162."霊憶の丘"
【第61階層ロスト:鈍色平原】
【夜明けの月】は転移ゲートの目の前に陣取る事に。こうしないとゴーストが出待ちされる可能性があるからね。
「おかえり、ゴースト」
ゲートから現れたのはゴースト。無事転移ゲートを通過できたわね。後は……
「……出し抜かれてしまいましたね」
続いてゲートから現れたのは【需傭協会】、先頭にホーリー。
とりあえずは準備が整ったわね。ゴーストはあたしの前に立ってるけど、別に庇う必要ないわよ。……やっぱ恐いから必要かも。
「……随分と増えたわね。知ってる顔も多少いるけど」
「この数時間で方針が変わりましてね。厳しい戦いになりますよ?」
「report:マスター。報告があります。現在【需傭協会】にはレイドボスが混ざっています」
「……へぇ。毎度の事じゃない。レイドボス相当の相手なんて」
冗談キツイんだけど。またレイドボス?
「……私だよ、メアリーちゃん」
奥から出てきたのは、カズハさん。それにバルバチョフにミカンちゃん。
「ミカンちゃん! だ、大丈夫?」
「リンリンちゃん。ミカンさんは大丈夫です。色々と嫌な事も思い出しましたけど、クロスはともかくカズハからのお願いです。今回は敵なのです」
「麿もな。ちゃんとクロスが正面切って頭下げおったので、偶には実家の顔を立てるのも一興でおじゃる」
なんか、宗教だ洗脳だって不穏な感じだった【需傭協会】が、随分と憑き物の落ちたような感じになっちゃって。どっちにせよ迷惑被るのはあたし達なんですけど。
「……ミカンちゃんにやってた所業、ベラ=BOX……カヴォスから聞いたわ。改めて聞くけど、本当に洗脳してないのよね?
マジの無罪だったミカンちゃんを洗脳して、投獄させて、世間から前科者扱いさせられて。あたしがミカンちゃんと過ごしたのはほんの僅かだけど、まだ【需傭協会】の事を気にしていたわよ。これでまた洗脳だってんなら許さないから」
「大丈夫よメアリーちゃん。私が保証します。ミカンちゃんはお姉さんがお願いしたの」
「元々は麿達は【夜明けの月】を見送るために来たのであるがな。まぁ良かろう。失うことも得ることも無い戦いでおじゃる。精々楽しもうぞ」
「そうだ。この戦いは──孤独に戦ったホーリー様へ捧げるものだ。得るものなんて何もない。あってはならない」
うーん。また面倒な相手になっちゃったわね。
でも言ってる事は正しい。この戦い、【需傭協会】にとっては得るものなんて何もない。
「……時間ね。じゃあ始めましょうか【ギルド決闘】」
無から現れた光の扉。
灰の法衣が姿を現す。
「【アルカトラズ】"審理"の輩 灰の槌のスレーティーです。今回は【夜明けの月】と【需傭協会】の【ギルド決闘】における審判を務めさせて頂きます。どうぞ宜しくお願いしますね?」
久しぶりのスレーティーさん。アドレで少しだけ一緒に過ごしたけれど、私情で判決を揺るがすような人じゃない。
こっちも安心して任せられるってものよね。
さぁここからが腕の見せ所よね。しっかりするわよギルドマスター。
あっちには信徒がたくさんついている。カメヤマと比べたら取り入る隙はたくさんあるわ。
──スレーティーさんが虚空に槌を振るう。
カーンと響く音が、無から沸いた。
「只今より【ギルド決闘】ルールの制定を行います。
両陣営発言権は【需傭協会】より連合ギルドマスター ベラ=BOX、他はフォースクエア。
【夜明けの月】よりギルドマスター メアリー、他はライズ。
決議・合意は各リーダーであるベラ=BOX・メアリーにのみ適応されます。異論ありませんか?」
「あっ、異論ありです。ぴょこり。
私はギルドマスターですが、今回の件については口出ししていい立場にありません。発言権をフォースクエアに譲渡したいです」
「【夜明けの月】は異論無いわ」
「……承認致します。これよりベラ=BOXの発言権を剥奪します。一人分空きましたがどなたか代わりを入れますか?」
「ではカズハを。今回のメンバーの一部はカズハの説得で来ていますから」
「……承諾します。それでは、改めまして。
