179.その目に映るのは誰か
【第70階層 煉獄都市ヒガル】
──秘密料亭【六文銭】
「防御職が持ち堪えている内に逃げろ! こんな狭い店じゃ囲む事もできねぇ!」
「そう言うな! もっと相手してくれよ初心者共!」
クローバーが大暴れ。我々トップランカーは参加権が無いのでその攻撃を受ける事は無いが……普通に物騒。
【セカンド連合】はデビルシビルを失って大混乱。素早く撤退指揮をするアカツキによって被害は減っているが、既に10人程度は倒しているね。
「ダイヤ。そっちの肉まん食べたい」
「はいよー。ターンテーブル回すしー」
「うははは。もっとやれもっとやれ。俺サマも混ぜろ」
「それは無理だよハート」
のんびり観戦も楽しいが、クローバー相手に店内は不利すぎる。このままじゃ壊滅するのも時間の問題だね。
「──貰うぜアカツキィ!」
「来たかよ。相手したくねぇなお前は!」
飛び出すは大尺玉。
店内全域に広がる花火はダメージ判定を持たない目眩し。
クローバーのロックオンを一度解除し──ならず者が押し通る。
「──【海賊流儀】!」
「チッ──」
振り下ろすカトラスはテーブルを両断し、息を吐く間も許さず切ったテーブルをクローバーに投げる。
周囲のアイテムや武器を立て続けに戦闘へ活用するスキルだ。壊し屋には相性抜群だね。
クローバーは追い詰められる。攻撃が全て、奥に作られた変なオブジェに吸われるからね。
タイミングを合わせて攻撃を回避して──窓を割って外へ。
「やってくれるなマックス!」
「おうよ! ここで勝てば俺が"最強"なんだろ? やらねぇ手はねェわなァ!」
「……任せたぞ【バッドマックス】! 生き残りは【夜明けの月】と【ダーククラウド】を探せ!」
おや。それなりに生き残ったね。勝負はわからなくなったようだ。
窓越しにクローバーとマックスが睨み合う。店内戦は終わりみたいだね。
「……まぁいいか。結構倒したし、デビルシビル落としたしな」
「流石の化け物だぜクローバー。不意打ちとか恥ずかしくねぇのかよ」
「ないね。"最強"が余裕無くなる程度には強いって事だよテメェらは。誇りな」
「……勝ち誇る以外にゃ興味無ぇんで」
「そうかよ。じゃあ誇りごと散りな、花火師」
──◇──
──ある路地裏
暗闇は"焔鬼大王"の支配下。故に逃げられる場所は少ない。
比較的光源のある場所を選んだが、"灯鬼"が姿を現したあたりグレーな場所なのだろう。
「……逃避行はおしまい?」
「ああ。済まない。突然抱きかかえて……」
「こんな小さな王子様は初めてよ。あたしに触れる男なんて指の数もいないんだから」
瞳──ツバキを連れて、ここまで逃げてしまった。
ああ、その声を忘れる筈が無い。
俺の1人だけの娘。妻の形見。谷川瞳。
だが俺は女児で、彼女に記憶は無い。
こんな事をしてはいけなかった。
「……済まない。錯乱していたんだ。俺の発言は忘れてくれ」
「あら、いいの? 実の親なんでしょう?」
──そんな、当然のように。
まるでかつてのように。まさか、記憶があるのか?
