191.鬼刻の夜空に満月昇る
【第70階層 煉獄都市ヒガル】
──"【セカンド連合】追放戦"から2週間。
【ダーククラウド】トップランカー入り。
続けて【満月】【バレルロード】及びタルタルナンバン、ヒガルに到達。
「来たわよ」
「ベル! 久しぶりー」
ドーラン以来顔を合わせる事は無かった。ゴーストもよく懐いている。早速ゴーストに抱きかかえられてるなベル。
「ようバーナードにサティス。子守ご苦労」
「……いや、むしろ世話されている。サティスは尻に敷かれている……」
「ううん否定できない。ともかく、あのクローバーとバーナードとこうして肩を並べる時が来るなんてね」
「俺達ぁ比較的前衛隊長だったからな。トップランカー時代はよくぶつかったもんだなぁ」
さりげなくレジェンドな会話だが、それより先に済ませないといけない事が山積みだ。
「タルタルナンバン。来てすぐに悪いが……」
「あいやお待ちをライズさん! バロン局長から直々の勅命で、ウチは第3編集部に行かなくてはならないのですゥ!」
話が早い。想定通りになったな。
「その前に。【夜明けの月】はお前と専属契約を結びたい。お前が取材したい時に幾らでも受けてやる。どうだ?」
「えええええ!? いいいいいんですかァ!?!!? 是非に是非に!」
……よし。これでナンバン以外の取材をカットできた。
「騙されてるぞナンバン。どうでもいいけど」
「何を仰るパンナコッタ先輩! ライズさんは律儀で礼儀正しいお方ですよォン!」
「……そうだそうだ。俺は清廉潔白なる【夜明けの月】の参謀なんだが?」
「心痛めてるなら喋らなくていいわよ」
ちがうやい。全然痛んでないもんね。
「……これが土地の権利書ね。良いところじゃない。早速建造に行くわ。サティス、行くわよ」
「僕一人?」
「そこまで大した事しないからね。護衛が一人いればいいわ」
「はーい。じゃあ【満月】は自由行動で。レン、ちゃんと皆の先導頼むね」
「任されたっス!」
アドレでは【飢餓の爪傭兵団】傘下【蒼天】にいた少年が、数奇な運命からここに辿り着いた。
ローグ系第3職【ソードダンサー】になって身軽さが伸びたのはいいとして、服装が更に軽くなったというか、露出増えたな。ドロシーと一緒に人を狂わせる男の子コンビか?
「久しぶりっスねメアリー! ちゃんと追い付いたっスよー!」
「【飢餓の爪傭兵団】からは脱退しちゃったのよね。いいの?」
「楽しいからいいっス! それに【バレルロード】と一緒ならメアリー達と戦う事もありそうっス。メアリーとは勝ち越してるっスからねー。楽しみっス」
「はァー? アドレやドーランの時の記憶で話さないで欲しいんだけど? もうレンなんてワンパンよ。 こっちはライズだって一刀両断なんだから」
「えっ【サムライ】にでもなったんスか?」
うんうん。仲がよろしい。
「メアリっちー! お久!」
「アゲハ。あんたも【満月】に入ったのよね」
「ベルっち社長に誘われちった! 正式には別ギルドだけど、また会えて嬉しみー!」
ルガンダで世話になった、元暗殺者のアゲハ。商人気質なところがあったからベルとは相性良かったんだな。
「──で、今後の話だけど」
仁王立ちするはお姫様スカーレット。
【満月】はともかく、【バレルロード】がどうするかはスカーレット次第だ。
「あたし達【夜明けの月】はここで暫く足踏みするわ。今セカンド階層に行けば待ってるのは【セカンド連合】からの総叩きよ」
「それは個人的な因縁のある【夜明けの月】だからよね。私達【バレルロード】には関係ない」
「で、でもスカーレットちゃん。【セカンド連合】は無理な勧誘をしてるらしいし、準備はした方がいいと思うよ……?」
コノカの言う事も道理だ。
今やセカンド階層の殆どのギルドは【セカンド連合】か【飢餓の爪傭兵団】傘下。簡単に進む事はできないだろう。
「……【夜明けの月】が足踏みするあたり、打開策はあるんでしょ? 一口噛ませなさいよ。そうしたらセカンド階層では協力してあげる」
流石目ざとい。こちらとしては是非味方に欲しい戦力だ。
──こうして【バレルロード】もまた、【夜明けの月】と一時的な協力関係を結ぶ事になった。
──◇──
「……待て、カズハ……」
「あらバーナード君。どうかしたの?……って、あら」
バーナードとカズハそれぞれの肩に──竜が現れる。
『こォーーーーこで会ったが1000年目ェ! まさか直接喧嘩できる日が来るとはなァ"エルダー・ワン"!』
『いや待つが良い"スフィアーロッド"。我々に因縁は無い』
"スフィアーロッド"と"エルダー・ワン"。【Blueearth】の二大ドラゴン。
フリーズ階層の極寒の檻の中、"エルダー・ワン"は肉体を捨て魂のみでバロウズへと旅立った。その後取り残された肉体に怨恨の魂が宿って生まれたのが"スフィアーロッド"。中身こそ違うものの、置いて行かれた恨みがあるらしいが……。
