175.明暗併せた鬼の街
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暗峠に聳え立つ大鐘楼。
並ぶ青火の提灯通り。
人を誘うは灯鬼。
溶岩の大河が夜道を照らす。
──ここは【第70階層 煉獄都市ヒガル】
阻む関門。王の戯れ。
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転移ゲートからすぐに広がる湖。
その先は川になって、提灯の灯り立ち並ぶ街道。
その道の先には大鐘楼。
鬼の住む街──ヒガル。
「ヘル階層において暗闇は支配者の領域だ。ヒガルであろうとも、冒険者がうろつくには"灯鬼"を雇わないといけない」
転移ゲート前には体格のいい赤鬼と、鬼灯カンテラを持った子供──"灯鬼"。
【Blueearth】の魂を管理するヘル階層における原住民は"鬼"。全てが【Blueearth】での死者の魂を再利用しているという。
「久しいなライズ! 冒険者は嫌いだがお前は別だ! 大所帯だが安くするぜ」
とりわけ背の高い三本角のドレッドヘアの赤鬼。"灯鬼"の受付をしている友人だ。名前はアクラ。
「定価でいい。金には困ってないんだ。……いや、倍払うから案内してくれないか?アクラ」
「道理が廃る。友人料金とお前の粋に免じて定価で案内してやるぜ。屋形船を出す。そこで待ってな」
アクラが準備に向かったあたりでぼちぼち説明だ。メアリーも鬼にビビってるからな。
「今のアクラみたいな"赤鬼"も、そこの"灯鬼"も全部【Blueearth】の魂を再利用して作られている。だからって訳かは知らないが、死んでも生き返る冒険者の事は気に入られていないんだ。
……まぁその辺は接し方次第というか、得体が知らないから拒否感があるんだろ。必然的に仲良くなれるから安心しろ」
「どういう事?」
「そのうちわかる。ほら行くぞー」
1人1匹、"灯鬼"がちょこちょこと付いてくる。
可愛いもんだが、これがまた食わせ者なんだよなぁ。
「よっしゃ、出航!」
橋渡しの魔物"カロン"に引かれて屋台船が出航。
アクラがドシンと座っても沈まない頑丈な船だ。
「ヒガルの住民の"鬼"は3種類。インフラを支えたり日常生活を送ったり……普通の生活をするのが"青鬼"。
鬼を統率するリーダーポジション、あるいは戦闘要員がアクラみたいな"赤鬼"。
そして"焔鬼大王"の眼となる冒険者の監視役が"灯鬼"だ」
「"焔鬼大王"ってのは……ヘル階層のレイドボス、よね?」
「そうだ。普段はあそこの大鐘楼にいる。ヘル階層の支配者で、ヒガル唯一の生者だ」
「俺たち鬼は転生するまでの魂のごった煮よ。シェアハウス状態だな。自我を丸洗いしてる最中だから記憶とかは無いんだがな。
生前に善き行いをした魂は"赤鬼"に、悪しき行いをした魂は"灯鬼"に、判定微妙なその他大勢は"青鬼"になって転生するまでの間をヒガルで過ごすんだ」
「悪いのが"灯鬼"なの? ちいさな子供じゃないの」
「悪いから抵抗出来ないように小さな子供のガワにしてるんだよ。悪いから独自自我も与えられないし、発言も飲食就寝もできない。ただひたすら冒険者に付き纏う事しかできないんだよ。
罰ってのはそりゃ受けてもらわなくちゃならねぇけど、それを見てると気分悪いだろ? だからせめて可愛くしてやったんだとよ。焔鬼サマは物好きだぜ」
