184.目的は"勝利"
──【月面飛行】ギルドマスター アカツキ。
劣等感の塊。考えに考えた二択を外し、適当に選んだ五択は当てる、そんな男。
上にトップランカーいれば喧嘩を売り返り討ち。
注意力散漫で三日坊主。その飽き性が功を奏して(或いは災いして)、ある戦術を可能としていた。
【真紅道】団長グレンには【聖騎士】で。
【飢餓の爪傭兵団】総頭目ウルフには【大盗賊】で。
勝てるわけないのに同じ土俵で挑んで、大敗。惨敗。
「なんだよ使いにくいなこのジョブ! くそが」
お前が原因である。
失敗はジョブのせい。全力で戦えないのは練度のせい。
複数のジョブを渡り歩くのはレアケースだが、気軽に第3職を渡り歩く変人はアカツキくらいだろう。
とても最前線に辿り着けない弱小チンピラメンタルは、悪運と執念だけで補ってきた。
そんなある日、アカツキは思った。
「転職めんどくせぇ」
お前の勝手である。
喧嘩の度に相手の合わせるのはかったるい。
魔法職や補助職とは喧嘩しない(大体噛みつく相手が目立つ戦闘職だから)。
じゃあこれでいいや。
こうしてアカツキは【スイッチヒッター】となり、"最強の武装師"の称号を得た。
──◇──
【第70階層 煉獄都市ヒガル】
──水車小屋裏の広場
こっちは俺とハヤテ。シーナにメアリー・ゴースト。
あっちはアカツキ。サブマスターのアラカルトと、背と鼻が高いハンサム。
5対3と侮る事はできない。レベル150の数だと2対3で逆転されてるしな。
「アラカルトは【スナイパー】だよ。この距離では脅威も半減だが、うかつに近付くと素手で殴られる。銃を鈍器にしてボコボコにしてくる。というか最初から銃で殴りに来るまである」
「なんでだよ。色物しかいないのか【月面飛行】は」
「まさか。【真紅道】より王道まであるよ。ジョブの選択についてはね」
戦況の確認。デビルシビルがいないのはデカいが、こっちだって本職の回復要員がいない事は事実だ。
「あっちの半裸は?」
「あれは【グラディエーター】のナイス。本名アルス・グッドマン。筋肉大好きな研究者で、調さんより早く培養筋肉・人工臓器の実用化と普及を成し遂げた医学会の若きエースだよ。かつてのボクの同僚でもある」
「変人しかいねぇのか【NewWorld】開発者は」
「ボクは普通なんだけど」
なにを仰る。
……で、【グラディエーター】ともなれば近距離特化。二人の近距離150レベル相手にこっちの戦力はハヤテとシーナ。シーナは【ニンジャ】だから真っ向勝負には向いてないが、かといって遠距離に優れるわけではない。
というかフィールドが狭すぎる。遠距離の概念すらない。俺のポジションは今回はガッツリ前衛だな。アカツキとナイスの相手がハヤテとゴーストじゃ薄すぎる。
「ライズ! 指示するわ」
「っと……そうだな。任せたマスター」
俺が最前に立っているのは理由がある。
後ろに控えたアラカルトの銃口がこっちを向いているからだ。
現実のそれなら当然受けられないが、この世界での銃なら見てから盾で防ぐ事は可能。
この場で防御に振り切れるのは俺だけ。だがその分集中力も割かれている。
優秀な指揮官に考え事は丸投げだ。
「じゃあライズは一人でアカツキ相手してね」
は?
