199.天の上に立つは仏
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煉獄を抜け天へと昇る。
先は見えない。雲海の下に広がる世界は誰も望まない。
だが、冒険者は平穏を捨てる。
既に退路は無く、我々は進むのみ。
──ここは【第80階層 天上雲海エンジュ】
空の果て。地獄の入口。
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雲の上。
寺院がそこらに建てられて、まるで天国ね。
落ち着く雰囲気。風も心地よい……
「いらっしゃいませぇぇぇぇ!」
うるさい。
何なのよ。何なんなのよ。
転移ゲートの前には、大量の冒険者。
知ってる顔もそこそこ。かつて30階層でお世話になった【草の根】の皆と向かい合って立ちはだかるは知らない人達。多分こっちが【飢餓の爪傭兵団:エンジュ支部】の人達。
「オラァ! 役者は揃った! 今こそベル社長の伝言通り! 正々堂々と勝負だ【セカンド連合】ォ!」
「オウオウやったるわ愛しのお嬢様に逃げられた【鼠花火】のシャバ僧共がよォ! 蜘蛛の子散らしな逃げ腰がよォ!」
「んだとコラ!リューゲは関係ないだろクソが!」
……片方は知ってるわ。バロウズ支部のヘロンさん。クリックの騒動の後本部と合流してセカンド階層に入ったって聞いたけど、こんな所にいたのね。
「……お前ら。我らがマスターを置いてきぼりにして話を進めるのか?」
「へい! 失礼しやした」
【飢餓の爪傭兵団:エンジュ支部】側が全員下がった。なんでこう……【朝露連合】の時といい、あたしの部下ってのはチンピラ臭くなるのよ。
てか【飢餓の爪傭兵団】の人よね? 何故かあたしに従ってるけど。
「……やあライズさん。結婚しよう」
【草の根】側から現れた男装の麗人、ギルドマスターのスワン。まーたストレートに好意を投げてるのにライズには暖簾に腕押しね。
「んんーあの時とは事情が変わりましてその手の質問は後ろが怖いのでご容赦をスワンさん。ツバキ、尻に杖を刺さないでくれ」
「やっほ、スワンちゃん。今日も乙女してるね」
「カズハ! バロウズの件も聞いていたよ。無事で良かった」
「ありがと。ライズ君との事、お姉さんは応援してるからね?」
「ははは。今や私よりライズさんの近くにいるけどねカズハ。信じていいのかな?」
「勿論!」
和気藹々。よね?
とにかく、到着するや否やいきなり抗争が始まりそうな雰囲気。状況を把握しないと。
『……来たね、"焔鬼大王"が噂していた【夜明けの月】』
──背後。頭上?
見上げてみると──
巨大なメカ大仏が、こちらを見下ろしていた。
"焔鬼大王"より更に大きい!雲に隠れて上半身しか見えないのに!
「生で見るのは初めてだ。あんたがヘヴン階層のレイドボス──"ヘヴンズマキナ"か」
『そうだよ。よろしくで大仏』
フランク。そして無理のある語尾。
「説明するよライズさん。今、エンジュの宝珠は──"ヘヴンズマキナ"が持っているんだ」
『そう。ここにあるよ。おでこ』
"ヘヴンズマキナ"のおでこに輝くちっっっっちゃい白の宝珠。見える所にあるじゃないの。
『宝珠をようやっと冒険者が集めていると聞いてね。"焔鬼大王"がいらない事をしてくれた。だから私がちょっと軌道修正をしないとね』
「修正?」
『状況は把握しているよ。君達がどうなろうと、結局あのクエストは攻略されてしまうんだろう?』
……そっか。この可能性は考慮してなかった。
宝珠とレイドボスは深い関係にある。そしてレイドボスは基本的に【NewWorld】のセキュリティ由来──つまるところ、冒険者の敵。
これまで有効的か中立のレイドボスばかり相手にしていたから忘れてた。
もしも"焔鬼大王"のように拠点階層に直接介入できるレイドボスがいたのなら、どうなるか。"焔鬼大王"はそれの対策としてお姉ちゃんの協力者である那桐傘座を"焔鬼大王"に入れたんだもの。
『クエストは攻略させない。私は発行する最後の民間クエスト──"機巧天の試練"は、【夜明けの月】か【草の根】のどちらかが倒れるまで発行しないよ』
──そりゃ阻止するわよね。冒険者のパワーアップなんて!
