165.過去を投影する魔物
"霊憶の丘"
ルール:合計得点70ptに到達した方の勝利
同じレベルの相手を討伐→10pt
自分より高いレベルの相手を討伐→20pt
自分より低いレベルの相手を討伐→5pt
【夜明けの月】:25pt
【需傭協会】:10pt
──◇──
──西の廃墟群
「ごめんなさい、ジョージさん。何もできなかった……」
フォースクエアに背中から突き刺されているドロシー君。
このまま帰しては良くないね。
「ドロシー君は、たった一度の狙撃であのブックカバー氏を倒した。十分過ぎる成果だ。
安心して待っていてくれ。俺達は勝つ」
「……ごめんなさい……ありがとう、ございます」
人を慰めるのは下手だが、気持ちは伝わったようだ。
ドロシー君が光になって消える。残されたフォースクエアが俺を睨む。
──そういえば、かつてドロシー君は彼を見た時、人格が混ざっていると言っていた。
あの"33の68"だとするのならば、あり得る話だ。
特殊部隊の"顔役"だった彼は、後天的で人為的な多重人格者だ。
物真似する相手の人格を真似した結果、自在に変容できる人格を手に入れたという。
「……何故だろう。貴方を見ると、何かが揺らぐ」
「気にする事は無い。その気持ちは、君のものではない」
「そうなのか。それでも、何となく……こうしてみたい」
フォースクエアの身体が一回り大きくなる。
──かつて"33の68"は自在変容自我を別個に持つ事で、プラシーボ効果を意図的に再現できた。思い込みは筋肉の動き方にまで及び、姿勢や立ち振る舞いは身長どころか性別すら誤認してしまう程。
彼の立ち姿は──俺が最も見ることができないもの。
──谷川譲二だ。
「やれやれ。本物が偽物に勝つ……などと慢心するつもりは無いがね」
「やはり俺を知っているのか? 流石は──……? いや、君とは初対面だ」
「呑まれるなフォースクエア。力だけをモノにしろ。
そいつは気を抜いたら終わりだよ」
「……む……うん。そうだな。そうだ。私はホーリー、いや、クロス……フォースクエア。何だっていいが、そのどれかでは、ある」
うん。無駄にアシストしてしまった。
──【Blueearth】で主人格が一からやり直しになったというのに、変容人格は眠ったまま据え置きだったのだろう。変容性の結果、自我としては弱く主人格になる事は無いが……その主人格が弱ければその限りでは無い。
即ち、生後2年の【Blueearth】での人格では変容人格と喰い合ってしまうのだろう。
そこにホーリーという信仰対象を得て自我を安定させていたのか。
「さあ始めようか俺」
「……そうだな。いざ」
フォースクエアが再現しているのはかつての俺。
フォースクエアの肉体は現実世界時代の俺と遠く及ばないが……少なくとも今の俺よりは近い。
「【建築】」
フォースクエアの背後を取るための瓦礫を生成。何につけても距離が問題だ。【ヴィオ・ラ・カメリア】を持って跳躍──
「筋力が足りないな」
──利用された。一瞬で作った瓦礫を飛び継いで?
俺ならできる。そして俺なら腕を狙うね。
「脆い」
剣を持つ右手を抑えられた。首には剣を突立てられる。その腕力、この身体なら容易く折れていただろうけれど──ここは【Blueearth】だよ。
「そうでもないよ。ほら」
純然たる体格差。組まれれば抜けられない──現実なら。
やはりフォースクエアが真似ているのは現実の俺だ。
【Blueearth】において"動けば斬る"タイプの脅しは効かないよ。
首に立てられた剣に向かって、自らの首を差し出せば──
「……!?」
「ほら外した」
弱まった右手の拘束を軸に後転し、脳天に蹴りを入れる。
──我ながら、この程度で怯むとは情けないね。
首に刺さった分のダメージは大した事ない。損傷の優先順位がまだ現実準拠な彼ならば、隙は大きい。
「さあ、次だ。もっと頑張りたまえ俺」
「……物差しを間違えたようだ。対応しよう」
うーん順応力も俺クラスか。これは俺も方針を変えよう。
──◇──
──谷川の秘密組織。
世界中から集められた子供を優秀な私兵にする、とんでもない組織。
人間が稀に生まれ持つ"神域の力"を人工的に作れないかと画策した、悍ましい計画。
