161.既に終わっていた最終決戦
──"エターナルメモリー"は投影する──
──◇──
【第60階層 荒廃都市バロウズ】
──【需傭協会】本部大聖堂
「ライズを捕らえたのである」
「たすけてー」
「なーにしてんだライズ」
死体の山に腰掛ける血まみれのウルフとサティス、そしてなんかいるグレン。
現在俺はブックカバーに拘束されているが……これはイツァムナの作戦。
【需傭協会】の話を聞いた俺は、なんとかハヤテとツバキと合流するためにブックカバーを利用する事にしたのだ。
ウルフ達を恐れて遠巻きにいる【需傭協会】信徒に、ブックカバーがごく普通に接する。
「祭祀長! ホーリー様はミカン様と逃げ仰せました!」
「ここは危険です! お逃げください!」
「そんな事よりこの愚物を地下牢に監禁するのである」
「いやそれはそうかもですがこいつらがいるんですが!?」
だーめだこのオッサン。俺を地下牢にぶち込む計画の事しか頭にない。融通効かないな。
「次はテメェが相手かブックカバー。骨のある奴が来たな」
「どけ野良犬。吾輩はゴミをゴミ箱に、ライズを地下牢に捨てる責務がある」
「おい」
言い方……というより、真っ当に戦闘形態に入るんじゃない。巻き添えくらうだろうが。
「野良犬、騎士道、何するものぞ。全て等しく塵芥──【テンペスト】!」
やーーーーりやがったコイツまじかコイツゥ!
──◇──
【第49階層サバンナ:静かな荒野】
「大丈夫ですかねぇブックカバー様。おつかいも一人じゃ出来ませんのに〜」
「甘やかしすぎだぜぃルミナスちゃん。叔父貴も流石に家に帰るだけならできるってもんだぜぃ」
「……しかし……これでいいのか……?」
──何もない安全地帯に、ナギサがどこからか呼び出したテーブルとティーセット。
「今バロウズに戻っても良いことないし。ここでゆっくりしていけー?」
「万一にもありませんが、我々を倒してブックカバーを助けになどと思わぬ事です。ブックカバーがここに帰った時に誰も居なくては悲しむでしょう?」
「事が終わるまでここで大人しくして欲しいのです。イツァムナは【需傭協会】の理念そのものには賛同しています。手荒な真似はしたくないです」
ここにいる6人全員が、この作戦に疑問を抱いていた。
──あの2人が、仲良く作戦とかできるのだろうか、と。
──◇──
【第60階層 荒廃都市バロウズ】
──地下道
「……ツバキ。止まって。誰かいる」
ライズに見つけて貰った最新武器【ラグナロク】を構える。
命を削る呪いの剣だが……今相手しているのは現代最強の傭兵連合。一分の隙も油断も許されない。
暗闇から現れたのは──
「いや俺だ。こんな所いるの俺しかいねぇじゃん」
「ライズ! よかったぁ……」
安堵。なんでか知らないけど、なんとか合流は果たせた。
ライズの地図だけでどこから来るかもわからない敵を警戒するのはキツかったから、本当によかった。
「どうやってここに?」
「大聖堂の地下牢からここに来るつもりだったんだが、ブックカバーの馬鹿がやらかしてな。まぁ共闘ではなく逃亡ってところか。拘束も解除してたし、あいつ早々に俺を捨てて自分だけで遊ぶつもりだったな。近くの亀裂から飛び降りてこっちに来た。ので瀕死だ。回復薬ない?」
「ばか」
ツバキがライズの頭にポーションをぶちまける。やり方。
「……ともかく、合流は果たせた。これからどうする?」
「今進行中のクエストが達成されたらサブジョブは一般化しちまう。だからあんな必死になって妨害してんだろうな」
「もうスッパリ諦めたらどうなんだい? そのクエスト、【Blueearth】で一度きりの特殊クエストなんだろう?