──◇──
【朝露連合】天国フェス会場
"ヘヴンズマキナ"に向けて設置されているステージの一つ。これが今の【飢餓の爪傭兵団:エンジュ支部】のアジトらしい。
とりあえず解散して【朝露連合】のセーフティエリアに案内してもらったのだが、まさかの【飢餓の爪傭兵団:エンジュ支部】の本拠地。大丈夫なのか?
先ほど【草の根】に食ってかかっていたパンクなファッション……なのに着物を羽織っているオールバックの青年は。今の【飢餓の爪傭兵団:エンジュ支部】の代表の1人らしい。
「リューゲが世話になったと聞きました。俺ぁ元は【鼠花火】というチャチなギルドやらせてもらってました、【飢餓の爪傭兵団:エンジュ支部】幹部のマーモットです。
ベル社長から聞いてます。【セカンド連合】の奴らに監視されない場所ってんならこのステージ下の控室を使ってくだせぇ。場所こそ控室ですが、社長こだわりの空間ですんで。不足あれば俺に願います。切腹するんで」
「切腹しないで。ありがとうねマーモット。
それで、現状を聞かせてくれる?」
正座で待機するマーモット。色々と聞きたい事はあるが、思ったより正確な情報を得られそうだ。
「へい。まずこちらのステージは"ヘヴンズマキナ"に捧げる音楽ライブ用のものです。エンジュではここから"ヘヴンズマキナ"側に行くと裁きを受けるんで、ガッツリ屋外ですが見える位置からの監視はあり得ないんで。
……"ヘヴンズマキナ"も普段はこっちに興味がないらしく、1日のほとんどをああやってぼーっと探しています」
見れば先程の風格も無く、"ヘヴンズマキナ"は本当に普通の大仏のように佇んでいる。不気味だが。
「これまでは殆ど無干渉だった"ヘヴンズマキナ"ですが、アゲハの姉御がライブを開いたところ反応があり。それ以来【満月】はエンジュの実権を握りました。
俺もその時ベースで参加させて貰いまして、新人ながら【飢餓の爪傭兵団:エンジュ支部】の幹部に昇格しまして。てなもんで俺や元【鼠花火】のメンバーからしたら【満月】及び【夜明けの月】は恩人。本部からのお叱りは多少は聞き流すんで、何でも頼ってくだせぇ」
うーん、アゲハだったか。これは予想外。
とにかく、棚からぼたもち。使えるもんは使っておこう。
「んで、宝珠ですね。【セカンド連合】のゴタゴタが始まって、このエンジュにも【セカンド連合】の連中がズカズカと入ってきやがって……いい気分じゃないんですよ、【月面飛行】のおこぼれに預かって偉そうに。そんな最中、ベル社長が颯爽とエンジュを支配して、【セカンド連合】の殆どを追い出したんです。
宝珠を探索する事自体は冒険者全体の利になるんで、【草の根】だけは通行を許可していまして。そんで"ヘヴンズマキナ"意思疎通が出来るようになった事もあって、ようやくエンジュも宝珠を手に入れられそうだ!ってなったタイミングで──」
「"ヘヴンズマキナ"が拒否したのね、民間クエストの発行を」
宝珠を発行するクエストの発注者がレイドボスならば、そのレイドボスが【NewWorld】セキュリティシステムとしての自我に目覚めていたとしたら。そりゃあ妨害するだろう。やっとこさ攻略が止まっているというのに、全ての冒険者が突然強くなり始めるのだから。
エンジュの"ヘヴンズマキナ"の噂はちゃんと聞いていたし、情報も集めていた。冒険者にはほぼ不干渉と聞いていた。
挙動的に自我を得たのはここ最近か。あるいはアゲハのライブで初めて自我が芽生えたのか? 音楽の力ってすげー。
「それで、出された条件が……最後の民間クエスト"機巧天の試練"の受注権ねぇ。でもさ、そんなに困らないわよねぇ?」
ツバキがジョージを抱えて一言。
「元より宝珠は宝珠を持っていないと冒険者間では取引出来ないんでしょ? 【草の根】に勝てればこっちは2つ持ち、負けたら宝珠を賭けてもう一度戦って勝ち取るだけじゃないの?
