210.黒き闇よりおはようございます
【第80階層 天上雲海エンジュ】
宝珠獲得クエスト"機巧天の試練"
"ヘヴンズマキナ"は画策する。
エンジュのレイドボスとして、"機巧天の試練"を発行してしまえばいずれはクリアされてしまう。
一度しか攻略できないクエストはあれど、一度しか挑戦できないクエストは存在しない。今時後戻りできない要素をオンラインゲームに実装する事は出来ない。
その絶対則を遵守した上で好き勝手したのが"スフィアーロッド"。故に"ヘヴンズマキナ"の行動もまた、彼をなぞる事となっていた。
即ち、難易度を激増させ攻略不可能とする。僅か30階層にして百を超える数の100レベルオーバーの冒険者をかき集めてやっと攻略出来た"イエティ王争奪戦"は、あの時あの瞬間に攻略できていなければ2度と攻略出来なくなっていただろう。
"ヘヴンズマキナ"はその失敗を学ぶ。一重に彼が敗れたのは──色々と身を削った自爆もあるが──冒険者に十全な準備をさせてしまった事だ。
故に"白天宝珠争奪戦"では数を絞った。僅か8名で、半ばステージギミックと化した"ヘヴンズマキナ"を討伐するというのは難しい。
が、"ヘヴンズマキナ"としても懸念点はあった。レイドボスとしての"ヘヴンズマキナ"はあまりに巨大すぎて、戦闘する事を考慮されていない。
本来の"白天宝珠争奪戦"は、"ヘヴンズマキナ"からの問いを一つ一つクリアしていくシステム。メカ大仏ビームは直接宝珠を奪おうとする者へのペナルティ用のものだ。
その辺りを捻じ曲げ、最後の"問い"を"直接戦闘"とした。即ち大仏ビームは宝珠を奪わんとする不届者に撃ち込める。
その代償として、本当に額の宝珠が取り外せるようになってしまった。
故に、"ヘヴンズマキナ"は意地悪なルールを幾つも考えていた。このルールでは【エリアルーラー】……メアリーが強すぎる。なんとしてでも脱落させようとしていた。
のだが、まさか自ら捕まってくれるとは。
初戦のクローバーの活躍に目を奪われ、目先の脅威であるメアリーが脱落してくれた。既に"ヘヴンズマキナ"の気分は有頂天であり、セキュリティシステムとかレイドボスとしての本分も忘れかけていた。
……だから、己が腹に毒蟲を迎え入れた事にも気付いていないのだ。
──◇──
──中央部
ツバキ&アイコ
中央の大きめの雲に取り残された私とツバキちゃん。
想定外の広範囲攻撃──例えば【サテライトキャノン】の奇襲──を受けた際のマニュアル。
近くの後衛職を庇い守るのが私の役割。一番近くにいたツバキちゃんとミカンちゃんを咄嗟に掴みましたが、ミカンちゃんは途中で逸れてしまいました。無事だといいんですけれど……。
ともかく。位置が悪すぎます。エンジネルさん達が大注目。リンリンちゃんかミカンちゃんがいない中でどこまでツバキちゃんを守れるでしょうか。
「……アイコ。あたしを守ろうって?」
後ろから私の背中にそっと手を当てて、ツバキちゃんが前に出ます。
「あたしの事、まだわかってないわねアイコ。あたしとアナタで、みんなを守るのよ?」
黒い杖を"ヘヴンズマキナ"に向けて、ツバキちゃんは妖しく微笑う。
「──【更地の松】でアイコを呪ったわ。周囲からのターゲット集中と防御力上昇の……"不死身の呪い"ね。
【死期看取る屍鬼】で辺り一帯を呪ったわ。相手は銃火器だから……遠距離攻撃が減速する呪いよ。あたしも魔法で火力支援出来なくなるし、アイコも蒼の"仙力"を飛ばさない方がいいわ。