一生受注中にすればサブジョブが解放される事は無いじゃあないか。それで手を打つのもアリだろう?」
「んー……ツバキに危険が迫るくらいならソレでも良かったんだが……」
ライズの手元には、4色が混ざり合った宝珠。が、ピカピカ光っている。
「……クエストな、達成しちゃったんだよ。後はアドレまで戻って報告するだけ。この手のパターンは、アドレに戻った瞬間に報告させられる奴だと思う」
「ライズがアドレに戻らなければいいだけでは?」
「いや、どうにも各拠点階層のアドレ兵拠もアウトっぽい。つまり俺は今後の階層攻略において色々なクエストを受けられなくなる。攻略には致命的だ」
「ううーーーん。追放かな?」
「マジか。楽しかったぜお前らとのギルドごっこ」
「次その冗談言ったら指全部折るからねアンタ達」
「「へい」」
……どうやら戦うしか無いみたいだ。
とはいえ、こちらにもヨネさんからの連絡が来ている。手が無い訳じゃない。
「ライズ。確かキミは今、お試し期間でサブジョブを持ってるんだよね?」
「おう。【クリエイター】やってる。楽しい。同じギルドのお前らもお試しは出来るぞ」
「そうだね。その辺悪用しちゃおうか」
「うん?」
「デモンストレーションだよ。サブジョブを許さない【需傭協会】を利用して、サブジョブの優位性を【Blueearth】中にアピールしてしまおう」
──◇──
【第61階層ロスト:鈍色平原】
ハヤテの"敵対行動ペナルティ"が解けた頃合い。【三日月】が何とかバロウズを潜り抜けたなら、そろそろ来るはずだ。
……来た。普通に来た。どうやったんだろうか。
「ミカンさん。これで最後だ」
思えば最大の被害者はミカンさんだ。
ただ一番優秀な【キャッスルビルダー】というだけで私に洗脳され、ここまで手駒にされた。
……私は、彼女を救う術を知らない。
「……はい……【建築】」
【三日月】を覆うように、ミカンさんのできる最大──直径100mの監獄城を築く。
特定クエストを受注した複数人を使う事で城の中の魔物出現率を調整。これによりこの城の魔物が絶える事は無い。
例え【三日月】が死んでも我々に"PKペナルティ"はかからない。悪質で効果的な殺し方です。
「それも長くは保たないでしょうが……私の非道に付き合って下さい、【三日月】」
叶うならば。
手早く死んで欲しいですが。
誰も死んで欲しくないとも思いますが。
──◇──
「派手にやってくれたなぁ。これ【キャッスルビルダー】のやつか」
城壁に覆われ天井が空を隠すが、照明があるから暗くは無い。ロスト階層の曇り空よりいい景色だ。
「大規模だね。これを維持するのにも体力を使う筈だ。そう長くはならないだろうね」
次々現れる魔物。随分と性格が悪いなホーリーって奴は。
「……本当にやるのか? リーダー」
「勿論。このまま相手が降参するまで耐久するよ。なに、1日とかからないよ多分。【キャッスルビルダー】に余程の実力でも無い限りね」
自信満々のハヤテ。こういう時のコイツは信用できないんだけどなぁ。
「……で、どうするんだい?」
「僕が【ヒーラー】として回復役を担う。ライズは暇を見て【クリエイター】でMP回復薬を作って。ツバキは【サモナー】で壁を用意してライズの抜ける穴を補って」
「付け焼き刃のサブジョブでなんとかなるかねぇ?」
「なるさ。ボク達は【三日月】だからね」
──こういう無駄な自信が、それでも安心しちまうんだよなぁ。
「よーし。いっちょやるか!」
「暇つぶしの話のタネが不安ね」
「いやお気楽だねツバキ! でも話題尽きたらキミ頼りなのは事実か」
「しりとりもハヤテが弱すぎてつまんないしな」
「色々あるんだよ! ……言っていい言葉なのかどうかとか考えてると」
「頭の中NGワード塗れとかムッツリちゃんがよぉ」
「ハァー違うし! 怒るぞライズ!」
「怒ってる怒ってる。さっさと仕留めるぞ」
「……もう。馬鹿ねぇ2人とも」
いつもと変わらず。
俺たちは無謀な戦いを始めるのであった。
──◇──
──冒険者を捕えるための機構。
バグを起こさないように、確実に、安全に。
でも早く。
彼らが犠牲になっている。
早く助けてあげないと。
【アルカトラズ】完成まで見積もり22時間程度。
間に合わない! そんなの、耐えられる筈がない。
「……ごめんなさい、なんとか待っていて下さい」
私はまたも、信じるしかない。
何が大天才か。
私一人で出来る事なんて、たかが知れている。
どうか、どうかあの人に奇跡のあらんことを──
──◇──
──48時間後。
崩壊する城。次々と現れては倒れる信徒共。
「んあ、終わった? どうなってんだハヤテ。丸2日経ってるぞ」
後半は3人して殆ど脳死でやっていたから、突然の変化に目を覚ました。ヘトヘトとか既に通り過ぎた。
「い、一日も二日も変わらないだろ? もうパターン化しちゃったからあと何日でも変わらなかっただろうし」
「お風呂に入りたいわぁ……」
あまりにもいつも通りにしているからか?