──たとえ我々が人の域を超えても、お前はただの人間だというのに。
"25の11"はこの計画において完成品であった。
だが自らが完成品であると自覚していた"25の11"は、その力を隠していた。故に計画は続いた。
"25の11"綿密に準備を進めていた。18歳になった時、自らの肉体が計画に耐えうる所まで成長したと実感した"25の11"は、計画を実行に移した。
自分という内通者を利用した、違法孤児保護施設の解体。有権者谷川の失脚を。
谷川は、力こそ無かったが逃げ足は早かった。
最後には身内しか知らない離島の隠れ家で。
"25の11"に討たれた。
"25の11"は生きるため、とりあえず谷川の名前を奪った。
その後連絡により突入してきた警察に保護され、谷川の次は国に飼われる事となる。
心残りはあった。
同胞の中でも生存能力の高い連中はまだ生き残っているはずだ。俺が谷川を陥れたように、彼らが何をしでかすのかわからない。
……とは言っても。これを言うと他人は"何を呑気な事を"と俺を叱るが。
俺たちは案外、大した事ない普通の人間なんだよなぁ。
──◇──
──右の蹴りをしゃがんで回避。
回避を読んだ左の拳はダメージにならないので頭蓋で受ける。
止まった動きに【ヴィオ・ラ・カメリア】を合わせ突き立てて退避。
「……スペックでは俺の方が上だと思うが。どうにも届かないな」
「それはそうだろう。俺のやりそうな事なんて大した事じゃない」
「……そうか。何か、掴めそうなんだが」
ダメージは確実に入っている。向こうはまだ現実のノリで徒手空拳が出てしまうが、そのあたりは【Blueearth】ではノーダメージ。ゲームとリアルの感覚の齟齬を突けば勝てる──でなければ負ける。
次の一手は剣を使うか。だが無意識にマニュアル操作になっているぞ。ナイフよりデカいゲームの剣をリアルの重量で扱うのは難しいものだ。
とはいえ体格的に捌く方法は限られる。剣先を避けて、その刀身と右腕をレールにして回転。胴を両断する方向で──
「──そこだ」
剣を逆手に持ち直して──俺の背中に突き立てる。
バランスが崩れた。胴に届かない!
が、死にはしない。そのまま攻撃は諦めて前進回避。
「……"29の4"……刃物が上手かった彼のやり方に、似てるね」
「俺の使い方が、わかった気がする。もう一局、手合わせ願う!」
石を拾っての投石。視界遮っての近接格闘。"31の22"の十八番だった。
──接近に合わせて【ヴィオ・ラ・カメリア】の刃を置くが、巨躯を翻し刀身を飛び越えてきた。"32の8"の飛び芸か。
【ヴィオ・ラ・カメリア】を手放してバランスを崩させるが、回し蹴りが直撃。
──俺も彼も今はマニュアル。体格的に飛ばされる。だがオート判定に戻すための武器を手放した──!
ならば。肌で感じ、飛ぶ先の木に着地。
「なんという同窓会だろうね。俺が甘かった」
地獄の坩堝。竹馬の友。お前達全員を相手取るというのに、手加減はしてられない。
──リミッター解除。
「来い! "まりも壱号"!」
召喚するは新緑の化身。肉体勝負なら質量には勝てない。
「ぐっ……"エターナルメモリー"!」
青の水晶魔物で受けたか。だが。
「意識が"フォースクエア"に戻ったな」
地に落ちた【ヴィオ・ラ・カメリア】を拾い、フォースクエアへと投げ飛ばす。
複数人格とはいえ主人格が動いている今、簡単には意識を切り替えられまい。
フォースクエアは剣で防御。弾かれた【ヴィオ・ラ・カメリア】を──移動途中に拾って、今度はそのまま貫く!
「ぐっ……捕らえたぞ、ジョージ!」
貫いた俺を抱き締めるフォースクエア。なるほどこれではリミッターを外しても変わらず。だが腕そのものを拘束していないのではね。
「だが拘束が甘いな! ── 【炎月輪】!」
拘束ごと、腹を刺した剣でそのまま一回転。
リミッター解除もそろそろ限界だが、間違い無く倒し切った──
「……"エルダー・ワン"!」
フォースクエアの叫びに。
切り裂いたフォースクエアの腹部から、竜の顎が顕れる。
「ぐっ……!」
もう身体が動かない。回避はできない。
だが、だが──!
「──"ぷてら弐号"!」
灰の竜をフォースクエアに衝突させる。
遠く、遠くへ。少しでも遠くへ離せ!