「ツバキ、さん。貴女は記憶があるのかい?」
「記憶ぅ? 何の事かわからないけれど……あんなに必死なんだもの。貴方が嘘を言ってる訳ないじゃない。
まぁ……娘、というのは不思議なものだけれど。その出立ちで結構人生経験豊富なのかしら?」
嗚呼、瞳。
そんな、微塵も疑わないなんて。
なんていい子なんだ、俺の娘。
「──それで、あたしが貴方の娘だって言うなら……母親としてライズ達を叱ってくれたんだね?」
「いや、父親だ」
「……??? ……そう。それは驚いたわねぇ」
あ、一応驚いている。それでも信じてくれる優しい。
……駄目なのは俺だ。
エリバ君は瞳の存在を知りながらも、過去の記憶を持たない瞳の安全のためにあえて接触を避けた。
素晴らしい。やはり君は瞳の親友に相応しい。
それに比べて俺は、取り乱してライズ君とハヤテ君を合計7回くらい素手で殺してしまった。【Blueearth】でなければ危なかった。
しかしライズ君の言っていたツバキが瞳だったとは。
【三日月】の解散に取り残され、独り迎えを待つお姫様。なんと不憫。許せんライズ君。
だが──彼女自身はどう思っているのか。
「ツバキさんは、ライズ君やハヤテ君の事を恨んでいるかい?」
「ええ勿論。絶対許さないわあの二人」
おや。
じゃあやっぱり殺すか。
「……別れたのは、あの二人の意地のせいよ。ここまで来たんだから、お互いに理解できてるでしょうに。
下らない意地で暴走して、今更ごめんなさいなんて出来なくって、お互いに逃げちゃって。
顔を合わせたらすぐ仲直りしちゃうってわかってるからお互い逆方向に逃げちゃってさ」
ぐいっと瞳に抱き寄せられる。
この小さな身体では、されるがままだ。
「……ここにいれば、またここからやり直せるって思ってたのだけれど。そんな訳ないわよね。あたしもバカだわ。
ハヤテには【ダーククラウド】があって、ライズには【夜明けの月】があって。
場所と人間だけ揃えても、時間は取り戻せないのに」
「……そうか。君は、ライズ君とハヤテ君に奪い合いをして欲しいのでは無く……もう一度一緒に居たかったんだね」
「そうね。でも、きっと叶わないわ。時間は過ぎてしまったもの。
……ハヤテに付いていってライズの所まで引き摺ったり、ライズに付いていってハヤテに追いついたり。そうすれば良かったのに。あたしも意地を張ってたのよね」
過ぎてしまった時間。意地。
俺もそうだ。もうやってしまった事だ。
ライズ君は、メアリー君はどう思っているだろうな。平然と味方に危害を加えた俺をどうするだろうか。
もう【夜明けの月】には戻れないのかもしれない。
「悪いのは二人だよ。君のような子供を放ったらかしにして。
……君は信じられないかもしれないが、俺は君の望むものは全て与えたい。君に害なす全てを滅ぼしたい。君に幸せになって欲しいんだ。君は何を望む?」
「……ふふっ。まるで悪魔の契約ね」
「本気だとも。子供を大切にしない親もいるが、俺にとって君は何より大切な全てなんだ」
「嬉しいわね。でもやめておくわ。
贖罪のための奉仕なんて受けるものじゃないわ」
娘に頭を撫でられる。
贖罪? 俺が?
「貴方があたしを見る先には誰か別の人がいるわね。そうね……奥様、かしら?
貴方の愛は、その人への後めたさ? ……いえ、義務感。あたしを独りにしてはいけないという誓い。そう感じるわ。
でもそれは、あたしの事自体を見てくれてないという事になるんじゃないかしら?」
何度も思うが、瞳に記憶は無い筈だ。
なのに、俺を父親だと信じてくれて。
その上で、俺に気付かせてくれた。
「……ツバキ、君は。何が好きなんだ?」
「そうねぇ。こう見えて肉料理が好きなの。分厚いステーキとか、大好き」
「はは……俺は大味な料理しか出来なかったからね。
あぁ、俺は……君の事を、何も知らないのか」
「頑張ってお父さん。これから幾らでも時間はあるわ」
涙が止まらない。
娘の前で、情け無い。
ああ、なんとも馬鹿らしい話だ。
守りたかった娘の事を見てすらいなかったなんて。
「──どうやら再起されたようで」
冷静にはまだなれないが、気配くらいなら感じられる。
四人。【Blueearth】において不要なほどに慎重に、足音を立てずに近付いて来た。
「──何者かな」
随分とボロボロな、ツギハギのマントで身を隠す男。
後ろにいるのはアクアラでイベントの実況をしていたシェケル君か。確か【井戸端報道】第1編集部部長。
……となると、彼らは。
「【セカンド連合】在籍──ギルド【スケアクロウ】代表のイミタシオと申します。
お話の邪魔をするのは大変心苦しいのですが、貴方達を倒さねばならないので……武器を取って頂けますか」
「……優しいんだね。だが殺気が抑えられていない。
お前たち全員、殺しの経験があるな。俺の知る【スケアクロウ】はセカンドランカーの逸れ者の寄せ集めと聞くが、一体どういう事だ?」
ツバキは俺の背後に。
袋小路へ逃げ込んだのは俺だけど、何故ここまで早く見つけられた?
