「はい! 撃ちます!」
なんでだ。
問答する間もなく鍵穴に銃弾をぶちこむスティング。
当然"アイスライクサプライズモール"のセキュリティ警報が鳴り響く。
「ぬっ! ずらかるぞ野郎ども!」
「いえ、ここは迎え討ちましょう。我々の部屋に我々が入れないという事自体が間違いだと……思いませんか?」
思わねーよ。鍵を挿せよ。お前が今手に持っている鍵を挿せよ!あるじゃねーか普通に!
「道理である! さぁこい警備員!」
「うおおおおお!!!!! 腕が落ちたら俺の所に来いよ!!!」
もう少し前に治療しろよ。なんなんだこいつら。
「【アルカトラズ】"拿捕"の輩 白き劔のブランだ。不届者というのは彼らでいいのかな?」
「総員撤退ーーーー!!!!!」
……あ、捕まった。
さて、転属願いでも書くか。