【草の根】だって宝珠を手に入れてやっとあたし達【夜明けの月】から宝珠を奪うチャンスを得られるんだから。それも一度勝った相手。受けてくれると思うんだけどねぇ?」
……それもそうだ。
確かにそこまで深く考える事じゃないな。もし【草の根】が宝珠を手に入れて俺達と戦わず逃げたとしても、こっちの宝珠が消える訳じゃないからな。
「こっちは【草の根】に勝つだけ。それも一回負けたとしてももう一度チャンスがある。秘密の特訓の成果もまだ非公表なんだから、そう負ける事は無いだろうね」
「ねーパパ」
「え、パパ?」
「あまりお気になさらず……」
「あぁどうもお嬢さん」
「いえ僕は男ですが」
「?????」
ややこしくするな。
──◇──
──ステージ下控室
【夜明けの月】仮拠点
案内役のマーモットには一旦帰ってもらい、【夜明けの月】だけで入る。
「……広っ!」
座席下と呼ぶべきか、かなり広い空間だ。宿の代わりとして機能するベッドも用意されているし、幾つかの部屋もある。
「これはいいな。【満月】を先行させる作戦が上手く行ってる。【バレルロード】が付いてくれているのがデカいな」
「ゴリゴリに【真紅道】と縁のある【バレルロード】に喧嘩は売りたく無いものね。実力だって充分だし」
おおソファがふっかふか。ここら辺の雲で出来ているのか。
「……さて、じゃあ改めてどうするか、だ」
「宝珠はここで手に入れておきたいわ。純粋に手に入るチャンスが二度もあるし。確実に確保したいわ」
「その辺で話を聞いておきたいのは……カズハ。あいつ起きてるか?」
「──ここにいるぞ」
カズハの肩に乗る手乗りドラゴン──【Blueearth】システム側の自我を持つレイドボス"エルダー・ワン"。
餅は餅屋。"ヘヴンズマキナ"の状況確認がしたい。
「"ヘヴンズマキナ"の事だな。自由人だらけのレイドボスの中でも、奴と"焔鬼大王"は珍しく真面目だった。セキュリティシステムとしての本分を通すために【Blueearth】側に一切出てこないくらいにはクソ真面目であった」
あー、成程。真面目な奴はそもそも【Blueearth】に出てこないのか。
「故に自我を得た奴がどのような行動に出るかは未知数ではあるが……断言できる事がある。
奴は必ずクエストを発行する。【Blueearth】に出てきた理由が何であれ、与えられたルールを守り切るのがあいつだ」
「そりゃ助かるな。自我なんてもんがあったらどうちゃぶ台返されるかわかったもんじゃねぇ。とはいえやっぱり基本的なルールを逸脱できねぇのは共通か。クリックの"スフィアーロッド"だって色々とズルしてきたが、行動の大筋はちゃんと設定されたシステム通りに進行させられてたしなぁ」
【Blueearth】に出なくては【Blueearth】を止める事は難しい。だが【Blueearth】に出てしまえば基本ルールを守らないといけない。なかなか難儀だなレイドボスも。"エルダー・ワン"のように丸投げもしないほど真面目なら、ちゃんとルールは守るって事か。
「その上で、奴は絶対クエストを成功させないように努力する。クエスト自体が発行されてしまえばいつかはクリアされてしまうからな。
例えばクエストの内容を多少変更するとかは出来るだろうが……そもそもクエストを始める前を仕留めた方が早い。今正にそうだが」
クエスト開始条件。確かに、これは人為的な変更がされている。【草の根】と【夜明けの月】どちらか、なんて名指しにも程がある。
「──しかし疑問だ。何故このタイミングで自我が芽生えた? あのクソ真面目な"ヘヴンズマキナ"が……」
「俺ぁわかるぜ。真面目なやつほど派手なライヴにハマるって奴だ。あるある」
まぁ確かにあるあるではあるが。
……だとしたら、めちゃくちゃ面白い奴だな"ヘヴンズマキナ"。
〜心温まる旅路3〜
【第10階層 大樹都市ドーラン】にて食べ歩き中。ハートである。
「"土落"! ここがサマーモールの出店通り! 色んなB級グルメがあの先までずぅーっと並んでます!」
"旬屋"【キャットピザ】の4人に連れられて来るは出店通り。祭りのようで胸が躍るな。
「おじ様、お腹の準備はいい? いっくよー!」
「うむ。胃袋の空きは万全よ。かかってこい!」
──◇──
レビュー:"猪肉のスパークソースがけ"
初の食感である。炭酸のごとく口で弾ける猪の肉!