──ルール制定を始めます」
始まった。まずは先制攻撃。
「ルール提案。フォースクエアはこの【ギルド決闘】の前に"敵対行動ペナルティ"を受けたゴーストを狙っていたわ。【ギルド決闘】の条件として【夜明けの月】全員との戦闘を提示したから。それを【夜明けの月】も受け入れた。
つまりは【夜明けの月】8名の全員参加。ひいては【需傭協会】も最大8人まで……ってのは、文句無いわよね?」
「……【需傭協会】は異論ありません」
人数制限。これ何よりも先に決めないとマズい。
【鶴亀連合】戦は個々人の戦力差もあったし、明らかな戦闘素人もいっぱいいた。でもここではレベル100超えの戦闘慣れした冒険者同士のぶつかり合い。人数差があるだけでも厳しすぎる。
「戦力差については平等ですか?」
「【需傭協会】が誰を選んだとしても、こっちは5人がレベル100止まりなのは変わらないわ。基本的には【需傭協会】が有利になるわね」
「報酬としては一応、こちらが有利である必要がある。【夜明けの月】の報酬は【需傭協会】の吸収ですから。【夜明けの月】に有利にはなってはならないと思います」
「……先に出場メンバーを決める事で戦力の均等化を図ります。只今より10分カウントしますので、双方出場する8名とレベルを報告して下さい」
妥当なところね。あたし達はフルメンバーだから考える必要無いけれど……。
──◇──
【夜明けの月】
クローバー LV150
リンリン LV128
ライズ LV116
ゴースト LV100
メアリー LV100
アイコ LV100
ドロシー LV100
ジョージ LV100
【需傭協会】
ブックカバー LV150
デビルシビル LV150
バルバチョフ LV145
カズハ LV138
ミカン LV128
フォースクエア LV100
ベラ=BOX LV100
カモネル LV100
──◇──
「……ちょっと、ちょっと待ったァー!!!」
「仰りたい事はよくわかります。私も何でこの2人が参加してくれたのかわからないので」
明らかにおかしい奴が二人混ざってるのよ!
「吾輩、これでも祭祀長である。ケジメは付けるべきだろう」
「いやお前は確実に俺への私怨だよな? むしろこっちに付いて欲しいくらいなんだが」
「ははは。たわけ」
アクアラのお祭りじゃないんだから、そんな気軽にやめてよね。
……そしてもう一人に至っては【需傭協会】ですらないじゃないの。
「なぁに朕も一時期はちゃんと【需傭協会】であったとも! 資格十分であろう!」
「……私の勧誘は蹴ったのに、どういった風の吹き回しなのでしょうか」
「ホーリーがいないのならば回復役がおらんだろう。貴様らがホーリー以外のヒーラーを良しとしないだろう事は想像が付く。
……朕もまた、ホーリーに託された。貴様らの最後くらい見届けてやらんとな」
一度味方だったからわかる。
デビルシビルさんが敵に回ったらジャンルがゾンビ映画なのよ。ただでさえ勝てない相手が更に勝てなくなる。
「流石にレベル差がありすぎ。調整を求めるわ」
「ふむ……では戦闘ルールを"霊憶の丘"とします。
"霊憶の丘"は同数複数人の決闘に使われるルールです。開始と同時に全ての参加者は舞台の各地に転移します。決闘中はチャット・マップアイコン等の機能が制限されますので、合流は自力でしなくてはなりません」
背景として映し出されたのは、森やら丘やら廃墟やら。隠れる場所はいっぱいありそうね。
──────
"霊憶の丘"
【ルール】
各陣営の討伐得点の合計点を競う。
得点はレベル差によって変動する。
同じレベルの相手を討伐→10pt
自分より高いレベルの相手を討伐→20pt
自分より低いレベルの相手を討伐→5pt
勝利条件はギルドの合計得点が70ptを突破する事。
・決闘開始時、全冒険者は舞台各地へ転移する。
→戦力差を埋めるため、同じ陣営のレベル100は可能な限り2人1組で転移される(【需傭協会】は1組、【夜明けの月】は2組。それぞれ余りの1人が誰かまで完全ランダム)。
