168.己が道を斬り拓くために
"霊憶の丘"
ルール:合計得点70ptに到達した方の勝利
同じレベルの相手を討伐→10pt
自分より高いレベルの相手を討伐→20pt
自分より低いレベルの相手を討伐→5pt
【夜明けの月】:50pt
【需傭協会】:50pt
──◇──
クローバーがやられた。
マジか。いやマジか。
レベル150のブックカバーとデビルシビルがリタイアしたからクローバーはもう5点しか取れない状況ではあるが……それでも重要な戦力の損失だ。
……てかレベル150全員落ちてるじゃねーか。何してんだ。
現在最高レベルはカズハ(138LV)。次点でミカンとリンリン(128LV)。その次が俺(116LV)。フォースクエアとメアリーとゴーストがLV100。
ミカンとリンリンは千日手だ。あれはもう動かん。
となるとカズハとフォースクエア相手だが、フォースクエアはどうやっても5〜10ptにしかならないのでいても居なくても同じ。逆にカズハは誰が倒したとしても20ptで合計70pt優勝。こっちはカズハだけ狙えばいい。
だが向こうからするとカズハが誰を切っても最大15ptだからフォースクエアが誰かを獲らないと70ptに届かない。つまりフォースクエアをマークしないと危険だ。どうやってか知らないがジョージを倒してるしな。
とにかく優先すべきは合流だ。どっちにとっても。
アテが無いとここから泥沼だが……本当に厄介な事に、一つアテはある。
突然現れた城。そりゃそこに集まるよな。他に安全に合流する方法も無いし。
……装備耐久値確認。
悩むまでも無いが、最も警戒すべきはカズハ──レイドボス"エルダー・ワン"だ。
なーんでこの状況でレイドボスが出しゃばって来てんだよ本当。
だが"カースドアース"になったバーナード、後付けでレイドボス化した"LostDate.ラブリ"。あと自己主張が激しすぎた"スフィアーロッド"。レイドボスと自我の関係性は散々見てきた。
……"エルダー・ワン"は間違いなく自我持ちだ。パターン化できない行動、あまりに悪辣すぎるフロアボスへの嫌がらせ。当時は"かなり高い知能を有する"程度の結論だったが、アレは完全に自我だ。つまり"スフィアーロッド"レベルのやらかしもあり得る。こーの邪竜コンビがよぉ……。
レイドボス特効は【朧朔夜】と【月詠神樂】。あとはカズハがどこまでレイドボスになってるのか……。
「あらライズ君。お命頂戴【怨魂一閃】【燕返し】」
「早い速い疾い迅い!」
なァーんでこんなすぐエンカウントするんだよ!
──◇──
──どこかでライズの悲鳴が聞こえる。
でも構ってる場合じゃないわ。今の生き残りの中ではフォースクエアのヤバさを一番知ってるのはあたし。
あのジョージが赤信号出すのよ。しかも倒せてない。問題は今どこに誰がいるのか。
カズハを倒さないとクリアにならない……ってのは、厳しすぎるわ。ライズは格上の【サムライ】とドーランで……サティスと戦って勝ってるけど、今回はレイドボスが後ろに控えてるはず。そのレイドボスの担当階層での強さは"スフィアーロッド"が証明済。ウィード階層の"テンペストクロー"然り、あたし達はまだその階層が住処であるレイドボスを討伐し切った事は無い。"スフィアーロッド"は総力戦だからノーカンね。
……クローバーは"ミドガルズオルム"も"スフィアーロッド"もなんならソロで倒してるけど。あれは例外。というかぶつけるのも計画に入れてたんだけど、倒されちゃったからね。もう真面目にカズハと戦うのは難しいわ。
だとするなら、やるべきは一つ。
「──【チェンジ】」
まずは状況把握。作戦決行はその後ね。
──◇──
ジョージ撃破後、そう時間を置かずに次々と脱落。
ミカンはリンリンを抑えた。あそこの点は不動……に見えて、カズハが外の3人を倒した後に最後の5ptを狙うチャンスが残る。
"無敵要塞"が俺とカズハとミカン3人相手にも生き残れたとして……65pt対50ptで硬直状態なら"審理"の輩も時間切れ勧告をするだろう。何なら逆転の可能性のあるカズハをリタイアさせてもいい。
そう。つまりカズハが手を抜く必要は無い。元より怪物のあの女が、今はレイドボスまで従えている。しかも【夜明けの月】にはクローバー不在というオマケ付き。
これもう勝ちだ。後は俺がライズという格上と当たらなければいい。なんなら隠れるか。
「──skill【襲牙】」
肌で感じる恐ろしさ。
俺の中の誰かが持つ反射神経か危険予知。ともかく一瞬早く、俺は脅威に気付いた。
とはいえ。
身体能力が追いついてない!