曰くフォレスト階層名物"スタンシード"を活用しているとの事。かつては収集難易度から高級品として扱われていたが、どうにも最近は簡単な採取方法が見つかったようで、こうして料理にも活用されておるとは。素晴らしい。やや肉が硬めだが、これは噛めば噛むほど刺激が出てむしろ良い。歯応えと刺激を楽しむとは新感覚であった。
レビュー:"エルフジャムのトースト"
原住民エルフ直伝の三種の果物を混ぜた新感覚ジャム。熟成された味わいに驚いておったが、オレ様が頂いたのはなんと五百年物。なんと凄い。ジャムの熟成とは恐れ入る。
エルフは長寿故のズボラさがあるようで、熟成や長期保存といった技術に長けてしまうようになったとか。成程、転じて福となっている。
こんな豪華なトーストも無い。お土産用にピッタリなサイズも売っておったので幾つか購入しておいた。
レビュー:"アドレアップルパイ"
これはアドレでも有名なアドレアップルをふんだんに使ったパイである。しかしドーランには専門店が幾つもあり、日々切磋琢磨しているとか。確かにこの深みは一朝一夕では辿り着けんだろう。無論、アドレのものと甲乙つけ難いが。店の数だけ味わいが変わるのも、営業努力というものか。
レビュー:フェザーチップス
なんとも薄く揚げられたチップス。サクサク感がとても良い。驚くべきは、これが魔物料理であったという事だ!
虫魔物の翅を使ったものだと言うので驚きだ。虫料理は奇異で避けられがちだが、原型が分かりにくかったり原型を連想させないタイプのものならば人も離れにくい。看板もデフォルメされた魔物のイラストが使われており、努力と配慮が伺える。ただ奇異奇抜だからというものではない、魔物の美味さを伝えたいという気概を感じた。
──◇──
「……おじ様、凄い食べるね!」
「んむ。一品ずつであったからな。どれも良いものだった」
「いやいや、もう20店舗目ですよー……。あの、おじ様。今後気が向いたらでいいので、ドーランの飲食街のレビュワーになってみません?」
んむ? 何やら尊敬の眼差し。
なんというか、ダイヤといい彼女らといい、このくらいの少年少女の頼みは断れんのだよな。
「いいぞ。その時はまた案内してくれ」
「やったー! おじ様のレビュー、店のみんなも嬉しくなっちゃって! これは盛り上がりますよー!」
うむうむ。喜んでくれて何よりだ。
「おおそうそう。最後に……もう一つ、"福合わせ"を買いたい。お土産にな」
「お嬢さんへのお土産ですね。今から揚げたてを作ります! お待ちをー!」
ふと迷い込んだドーランであったが、良い出会いであった。満腹、満足だ。
──◇──
その後。
ダイヤの占いは"絶対最強大大大吉"であった。
その日からダイヤが散歩に付き合ってくれるようになったので、きっと占いは大当たりなのである。