・敵陣営が全滅した段階でどちらの陣営の得点も70点を満たしていない場合、生き残った陣営の負けとなる。
(格上による蹂躙が行われたと判断されるため)
──────
「意外と単純なルールね。例えばクローバーが1人で全抜きしたとして……」
「デビルシビルとブックカバーは同レベルだから10ptずつ20pt、残りは格下だから5pt6人で30pt、合計50ptで達成ならずだからこっちの負けって事だな。
ただ戦って勝つなら高レベルの方が強いが、得点を狙うなら低レベルが多いこっちの方がやりやすい、と」
ランダム配置が厄介ね。レベル100組はペアで転移……とはいっても、ウチもあっちも奇数だから必ず1人あぶれるのよね。
連絡手段も消えるから、合流の方法を考えないと。
「開始まで30分、作戦相談の時間を取ります」
……とはいっても出来る事は限られるわ。端的に、わかりやすく。
「このルールだとレベル150組同士がぶつかるのが一番美味しいわ。クローバーは最速でデビルシビルさんを潰して」
「あいよ。ブックカバーは?」
「できるならそっちも。こっちは格下だらけだから20ptをわざわざカンスト勢で狙う必要は無いわ。逆にライズとリンリンは下剋上を警戒して。
レベル100組は少しでも早く合流。特にリンリンと合流すれば絶対死なないわ」
「は、はい。必ず守ります」
こっちのカンストはクローバーだけだけど、リンリンはレベル差を補って余りある防御力。クローバーお墨付きで最前線クラスの実力者。得点は獲れないだろうけど。
とにかくリンリンが要になるわ。
「あとは細かな立ち回りね。思いつく限りのパターンを指示するわ。ちゃんと覚えてね」
──◇──
「カズハ。それで結局、本当に"エルダー・ワン"はいるのか?」
「ええ。今は眠ってるみたいだけど」
あの後。
カズハにホーリー様の過去を叩き込んで絶望させてやろうと思っていたところに"エルダー・ワン"の魂が干渉。カズハは"エルダー・ワン"に呑み込まれた……と思っていたんだが、何か普通な感じだ。
その後、仲間にアテがあると言われレジスタンスの元へ。バルバロス……バルバチョフとミカンにペナルティ受けない程度にボコボコにされ、なんと口頭の説得だけで味方に。
そしてどこからか聞きつけてきたブックカバーとデビルシビル。何なんだ本当に。
……何なんだと言えばベラ=BOX……カヴォス。こいつ俺の計画には興味ないと言わんばかりに拒否してきたくせに、当たり前のようにこっちにいるんだが。
「難しく考えすぎですクロス。結局は、ホーリー様に出来なかった事を派手にやりたーい、ですよね。ふふん。
ちゃんと本音で来れば良かったのです。人付き合いが下手くそ過ぎましたね」
「ずっと【首無し】に隠れていたんだ。口頭の説得なんてなんの力にもならないと思っていたんだよ」
くだらない。
……だが気分がいい。元より細々考えるのは好きじゃないからか?
「ミカンさんは【需傭協会】とか滅びろって思ってますです。いまだに。カズハお姉ちゃんのお願いだから、仕方なく! 手伝ってやるのです。
というかなんでミカンさんだけガチ洗脳されてたのです。それが不満で不思議なのです」
「そりゃあミカンはホーリーの天敵だからねぇ。さっさと傀儡にしないと心が耐えられなかったんだろうさ」
……うわっ。ババア。
「でおったな」
「アピー。いつの間に」
「今し方さね。懐かしい面子が揃ってるって聞いたからねぇ」
祭祀長揃い踏みか。なんとも……というか、感慨に浸ってる場合ではない。あと30分しかないんだぞ。
「あとカズハ。ミカンさんからの忠告です。ホーリーは……ない」
「なんの事かしら?」
「まぁあの男は苦労するだろうねェ……」
「え? え?」
……なんかもう、いいや。楽しそうだし。
〜外伝:孤独の晩餐9〜
《恐れ知らずの女王》
【第10階層 大樹都市ドーラン】
ナツです。【祝福の花束】ドーラン支部支部長で、【アルカトラズ】"拿捕"の輩 第10特務部隊隊長で、複合商店"サマーバザール"支配人です。
あれから……【祝福の花束】ドーラン支部は大盛り上がりです!