『我は【NewWorld】システムとしての"エルダー・ワン"なのだ。そして貴様は【NewWorld】システムでも【Blueearth】レイドボスでもない自然発生自我の出涸らしであろう。我々の間には記憶こそあれ因縁は無い』
『そういう面倒な事はもう考えんのだ。記憶があるのなら全部ひっくるめて我であろう。我は今やレイドボスとしての力もセキュリティシステムとしての力も無いが、そのどちらの記憶もあるが故に纏めて我だと思っておる』
『我はそうは思わん。【Blueearth】の世界を識るレイドボスの"エルダー・ワン"と、【NewWorld】セキュリティの我は別物だ。彼の激情や快楽を勝手に拝借するのは忍びない』
『カァーーーーッ!!!!! つまらん!!!!嫌い!!!!!!我お前嫌い!!!!!もう活動限界なので寝る!!!!!!おやすみバーナード!!!!』
「……おう。おやすみ……」
騒ぐだけ騒いで消えた"スフィアーロッド"。
……方向性の違いというか何と言うか。奴にはクリックで面倒をかけられつつもアクアラ──"廃棄口"では助けられた。なんとも不思議な縁だ。
『……これは……暫く我は表に出ない方がいいな。貴重な"スフィアーロッド"の現界時間を奪ってはそちらも困るだろう』
「……いや……スフィアーロッドは何の役にも立たんので……何の問題も無い。
……勝手に騒いで勝手に眠るなら……むしろ静かで助かる……」
『えっ彼奴なんの役にも立っておらんのか。穀潰しではないか』
「……まぁ……いい賑やかさだ」
『本当に困ったら我を頼れ……流石に不憫だ』
"エルダー・ワン"ってかなり常識的なんだよなぁ。カズハに取り憑いてるの、最初は抵抗あったけど今は安心して任せられてるし。
──◇──
「あら。貴女……イイわね」
クリックの眠れる獅子プリステラが動く。
標的は──【夜明けの月】の歩くインモラル、ツバキ。
いけない。これはいけない。アイコと目を合わせ、プリステラの前に立ち塞がる。
「やめろプリステラ」
「あらライズにアイコ。ちょっとお話したいだけなんだけれど?」
「嘘つけ。そっちでドロシーが鼻血吹いて倒れてんだよ。何しようとしてんだ」
「言ってあげましょうか?」
「ダメですプリステラさん。これ以上は危なすぎる」
「いいじゃないの。噂のミスアクアラとお話したいのよぉ。あたしは出禁だったし」
そりゃやむなし。アクアラでは【バレルロード】と一緒にいたが、プリステラだけずっと水着屋でレーティングに引っかかりまくって全然出てこなかったからな。
……とにかく、俺達は守らねばならない。
「どうか普通のご挨拶を。あれでいてツバキちゃんは純真無垢な子です」
「いや純真ではない」
「ライズ?」
「清廉潔白純真無垢天衣無縫完全超人だ」
守らねばならない。
守るのは──お前だ。プリステラ。
「こんにちはプリステラ君」
誰も気付かず、いつの間にかプリステラの背後に鬼がいた。
「じょ、ジョージちゃん?」
「少しだけ……ツバキの対応についてお話をしよう。あっちで。いいね?」
「は、はい」
プリステラがマトモになった。凄いなジョージ。
──その後、普通のお友達としてプリステラとツバキは仲良くなった。
ジョージは何故か"敵対行動ペナルティ"を受けたが、何が起きたのかはわからない。
──◇──
ミカンさんです。
何故かアゲハとフェイに囲まれています。
「……なんです?」
「いやー……ほら、ちょっとだけお話ししよーぜ! 女子会パーリィ!」
「いぇいいぇいなのだ」
おふざけコンビ。正直ミカンさんはこういう面白枠は嫌いじゃないです。
メンツがメンツじゃなければ、ですが。
「……"堕としのドクガ"と"人間花火のボマー"ですよね。あなた達」
「わはー。もう足を洗ったのだ。キレイキレイ」
「ウチはちゃんと投獄されたし。ミカンちゃんだってちゃんと罪を流したっしょ? 【需傭協会】の事じゃなくてさ。"鉄籠オレンジ"ちゃん?」
……かつて。
まだ闇ギルドが盛んだった頃、ミカンさんは小遣い稼ぎに闇家業として監禁拘束をしたりしてました。
お二人は仕事仲間でもありました。
とはいえお二人は攻略をあまりしないアドレ支部、ミカンさんは攻略最前線に張り付く移動前線支部なのでそこまで関わらなかったのですが。
「ほら、お互いスネに傷持ちでしょ? 今のうちに口裏合わせておこうって思ってね。
フェイっちは過去の事をスカーレットちゃん達には言ってないの。だからミカンっちにもさ、黙って欲しくて」
「言うメリットも無ければ黙るメリットも無いのです。そしてミカンさん達は共にセカンド階層を攻略する仲間となった。脅さずとも言いませんですよ」
「……ほんとぉなのだ?」
うっ。
そんな純粋な目で見ないで欲しいのです。