"ぷてら弐号"で逃げるか──いや、飛翔前に刈り取られる。
【ヴィオ・ラ・カメリア】を構えるのは許してくれる様だ。
「──やはり、あの方の言う通り。面倒なお方だ」
「ああそうか。君たち【首無し】か」
現実側で経験でも無い限り、どんな悪人でも殺し屋でも高々2年のキャリアだ。見抜けない訳が無いだろう。
隠すのが下手だねイミタシオ君。反応を抑えた反応でバレバレだ。
「セカンドランカーあたりにいるとライズ君は推測していたが、なるほど案山子か。いい名前だね」
「……想像力豊かなお子様ですね。たとえそうだとしても、現状の不利に変わりないのでは?」
「そうか。君は知らないだろうね。覚えて帰るといい」
敵影四。レベルはカンストだろう。大剣、剣と盾、二丁拳銃、斧。物理職ばかりか。
対話の余地は余裕の現れ。だが今の問答で多少警戒されたね。
──問題ない。
「娘の前で張り切らない父親はいないんだよ」
リミッター解除。
四人の間に潜り込むように、イミタシオの背後を取る。
「──想定済みですよ!」
「だろうね」
全員が俺のリミッター解除を把握しているのだろう。
だがこの至近距離では斧と大剣は使えない。
片手剣のシェケル君と二丁拳銃の人だけが俺に反応。斧の人と大剣のイミタシオ君はその場を離れようとするが──そうなる所までは想定できる。この至近距離でリミッターを外した俺に、銃と剣が届く訳が無いだろう。
「当たらな、うおっ!」
──【Blueearth】では一部のスキルを除き、味方からの攻撃はダメージにならない。
だからイミタシオ君は一歩引いてから大きく薙ぎ払う。
が、ダメージが入らないだけだ。そして君の背後に立った以上、君は何が起きているか目視できない。
シェケル君と二丁拳銃の人をそれぞれ、イミタシオ君と斧の人へと転ばせた事に。
「ちょ、シェケル──っ」
通常攻撃のキャンセル。硬直するイミタシオ君。
命取りだ。
忍ばせていた短剣を斧の人へ。イミタシオ君は眉間に銃弾を。
アイテム化の適正外武器なのでダメージは入らないが、衝撃は与えられる。
──無事全員を倒したので、ツバキの前に戻る。イミタシオ君達もすぐに起き上がるが。
「……一体なんの真似です?」
「なんて事ないよ。俺は君達4人程度ならダメージを与えず封殺できるってだけの話だね。
いくら強くても当たらなければ意味が無いだろう」
「まさか、このまま持久戦に持ち込むつもりですか。貴女のリミッター解除はそう長く保たないと聞きますが」
「その辺は心配しなくていいよ。リミッター解除のリミットを解除してるからね。というかね、疲労なんて幾らでも後回しにできるんだよ。今日のツケは明日払えばいいさ」
「──情報に無いデータだ。よく記録しておきましょう」
この情報もまた【首無し】経由で広まってしまうのだろう。こっそり隠していた奥の手だったんだが。
……というかリミッター解除してハヤテ君とライズ君を蹴り飛ばしたんだから、本来だともう強制スタンの頃合いだったりするんだが。この場でそれに気付ける人はいないからね。油断してくれて助かった。
「──ですが、そちらのツバキさんを狙えばいい。貴女にとっての急所の様子だ」
「やってみろ小僧共。明日の朝日は拝めんぞ」
ツバキに触れるつもりならば赦しはしない。泣いて河に沈め郎党。
「──またそうやって仲間外れにする」
重圧。
黒い霧が路地裏に充満する。
「【劣等感の葦】。全ての通常攻撃とスキルの速度を低下させたわ。
【呪術師】から目を離しちゃダメよ。お酌した時に教えたでしょ?イミタシオさん」
「……ぐ、いやはや。貴女から目を離してしまった私の落ち度、ですね」
全ての動きが遅くなる。
否。
マニュアル操作なら問題無い。
「ですが、空間に作用する【呪い】ではお互いに──」
「い、イミタシオ! レンドウィックが!」
「──え」
二丁拳銃使い撃破。
レベル150と言えど、マニュアル操作での一方的な刺突には耐えられないか。鎧のある他のメンバーではこうも行かないだろうが。
「……さて小僧共。武器を構えろ。いつまでもシステムに甘えていたら死ぬよ? ──そんな大剣を振り回せるのなら、だが」
「──恐ろしい人だ」
さて、倒すのに必要なのは百か千か。
俺の娘に酌をさせたのなら、万億の刃でも生温い──!
