166.人はそれを──と呼ぶ
"霊憶の丘"
ルール:合計得点70ptに到達した方の勝利
同じレベルの相手を討伐→10pt
自分より高いレベルの相手を討伐→20pt
自分より低いレベルの相手を討伐→5pt
【夜明けの月】:25pt
【需傭協会】:20pt
──◇──
──南部平原
log.
ベラ=BOX──【ブラックスミス】のスキル【武装錬鉄】を確認。
インベントリの武器を飛び道具として扱う事が出来るスキル。武器としての使用は不可能。計算は武器適正レベルではなく武器攻撃力とスキルの熟練度依存。
──つまりダメージは未知数。
「ゴーストちゃん。縦一列に」
フォーメーション:Gを確認。
リンリンかアイコが前衛に立ち、立体攻撃可能なジョージか私が前衛を目眩しに立体移動で飛び越える奇襲作戦。
「【瞑想】!」
「行きますよお二人とも! 【武装錬鉄】!」
前方より飛来する槍、剣。
アイコならば受け切れます。【武装錬鉄】は単調な直線攻撃。これならば──
「出ないでゴーストちゃん!」
──緊急停止。
アイコが身体強化の赫の"仙力"ではなく、遠隔操作の蒼の"仙力"で武器を受け止めている。
アイコやジョージの持つ、経験則による無意識の最適化行動──"野性の勘"と判断。
「何か危ないです、様子見を」
「うーん察しがいいですね。ぐぬぬ。
初見殺し失敗です。とほほ」
ベラ=BOXは、バロウズ到着からずっと【夜明けの月】に協力していました。
このような準備をする暇は無かった筈──
──◇──
──ホーリー様が投獄された時、私は大聖堂にいました。
勿論計画の通りに。アピーさんやら誰や彼やと、今後の【需傭協会】を守る為に。
それでも、私はホーリー様と戦いたかった。
【鍛治師】系列は本当に戦闘に向いていません。だからこそホーリー様は私を選ばなかった。
……私が、強ければ。
全て終わってからの後悔は、徒労でしかありません。それでも私には、もう一度歩み出す勇気はありませんでした。
ホーリー様の帰る【需傭協会】を守る。それは本心です。
でも、叶う事ならば……。
──呪われた装備、というものがあります。
武器に付与されている特殊なステータスで、教会か一部のヒーラー職でしか解呪はできません。
例えばカズハの【厚雲灰河】【分陀利】のように最初から呪われているものもありますが……大半は後天的なものです。
触れるとその武器の重量が激増する"鈍重の呪い"を付与する"グラビデゴーレム"。
魔法からアイテム、アイテムから人へと伝播するダメージ半減の"疫這の呪い"を操る"灰色の魔女"。
呪いを付与する魔物は大勢います。
【ブラックスミス】の【武装錬鉄】は武器適正レベルを参照しないため火力は普通に使うより劣ってしまいますが……触れる事なくインベントリから武器を取り出し操る事ができます。
これが私の考えた【ブラックスミス】の戦い方。呪いの装備を相手に押し付ける戦法。元となる武器は【需傭協会】の前線から来た皆さんが譲ってくれました。
──もうここで折ってくれて構わない。我々も共に戦わせてくれ。
優しい人達です。
ああ、ホーリー様。
遠い大監獄におわします我らがホーリー様。
私は、今でも──
──◇──
「呪いを操るのは呪術師だけではありません。触れたら終わりの対人戦闘。敵を問わない面制圧。それが私の【ブラックスミス】です」
大変困りました。
ゴーストちゃんの解析の結果、ベラ=BOXちゃんの【武装錬鉄】は触れたらアウトの飛び道具。引き出しがあとどのくらいあるのかはわかりませんが、一列に並ぶ我々を抑えるだけなら武器の消費も少ないでしょう。
かといって非接触の防衛手段のある私はともかく、ゴーストちゃんにこの武器の雨を避けてもらうのは厳しい。
"廃棄口"に逃げればゴーストちゃんは助かりますが……根本的解決にはなりませんね。空振りに終わった武器は消滅しベラ=BOXちゃんの手元に戻っています。回避では残弾を減らせません。
非接触で破壊。それしか手はありません。ですが私の蒼の"仙力"は移動・補助・防御に特化しています。エリバさんのように攻撃的な使い方はあまり上手く出来ないんですよね。
同じレベルである以上、装備がライズさん仕込みである我々の方が総合力で勝ると思っていい筈です。この武器さえなんとかすればそう難しい相手では無いはずです。
……ですが。
先程の放送。あのジョージさんが敗れて10pt……【需傭協会】のレベル100はベラ=BOXちゃん、フォースクエアさん、カモネルさんの3人なので……消去法でフォースクエアさんに敗れた事になります。
レベルが同じで、武器性能は恐らくこちらが上で、最悪リミッター解除という奥の手があります。何らか不利であったとしても逃げ切る事は容易のはず。
それでも負けたという事は、恐らく奥の手があるのでしょう。
拳銃を不意打ちしても大気触覚で検知して回避カウンターを決め込む怪物ですよ? 並大抵の奥の手ではないはずです。
ジョージさんが引っ掛からざるを得ない奥の手とくれば、回避不能の広範囲か全方向の火力。爆弾とかですかね。
「──ゴーストちゃん。私の指示、したがってくれますか?」
「yes:アイコを信じます」
ううん可愛いですゴーストちゃん。
アクアラでの一件以来、結構直接的に感情を出してくれます。ここもいつもなら"従います"だと思うんですが!
