160.四つの四角を並べてみると
──"廃棄口"
log.
"敵対行動ペナルティ"解除まで10時間24分。
マスターの仮拠点にて、時を待つ。
今回のマスターの作戦……【ギルド決闘】による解決。
【需傭協会】の元構成員は現在トップランカーまで届いています。
戦力差がどうしても埋められません。どの様に動くべきか。
……緊急回避"廃棄口"もしっかり使いこなせるよう準備をしておきましょう。
……バロウズから異常エネルギー感知。
これは、レイドボス?
ロスト階層のレイドボス"エルダー・ワン"の気配を感知。これは……バグではなさそうですね。しかしレイドボス自身がこのような勝手な行動を、単独で?
"スフィアーロッド"のケースはバグによるものだったとされています。裏に何者かが?
……解析。"エルダー・ワン"は亡霊系の魔物。魂となって単独移動する事自体は可能。
どうやら仕様の範疇。しかも今回初めての事のようです。
恐らくは、前例があると警戒されるような行動? だとするならば、何故今……。
……早く、マスターに伝えたい。
しかし待たなくては。
ならば、せめて情報だけは収集しなくては。
──◇──
【第61階層ロスト:鈍色平原】
「ミカンが襲われたって話を、リンリンが誰から聞いたのか。それが気になるわ」
「あ、私です。ぺこり」
「なぁんだベラさんだったんだ」
……うん。
「ベラ=BOX。貴女何者?」
「【需傭協会】鍛治師系列祭祀長のカヴォスです。よしなに……ぷえっ」
超速で反応したのはジョージ。ベラ=BOXを後ろから拘束して、短剣を首筋に突き立てる。
「あばば。内緒にするつもりはなかったのです。不用意に不安にさせたくなかったので」
「別に気にしてないわよ。でもジョージはそのまま。ドロシー」
「はい」
屋台車の中、ベラ=BOXとドロシーが向かい合う。
「……では。ベラ=BOXさん。尋問します」
「お手柔らかにぃ」
……まぁ、悪巧みくらいはしてるでしょうけど。
うちのドロシーの前じゃあ丸裸よ。
「あー、これは白状するべき流れ。ふむり。
私はカヴォス。かつて【需傭協会】にてホーリー様に洗脳され、ライズさんを襲った悪者です」
「直接襲ってはないみたいです。でも仲間がライズさんを襲った事は事実で、それを後悔しているみたいです。
仲間思いの優しい人です」
「……さてどーでしょー。つーん。
私の狙いは手っ取り早い話がお金です。ホーリー様が消えて、【需傭協会】の財政管理を担当していた私は一時的に代表になりました。人員は全て奪われましたが、【需傭協会】そのものを存続させていたのは私です。えへん。
そしてフォースクエア……クロスによって【需傭協会】は再盛しました。ここで【夜明けの月】を唆してクロスを倒せば、私は今の【需傭協会】のトップとなる。それこそが狙いです」
「友達が悪さしてて心配なので、一度【需傭協会】を滅ぼしたライズさんにもう一度滅ぼしてもらおうとしてるみたいです」
「………………あの、勘弁してください」
折れた。
──◇──
「私はホーリー様の帰る場所を守りたくて、【需傭協会】を一人で維持していたんです。
"サブジョブ解放事件"の裏で私はアピーさんとブラウザさん、それと"影の帝王"の残党の頭。四人で今後の事を考えていました。……私とアピーさんは、この戦いが【需傭協会】崩壊にしか繋がらないとわかっていましたから。かなし。
アピーさんの予知能力で、冒険者追放機構……今で言う【アルカトラズ】の結成が予見されていました。それを前提として、【需傭協会】をどうやって解体するかの相談をしました」
アピーの予知能力。
あのババアはいつもよくわからん事を言うが、稀にそれが大ハマりする。特に本人が自信満々な時ほど当たる。
「人材についてはアピーさんのツテで何人かに頼みました。魔法職をイツァムナさんに纏めて頂いて【象牙の塔】を樹立。戦闘向きの性格の人を纏めてウルフさんが引き抜いて【飢餓の爪傭兵団】を結成。残っている内の裏社会寄りだった人を纏め上げて"陰の帝王"組織は【首無し】に。
ホーリーさんが投獄されて、祭祀長の半数以上が投獄か観察処分を受けた事でギルド運営権が私に回ったタイミングで【需傭協会】の財源財産の殆どをアピーさんに渡しました。ギルドの規模そのものを縮小化する事でギルド維持費を抑えるためです。維持費はアピーさんが払ってくれました。余剰分は全部懐に入れてますけどねあの人。