「来い、"エターナルメモリー"!」
水晶魔物を盾に、なんとか攻撃を受ける。
現れるは漆黒の冷徹メイド──ゴースト。
「search:【需傭協会】フォースクエア。排除します」
「勘弁してくれ……」
ジョージとの一戦以来、俺の中にあった連中の感覚が無い。反射的に出てくる技は使えているが、なんかこれまでみたいな俺の意識外に動く事が無くなっている。
頭はスッキリしているが……戦力の大幅低下と言わざるを得ない。
"エルダー・ワン"の奥の手も、それに伴う超回復も無い。正直基本スペックでは【夜明けの月】に勝てる気がしないので……。
「数の暴力と行こう! "スパイダー:スカイフラワー"! "バグゴーレム"!」
壁にしかならないが、巨体の魔物で視界を遮る。
今のうちに隠れ、そして思い出せ。
俺の無意識に恐れていたもの。あのジョージと戦った時に出たあの感覚を!
──◇──
フォースクエア/クロスに眠る人格──より正確には、後天的可変人格が投影した仲間達の人格。
自我への侵食はホーリーへの信仰心で止めていたものの、要所で彼らは表に出てクロスを助けていた。
だがジョージ──本物と出会い、それにかつての"谷川譲二"のコピー人格をぶつけてしまった結果、集合可変人格達は己がコピーである事を自覚してしまった。
人格の模倣には綿密な行動観察把握に加えて、自己陶酔に近い思い込みが必要である。彼らは今日この日まで自分達の中に"谷川譲二"が存在すると疑っていなかった。
また、彼らが表に出られたのはクロス自身の自我が補強されていながら固定されておらず不安定であった為であり、ジョージと一戦交えた事で集合可変人格の弱体化と合わさり──クロスの人格の固定が完了していた。
強化ではない。これでようやく一人前と言ってもいい。
ともかく、クロスはもう誰かのコピー人格のインストールはできなくなってしまっていた。
……が、身に染みついた感覚というのは消えない。
ゴーストの【襲牙】に反応できたように、彼の身体には複数の人格によって培われた技術が遺されている。
身体技術で言うなれば、彼自身の大元──他者を真似る技術も同様。
"ジョージによって消えたあの感覚"を探すフォースクエアは、無意識にもジョージそのものを模倣。不足分を身体に染みついた"谷川譲二"の戦闘技術で補い、かつての"谷川譲二"を再現する所まで成し遂げる。
──◇──
log.
フォースクエアの魔物を退けた先に不明瞭なデータの確認。
ジョージ──no.──フォースクエアが肉弾戦を仕掛けてきました。
「──action:skill:【双月乱舞】」
「甘い!」
双剣の回転連続攻撃の隙間を掻い潜って私の手首を狙われます。
スキル発動中の攻撃方向の強制変更は、理論上【双月乱舞】でも有効です。それが出来るのは──ジョージくらいですが。
スキル発動中の私には解除の権利がありません。そのまま投げ飛ばされます。
「追撃する!」
「──install:ジョージ」
フォレスト階層で見せたジョージの樹上跳躍移動を模倣。
戦況を再確認。
フォースクエア撃破は得点において不要。しかしフォースクエアに私かマスターが倒されてしまうと王手がかかります。
フォースクエアを見失わない距離で、フォースクエアが見失わない距離で逃亡。
まずはライズとの合流を。マスターは恐らく──
──◇──
──中央の城
「リンリンちゃん。あとはもう待つだけです。のんびりしましょうね」
……"霊憶の丘"において最も危険なのは、多分わたし達。
"絶対死なない奴"。総合獲得可能得点の引き下げ。
恐らくは外のみんな、私達が動かない事を前提に動いている。
「でもね、ミカンちゃん」
──私が"無敵要塞"である事。
【フォートレス】が戦闘に向いていないジョブである事。
「わたしは、わたしは──」
そのどれもが。
わたしが剣を握らない理由にはならない──!