さぁ、始めましょう。
立ち塞がるは2つの壁。
接触禁止の武器の雨と、詳細不明の奥の手。
これを無力化するのが私の使命ですね。
──◇──
こちらの手としては、【武装錬鉄】を続けるしかありません。
本体性能では【夜明けの月】の誰にも勝てません。それはわかっていますから。
そしてこの戦法はインベントリの消耗が激しい。銃弾のようにストックできませんからね、武器は。
つまり私の役割は、比較的序盤に、確実に倒せるレベル100勢をできるだけ倒す事。このタイミングで2人と出会えた以上はここが私の墓場です。
私の実力では2人が限界。例えばクローバーさんとかが横から割って入るだけで終わりです。だから今のうちに、奥の手も出し惜しまずに!
「……え?」
アイコさんが──蒼の"仙力"を解除。
受け止め受け流していた呪いの装備を、素手で叩き壊しています。
なぜ?
──違う、ゴーストさんが横へ回避しています!
【武装錬鉄】射出方向を二分! 元より出力30%です。アイコさんへの攻め手は緩めず、追加40%をゴーストさんに!
「──action:skill【襲牙】」
高速突進術! 迎撃不可能ですが、せめて一発は当ててから──【武装錬鉄】を解除!
「【マントル・ファーネス】!」
ゴーストさんの突進に合わせて、溶岩の壁を張る。
【武装錬鉄】中は他のスキルが使えません。ですが呪いは残る。アイコさんは無力化しましたし、ゴーストさんはこれで受け──
──来ない?
「……方向が、違う?」
ゴーストさんが、視界の端に見える。
私から、遠ざかるように──逃げた?
「お忘れですか?」
4方向を塞ぐ【マントル・ファーネス】の一つを──赫い手刀で切り裂く鬼神。
「私、ヒーラーですよ」
そうだ。メインジョブ第3職がヒーラーならば誰でも、解呪は可能──
「せっかくなのでこちらで失礼します」
空いた左拳に赫の"仙力"が集まる。
【仙人】近接格闘最強火力スキル──
「【赫蓮華】!」
「──っ"エルダー・ワン"!」
逃げ道は無い。
自分で溶岩の壁を展開したから。
スキルとは別の奥の手を、ここで使うしか無い!
私の胸から、竜の顎が現れる──
──◇──
──『【夜明けの月】アイコ 敗退。
【需傭協会】に10pt加算されます』──
【需傭協会】:30pt
【夜明けの月】:25pt
──◇──
──私の願いは。
ホーリー様のために。
違う。
私は、私のために。
黎明期に【鍛治師】を選んで最前線にいられるソロプレイヤーは存在しなかった。
戦闘能力に乏しい上に、次々と新しい武器が見つかる中では強化の価値もありません。精々が人数に余裕のあるチームが囲っている場合くらいでしょう。
故に私は、仲間から"お荷物"と蔑まれながら攻略してきました。
特にアカツキのカス。奴は許しません。本当に許しませんあのカス。【マッドハット】に入ってからは幹部会の度にアカツキの評判を落とすよう画策しました。既に最底辺だったので無意味でしたが。
……私が本当のお荷物になって捨てられた後、拾ってくれたのがホーリー様でした。
ああ、人を信じる事の何と美しい事!