──◇──
──大鐘楼"焔鬼大王"執務室
「宿は動き無し。ありゃ完全に硬直だな。つまんね」
ヘル階層での《拠点防衛戦》は俺の采配によって決まる。
つまり《拠点防衛戦》の最中、俺は仕事をしていない。
つまりつまり、《拠点防衛戦》を宣言したならサボり放題だ。
「焔鬼サマ。お菓子取って下さい」
我が腹心アヨサトもソファで横になってコレである。サボりすぎでは? 最高かよ。
「っぱ一番の見所はここだろー。ライズVSアカツキ。【スイッチヒッター】対決!」
「【草の根】のスワンも合わせると【スイッチヒッター】Top3揃ってますからね。見ものです。お茶いります?」
「いるっつっても寝っ転がってんじゃねーか。いいよ俺が淹れてくるよ」
「席外すんですか? 始まっちゃいますよ」
「いいんだよ。どーせ序盤は睨み合いだからな──」
『じゃあライズは一人でアカツキ相手してね』
「盛り上がってきたじゃねーか!」
「あっつあつのお茶淹れてきますね」
「バカお前そんなのいいよ観ろ観ろ!」
「では膝の上失礼しますね」
「おう。どうぞどうぞ」
青鬼といえ俺とサイズ感違いすぎるからなー。アヨサトだって3mあるのに俺の膝の上で立たないと画面見れないもんなー。
「焔鬼サマ。アヨサト。距離感終わってるっすね」
「お、アクラ。お前も観ろよ」
「だと思って、茶ぁ淹れてきましたよ。どうぞ」
「気が利くなぁ。お前も強ければ秘書なのにな」
「アヨサトの姉御にゃ勝てねぇんで」
「なーにを情けない事を。か弱い乙女に失礼ぞシャバ僧」
「か弱い乙女はそんな言葉使いしねぇよ……」
──◇──
突然の宣言。
そして秒速で【チェンジ】された先は──川沿いの屋台通りか。
「くそが。やられたな。
【エリアルーラー】とは今後戦わなくちゃならねぇんだ。こんなの引っかかってちゃぁなぁ」
「随分悠長だなアカツキ。先輩の事は眼中に無しか?」
「ねぇよ。どれだけの数見捨ててきたと思ってんだ。後ろの凡百なんか見てられっか。前にデケェ壁があるってのによ」
「立派な向上心だ。【セカンド連合】とかほざいて後ろの連中と手を取り合う臆病者だとは思えないな」
「ハァー!? 違うんだが? 俺は──」
「ああそっか。並ばれたもんな、【象牙の塔】に。
後ろは見ないけどお隣さんなら手を取れるわな。どうせ追い抜かれておしまいだが」
「なんでそんなこというの」
「えっごめん」
こいつ紙耐久のくせに攻撃的すぎるだろ。メアリーの相手したら秒殺なんじゃねぇの。
「……ライズ先輩よぉ。ボンクラなリーダーを持つと苦労するなぁ! 俺に勝てってよ!」
「ボンクラなリーダーってのは自己紹介か?」
「ちがうし」
「ごめんて」
やりにくっ。
……それはそうと、無茶な事ではある。苦労もしてる。
同じジョブで、格上相手だ。というか【スイッチヒッター】界隈最強相手だぞ。戦ったことはないけど……。
「じゃあよ、とっとと終わらせるか」
「そうだな。お手並み拝見だ」
「いつまでも先輩面できると思うなよ! 【スイッチ】!」
初手は片手剣と盾。フォーマルな戦闘スタイルだな。
とはいえここからの切り替えが【スイッチヒッター】の真骨頂だ。対策くらいは俺にだってわかる。
「【スイッチ】──【壊嵐の螺旋槍】」
即ち超接近戦。使える武器そのものが限られる距離なら択は絞られ強味が消える。
選ぶは【壊嵐の螺旋槍】。いつもの先制攻撃だ。
「【スターレイン・スラスト】!」
さあ何で来る? 大盾か、あるいは両手武器のカウンターか?
無敵判定のある突進術を選んだのは出方を見るためだ。アカツキがどれほどか、見極める──!
「うわ危ね」
……普通に避けられた。
いやまぁおかしくはない、か? アカツキでも反応できる感じだとは思ったんだが。
「……やるなアカツキ」
「お? そうだろそうだろ。へへへ」
どこまで本気かわからないな。気は抜けない……。
「こっちからも行くぜ!」
「来い!【スイッチ】──【月詠神樂】【ゴルドバックラー】!」
受けるは片手剣と盾。奇しくもアカツキと同じ構図になったが、受けながら戦うならコレになる。
アカツキのそれは至って普通の通常攻撃。いい剣を使っているが、そこまで目立ったもんじゃない。
通常攻撃とスキルもスムーズに織り交ぜている。部分的マニュアル操作も習得しているな。
うん。普通に強い。強いんだが。
「【スイッチ】──【封魔匣の鍵】!」
「危ねっ」
避けた。
大盾は持ってない? いやそれ以前に──
「お前、【スイッチ】しないのか?」
「え。いやだって難しいじゃんアレ」
……。
まじか。
こいつ、最初に好きな武器を選ぶためだけで【スイッチヒッター】やってんのか?
