171.焔々流転:一刀にて
"霊憶の丘"
ルール:合計得点70ptに到達した方の勝利
同じレベルの相手を討伐→10pt
自分より高いレベルの相手を討伐→20pt
自分より低いレベルの相手を討伐→5pt
【夜明けの月】:65pt
【需傭協会】:55pt
──◇──
──刀専用スキル【一閃】
抜刀の瞬間にのみ使えるスキル。
だから【サムライ】は戦闘中であっても容易に刀を抜かないし、隙さえあればすぐ納刀する。
一時期"最強の侍"まで登り詰めたサティスを俺が倒せたのは、納刀を徹底的に妨害したからだ。サティスはそこまで【一閃】に拘らないというか、他に択が山ほどあるからそのまま戦ってくれた。
だがカズハは【一閃】の達人だ。どうやっても【一閃】に繋げるから妨害しても何しても距離か時間を稼いですぐ納刀する。
しかも敵をすり抜ける【灰燼一閃】まである。かなり厄介な相手だ。
そして何より危険なのが、今。
納刀している今は、何の【一閃】を出すのかわからない。
つまり【迅雷一閃】の速度を考慮し、【虚空一閃】の範囲を考慮し、【怨魂一閃】の火力を考慮し、【灰燼一閃】の動きを考慮しなくてはならない。
ましてや、その全てが届く真正面に立つなんて。
「メアリー! 流石に無理だ!」
「ライズとリンリンは防御準備!そして動かないで!」
聞く耳持たず。だが策のある時の顔。
ぶっちゃけ無理ゲーだと思うが、任せるしかないか。
俺たちに声を掛けた、そのメアリーの一瞬の隙をカズハは見逃さず──
「【虚空一閃】──」
「【チェンジ】!」
──遥か後ろで、空を斬る音。
俺とカズハが入れ替わったか!
「リンリン!」
「はい!【ワイドシャッター】!」
「っ、やるわねメアリーちゃん! 【迅雷一閃】!」
「【チェンジ】!」
今度は最速の抜刀──を、また俺とカズハが入れ替せて不発。
まさか、これは──
「……【一閃】を使うには、一瞬でも止まる必要がある。その一瞬を狙って座標設定したの?」
「修行してるのよこれでも。動きまくる的でなけりゃ容易いわ! 立ち止まってちゃ危ないわよ! 【チェンジ】!」
今度は俺がメアリーの近くまで飛ばされた。
いや、理論上は可能だろうが相手は達人だ。【一閃】の隙なんて熟知してるだろうし、本当に止まるのは一瞬だぞ。
「……そう。本当に強くなったわねメアリーちゃん。
こっちも本気で行くわ」
「今のはあくまで説明よ。こっからはライズが動くわ。カズハの【一閃】はあたしが無効化する。あたしへの攻撃はリンリンが受ける。
【夜明けの月】はここからが本番よ! かかってきなさいカズハ!」
──◇──
──"霊憶の丘"外
「スゲェな俺たちのマスターは! 感覚で動く的を転移させられるダイヤには及ばなかったが、一瞬でも止まる相手なら転移できるようになったか! 技量じゃダイヤと相互互換まであるな!」
「実際できるんですか? 同じ座標系のスキルを使う僕からすると相当無茶だと思います」
「メアリーちゃん、なんとか【エリアルーラー】を使おうと頑張ってましたから。きっと本当ですよ」
「いや、半々といったところだろうね。それでも関係ない。カズハ君はライズ君と戦いながら、常に【チェンジ】に怯えなくてはならないからね。
それこそリンリン君の【リアクティブ・カウンター】に合わせられたら悲惨だ」
「yes:マスターは実質カズハの【一閃】を抑えたといえます」
──【夜明けの月】も【需傭協会】も、ふかふかのソファで鑑賞している。
ミカンがリタイアしたお陰だ。そのミカンはフォースクエアと一緒に不貞腐れているが。
「……だとしても火力が違いますです。それに"エルダー・ワン"が入ってる。撃破は無理だとミカンさん思います」
「そうだそうだ。そもメアリーの作戦は人数がいる前提だ。メアリーは勿論のこと、リンリンとライズのどちらかが負けても成立しないだろう」
「フォースクエア。もう気持ち悪い敬語は辞めたのか?」
「辞めた。だるい。
誰の真似でもできる気はしてたんだが、無理だった。向いてないんだろうな、絶対的リーダーは」
「それはそうである。貴様は良くて小悪党。あの誇り高い悪党ホーリーになるなぞ笑止千万よ」