それが洗脳かどうかなんて関係無いのです。今の私が善いと思うのなら、夢でも呪いでも構わないのです!
ホーリー様は私の救世主。何があっても私は彼を信じるのです!
ですから、どうか覚まさないで。
【需傭協会】に入ってから、カズハちゃんと仲良くなりました。元チームの頃は傭兵として雇う事も少なく無かったので、顔見知りでしたから。
カズハちゃんは美人で優しくてお姉ちゃんで、凄いいい人です。友達になれて良かったと、本当に思います。
戦い方だけは物騒すぎて怖いですが。呪われながら戦うなんて正気ではありません。
──そして私は、神と友を失いました。
ある日。カズハちゃんとホーリー様の密会を覗き見しました。
否。2人が安心して会える場所を私がセッティングしたのです。大聖堂内部のレイアウトはミカンちゃんの改造の手が絡んでいますが、設計図を書いたのは私です。誰にも邪魔されない秘密の部屋なんて幾らでもあります。
別に何とも思わなかったのです。最初は。
私が信じてやまない神様と、私の大好きな友達が、昔から仲良しで……数分だけでも一緒にいたい、なんて。
なんと素晴らしい事か!
是非とも手伝わせてほしい!
そう思って部屋を用意して、唯一の出入り口を見張っていたのです。
その扉は禁断の箱のようで。
それを、愚かにも、出来心で、覗いてしまったのです。
──幸せが、そこにはありました。
そこに私の姿は無かった。そりゃそうです。
なのに、私は何故か苦しかった。
私のこの感情の名前は"敬意"です。
私のこの感情の名前は"尊重"です。
私のこの感情の名前は"友愛"です!
ちがう。
これは、"恋"です。
でした。
貴様はどこまでも自らを縛り上げて、その心を閉ざしていたのです。
嗚呼、嗚呼──
願いましょう。祈りましょう。
もう私の心にすら残っていないホーリー様に捧げましょう。
ホーリー様は投獄されている?
知った事か。
今のホーリー様が何処にいようと、私の目の前にいようとも。
私のホーリー様なぞ、もう何処にもいないのだから。
──◇──
log.
アイコの敗北アナウンス。しかし作戦は通りました。
ベラ=BOXの【武装錬鉄】インベントリ30%の破壊。謎の奥の手"エルダー・ワン"の顎の消化。
アイコは完璧な仕事をしました。次は私の番です。
損傷は回復済。受けた"鈍重"の呪いは解呪済。【シスター】をサブジョブに選んだいたので解呪スキルも事前所得済です。
しかしアイコほど迅速には解呪できません。ここから受ける呪いはベラ=BOX撃破までそのまま。
「嗚呼、嗚呼──!」
ベラ=BOXが片手剣を構えます。とても戦闘慣れしているようには見えませんが──
「ここで負ける訳にはいきません。私は、あの人の、私の、為に!」
「search:錯乱状態を確認。"エルダー・ワン"の力は精神に影響を及ぼす様子」
「違います。私は、最初から壊れていた!──【武装錬鉄】!」
「skill:【リベンジブラスト】」
私の使える非接触スキル。直線同士ならばこれで相殺です。
「出力を上げます。貴女を倒せるのならばそれで構わない!
私は【需傭協会】のギルドマスターベラ=BOX! 迷いは無い!」
「answer:否定します。迷っている人にしか言えない発言です」
「んぐっ、ゴーストさんは本当に鋭いです。がくり。
ですが負けられないのは事実ですよ!」
【武装錬鉄】の出力増加。
──最善のルートの構築完了。
「100%【武装錬鉄】! 押し切ります!」
「──ベラ=BOX。ごめんなさい」
──"廃棄口"開口。
──◇──
全ての武器を射出。【リベンジブラスト】を押し切った上でゴーストさんに傷を付けるには十分!