恐らく首謀者であろう二人組も呆れている。
「……初めまして。【需傭協会】のホーリーです」
「おう。お前はピンピンしてるだろ。戦るか?」
「いいえ。もう満足です」
俺が初めて見た首謀者は、悪辣な顔というよりは──全てが終わって肩の荷が降りたような、悪くない表情で。
「我々の負けです。【三日月】の皆さん」
その一言と同時に、空から光の剣が降ってきて──俺たちの間に突き刺さる。
──我々は【アルカトラズ】。
──冒険者の罪を罰する組織。
現れたのは白い服の美女。
一体どこで──
──認識が──
──ああ、そうか。
「お前が選ばれたのか。既存の冒険者から選ばれる感じか?」
白服の彼女は冒険者のブラン。初めて会うが、優秀な冒険者だった。
「……はい。今後とも宜しく」
「え? ……あ、そういう事? よろしくお願いします、ブランさん」
何かハヤテが慌てていたが、どうかしたか?
──◇──
……なぜか普通に耐えてくれました。どうなってるんですか【三日月】。
とにかく、想定外に時間があったので【アルカトラズ】もしっかりと作る事ができました。
全体記憶改変によりブラン、スレーティー、ネグルの3人はかつて冒険者であったという事にして、ある程度の説得力を持たせます。
身内なのでハヤテはそのままにしましたけど、巻き込んだ方がよかったかもですね。
さて。
今回の狙いは二つ。【Blueearth】にとって危険因子となったホーリーと、後天的に外道極まった"影の帝王"の隔離です。元大犯罪者のホーリーはともかく、"影の帝王"は普通のサラリーマンだったのに……なぜあそこまで悪辣な育ってしまったのか。
とにかく、作ってしまった監獄です。じゃんじゃんぶち込んでしまいましょう。
私は正義の味方ではありませんし。とはいえ私の責任でもあります。慎重に進めていきましょう。
──◇──
──全てを見ていた魂があった。
静観の竜魂。レイドボス"エルダー・ワン"。
自我を持ちながらも【Blueearth】に怨みは無く、ただ定められた使命のままアザルゴン王と戦い続ける存在。
アザルゴン王と自分は運命で繋がっている怨敵同士。
……それは【Blueearth】によって決められた設定。
"エルダー・ワン"は自由を夢見ていた。
使命とかどうでもいい。
しかし本当に自由にしてしまうと、消されてしまうだろう。
だからこうやってロスト階層を鑑賞していた。
面白い奴、いないかな。
面白い事、起きないかな。
唯一の問題は、絶望的に趣味が悪いという事か。
ホーリーには目を付けていたのだが、どうやら彼はここで終わりのようだ。
ああ、誰か面白い奴はいないのか。
今日も"エルダー・ワン"は目を閉じるのであった。
〜"サブジョブ解放事件"後②〜
・ブラウザ
【象牙の塔】に参加し、諸々の知識を得た後に【図書官】として名声を上げ、アピーの席を狙って【真紅道】へ転向。
そして返り討ちに遭い【飢餓の爪傭兵団】へと逃げ込む。
その裏切りに等しいギルド転換から"三枚返し"の異名が付いたが、本人は野心こそあれ基本的はそのギルドに忠誠を誓うし真っ当に働く。
というか生真面目なのに周りが悪い奴(主にアピー)なせいで風評被害を被り続けている。
・デビルシビル
洗脳が解けると古巣が全滅していた。元より闇稼業はどうでもいいタイプだったので気楽に攻略を開始。ソロで好き放題していたアカツキを誘い【月面飛行】を結成。
実際諸々の原因はこいつが傭兵料を吊り上げた事なのだが、結局は"影の帝王"の傀儡でしか無かったので無罪釈放。
なおアカツキが【月面飛行】を結成した理由はデビルシビルと2人旅とか耐えられなかったから。後にふざけた平安貴族も合流し、泣いた。
・バルバロス
後にバロウズに到達したアサシンと意気投合。攻略を開始し、デビルシビルに勧誘されて【月面飛行】に参加する。
色々後ろめたくて変装を始めたが、そのまま興が乗って平安貴族になる。名前もバルバチョフになる。
普通にサブジョブ使うしめちゃくちゃ人生を謳歌している。
アサシンは後に【月面飛行】のサブギルドマスターとなるが、バルバロスの変貌を止めるどころか煽っていた奴なので当然マトモな奴ではない。アカツキは泣いた。
・デューク
元々は"影の帝王"の下っ端だが、これ幸いと口八丁手八丁であたかも"影の帝王"の参謀みたいな面してブラウザ達に取り入り、【Blueearth】の闇業界を掌握。【首無し】の結成を成し遂げる。
ちなみにブラウザは全然"影の帝王"の傘下ではなくクロスに取り入るための方便だったので、デュークが一般通過下っ端である事に気付けなかった。
ちなみにブックカバーにサブジョブの噂を流した元凶。本来は"影の帝王"組織が秘匿していた"ディスカバリーボーナス"で、アクアラでの揉め事の際にちゃっかり入手。度々気にかけていたライズならここからでもサブジョブ発見できるかも?と思い、最も被害が大きくなる可能性をわざわざ選んでブックカバーに流した。
つまり ぜんぶ こいつの せい。