うりうり、と"灯鬼"を指で突っつくアクラ。ちなみに"灯鬼"への暴力は禁じられていないが、暴力を振るった瞬間に悪行換算されて"灯鬼"になるらしい。鬼も大変だな。
「随分と優しいのね、その"焔鬼大王"って」
「だはっ。すぐ撤回する事になるぜマスター。ヒガルを通り抜けた奴でそんな事言える奴ァいねぇぜ」
「そうねぇ。焔鬼様はねぇ」
「控えめに言って最悪です」
「の、ノーコメントで……」
ヒガル突破組が全員この反応である事からもわかる通りだ。
「……今俺たちは船でヒガル本島に向かっているが、アクラ達を無視して行く事はできない。ヒガルに入るには必ず"灯鬼"と契約しなくちゃいけないんだ。
そして暗闇は"焔鬼大王"のテリトリー。ヘル階層にいる限りはどっちにせよ"焔鬼大王"に手綱を握られる事になる。
そんで暗闇にいるとどうなるかって言うと、魂を握られる事になる。冒険者は不死身だが、死んだら"焔鬼大王"の目の前にリスポーンしちまう。そして法外な蘇生料を払わされる。
灯のないところに絶対行くなよ。蘇生料が金とは限らない」
「……いや蘇生してるのは【Blueearth】のシステムであって"焔鬼大王"は何もしてないじゃない」
「そういう事をするんだよアイツは。しかもヒガルにいる限り無敵だ。あいつからの攻撃は即死だしな」
そういった感じで住みにくいのに、多くの冒険者はここでの活動を余儀なくされる。これが厄介なんだよな。
「焔鬼サマは自分の利益全一だからな。79階層の"羅生門"の開門を一月に一度にしたのもそのためだしよぉ」
「お陰様でセカンドランカー直前の冒険者が屯するようになった訳だ。と言うわけで、絶対に気を許すなよ。何を盗られるかわかったもんじゃない」
「わ、わかったわ」
とは言っても、こっちも相応の迷惑をかけに行くんだがな。
「ヘイヘイライズ。行き先は大鐘楼だよな?」
「勿論だ。そのまま真っ直ぐ、頼むぞアクラ」
「あいよぉ!」
アクラを雇ったのには理由がある。
が、雇っている間は特に何かしてもらうつもりは無いのでこうしてお喋りを楽しむ訳だが。
「今後だが……ヒガルでの目標は、レベル上限の突破。【夜明けの月】としてはこれくらいなもんだ」
「け・ど! ツバキさんとの約束があるんでしょ。ハヤテと【決闘】して勝ち取るんでしょ! まずは1人で【黒髑髏】行ってきなさいよ。最初に声掛けてあげないと怒るわよツバキさん」
まだアクアラで一度しか会ってないだろうに何故そんなにノリノリなんだメアリー。
行くよ。すぐ行く。今日中に。だれか連れて……は、ダメか。
「もう一つ。ギルドではなく個人の目標の話なら……クローバー。お前の目標に関わる話がある」
「……えっ、俺?」
話題逸らしではないぞ。
クローバーはずっと【夜明けの月】に付き合ってくれているが、勿論その目的を忘れてはいないとも。
「──数日後、【飢餓の爪傭兵団】【真紅道】【至高帝国】……トップランカーによる定例会談が行われる。スペードに会うチャンスだ」
「……スペード」
クローバーは謎多きトップランカー【至高帝国】から突然の脱退、そしてなんやかんやで【夜明けの月】に参加した。
そしてその脱退はギルドマスタースペードからの指示だったと言う。
クローバーの目的はもう一度スペードに会って脱退の理由を聞く事。偶然ではあるが、勿論そのためなら数日の滞在だってするとも。
「あー……マスター?」