──と、思っていたのに。ゴーストさんの姿が消えて、全ての武器が彼方へと飛んでいって。
武器が帰ってくる間も無く、ゴーストさんが現れて。
「action:skill【双月乱舞】」
──黒の刃が私を切り刻む。
「……負けかぁ。元より"エルダー・ワン"頼りでしたから、当然の帰結ですかね。がくり」
「answer:否定します。私もズルをしました。おあいこです」
「ふふ。優しいですね、ゴーストさん」
柄にもなく本気になってしまいました。
あんな事を思い出してしまうなんて。
仕方ないじゃないですか。
大好きだったんです。【需傭協会】が。
カズハちゃんが。ホーリー様が。
あーあ。
なんでもっと早くに気付かなかったんだろうなー。
──◇──
──『【需傭協会】ベラ=BOX 敗退。
【夜明けの月】に10pt加算されます』──
【需傭協会】:30pt
【夜明けの月】:35pt
──◇──
〜【満月】回遊記:アクアラ編2「真夏の奇跡」~
《記録:【満月】記録員パンナコッタ》
前回のあらすじ:
ベル社長、ゆるゆるになる。
「な、なんてこったパンナコッタ」
「殺しますよサティスさん。一体これはどういう事です」
「恐らくベルは普通に楽しみにしていたんだ。アクアラというリゾート地に。
そして今回は【井戸端報道】が案件を持ってきていて、自分で考えるべき商業の負担が減った。その結果頭が休暇モードに突入し、ゆるゆるベルちゃんモードになったんだろう」
「ゆるゆるベルちゃんモード」
「ああ。ここまでのゆるゆるベルちゃんモードはなかなか見られないぞ。ルガンダでナメローさんに啖呵切った時の夜の寝る前くらいのゆるゆるモードだ」
何してるの副社長。何してるの。いや何してるのよ。
「つまり……裏とか考えなくていいんスかね」
「ああ。今のベルは何でも聞いちゃう寛容モードだ。これを表で出したらえらいこっちゃだから普段はホテルとかで夜のうちにベロンベロンに甘やかす事で普段の最高クールなベルを維持していたんだが」
「ナンバン。スキャンダルよ」
「これ公表したら私殺されますよね、ベル社長に」
「アンタ1人の犠牲で済むなら安くない?」
「……あっ、そういえばバロン局長に異動の件を問い詰めるの忘れてました!」
「ああーバロン局長は帰りやしたね。お忙しい身空でして」
「そんなァン!」
「サティー……あおいでー」
「了解我が君」
収拾付かなくなってきた。こうなると……少し心配。
「パンちゃむ。安心せい。ウチがなんとかやっちゃるよ!」
アゲハが立ち上がる。そう、こういう時に頼りになる姉御肌──
「ベルっち社長! 海で遊ぼーぜ! でっけぇ浮き輪あるんだってさ!」
「んぁー……浮かぶだけよ、わたし」
「がってん! アクアラ一周してやんよー!」
だめだ遊びたいだけだ。
──◇──
ジェリー族経営のゆらゆらアクアラ一周会場ツアー。
大きな浮き輪やボートを浮遊するジェリー族が引っ張って、アクアラをたっぷり1時間半かけて一周するツアーガイド。
【満月】メンバーとデュークさん、それにガイドさんだけで出発し、結構沖の方に来たところで。
「うっし。ここまで来れば安心っしょ。お仕事の話しよーぜデュークさん」
「えっ」
「何びっくりしてんのパンちゃむ。商人にとって一躍有名人なベルっち社長がこうなってたら絡まれるに決まってるっしょ。逃亡逃亡」
………………姉御ォ!
流石【満月】の盛り上げ隊長! 信じてました!
「……という訳で、ツアーガイドのリューゲです。デュークさんから説明させて頂きました、ゲート事業の代表を務める予定の者です。以後宜しく」
「その辺の詳しい挨拶はベルっち社長が戻ってからね。今は休ませたげてー」
「はっ。では夜に改めてご挨拶を」
「アリ寄りのアリ! んじゃ諸々の確認なんだけどさ──」
ベル社長が海に浮かんで微睡む間。
デュークさん達とアゲハさんによる事業検討会が進められました。
……普通の検討会の筈ですが、どちらも後ろ暗さを感じましたが。もしかしてデュークさんって裏社会に通じてたりするんですかね。
「いやいやまさか。真っ当純白なバロン社長のオトモダチでして」
心を読まないでほしい。