いやいや"最強"称号はレベルでは決まらない。キャミィも初めて会ったときはレベルカンストしてなかったのに"最強"だったし。
つまりは、この素人が俺やスワンより強い理由があるはずだ。でないと納得できない。
「オラオラ銃じゃ受けきれないぜ! 【ブレイブチャージ】!」
「【スイッチ】──【煉獄の闔】!」
「甘ぇ!」
片手剣で斬り付けながらの突進術。【煉獄の闔】を飛び越えて、スキルを途切れさせずに俺へと向かう!
「【スイッチ】──【生き血を啜るデモンアクス】!」
「【シールドバッシュ】!」
大斧でのノックバックを、盾のノックバックで相殺される。
判断が早い。片手剣と盾の王道スタイルの練度が高すぎる!
──違う。そうか、こいつは全ての武器種において練度がバカ高いんだ。
叛骨心と執着心から相手と同じ土俵で喧嘩し続けるこいつは、相手に勝てるまで努力を怠らない。
そしてこれまで多種多様な相手に噛みついてきた。あらゆる武器の技術練度が相当高くなっているんだ。
【スイッチ】は戦闘開始時、相手に最も有利なものを選ぶだけ。今片手剣と盾のスタイルなのは俺に有利な武器が無いから一番慣れているやつって事だろう。
"途中で武器が変わる"なんてありえない挙動に依存するわけがない。今アカツキは、かつての自分を思い返して戦っているからだ。
……やっぱりアカツキの強さであって【スイッチヒッター】の強さじゃないだろー。
それは。
それと。
して!
「もいっちょ【シールドバッシュ】!」
「【スイッチ】!」
ノックバック同士ならまだしも、平時に受けたら武器が剝がされる。リーチの短い【簒奪者の愛】に切り替えて【シールドバッシュ】を回避。
「【ピアッシング】!」
「げっ」
片手武器の突きスキル。練度を上げれば軽量武器なら弾く事ができる!
短剣はこれだから使いにくいんだよなぁ! 二段構えで弾かれた!
一度手放した武器は次の【スイッチ】でインベントリに戻るが、スロットに再設定しないと【スイッチ】では呼び出せない。もちろん設定する余裕は無い。
「【スイッチ】──【灰は灰に】」
「目晦ましか?無駄だぜ。この距離なら見なくても当たる!」
クローバー対策他、色々と役立つ煙袋の棍棒。
この距離だって役に立つんだぜ。
「【スイッチ】!」
「やべ」
見えない俺が何を持ったかわからないよな。
どこまで練度を上げてもセオリーから抜け出せないお前は、一旦退くよな?
戦法が優等生すぎるんだよな!
こっちも見えないが、アカツキは俺の狙いまで読んで俺が銃を持ち出すと考える。多分盾を構えてる。
アカツキの狙いは明白。武器の弾き落としだ。【朧朔夜】の発動条件を把握してんな。
だからこそ──
──【スイッチ】せず、【灰は灰に】を投擲るとは思わないよな!
「うおっ! ……【スイッチ】は言っただけかよ!」
今度はアカツキの周囲を囲む煙幕。もう逃げられないぞ。
なぜなら次は範囲攻撃だからな。
「【スイッチ】──【武器旋回】!」
近距離接近からの、【生き血を啜るデモンアクス】からの旋回攻撃。逃げても待ち構えても大当たりだ!