──うーむ。今回は負けか。
いやはや。やはりお前らは強いなぁ。
俺は一度も、お前らに勝っているなんて思った事は無かったよ。
──◇──
──『【夜明けの月】ジョージ 敗退。
【需傭協会】に10pt加算されます』──
【需傭協会】:20pt
【夜明けの月】:25pt
──◇──
──【ギルド決闘】が始まる前に。
カズハに取り憑いた"エルダー・ワン"は、俺とベラ=BOXに力を分けた。
回復能力と、もしもの時の反撃。これが我々の奥の手。
早々に使ってしまったし、"メルトドラゴン"がジョージに合わせて消滅する頃には何処ともつかない荒野のど真ん中だ。
急いで戻らなくては。
だが、ああ、だけれども。
俺の心に住み着いていた感情達が。俺が恐れ、ホーリー様に救いを求めたあの恐怖達が。
何故か満足しているんだ。
「……何故だろうか、ジョージ。お前に勝てて、凄い嬉しい」
まるで幽霊が成仏したかのように。
俺の中の感情が消えて、肩が軽くなったような気がした。
さあ──"霊憶の丘"は始まったばかりだ。
〜【満月】回遊記:アクアラ編1「海は広いな」~
《記録:【満月】記録員パンナコッタ》
ベル社長、灼熱の砂浜に立つ。
今回は【朝露連合】においてベル社長と実権を二分する【井戸端報道】からの提案がありました。
曰く、まったく新しい事業があると。
「一気にセカンド階層まで飛ぶワープゲートねぇ」
「ええ。ベル社長が来ると想定し、まだ公表はしていません。どうです?」
バロン局長が転移ゲートに待ち構えていたから何事かと思えば、想定外の提案。
ベル社長は、何か一つ思案して……
「とりあえず社内休暇よ」
──◇──
「アゲハさんは元々ビキニだから変わらないっスねー」
「んー……まぁそうだし! てかレンちょむ結構いい身体してんねー。うりうり」
まーた仲良ししてますよあの暗殺コンビ。
レンとアゲハはどうにも戦い方が物騒というか、アゲハの悪い所をレンが覚えたというか。勝てば官軍ですが、前衛が足りなさすぎます。
「パンナコッタ先輩! なんで白なんですか! 黒のエグいの着てくると思ったのに!」
「うるせぇナンバン。貴女が私に合わせにきたら嫌だからわざわざ白にしたのよ。あとエグいのって何」
タルタルナンバンこそ明るさの象徴みたいなもんなのに黒で決めてきて解釈違い。だがこれも……というか何でも大体似合うわねこいつ。腹立つ。
「バロンから話は聞いているわ。【首無し】のデューク。やっとマトモなお話ができそうね」
ベル社長は……デカいサングラスにメッシュのカーディガンにベンチにパラソル。隣にサティスを置いて風やら飲み物やら用意させて、もう一歩も動かないという意思を感じます。
傍らには黒い男。アクアラではそれなりに有名な地主らしく、バロン局長とも関わりが深いとか。
「いやはや、バロンではお話にならないとか。お待たせしまして社長」
「本題よ。その転移ゲート、使えないわ」
「なんと」
いくらこの場にいないとはいえ、バロン局長の持ち込み案件の全否定は宜しくないと思うのですが。
「これは【朝露連合】外部顧問からの提案よ。より正確に言うなら、まだ使ってはいけないって所かしら」
「外部顧問……あぁ、月がお好きな彼の方でして」
伏せてはいるが、こういう時は大体ライズだ。
何故ライズの言葉でデュークさんが理解しているのかはわからないが、どうやら話が通じている様子。
「つまり外部顧問の了承があるまでは転移ゲートを守り、指示があってから営業できるよう秘密裏に動く必要があるわ。人材、ある?」
「へぇ勿論。優秀でやる気があって口の硬い連中がそれなりに」
「じゃあ少し話がしたいわ。明日呼んでくれる? 今日は社員を休めたいのだけれど」
「ふむ……本格的に事業の話をする前に、夕食に招待させて頂いてもいいでやすかね?
アクアラは先の祭りの熱が冷めやらず、まだまだ食材が余っていまして。人となりを見るにも懇親会の方が良いかと」
「あらBBQ? 風情があるわね」
「へい。今なら何でもお安く用意できてしまいまして」
「それはいいわね。レンは肉ならなんでもいいわね……。サティーはにんじん好きだったわよねぇ」
「えっ、俺? あ、うん。好きだけど」
……あれ、何かベル社長の様子がおかしい。
「アゲハは……海老とか好きって、言ってたわね……。
パンナは……アンタあんまり食べてるところ見た事ないわ。
ナンバンは……キノコ。確かキノコ好きだったわね」
「へい。特に取り揃えておきやしょう。
てところでベル社長?」
「なにー……?」
「……もしかして、めちゃくちゃリラックスしていらっしゃる?」
──なんとも信じられない、奇跡だ。
夏の日差しか開放感か、今にして思えばアクアラに到着してからそうだったかもしれないが……。
あの唯我独尊厚顔無恥残虐非道のベル社長が!
なんかゆるゆるになってる!!!????
「……あによーパンナ。今日くらいノート置いて遊びなさいよー……」
そしておねむだ!!!!