「なに尻込んでるのよ。アンタの願いでしょ。むしろ【夜明けの月】の全力で再会させてやるわよ。
その後【夜明けの月】を抜ける事になったとしても、止めないわ。
……いや嘘。記憶持ちを野放しにはできないわ。止めるからあたし達全員薙ぎ倒して抜けなさい」
バッサリ。こういう所がメアリーだな。
……後ろでドロシーが慌ててるあたり、本心はもう少し小心者なんだろうが。"言っちゃったー!"とか考えてるのか。
クローバーは呆気に取られて、そして笑う。
「……ははっ。流石は悪の総帥。あんがとよ。
まー戻るかどうかわからねぇけどよ、そこまで恩知らずじゃねぇよ俺は。
【夜明けの月】だろうが【至高帝国】だろうが俺はアンタに手を貸す。これは言質取ってくれて構わねぇぜ」
「あら。最高の駒が手に入っちゃった。チョロすぎない?」
「マスター譲りなんだよ。まぁ何だ。今後とも宜しくな」
……想像の何倍も穏便に済んでよかった。まぁこれでも場合によっては突然クローバーに薙ぎ倒されるイベントが入るわけだが。
「さーて、そろそろ到着だ! ヒガルの誇る大鐘楼前だ!」
アクラの声に外を見れば、大きな大きな大鐘楼。
ヒガル最大の目的地に到着だ。
──◇──
「んじゃ、俺はこれで」
「おうサンキューなアクラ。またな」
大鐘楼の前、人間には大きな門をドア感覚で開けて中に入るアクラ。
……さて、お話の続きだ。
「説明した通り、もう"灯鬼"と契約したお前たちが死ねば"焔鬼大王"の前にリスポーンする。つまり宿とかでリスポーン地点を設定する意味が無いって事だ。
ロスト階層での練習、覚えてるか?」
「それぞれソロで戦える程度の力を持つ必要がある、って奴よね。それがどうかしたの?」
「……"焔鬼大王"と会うには、死んでリスポーンするしかない。だが俺は奴から押し付けられた【朧朔夜】の話を詳しく聞きたくてな。
忍び込んだんだよ。ここに」
ははは。レベル上限突破組もビビってる。
そうだよな。方法は知っているけど"発見者は何を思ってこんな事したんだ"って思われるのも仕方ないよな。
「レベル上限100突破の方法は、直接"焔鬼大王"に会いに行く事だ。これから1人ずつ大鐘楼に潜入し、最奥にいる番人を抜け、"焔鬼大王"に会ってこい!」
──これこそが【Blueearth】の難題。レベル100でレベル110超えの魔物を掻い潜るクソ試験だ!
「ライズ君。もしかしてアクラさんを雇ったのって……」
「大鐘楼のセキュリティは最後の番人によって配置される。アクラは"赤鬼"界隈でも五本の指に入る実力者。ここまで大鐘楼に近付いたら自動で奴が番人になる。
アクラの警備は一番セキュリティがガバガバだ。その分アクラに見つかったら最強格のパワーで蹴散らされるがな。アクラのレベルは130。当時はおろか今の俺でも勝てないぞ!」
「馬鹿! ライズほんと馬鹿!」
ふはは。ブーイングなぞ知った事か。一番槍はお前なんだぞメアリー。
「さあ張り切って行ってこい! これ大鐘楼のマップね。大鐘楼自体は別のマップ扱いだから戦闘でペナルティ発生しないから安心しろ。魔物はわんさかいるが」
「馬鹿!」
「ふはは。がんばれー」
──◇──
──雑貨屋【黒髑髏】
皆に言われたという事もあるが……1人で、遂に店の前まで来た。
偉いぞ俺。今日はこの辺にしといたるわ。
「今日は貸切よ。入りなさいライズ」
逃げられませんでした。
まだ戸を開けていないというのに何という重力!
くそぅ、足が竦みやがる!