私自身の身の振り方も考えなくてはならず、後にバロウズに到達したセリアンが【マッドハット】に誘ってくれたので外部協力者として参加しました。私は【需傭協会】のギルドマスターなので、正式には【マッドハット】になれないんです」
連合ギルドとしては参加ギルドが消えたから維持できなくなったが、普通のギルドとして細々と食い繋いでいたのか。
……ホーリーは現状無期懲役。外に出る訳がないんだが。こいつもこいつでしっかり狂ってるな。
「祭祀長は……ホーリー様は投獄。ミカンちゃんは投獄のち観察処分、【真紅道】へ。
ブックカバーさんはイツァムナさんの助けがあって【象牙の塔】で観察処分。私とクロスさんとバルバロスさんは諸々の制限を受けて暫くバロウズに残り、数月後に解放されました。
アピーさんは無罪です。アピーさんに至っては【需傭協会】の一員である証拠を残していませんでしたし」
「一人だけ甘い汁吸いまくりのババアがいるな……」
「あの人には敵いません。……それで、私はバロウズに残り、バルバロスさんは後に【月面飛行】となるギルドへ参加して攻略へ。クロスさんは……【首無し】に参加したんだと思います。一切の痕跡が消えてしまったので。暫く前に突然ホーリー様のコスプレして帰って来た時はびっくり仰天でした。思わず頬を引っ叩いてしまいました。クロスさんの」
出会い頭に旧友にビンタされてる……。
「クロスさんはフォースクエアを名乗り、【需傭協会】の再興を狙っていました。理由が理由なので私はクロスさんに【需傭協会】の名前を貸しました。書類上はまだ私が【需傭協会】のギルドマスターにしてギルド連合の代表です。これはクロスさんにもしもの事があった時の保険でもあります」
おっと。じゃあ今回の【ギルド決闘】じゃどうしたって味方に出来ない訳だ。
「フォースクエアの目的、わかる?」
「その前に、その名前やめましょう。笑っちゃいます。仮面の下でニヤニヤが止まりません。なんですかフォースクエアって。四つの四角って、四角く並べて十字架になるって、全然隠す気無いじゃないですか。うける。
そういう"してやったぜ"みたいな事を平気でやるんですクロスさん。周りからすれば丸わかりだというのに。かわいい」
「……あー、可哀想だから本人には言っちゃダメよ」
「もしかしてベラ=BOX君、話を逸らしたのかな?」
「わぎゃーごめんなさい! 本当に面白かったんです許して!」
「ジョージさん! 本心です今の! そもそもジョージさんがそこまで近付けば僕いなくても嘘発見くらいはできるでしょう!」
「ジョークだよジョーク。ジョージジョーク。少し気が緩んでないかなと思ってね」
短剣が少しだけベラ=BOXに刺さってる。【Blueearth】ならこのくらいダメージにもならないが、余りにも脅しに躊躇が無さすぎる。やっぱ警察ってより暗殺者か何か裏稼業の人だろジョージ。
「ええっと、それでクロスさんの目的ですね。ただの八つ当たりです。私からすれば。
彼にホーリー様のような洗脳の力はありませんので、ホーリー様の過去を昔の仲間に見せて回っているのです。
"エターナルメモリー"亜種"ナイトメアライブラリー"。この系列の魔物は、同時に複数が同じ記憶を保存する事はありません。ですからクロスさんはホーリー様に関するクリティカルな記憶を持つものを【調教】して保存しています。
それを無理矢理相手に、体験するかのように見せられるのがレアエネミー"ナイトメアライブラリー"。クロスさんは、かつての仲間にホーリー様の苦悩を見せつけて煽っているのです」
──────
『我々が神聖視していたホーリー様は、悪魔と戦っておられた』
『我々はそれも知らずに勝手に祀り上げ、あまつさえ身代わりに投獄してしまった』
『ホーリー様の憎悪を見たか。悲哀を知ったか』
『裁かれるべきは我々だ』
『あなたの心次第だが──』
『俺と心中してくれないか?』
──────
「……とまぁ、感情に訴えかける力技です。ださい」
洗脳ですらない。連中は……自分が許せないタイプのテロリストか。
目的が無いようなもんだ。相手にしにくいな。
……ドロシーの診察では、クロスは人格洗脳を受けているが、その後付け人格はそこまで強くない。クロスは自力で後付け人格を克服したのか。
後付けであろうと何だろうと、自分であるなら許せない。そんな感じで抑え切ったのか?
