183.初志貫徹のサムライ"ラセツ"
現実世界換算7年前。
世界一有名な格闘ゲームの世界大会が行われた。
ゲーム名は【オクトパスブロー8】、通称オクブロ。
ラスベガスで開催されたトーナメント、出場選手は64名。
"日本が作り、アメリカが勝つ"というジンクスがあったが、正にその通り。日本で作られた当作の世界大会、トーナメント入りできた日本人はたったの3名だった。
その内の1人が、この大会の覇者となり後に伝説となるサムライ"アシュラ"なのだが……。
この話になると必ず付いてくる文句がある。
──当時の日本代表は、一回戦で敗退した──
それこそがサムライ"アシュラ"──檜佐木宗一の伝説の一助となっているのだが。
彼の末路については、知るものはあまりいない。
英雄の踏み台。
奪われた栄光。
サムライ"ラセツ"──志波優吾、当時33歳。
格闘ゲーム界を発展させた始祖の動画配信者の1人。
"アシュラ"に日本最強の座を明け渡してからは、自らの肉体の衰えを感じて配信活動の頻度は低下。
だが人生の半分以上を捧げてきたゲーム世界から抜け出す事はできない。自分の全てを失うも同意義だ。
今更新しい事に手は出せない。凝り固まった老害の脳は、より"アシュラ"との差を実感する。
奇抜で目を引く派手な行動。その裏にある徹底的に研ぎ澄まされた理論。"アシュラ'は天才だ。
俺は、その影で過去に囚われる事しかできない。
【Blueearth】に入り、【大太刀廻り】で鍛えた【サムライ】の技術。
ハヤテと出会い【ダーククラウド】に入り──この情け無い渇望と執着を取り戻し、遂には"最強の侍"サティスを撃破する。
それでも、俺は2番手だ。
いつでも俺の上にはお前がいて、お前は俺を見ていない。
だが【Blueearth】なら叶う。肉体は全盛期以上。経験は据え置き。ここなら、俺はお前に追い付く事ができる!
──と、息巻いていたんだが。
「サムライ"ラセツ"だろ! アンタなら納得だ!」
なんて事を言ってくれるんだお前は。
おじさん涙が出ちゃうだろうがよ。
──◇──
伝説のゲーマー。憧れの人。
あの志波優吾が【Blueearth】にいないはずが無い!
オクブロ8の世界大会、ブロックも違うし一般参加の俺ぁ"ラセツ"と直接声を掛ける事すら出来なかったが、今にして思えば無理にでも挨拶すべきだった。
「……クローバー。俺を知ってるとはね。驚きだ」
「知らない訳ねぇだろ!今の俺があんのはアンタの配信のおかげなんだぜ!
……で、どこ見てんだ? 俺こっちだぞ」
「今そっち直視できない。気にしないでくれ」
変な人だな。まぁいっか!
あの"ラセツ"がいりゃ恐れるものなんてねぇってもんだ。
「──やってくれるじゃねぇかラセツ。【ダーククラウド】にゃ抜かれた時と追い付いた時で二度闘ってるが……お礼参りがまだだったなァ!?」
「2回負けてるだろうが。もう一度潰してやろうか初心者共」
あぁ〜口癖の"初心者"だぁ〜本物だぁ〜。
いやぁだってあの志波優吾だぜ。日本のサムライ"ラセツ"だぜ。俺が中坊の頃からずっと格ゲーの王だったんだぜ。まじファンです。
「おぉい"アシュラ"!呆けてないで手伝ってくれや。その目ぇ止めてくれ」
「っと。任せときな"ラセツ"。ご期待に応えるぜ」
とは言っても一番厄介なプリメロは倒した。後は俺一人でなんとかなるが──
「──踊ろうか。【金色舞踏会】」
──背景が切り替わる。
オペラ劇場のステージの上、木目の目立つ操り人形が俺たちを取り囲む。
咄嗟に俺とラセツは背中合わせに立つ。何処からの攻撃、とかはラセツの方がよく知ってるみたいだ。
「乱入か【マッドハット】。マックスはそういうの嫌うだろう」
舞台の上、観客席の最前席に座る二人──【マッドハット】総店長セリアン、副店長ナズナ。
「haha! 少年と敵対なんてしたくないからこのままサボタージュと行きたかったんだがね。ナズナが許してくれないのさ」