【無気力の霧】でスキル以外のダメージも削っておくわね」
次々と。
有効範囲半径100mいっぱいに、幾つもの呪いを重なるツバキちゃん。
エンジネル達が私に注目しています。百は超えるであろう数が。
「ここでエンジネルを集まるわ。やるわよアイコ」
「……わかりました。ありがとう、ツバキちゃん」
簡単な事ではない筈です。
【呪術師】はあらゆる呪物や儀式、継続的なMP消費や果ては自らを呪う事で呪いを使いこなしますが……一人で10を超える呪いを管理できるのはツバキちゃんくらいなものらしいです。
流石はライズさんの御同輩。ジョージさんの娘さん。無意識に守るものとして見ていましたが──私よりもずっと強いのかもしれません。
「──では、行きます!」
速度が落ちている中で銃弾やミサイルを掻い潜り、打ち落とし。
倒すのではなく、注目を浴びる。少し嬉しいです。
ゲームとはいえ誰かを屠るというのは、宜しくないと思っていましたので──
──◇──
──西側
ライズ&リンリン&カズハ
中央にアイコとツバキを確認。
更に遠くに"ぷてら弐号"を確認。
大体の位置はわかった。これからの方針も。
「カズハ! 中央部に増援はいらない。俺たちは"ヘヴンズマキナ"本体要員だ! そのまま前進!」
「りょーかい! ごめんね、失礼するよ──【虚空一閃】!」
空を飛び交い、エンジネルを撃墜しながら先へ進むカズハ。
殆どのエンジネルがカズハと中央組と"ぷてら弐号"に集まっているからこっちの負担は軽い。リンリンもいるし。
だが、そうなると心配なのは"ヘヴンズマキナ"。
あいつはあの大仏ビームがあるからな。あれ1発で一気に巻き返せる。
……ここは、一つやるか。
「リンリン。あの大仏ビーム、スキル込みで受けたよな。損傷は?」
「盾や【ワイドシャッター】による物理障害の貫通は無し、地形破壊あり、防御補正を無視しない【サテライトキャノン】の弱い版……といった体感です。範囲は桁違いですけれどぉ……。
……片手盾では受けられませんから、やるなら考慮を」
考える事は同じか。
リンリンとは【Blueearth】でも希少な大盾使い仲間。色んな戦術をよく談義していたので、今からやろうとしている事も分かっているみたいだ。
リンリンが大盾【オールブルー】を構え──【天国送り】を装備し重力が軽減した俺が、盾に飛び乗る。
「射出します!──【シールドバッシュ】!」
盾によるプッシュ攻撃。味方なのでダメージは発生しないが──俺を高く高く、"ヘヴンズマキナ"の目の前へ打ち飛ばす!
『──来たか! いい的だ!』
周囲のエンジネルが全部他に集まっている。"ヘヴンズマキナ"は俺を撃ち落とすために攻撃するしかない。
口が開き、砲門が俺を狙う──
「【スイッチ】──【煉獄の闔】!」
自由なタイミングで呼び出せる【スイッチヒッター】だからこそ可能な、空中防御!
大仏ビームをその身で受けるが──リンリンの言う通り、そこまでのダメージじゃない。専門職じゃない俺でも余裕で受けられる──!
『ならばこうだ!』
大仏の肩が開く。胸が開く。目が伸びる。
口のそれ程のサイズでは無いが、無数の砲門が俺を向く。
「もう大仏の原型無ぇじゃねーかバカ!」
『何とでも言え! レイドボスに冒険者が勝てる訳が無いだろう!』
それは流石に想定外!