「……いじわるしました。ごめんなさいです。
言いません。言わないからその目をやめて」
「嬉しいのだ。よろしくミカン! わはー」
「ウチもハグハグ混ぜてちょー!」
ぐわっ。豊満な肉体による暴力。ミカンさん埋まります。
……【需傭協会】もそうですが、脛に傷がある程度で思い詰めるようなセンチメンタルではないのです。悪の組織ですし【夜明けの月】。
……アゲハちゃん凄い良い匂いする。フェイちゃん焦げ臭い。
どっちも人殺しの特徴です。死の匂いから逃げたいのです。【Blueearth】じゃそこまで血の匂いとかしませんですが。
闇ギルドにいた過去を持ちながら、ちゃんと後悔も恐怖もしてるなんてマトモな感性です。大事にして欲しい。
──◇──
──【朝露連合】ヒガル支部開店。
対冒険者・対原住民用のドーム型商業施設は中央の戦闘用大広間が特徴であり、戦う事が大好きな鬼達のために解放されている。
経営はヒガルの【マッドハット】担当ゴギョウに管理権の半分を渡し、残りはバロウズにいた【需傭協会】の一員であるカモネルに委託。
原住民の担当として"青鬼"タイガーベアを雇う事となった。
尚、大鐘楼からドームの裏手まで"焔鬼大王"専用の道を設営。"焔鬼大王"のイベントの際にステージを供給する事も可能に。
大鐘楼から出られない"焔鬼大王"は、ヒガルの街並みを見られると喜んでいた。
ちなみにそのまでベルの計算の内。商人って怖い。
〜外伝:孤独の晩餐14〜
《そしてドーランの女王に》
【第10階層 大樹都市ドーラン】
ナツです。【祝福の花束】ドーラン支部支部長で、【アルカトラズ】"拿捕"の輩 第10特務部隊隊長で、複合商店"サマーモール"支配人で、【草の根】ドーラン支部特別外部顧問です。
えらい事になってきました。
アドレの【祝福の花束】本店の飲食店アドバイザーとして何人かの経営者を送ったりしていましたが、どうやら【祝福の花束】とのパイプを持ちたいという人が多かったようで、【祝福の花束】本店への派遣権を狙った参加者が激増。そうですよね。【祝福の花束】本店と繋がれば最も人口の多いアドレでも商売ができますから。
サマー商店街はそのまま巨大化し"サマーモール"へ。どんどんドーランでの売り上げが凄い事になって……遂に、【朝露連合】の収入を(1日だけですから!)超えてしまいました。
そして──私とユグさんは、【朝露連合】本部へと呼び出されています。
現【朝露連合】総店長のダミーさん。
OB兼犯罪者のカメヤマさん。
筋肉を見せつけてくるシラサギさん。
対抗するボンバさん。何してるんですか。
そして──
『やってくれたわね、ナツ』
映像越しに、小さく大きな【朝露連合】社長のベルさんが現れます。
不機嫌そう。いつもと変わらないと言えばそこまでですが、不機嫌そうです!
「ごごごごごめんなさい」
『私のいない間にドーランで随分と急成長したのね。ノーマークだったわ』
ころされる。
ベルさんと言えば、あのライズさんでさえ逆らえない【Blueearth】真の強者。私なんて指先一つで爆散です。
(ナツさん、強者の意味間違えてない?)
心読まないでユグさん。
『……まぁいいわ。丁度いいタイミングだったから』
ベル社長は小さく溜息を吐いて……少しだけ笑いました。
『ドーランから結構な数を引き抜くつもりだったのよ。【朝露連合】はどちらにせよ規模が小さくなる予定だった。
……どうかしら、ナツ。【朝露連合】やってみない?』
──えっ。
「実際困っていたんですよ。【朝露連合】は半分が【井戸端報道】のものなのですが、その【井戸端報道】が提携している【スケアクロウ】は【セカンド連合】に属してしまいました。我々は最大の商業ギルド【マッドハット】と相互不干渉でやっていってきましたが、このままでは丸ごと【セカンド連合】に取り込まれてしまいます」
最近話題の【セカンド連合】。その余波がここまで来ているなんて。
『そこで、ダミーの席を【祝福の花束】のあんたに譲りたいのよ。ドーランにおいては今や【朝露連合】と並ぶ巨大組織でしょ、【ナツ連合】。反発も少ないわ』
ちょっとまって下さい。今なにか相当ふざけた名前が出た気がします。
(私が登録しておいたよ! 【ナツ連合】!)
ユグさん心読めるのにそんな名前にしちゃったんですか?
……とにかく。断れません。ベルさん怖い。
「……や、やります」
──◇──
こうして。
一夜にしてドーランの支配者へと登り詰めたナツ女王。
彼女の統治によってドーランには永遠の平和が訪れたのであった……。
「いやドーラン自体を支配している訳ではありませんから! ユグさん! こらユグ!」
いやー。ナツさんにして良かったなぁ。面白すぎるもん。
「お仕事はいっぱいありますよ。さぁ行きましょうユグさん。こうなれば一蓮托生です!」
はーい。