「当然です。我々は【セカンド連合】の代表の1人。攻略序列第6位なのですから。責務があります」
クリエイター系第3職【マリオネッター】──"最強の傀儡師"セリアン。同時に複数体のNPCを操る【マリオネッター】の到達点、空間作用型の奥義【金色舞踏会】。結界内部の人形を倒し切らないと出られないし、役者は客に攻撃できない。現状セリアンしか使えない謎多きスキルだ。
こーれ喰らった事はねぇけどクソ厄介なんだよなぁ。だって人形はセリアンが無限生成出来るからな。全数同時撃破ってだけなら出来ない事も無いが……マックスが健在だからなぁ。
「やれるかラセツ」
「キツいな。いやマックスとかシーザーとかならお前1人でも楽勝かもしれないが、障害物が多すぎる」
「アンタの前じゃあ尚更負ける訳にはいかないんだがなぁ」
「当然だ。俺以外に負けるんじゃないぞ」
嬉しい言葉だが、この状況じゃあな……。
せめてあの観客さえなんとかできりゃあなぁ。
──◇──
呼吸。
【Blueearth】では呼吸音は聞こえない。
窒息の概念はあるけど、自分から息を止めても苦しくはならない。
だから私は息をしません。殺すまで。
【金色舞踏会】の空間作用は二段階。
対象周辺の"舞台"と、その外側の"観客席"。
ですから、距離さえ間違えなければこうやって観客席に紛れ込む事だってできます。
あと22m。観客席に隠れて近付きます。こちらに注視していないのもグッド。
「などと。この私が気付かないとでも? ツララ」
──首の数が一つ足りない。
私の背後にいたのは、銀の首──ナズナ副店長。
「お、お久しぶりです副店長」
「ええ久しぶり。セリアンを殺そうとしたあの夜以来ね。今度こそ貴女が死になさい、ツララ」
副店長が怒っています。
そりゃそうです。ツララはかつて【マッドハット】に在籍して、セリアン社長を殺そうとしましたから。
「アハ、エヘヘヘ。アハハハハ!」
「何を笑ってるんですか」
「だって、副店長。惨めじゃないですか。
殺すしか能が無いツララが、殺しとは無縁の副店長にあっさり見つかっちゃって。情けないじゃないですか」
副店長は【ブラックスミス】。セリアン社長は動けない。
重力0の魔法剣を浮かべる。持ち手なんて必要ない。属性なんて関係ない。殺すなら、刃だけあればいい。
「殺し屋なんて惨めで哀れであるべきでしょう!
アハ、アハハハハ! 殺します、副店長!」
「──相変わらず終わってますねツララ。ここで止めます」
ツララはツララが惨めで哀れで情けなくないと、自分を許せないので。
ツララを追い詰めてくれる副店長は大好きです。
──副店長も大概、惨めで哀れですけどね。
──◇──
──路地裏
「やれやれ。追い詰めてるのは私達のはずなのだけど」
【スケアクロウ】が倒されたという魔の路地裏。堂々と待ち構えるは【フォートレス】のフミヱと【仙人】エリバ。【呪術師】のツバキに、【ビーストテイマー】のジョージ。
「久しぶりだね【草の根】の皆さん。近くで歓談しようじゃないか」
「罠ですな。突貫しますかお嬢様」
「やめておこうヒョウ爺。恐らく罠が張り巡らされている」
そこまで距離があるわけではないのに、とても近付けそうにない。
向こうもこちらが近付かなければそれでいいというスタンスだろう。勝利条件が不明瞭なこの《拠点防衛戦》では、"焔鬼大王"の気分で勝敗が決まるだろう。
わざわざ戦ってもし負けでもすれば今後の活動に響くだろう。
どうやらこちらの意図を読み取ったらしく、ジョージは半歩前に出る。剣は持ってはいるが構えてはいない。会話の意志はあるようだ。
「……スワン君。宝珠とやらを見つけたのは君達かな?」
「ああ、その通りだ。だが私はまだ宝珠を手に入れただけ。これからどうすればいいのかまるで検討も付いていない。どうやら"ディスカバリーボーナス"は相当重要らしいね。……だが納得できない」
「何が、かな」
「君たちが誰も聞かされていないという事だ。ライズさんはそこまで【夜明けの月】を信用していないのか?