同業他社に蹴落とされた商人さん、商人達を見て商売がしてみたくなった冒険者さん。色んな人が集まって始まった"サマーバザール"はアクセスの良さもあって大好評です。
真上の根の上には(ドリアード政権時に限りますが)【飢餓の爪傭兵団】傘下【ダイナマイツ】のギルドハウスもありますから、治安も悪くありません。
「ナツさんナツさん! 弾けるきのみだって!」
「爆弾じゃないですか! 販売許可出せませんよ!」
「ちぇー」
ユグさんと私は出店の商品の確認。ドーラン随一の危ないギルドである【聖隷會】がいるからか割と常識的なものばかり……だと思っていたらコレですよ。
「しかしナツ様。冒険者向けの戦闘補助アイテムとして見るならば十分商品足りうるのでは?」
「ここドーラン支部のギルドハウスなんですよ? 後片付け【聖隷會】さん達でするというなら構いませんが」
「オラァ危ないモン持って来るんじゃぁないぜ! 吊るせ吊るせ!」
「恫喝と暴力も禁止!です!」
【聖隷會】のみなさんもちょっとしたら荒くれ者程度には良識が身に付きました。結局ならず者ギルドには変わりないんですけどね。
「……それでナツさん! ギルドメンバーは増えたの?」
「それは勿論!
……変わらずですね」
そう。そうなんです。
これは【祝福の花束】の知名度とドーランでの立場を得るための"サマーバザール"。
本業である【祝福の花束】ドーラン支部は、相変わらず【聖隷會】さんくらいしかいないのです。
"サマーバザール"は言ってしまえば場所を提供しているだけですし、利用者の皆さんはそれぞれのお店を持っています。そもそも攻略をしない非戦闘要員の商人さんが殆ど。【祝福の花束】の客層とは合っていないのです。
「……ですが! これにて知名度は多少上がったはず。今日から"天秤"に駆り出して勧誘です!」
──◇──
「ひええええ!!!! ナツだ! 【祝福の花束】のナツが現れたぞおおお!!!!」
「以前の【ギルド決闘】をダシに【朝露連合】を脅してギルドハウスをタダで乗っ取っただけでなく、危険思想集団【聖隷會】を従えて、自前の複合商店を立ち上げて正面切って【朝露連合】に喧嘩売ってるやべーギルドだー!!!!」
「すまねぇ、持ち合わせがこれしかねぇんだ! 見逃してくれええ!!!!」
──◇──
誠に遺憾です。
「儲けちゃったねナツさん」
「いや流石に返しに行きますよ。なんで何か捧げないと逃げられないタイプのバケモノ扱いされなきゃいけないんですか」
思ったより悪評がひどい。
これではいけません。なんとか【朝露連合】と仲がいいアピールをしなくては。
「でも完全に【朝露連合】の手の届かない自治区だからね"サマーバザール"。商売人としてはもう無理くない?」
「まさかそんな……ほら、ベルさん不在ですし」
「ベルって人が帰ってきたらおしまいなんだ……」
「おしめぇです……」
命があるかも怪しいです。
「なればこそ、商業とは別の新たな方向性を見出さなければならないのです!」
「おおー。どんな?」
「商業は商人気質のドーランに寄り添って失敗しましたから、今度は逆に誰も手をつけていないような新鮮なジャンルで行きたいですね」
「じゃあうってつけのがあるよ!」
なんと。さすがユグさん頼りになります。
「果たしてそれは?」
「おうち訪問。私の」
……?
……。
……!
な、なるほど……アリなんでしょうか?