……受けるしか、無いか──
『……っ! まさか、何処から──ぐうっ!』
無数の砲門から、いや"ヘヴンズマキナ"の体中の隙間から──黒の煙が吹き出す。
落下する最中、俺は見た。
「なんだよ。初めましてか?」
「いやいや。毎日会っているじゃないか」
"ヘヴンズマキナ"の肩から姿を現したのは──【Blueearth】最大の敵。
バグの親玉。スペードがそこに立っていた。
──◇──
──しばらく前。
"ヘヴンズマキナ"の腹内部
メアリー達の籠
「【草の根】と【夜明けの月】の戦闘と、"ヘヴンズマキナ"との戦闘は地続きになってるわ。でないとわざわざ"戦闘不可状態"なんて作らないし」
"ヘヴンズマキナ"は非現実的メカだからドロシーじゃ心を読めない。でもあたしならわかるわ。
"スフィアーロッド"と同じ。自我生まれたての小悪党なんて何考えてるかすぐわかるもの。
「このまま"ヘヴンズマキナ"戦に繋がった場合、ここはかなりいい位置よ。敵の腹の中なんだもの」
「あー……つまり、ダメージ0ってだけで妨害ならできるって事か? この檻を抜けて?」
「そうよ。他にも色々あるけれどね。このメンバーにした理由は」
レイドボス単独突破の実績を持つ化け物クローバーと、対巨大戦闘でネックとなる長距離移動を数秒で解決しちゃうあたし。ここを早期に脱落させれば"ヘヴンズマキナ"の油断も誘えるでしょ。
そこに本命のゴーストとスペードを巻き込みやすく出来るし。
「……じゃ、そろそろね。クローバー。
あの弾丸で──スペードを撃ちなさい」
「──それは……いいのか?」
スペードもびっくりしてるけど、今のスペードはきっとマジで何も分かってないのよね。
スペードから"焔鬼大王"へ、"焔鬼大王"からクローバーへ託された弾丸には──【至高帝国】スペードの記録が残されている。これをスペードに撃ち込むという事は、色々と最悪のシナリオも想像できちゃうけれど。
「いいわ。ここでスペードを蘇らせる。そのために……スペード」
「は、はい。僕はどうすればいい?」
「アンタの中にいる【至高帝国】のスペードを叩き起こしなさい。ドロシーに読まれないようにスリープとかしてるんでしょどうせ。今のアンタが出来ないならクローバーに蜂の巣にさせるわよ」
「マスター。それは私がやります。斬り刻みます」
「いやいや手を煩わせねぇよ。元部下として俺が跡形も無く消滅させるぜ」
あら。どっちも魅力的。
……と。
スペードの様子が、雰囲気が変わる。
「……降参だ。全部バレてるなんてね」
「アンタが【至高帝国】のスペードで間違い無いのね?」
外見はいつもの少年だけれど。物々しい雰囲気ながら、お姉ちゃんみたいな優しさを醸し出していて……気持ち悪いわ。
「いやはや流石は天知調の妹だよ。だが解せない。そこまで分かっていて、何で僕を復活させようとする?」
「おいスペード。まず俺にごめんなさいしろ」
「あ、うん。ごめんね。
……えっと、そう。僕は【Blueearth】のバグそのもの。かつてウィード階層で【夜明けの月】を幽閉し"テンペストクロー"を仕掛けたのも、フリーズ階層で"スフィアーロッド"を唆したのも僕だよ」
「ハートとダイヤにもごめんなさいしろ」
「あ、うん。そのうち必ず。
……ちょっとちゃんと黒幕やりたいから黙っててくれない?」
「似合わねぇー」
「そんなぁ」
……威厳が無さすぎるわね。
「こっちで仕切るわ。まず、今のアンタは【至高帝国】の記憶をしっかり持っているけどバグの力は無い。じゃないとお姉ちゃんの検査を潜れないものね」
「あっ、うん。それはそう」
「それで、その弾丸の中のデータもただの風景画像。こっちもお姉ちゃんの検査突破済み。
でも【至高帝国】の記憶を今持ってるなら不要なデータよね。つまりこれは地図じゃないの? アンタが隠したバグの居場所とかを指し示すような、さ」
「……ええーと、どうだろうねぇ。ふふん」
「クローバー」
「あいよ」
「脚を撃ったね!? いとも容易く!」
「次頭な」
「ツーアウトでおしまい!?」
脅し程度に、ってつもりだったんだけど。まぁその辺はクローバーに任せるわ。
「そうだよぉ。その弾丸から手に入るのはバグの位置図。言っておくけど写ってる場所にある訳じゃないからね。僕が見てようやくわかる……はずだから。全然覚えてないけれどさ」
「つまりこれを撃ち込まれてもすぐにバグの親玉に返り咲く事は出来ないのよね?」
「まぁそれはそう」
「でも、バグの使い方は取り戻すんじゃない?」
「……それも、そうだよ。でないとバグを取り戻す事が出来ない訳だからね」
「それで充分よ」
仮説は上々。後は実行よ。
「アンタは【夜明けの月】を踏み台にしようとして取り入ったみたいだけれど、残念だったわね。
【夜明けの月】は来る者は選び、去る者は絶対に逃がさない。バグだろうと何だろうと……搾り取ってやるわ」
「えぇー……僕、選択ミスった?」
「相応にな。そういう所がスペードらしいな」
「そんなぁ」
さぁ、盤上をひっくり返すわよ。
──【夜明けの月】進軍!