──◇──
ライズの考えには穴があった。
早い話がアカツキを信じすぎていた。
【スイッチ】を挟めない、一つの武器の練度を活かした戦法。
本人の口から出た「【スイッチ】は難しい」発言。
碌な嘘が吐けないであろう人間性。
それが勘違いを生んだ。
このアカツキという男は、プライドの塊だと。
だがしかし。
あのデュークが心酔するような奴である事を失念していた。
直前の煙幕と【スイッチ】による騙し討ち。
格下に対してなかなか攻撃が通らない憤り。
そして、今の片手剣と盾に対する執着の薄さ。
残念ながら、この男は残念なのだ。
「【スイッチ】!」
呼び出すは大盾。
【武器旋回】を受けきり、しめしめと嗤う。
前言撤回なんのその。
勝てば官軍。何をしようと、勝つのは自分。
アカツキは、終わっている人間なのだ。
プライドのためにプライドなんて捨て去る、本末転倒のダメ人間。
ライズはアカツキを過大評価しすぎたのだ。
ここにいるのは、その立場に相応しくないそこらのチンピラなのだと。
「あばよ。【スイッチ】!」
呼び出すは二丁拳銃。
銃声が二度、鳴り響いた。
〜【満月】回遊記:バロウズ編1「」~
《記録:【満月】記録員パンナコッタ》
ベル社長、灰色の大地に立つ。
「今回の目的は【需傭協会】との合流よ。【夜明けの月】のおかげでここの【マッドハット】を吸収できるらしいわ。手早く行くわよ」
かねてより【夜明けの月】の起こした揉め事を利用して利益を得ている我々【満月】だが、遂に【マッドハット】構成員の吸収までできるとは。
これには流石のベル社長も警戒態勢。ここが分水嶺。
──おさらい。
第10階層ドーランを活動拠点としていた【鶴亀連合】を吸収し生まれた【朝露連合】は、ベル社長の指揮で階層攻略を開始。各階層の商業を取り仕切る【マッドハット】と時には共存、時には別ジャンルの開拓といった具合でなんとかのらりくらりと接触を避けていた。
しかしここにきてロスト階層統括の【マッドハット】からの全面協力宣言。
これはチャンスでもあり、【マッドハット】への宣戦布告のようにもなる。扱いを間違えてはいけない。
この交渉については【バレルロード】は無関係なのだが……用心棒として同行願った。バーナードというネームバリューは捨てがたい。
──荒廃した大地に聳え立つ大聖堂。
ここが指定の合流地点。
「お待ちしておりました【満月】様御一行。ぺこり」
待ち構えるはひょっとこ面の行商人──【需傭協会】ギルドマスターのベラ=BOX。そしてバロウズの【マッドハット】支店長でもある。
「じゃあまずは……そちらの活動を教えて貰えるかしら。【マッドハット】はこのバロウズで何をしているの?」
「はいはいです。ではではご紹介します。どやり」
──これがバロウズの【マッドハット】だ!
・主な収入:人間なりきりグッズ(お面)
・活動:地域のお子様と遊ぶ(無償)・原住民の家屋建造(無償)・奥様方との井戸端会議(無償)
「遊んでるだけじゃないの」
「そうとも言います。えへん」
……あれ、これ不良債権押し付けられてる?
「……冒険者への武器やアイテム事業は?」
「道具類は【鶴亀連合】──あいや、今は【朝露連合】から輸入販売です。こちらは店ごと【朝露連合】に譲渡します。これ自体は本部【マッドハット】も了承していますし、店員は私の【需傭協会】から出します。暇な人多いので。
他武器類は【マッドハット】の商業ラインで各地から輸入してます。バロウズでの生産はありませんです。ぜろぜろです」
「……ここで商業する旨みは?」
「ぜろぜろぜろですね。原住民はお金を落とさない、冒険者は殆どいない、名産品もない。ぜろぜろぜろ。ないないないちゃんです」
「……社長、どうしますか」
これはとてもじゃないですが、【マッドハット】獲得とか言ってられないのでは。
そう思ってベル社長を見れば、ああ悪い顔。いつものお顔だ。
「つまり未開拓よね。それが誰の邪魔も入らず好き勝手できる。人員も既にいる。つまりやりたい放題って訳ね」
「社長が燃えてるっス……」
「最近アドレとかドーランで商業盛り上がってっからね。対抗心燃えてきてんねベルっち社長」
果たしてベル社長の狙いとは──!?