恐らくライズさんは宝珠のことも、これからどうすべきかも知っているはずだ。そして宝珠の事を知っているなら、自分だけでも80階層に向かって一つ確保すると思うんだ。一つだけでも持っていれば奪い合いの最後の交渉に使えるんだから」
ライズさんはアドレからの再スタートだ。それまで誰も宝珠を手に入れないだろう、というのは楽観視しすぎな気がする。宝珠を獲得した瞬間にクエストが始まったのだから、宝珠に意味が無いとかは無い筈だが。
「……ふむ。多分ライズ君はあまりレベル上限突破に興味ないのだと思うよ」
「そうねぇ。ライズならそう言うかもね」
「……何故?」
ジョージとツバキ。ライズさんを良く知る二人が同意見。だがレベル上限突破は【夜明けの月】の武器だろう?
「ライズはね、自分に自信がないのよ。あれだけの発見をしておきながら"まだみんなに探索する余裕が無いだけだ。大した事じゃない"とか言ってたわ」
「【草の根】について嬉々として語っていたよ。"自分より凄い発見をしてくれるだろう"と。
きっと"ディスカバリーボーナス"を持ってしても君達に先に見つけられるとすら思っていたのだろうね。
我々に言ってないのは、多分焦らせないようにするためだよ。彼は……特にメアリー君には、のんびりと【Blueearth】を見て欲しいと思っている。変に焦らせたく無いのだろうね」
──流石は私の婿殿。気配りの切れ味が鋭くて辛い。
【草の根】は、ライズさんに憧れて作った組織だ。
ライズさんがずっと抱えていた問題──人数だって解決している。
なのに、大した成果は上げられていない。ライズさんの発見に比べれば、本当に僅かなものだ。
理由は明白だ。我々は探索に全てを捧げていない。
階層攻略だの【セカンド連合】だのと、【草の根】を維持するために必死になって。
我々は、私は。心から探索を楽しめてはいない。
だからライズさんが欲しい。だから私は──
「……成すべき事がわかった。協力してもらうよ」
そうして私は、一歩踏み出した。
〜【ダーククラウド】結成年表〜
・【三日月】時代
既にエリバとは知り合い。とはいえ【三日月】には参加させず、記憶も取り戻してはない(この段階で外部から過去の記憶を呼び覚ます手段は無い)。
現実での要注意要人であるゴロー、バーナードには一応目を掛けていた。
・【アルカトラズ】結成
ハヤテ、記憶を復活させるリモコンを秘密裏に天知調から受け取る。とはいえライズやツバキに使うつもりは無かった。
過去の知り合いであるツララを見かけたので一応マークしておく。記憶が無いとはいえ要注意人物なので。
・ヒガルにて【三日月】解散
完全に新しく動くため、【ダーククラウド】の結成を決意。しかしエリバ以外いない。よくよく考えればそこまで人望が無い。
記憶を持たないライズとの間で亀裂が起きてしまったので、今度はちゃんと記憶を思い出させようと軽率にエリバの記憶を呼び覚まして怒られる。ちゃんと考えて使いましょうね。
天知調の推薦でフミヱ加入。天知調の介入により、リモコン使うまでもなく記憶持ち。
シーナ・ラセツも同時期に加入・記憶復活。【ダーククラウド】正式結成。
シーナのツテでゴロー加入。ゴローの立場的に記憶を戻すべきではない相手だが、つい流れでリモコン使用。シーナにしっかり怒られる。
・【バッドマックス】交戦
攻略の手が緩んでいた【バッドマックス】に突っかかられて【ギルド決闘】し勝利。
セカンドランカー界隈での【ダーククラウド】の知名度が上がる。
ライズ経由で仲が良かったマスタングを経由して、キャミィを勧誘。記憶復活はさせなかったが、その辺は本人の希望。ハヤテは相変わらず記憶を戻そうとして怒られていた。
同時期に【マッドハット】に潜入していた【首無し】のツララに襲撃される。洒落にならないのでリモコンで記憶を無理矢理復活させて味方につける。味方……?
・"巌窟大掃除"後
【夜明けの月】にエリバが協力した際、観察対象だったバーナードもいたのでこれ幸いと記憶を戻す(ハヤテの無断行動。このあとエリバ共々シーナに怒られる)。
バーナード逃亡。
・ドラドの騒動後
最前線停滞につき暇になったクアドラが【ダーククラウド】を観則。ドロシーと再会しやすそうと思い、【ダーククラウド】に加入。
シーナとの約束で、あくまで奥の手としての運用。キャミィとの飛行訓練以外では、【ダーククラウド】が最前線に追い付くまでは最前線にいてもらう形に。
ヒガルには今後の【ダーククラウド】の指針方針の会議に呼ばれた……のではなく、【夜明けの月】が来ていると聞いて押し入った。