「ひょほほ。相変わらずデリカシーの無い男であるなブックカバー」
「黙れ変態」
「ほほほ。まぁクロスがフォースクエアになろうと大した変化ではないわ。麿達からすればな」
「……そりゃバルバロスと比べたら微差ですが。貴方こそ何があったんですか。ぎもん」
「最初は無愛想なギルドマスターへの宴会芸であったのだが、思いの外ウケなかったのでな。二度とやるなと言われたので、それ以来こうでおじゃる」
「あーあれな。最初は雷神太鼓と太陽背負っておったが煩い眩しいでアカツキが3日で泣いたから辞めたのよな」
「ひょほほほほ」
「お前……スケールダウンしてそれかよ」
本質は変わらないけどな。ずっとこいつはデリカシー無くて頼れる兄貴分だ。
──◇──
──中々厳しい戦いだわ。
リンリンちゃんとメアリーちゃんは常にペアで動いて攻撃が通らないだけじゃなく、向きによっては私とメアリーちゃんを【チェンジ】されてリンリンちゃんに受けられて【リアクティブ・カウンター】で返されちゃう。
ライズさんの相手はレベル差で埋められるようなものじゃない。常に距離を詰めてないと刀の射程範囲外になった瞬間に銃で攻撃してくる。
多少のダメージは"エルダー・ワン"のバフで直ぐに回復できるけど、既に武器を7つ壊してる。【朧朔夜】の【焔鬼一閃】がいつ飛んできてもおかしくない。
厄介な相手ね【夜明けの月】。単純なレベルでは及ばない、仲間同士の絆。連携。そして綿密な作戦と、それを理解する信頼。素晴らしいわ。はなまる!
「でも……お姉さんも負けないわ!」
【厚雲灰河】を構える。メアリーちゃんはそれを見逃さない。
「【チェンジ】!」
でも今のは構えて止まっただけ。
転移したのはメアリーちゃんと私。目の前には大盾を構えたリンリンちゃん──
「【シールドバッシュ】──っ!」
大盾によるノックバック。でもまだ【一閃】はしてないからバックステップで避けて、踏み込んで今度こそ!
「【迅雷──」
「【スイッチ】──【炎月輪】!」
【月詠神樂】で空から廻り斬り落ちるライズさん。読まれてましたね。もう一歩下がります。
「【スイッチ】──【スターレイン・スラスト】!」
今度は大槍【壊嵐の螺旋槍】。ライズさんの突きに合わせるなら──
「【巖烈一閃】!」
「げェーッ! なんで合わせられるんだよ!」
地属性の打ち上げ攻撃。風属性の直進攻撃をカットするなら相性有利。ライズさんの軌道を逸らす事はできたけど──
「【チェンジ】!」
ここで私を転移させるわけにはいかない!
【厚雲灰河】を手放して転移立方の境界に差し込む。これで転移はできないわ。手放したから【燕返し】もできないけれど……まだ【分陀利】がある。
──今、メアリーちゃんどこにいる?
「──【チェンジ】。今度こそ成功ね」
私の背後に、死神が立つ。
かつて【象牙の塔】にいた【エリアルーラー】のナギサちゃん。何度か共に戦い、時には敵対した彼女。
数人しか出会わなかった【エリアルーラー】だけど、ナギサちゃんだけしか成功した事のないスキル。あれを初めてくらった時の感覚──
【エリアルーラー】専用スキル、防御無視の必殺技。【次元断】! メアリーちゃん、アレできたの?
ナギサちゃん曰く"ビビビってなってワッてなってガッチャーンってならないと使えない"スキル……
ナギサちゃんの感性を考えるなら、ここ!
──◇──
ライズは火力。
リンリンは防御力。
あたしは盤面指揮。
そう思われている所を突く。
【チェンジ】に集中しないといけないから大魔法は使えないけれど、この魔法は発動準備が詠唱じゃない。
一瞬、カズハさんがあたしを意識から外す一瞬を狙って背後へ。
【次元断】。発動した瞬間に設定座標と照準座標の合致率を求められる──【サテライトキャノン】の一瞬版。
当たれば倒せるまでは行かないかもだけれど、大きな隙にはなる──
「──ここ!」
「はっ、嘘!?」
カズハは【厚雲灰河】の鞘を腰から動かして──あたしの手に当てた。
アイテム接触。ダメージにはならないけど、あたしが少しでも動くという事は──座標がズレる!
──【次元断】失敗!──
どういう事よ、なんでわかるのよ!