……そろそろ怒られそうだ。入ろう。
ちりんちりんと鈴が鳴る。
店内には、久しぶりという程でもないツバキと──
「やぁライズ。遅いよ。たすけて」
「──ハヤテ」
仇敵にして親友が、死にそうな顔をしていた。
なんて情け無い顔だ。俺はハヤテの横に座る。
「……で? あたしを奪い合うんだっけ?」
「ああ、そうだな」
「そうだね。遂にここまでやって来たんだねライズ」
「相応に遠回りしたがな」
「"LostDate.ラブリ"の件といい、ボクも無関係じゃないから……それで待たせたとは言わないよ」
「ふっ……じゃあ今日の所は」
「ああ。とりあえず今日は」
「「飲もう」」
「決闘、しないの?」
「「後日!!!!」」
「………………あっそ」
〜レイドボス一覧〜
【咆嵐の傷痕 テンペストクロー】
管轄:System:アドレ/ウィード階層
自我:なし
システム:【NewWorld】
外部からの悪性データを真っ先に受けるセキュリティ"アドレ"のウィルスバスター。
故に、【Blueearth】以外の外部悪性データを防衛する事に専念している。つまり【Blueearth】は素通り。他のセキュリティがなんとかするやろ。
自我は【Blueearth】序盤に発現したが、仕事が多いため機械化思考の方が手早く活動可能と判断。理性のカケラも無い冒険者に戯れにデータの一部を譲渡した後、自我を手放す。【Blueearth】以外の侵入データが相手なので、システム的には天知調に半分明け渡して共闘している事になる。
【大樹の意思 スピリット・オブ・ドーラン】
管轄:System"ドーラン"/フォレスト階層
自我:あり
システム:【NewWorld】
【Blueearth】としての自分の出番が無くなったため、天知調に降伏し冒険者ユグドラシルとしてセカンドライフを謳歌している。
一番仕事してないが、そもそも"何もしない事"が存在意義であるデータ破損系のセキュリティシステムなのでこれで良かったりする。
【穿孔する蟲王 ミドガルズオルム】
管轄:System:"ルガンダ"/ケイヴ階層
自我:なし
システム:【NewWorld】
現状で自我発現に必要なデータ溜まりが発生しない環境なので自我は無し。寡黙な仕事人。
レイドボスの中では全身無敵判定で正面即死判定というどうにもならない化け物なのだが、何故か定期的に撃破される。
スピリット・オブ・ドーラン同様にレイドボスとしての存在意義はほぼ消滅しており、自我が発現したら降伏するのかもしれない。
【呪氷の叛竜 スフィアーロッド】
管轄:System"クリック"/フリーズ階層
自我:なし
システム:【Blueearth】
"イエティ王奪還戦"にて【NewWorld】由来の個体は消滅したため、現在は【Blueearth】のシステムに置き換わっている。
位置の都合上新しい方も遠からず自我が発現するが、そちらにはセキュリティシステムとしての責務は無い。
ちなみに旧スフィアーロッドは自らの生存のためにセキュリティシステムを捨てたので、現在クリックのファイアウォールは存在しない。
【騒乱開花 カースドアース】
管轄:System"ドラド"/サバンナ階層
自我:なし
システム:【Blueearth】
バーナードが丸ごと掌握したため【NewWorld】のシステムとしての"カースドアース"は消滅。現状存在しない穴埋めに天知調がダミーデータを挟んでいる。現状"LostDate.ラブリ"はサバンナのレイドボスとして扱われている。
また、サバンナ階層から出た時点でもう【NewWorld】のシステムとしては機能しなくなっている。
自我があったとして、知らない端末やらバグやら愛に生きる冒険者に体内ぐちゃぐちゃにされた挙句主導権奪われるのだから可哀想でしかない。
【揺蕩う宇宙 コスモスゲート】
管轄:System"アクアラ"/オーシャン階層
自我:なし(?)
システム:【NewWorld】
恐らく自我は無いとされている。コスモスゲート側からのアクションが何もないので判定が難しい。或いは自我があっても人間レベルではなく動物レベルのものという可能性もある。
【Blueearth】においても根幹となる階層同士を繋ぐゲートのデータを担っているため、天知調も扱いは慎重になっている。
流石に自我は無いだろうとされているが、もしあるのなら相当温厚な性格のはず。
【永遠の追憶 エルダー・ワン】
管轄:System:"バロウズ"/ロスト階層
自我:あり/なし
システム:【NewWorld】/【Blueearth】
タイミングを見計らった事で【NewWorld】のセキュリティシステムと【Blueearth】のレイドボスに分離した。
だが【Blueearth】で生きるには純粋な【NewWorld】システムのみでは無理なため、ちゃっかり【Blueearth】側のデータを一部抜き出している。
【Blueearth】はアザルゴン王で遊ぶのが楽しい幼児だが、【NewWorld】はそういう物騒なの好きじゃない。
感覚としてはユグドラシルと変わらないが、ユグドラシルほど恥知らずではないので……。寝返った上に冒険者になるとか流石にナイナイ。