〜かしましめしませ大会議2〜
【ダーククラウド】シーナ
【月面飛行】アラカルト
【飢餓の爪傭兵団】ブラウザ
ブラウザです。
謎のメンバーで女子会と称してはいますが、実態は腹の探り合いでしょう。
何せ起案者のシーナはかなりの切れ者。破竹の勢いで階層攻略を進められたのは彼女のマネジメント能力があっての事でしょう。
特に最近抜かされたアラカルトは警戒している事でしょう。その証拠にスコーンかじり始めました。飲み物無いのに。パッサパサですよ。
私もまた、シーナの事を警戒しています。この空気で女子会など、舐めた事を言ってくれる──
「では──自分のギルドマスターについて、愚痴ったりしましょうそうしましょう」
──◇──
〜数分後
──◇──
「アカツキのアホは本当にもうご存知の通りよ。同じギルドメンバーとして恥ずかしいわ。昨晩に指示した事を翌朝忘れてるなんてしょっちゅうよ」
「ウルフも似たようなものです。莫大な人数の【飢餓の爪傭兵団】を維持するためにあれやこれや考えているのに、横から全部台無しにしてきて……」
「超理解。ハヤテはなんかこう……"なんやかんやお前がなんとかしてくれるだろ"みたいな一方的な信頼を押し付けてくるというか」
「「超わかる」」
……はっ。しまった。普通に盛り上がってしまった。
これがシーナの話術ですか。的確に盛り上がらざるを得ない話題を投げてきましたね。
「要するにこっちに丸投げなんですよ。そのくせカリスマがあるというか、表向きのリーダーはあっちだから手柄が取られるというか」
「わかる。わかるわブラウザさん。アカツキのアホも面倒事は丸投げするくせに"俺はギルドマスターだぞ"って口癖なのよもうアレは」
「わかります。最終的に切れるクソ強カードがあるからって好き勝手言うんですよ。やはり下剋上。下剋上しか勝たん」
「実際それをやってるのがアラカルトさんですよね」
「そうね。私、ガチでギルドマスターの地位を奪うつもりだから」
「私もいつか乗っ取りたいですけどね【飢餓の爪傭兵団】。それはそれで面倒というか、そこまでできる気がしないというか……」
「いやいや行けますよサティス。現状財布番している者こそが頂点に相応しい。三国同盟下剋上です」
「そうですよブラウザさん。一緒にやりましょうよ下剋上」
「えぇ〜? どうしようかな〜」
……くそう。楽しい。
「……私はともかく、シーナさんの所はどうなんですか。【ダーククラウド】のリーダー……ハヤテはまだ奔放じゃない方というか、マトモそうですが」
「マトモなフリをしてるだけです。実際はやりたい放題。あっちこっち自分の好き勝手動くくせに方向音痴なので。回収する時間が足りない。勿体ない」
「ええ〜意外〜」
外面がいいと言うべきかどうか。
しかしシーナさんが困っているのなら間違い無い。やはりギルドマスターなど碌な奴がやらないものですね。
「まぁ……結局は上に立つというより、下から利用する方が楽ですね」
「えぇー謙虚すぎじゃないブラウザさん。確かに一番美味しいポジションかもしれないけれど……」
「色々とちょろまかしてもバレない立場ですからね、お互いに。しかしなんだかんだ現状維持を続けていけばやがて……」
「うーん。やっぱり倒すか。アカツキ」
「おおっと決意表明。これは歴史的瞬間ですね。メモメモ」
「アラカルトは毎度の事じゃないですか。宣戦布告。
というかよくクビになりませんね」
「単純な事よ。アカツキを骨抜きにしてるから」
「えっそれはアダルトな意味で?」
「いいえ胃袋的な意味で。アカツキをそういう対象には見れないわね」
「流石不人気No.1。春は遠いようですねアカツキ。南無」
餌付け。
……そういうのもアリですか。考えておきましょう。
──◇──
「嫌な気配がするぜぇ」
「ウルフも? ボクも何か後ろ寒くてね」
「おぉハヤテもか。……晩飯よォ、ちょっと探しに行こうぜ」
「いいね。何となく今日の晩御飯は家で食べたく無いんだ」
「俺も危険予知信号が出てるぜェ。野性の勘だぜ」
「頼れるね。行こう行こう」