カズハはそのままこっちに向いて、【分陀利】を抜刀する──
「お見事。──【怨魂一閃】!」
──あー、やられた。
せっかくだから、最後まで残りたかったのに。
──◇──
──『【夜明けの月】メアリー 敗退。
【需傭協会】に5pt加算されます』──
【需傭協会】:60pt
【夜明けの月】:65pt
──◇──
──【厚雲灰河】は手放した。
【分陀利】は背後のメアリーに使った。
【燕返し】は方向の修正ができない。
全部メアリーが作った隙だ。
「リンリン!」
【巖烈一閃】の追撃も来なかった。俺の飛ぶ先にはリンリンがいる。
リンリンは察しのいい子だ。既に盾を構えてくれている。
「【スイッチ】──【朧朔夜】」
刀には刀を。
リンリンの盾に着地して──
「お願いしますライズさん。【シールドバッシュ】!」
──そのままカズハへと弾き飛ばされる!
──弌ツ。己が命を闘争に奪われる事。
俺たちが動くより一手早いか。【分陀利】を納刀しながら振り向くカズハ。
──弐ツ。七の同胞を失っている事。
「受けて立ちます。これが最後──【灰燼一閃】!」
──参ツ。その一振りのみに全てを捧げる事。
カズハが、"エルダー・ワン"が。
黄金の炎に包まれる。
その姿が朧となる前に──
「【朧朔夜】──」
それは輝きを否定する影。鈍夜の太刀。
月も霞む程の陰炎がその刀身を覆い隠す。
炎と怨に蝕まれた妖刀の、閃光の如き抜刀術。
「──【焔鬼一閃】!」
──昼と夜の業炎が、互いの命を燃やし斬る。
──◇──
──『【需傭協会】カズハ 敗退。
【夜明けの月】に20pt加算されます』──
【需傭協会】:60pt
【夜明けの月】:85pt
──『【夜明けの月】目標pt到達。"霊憶の丘"を終了します』──
──『勝者──【夜明けの月】』──
〜外伝:孤独の晩餐12〜
《くろこげパン屋さん》
【第0階層 城下町アドレ】
ナツです。【祝福の花束】ドーラン支部支部長で、【アルカトラズ】"拿捕"の輩 第10特務部隊隊長で、複合商店"サマー商店街"支配人で、【草の根】ドーラン支部特別外部顧問です。
【祝福の花束】本部が飲食店を始めるとの事で、商業の聖地ドーランから経験者を連れてくる、と約束して。
それはそれとしてお祭りを楽しむ事になりました。
【開拓祭】は冒険者の活躍を讃え、そして冒険者と原住民の間の壁を切り拓くためのお祭りだそうです。
……異種族と冒険者が仲良くしているのより、冒険者同士が仲良くしている方が驚きなのは、どうなのでしょうか。
「冒険者同士が仲良いのは普通じゃないの?」
「アドレはちょっと特殊なんです。全ての冒険者のスタート地点なので、そもそも攻略をしない人達が大勢いるんです。剣を握った事すら無い人だっているんですよ」
「ふーん。あ、パン屋さん! ナツさん行こう行こう」
「はいはい……【玉兎庵】ですか。おしゃれな看板ですね」
人混みに流されてたどり着いたのはアドレの端っこ。
パンのいい香りに誘われて入店すると──
「いらっしゃい」
──まっくろさんがいました。
「ありゃ。ブレイクソウル族じゃん。珍しいわね」
「ご存知か。貴女は人間ではないようだが……?」
「ユグさんとお呼び。あと今は人間です」
最近特にユグさんのコミュニケーション能力が向上しまくってます。すぐに仲良くなっちゃう。
……ブレイクソウル族といえば、バロウズの原住民。アドレにもいる筈ですが、少なくとも私は初めて会いました。
「僕は店番のブランカ。見ないお客さんだね。まぁお祭りなんだから当然か」
「店主さんですか?」
「タダのアルバイト。あと煤が付いちゃうからあまり近寄らないでね」
「あ、はい」
アドレには沢山のお店がありますが、階層攻略する冒険者が関わるお店は本当に一部のものです。基本的にはアドレ原住民の生活を尊重しようって考えですね。
「試食するかい。サービスだよ」
試食というにはまん丸なシュガーブールを大胆に半分にして渡してくれました。ユグさんはすぐにかぶりついてしまいます。
「いいんですか?」
「表の看板、褒めてくれたろう。あれは僕が描き直したんだ。もう芸術家では無いが、褒められると嬉しいのは変わらない」
「で、では……いただきます」
「どうせ店主もチーフも祭りの最中は帰ってこない。お好きにどうぞ」
優しい店員さん。このお店はリピートですね。
……わぁ凄いおいしい。
「……なんか君、チーフに似てるな。元気いっぱいで案外他人を振り回しそうなところとかが」
「そんな風に見えるんですか!?」