「……大盾を捨てて、両手剣なのです?【ディバインセイバー】……グレンのお下がりですか」
両刃の黒い大剣は、かつてグレンさんが私に譲ってくれた業物。
悠々と持ち替える時間があったのは……ミカンちゃんが優しいから。
「この剣とわたしのレベルなら、この壁を壊す事も可能、です!」
「ですです。ですがそれで勝てると思ってるんです?
何を熱くなってるのですかリンリンちゃん。誰も傷付けられない甘ちゃんナイト」
「……そう、だよ。わたしは、誰も傷付けたくない」
90階層から逃げて。
ミカンちゃんと30階層に籠って。
なんでそこまで恐れるのか。
なんでそれなのに戦うのか。
……全部思い出してしまったから。
「わたしは、ミカンちゃんに……仲間に傷付いて欲しくなかったんだけれど。
それでも、たまには……殴り合いも、いいよね!」
「物騒。それ殴られて悦ぶリンリンちゃんの総取りでは?」
「仲間を殴って悦ぶ趣味は、ないよ! それでもやらないと出られない!
……マスターを、守れないから」
「……ではやってみるのです。守りを捨てた盾に道があるというのならば」
「言われなくても! ──【兜割り】!」
黒鉄の大剣を煉瓦の壁に打ち下ろす。
わたしは、ここから外に出る──!
「──できるものならば、です」
「え……?」
計算は間違えてない。
レベル補正に武器攻撃力。最低レベルの耐久値の壁を壊すなら充分のはず。
なのに、傷一つ付いてない!?
「密室では強度レベルが下がる【キャッスルビルダー】の建築。ですので、リンリンちゃんが振り下ろした一瞬だけ出口を作りました。
リンリンちゃんはよく知ってますですね? 私の建築速度。
強度問題何するものぞ。私はこれでかつて【三日月】を最高強度レベルで閉じ込めていました。
今のトップランカーとて私なら監禁可能です。故に"最強の建城士"。火力がカスのリンリンちゃんでは出られる訳がありません」
──ミカンちゃん。
「それ、わたしが知らない訳ないでしょ?」
「──は?」
わたしには外の状況はわかりません。
でも、あの人なら絶対そこにいる。
だから一瞬だけでも門を開けて貰ったんです。
「【チェンジ】」
光の立方体が私を囲む。
──ミカンちゃんが本気なら、こうやって顔を合わせてくれる事は無かったでしょう。
ありがとう、ごめんなさい。
わたしの転移先は、ミカンちゃんの背後──
「甘いんですよ! 私に死角は無い!」
壁から生えた砲門が私へと、ノータイムで砲撃。ミカンちゃんの見えない場所はミカンちゃんの背後しか無いから、ですね。
それも予想通りです。
両手剣と言えど、相手を斬るのはやはり趣味ではありません。
全ての砲撃を、その剣の背で受け──
「ジャストガード4回。16倍返しです──【リアクティブ・カウンター】!」
城ごと全てを、消し飛ばします!