──◇──
「……うわ。譲二さん殺りました?」
「おおエリバ君。早かったね」
「……序列6位の【スケアクロウ】のトップ4を1人で? こんな短時間に?」
「1人じゃないわよエリバ。あたしがいるわ」
「これは失礼」
【Blueearth】で血が残ったりはしませんが、呆けている4匹の"灯鬼"が惨状を物語っています。
僕とフミヱさんが到着した頃には全てが終わっていました。
今後の為にも、一応誤解は解いておきますか。
「譲二さん。ツバキさんは【Blueearth】でお酒飲んだ事ありませんし、いろんな所で働いてきましたが全てお触り厳禁の健全なお店でした。つまり譲二さんが想像している最悪のケースは起きていませんよ」
「…………………………ライズとハヤテは?」
「あー……その辺はまぁ、本人から聞いて下さい。僕の見立てでは、清い関係だと思いますよ」
「そうねぇ。よく一緒に寝たけど手ェ出されなかったからねぇ。どっちにも」
「不健全!!!!!!!殺!!!!!」
「譲二さんストップ!!!!!」
「えりばちゃんが聞いた事ない大きな声出したねぇ」
〜ギルド紹介:【スケアクロウ】〜
セカンドランカー:攻略序列6位
厳しい環境のセカンド階層以降で脱落した者、ソロでの攻略に限界を覚えたが今更何処にも属せない者、前科持ちで他人と組めない者が集まってできた吹き溜まり。
【井戸端報道】第1編集部もここに属している。
──【井戸端報道】のトップがここにあるという事は当然、ここは【首無し】の本拠地である。
全員が全員という訳ではないが、少なくとも運営をしている上層部は全員がデュークの配下である。
・イミタシオ
ウォリアー系第3職【聖騎士】/マジシャン系第2職【エンチャンター】
【スケアクロウ】ギルドマスター。矢面に立つ案山子。
吹き溜まりの代表。【首無し】誕生以前から"影の帝王"の配下としてデュークと世界征服を目論んでおり、【首無し】樹立後はデュークを影の影に隠すべく【スケアクロウ】を立ち上げる。
イミタシオ自身には野心など無く、デュークの願いを叶える事だけが生きがい。"終わってる奴を見て喜ぶ終わってる奴を見て喜ぶ変態"。
戦闘スタイルは攻撃的な両手剣の【聖騎士】。防御や支援はスキルやサブジョブで補い、自身は高火力で押し通るパワースタイル。物腰柔らかな人柄とは乖離しており、"殺されてでも殺す"狂気を感じる。
・シェケル
ウォリアー系第3職【ダークロード】/ヒーラー系第2職【モンク】
【井戸端報道】第1編集部部長。【井戸端報道】で2番目に偉い。タルタルナンバンの上司。
そしてガッツリ【首無し】の一員。嘘が下手すぎるので【首無し】では下っ端。
戦闘スタイルは防御しないタンク。【ダークロード】のHP吸収効果と【モンク】の継続回復でゴリ押す。堅実に盾も使うので相当な耐久力を持つ。
・レンドウィック
レンジャー系第3職【ガンスリンガー】/サモナー系第2職【ライダー】
元ソロ冒険者枠の代表……というポジションの【首無し】。二丁拳銃使いだが中距離より近距離に特化しているインファイター。
今回は見せ場が無かったが、近距離特化散弾銃の使い手なので正面からぶつかっていたらジョージでも避けきれなかった。
戦法的に【ラピッドシューター】が向いているが、世間一般的にハズレジョブであるバイアスがかかっており転職はしていない。
・ボトム
ウォリアー系第3職【グラディエーター】/ローグ系第2職【トリックスター】
【スケアクロウ】入隊後に【首無し】に入ったタイプ。
ギルドハウス散歩してたら秘密の入り口見つけちゃって優しいギルドマスターが鬼の形相で拷問してきて怖かったけど、今となっては良き思い出。
【トリックスター】のステップで身軽に移動して斧をぶち当てる戦場の踊り屋。
戦闘が始まったらボトムに巻き込まれないよう全員避ける算段だったが狭い路地裏だったので自重……してたらいつの間にか負けてた。
ちなみに耐久性はかなぐり捨てている。