──◇──
──『【需傭協会】ミカン 敗退。
【夜明けの月】に10pt加算されます』──
【需傭協会】:50pt
【夜明けの月】:60pt
──◇──
〜【満月】回遊記:アクアラ編4「大型新人現る」~
《記録:【満月】記録員パンナコッタ》
前回のあらすじ:
ベル社長は結局ベル社長だった。
ホテルの一室に【満月】全員が呼び出された。
アクアラの正装だから仕方ないが、こういった部屋でも水着なのは慣れない。
「はい、改めて。ここの事業はほぼ【井戸端報道】とデュークに任せる事になるわ。契約やら方針はもう決めたからここでやる事は終わってる」
「ベルっち社長、じゃあ何の会議なん?」
「即ち戦力よ。アンタ達新聞読んでる? 今セカンドランカーが徒党を組んで【セカンド連合】を立ち上げているわ。その中には【井戸端報道】の第1支部がある【スケアクロウ】も入ってるわ」
「第1支部……」
「つまりアンタね、第1支部部長補佐サマ?」
「ひええ。しかし【朝露連合】は【井戸端報道】が半分ですよね。では味方では?」
「残り半分であるベル社長が大絶賛【マッドハット】に喧嘩売りまくり中って事っスよね? 危険視してるの」
「そうよ。レベル的に【マッドハット】は【セカンド連合】のNo.3。場合によっちゃ敵対もありえる。だからと言ってどうこう出来ないけれど」
「うーん。そうなんだよね。結局はこっちから何かできる訳ではない。じゃあ何が不安だいベル?」
「攻略よ。次のバロウズはヒ今やガル以上の難所。レベル上限100の中で100レベルオーバーの敵と戦う必要があるわ。それに対して私達は6人。ライズ式レベリングには4人ほど足りないわ。
これまでは傭兵で補ってきたけれど、セカンド階層ではもうアテにできない。ここで残りを補充するわ」
「5人の補充ですね。誰か都合の良いギルドがあるのでしょうか」
「え? 4人じゃないんスか?」
「そこのタルタルナンバンがいつ裏切るかわからないでしょう?」
「あうあう……先輩ひどいです」
「お黙り」
……と言ったものの、ベル社長がわざわざそれだけで呼び出す事は無い。恐らく目処が立っているのだろう。
「そういう訳で紹介するわ。【バレルロード】の皆さんよ」
「スカーレットよ。よろしく」
もういた──!
なんと、超有名人【バレルロード】の参入。
しかして何故。もうアクアラは突破したと思っていたが……。
「ライズからの進言があってね。ギルドとしては【満月】【バレルロード】別々のままで、あくまで協力としてやっていくわよ」
「こっちも人数不足に悩んでいたのよ。バーナードがいるからある程度身元が保証された相手と組みたかったし。今後とも宜しくね?」
「……ナンバン記者……奇縁だな……」
「あ、バーナードさァン! お久しぶりです!」
……何やら突然騒がしくなった。
しかし遠距離攻撃のメンバーばかりでタンク不在……については、それで長くやっていってる【バレルロード】の知見を頼るべき、か。
「あら貴女良い身体してるわね?」
「わひゃあ!!??」
──いつの間に。
背後を取られた。クリックの"獅子奮迅"プリステラ!何ですかそのふざけた水着は! 紐を増やして総合面積底上げしてるだけで結局紐だろうそれ!
「いきなりのスキンシップはやめるのだプリステラ。仲間だけどスポンサー様だぞー」
フェイとコノカに担がれるプリステラ。あれは危険人物だ。出来るだけ関わらないようにしよう。
「貴重なヒーラー同士、仲良くしなさいパンナコッタ」
なんてこった。
「いやぁまさかバーナードと組む事になるとは。どうなるかわからないね」
「……お前が【飢餓の爪傭兵団】を離脱して……俺も【真紅道】を抜けて……まさかこんな所で会うとは思っていなかった。
……女癖の悪い貴様を警戒していたのだが……不要な心配だったな……お互い、女を泣かせる真似はできん……」
「ははは。そうそう。だから大丈夫だよベル。尻をつねらないで」
「いっぺん千切ってみようかしら」
「なんでぇ?」
……戦力としても、サティス頼りだった中に突然のカンスト勢バーナードの参戦は助かる。
が、これは【満月】の方針が完全に固定された事になる。
「これまでも大概だけれど……【満月】は現地協力者か【井戸端報道】第1支部を呼ぶかして経営は任せて、攻略を優先する事になるわ。【バレルロード】を待たせる訳にはいかないからね」
「多少の足踏みは許容するわ。そっちが私達を尊重して貰えるのならば、相応の返礼は態度にて示します。どうか良い関係でありますよう」
「流石お姫様ね。でも言葉尻を捉えて好き勝手する商人に尊重だ態度だってあやふやなものはレッドカードよ」
「なんで煽るんですか社長」
「まー今のうちに本性見せといた方がいいと思うし……多少はね?」
「……ふん。上等じゃないの。骨までしゃぶってやるわ【満月】」
「ご、ごめんなさい。こっちも似たようなもので……」
黒い笑みで握手を交わす二人。
あれ、もしかしてヤバいコンビか?