「……そこまで聞くと、どうしてベラ=BOXが協力してないのかわかんないんだけど。スパイって事?」
「いえ? 私の目的は変わりません。ホーリー様が帰ってくるまで【需傭協会】を維持するだけです。
クロスさんが何言ってもどうでもいいです。まぁ友人として救いがあってほしいので、【夜明けの月】に潰してもらいたいなーとは思っていますが」
……ホーリーからの洗脳か、或いは純然たる信仰か。どちらにせよ、同じ立場のクロスとカヴォスの心の強さは同列だからこそ効かなかったんだな……クロスの勧誘。
今俺たちの近くにいるだけで、カヴォスが正しい訳じゃない。どっちもしっかり狂ってる。
……俺達【夜明けの月】もそうだが。
「……よし。よくわかったわベラ=BOX。ジョージ、もう離していいわ。ドロシーもお疲れ様」
ベラ=BOXの拘束を解除し、"ぷてら弐号"の操舵に戻るジョージ。というかあの暴れ竜が今や手放し運転とは凄い調教技術だな。
「ビジネスよベラ=BOX。あんたがギルドマスターなら話がしやすくて助かるわ。
【需傭協会】が勝てなかったら丸ごと全部、【夜明けの月】の傘下になって貰うわ。異論は?」
「特にありません。しかし……クロスさんが負ければ【需傭協会】に集まっている強者達は解散しますよ? 大した戦力にはならないと思いますけど」
「ぶっちゃけ【需傭協会】はいらないわ。クロスには見栄切るためにああ言ったけど。
本当は、アンタが欲しいのよ」
「……ふぇ?」
おうふ。
……自分が何言ったのか気付いたメアリーが真っ赤に燃え上がる。流石俺たちのマスター。人たらしだぜ。
「えっと、つまり【マッドハット】の手が欲しいのよ! あたし達と協力関係にある【朝露連合】はそのうち【マッドハット】とぶつかるから、ここで一人くらい抑えておきたいの。いいでしょ?正式には【マッドハット】じゃないんだし」
「あ、ああそういう事ですか! ふむりふむり。賢いです!」
……わちゃわちゃしているが、それ今思い付いたのか。相変わらず頭の回転が早いな。
いやわちゃわちゃしすぎだ。お互い気まずくなってるじゃん。
「……お友達からでぇ……」
「告白じゃないっての!」
甘酸っぺぇ〜。
〜"サブジョブ解放事件"後①〜
・ホーリー
【アルカトラズ】結成後の初公判にて無期懲役判決。未だ投獄中。
一年近くはやたらと甘い獄中生活だったが、どこかのジョージが入れ知恵をした結果生まれた本物の地獄(監獄)を楽しんでいる。初期も初期は那由多の方が表に出てきて看守長を誑かしかけたので、今は看守長すら近付かない孤独の中にいる。
誰も騙す必要が無い世界は、ホーリーにとっても那由多にとっても天国同然である。
・ウルフ&サティス
【需傭協会】惨殺については正当防衛として処理され不問とされた(やりすぎではあったが、ホーリーからの口添えもあったため)。
その後【需傭協会】残党を片っ端から纏め上げて【飢餓の爪傭兵団】を樹立。ビッグネームを多数抱えた事で傘下ギルドも多数抱え、今の形式となる。
サティスは当時"最強の侍"であったモナールオを含めた【大太刀廻り】10人斬りを達成し"最強の侍"の称号を獲得。ウルフの"100人狩り"伝説と合わせて【飢餓の爪傭兵団】の知名度を補強した。
・イツァムナ&レイン&ナギサ
ライズ救出後、ブックカバーとアザリ、クワイエット、ルミナスを抑えてバロウズへ。
補助職の地位向上というホーリーの意思そのものはイツァムナも同意しており、【需傭協会】マジシャン系列を多数引き抜く。特に祭祀長であるブックカバーとブラウザ(アピーは正式には在籍すらしてないので表向きにはブラウザが祭祀長)を引き抜き、そこに連なる多数のマジシャン系冒険者を確保し【象牙の塔】を結成。
ちなみに当時からレインはマジシャン系列最強だが、とにかく最前線にいるのを拒否していた為ブックカバーとアザリを顎で使って鍛え上げる内に"三賢者"となっていた。ナギサはダイヤとなって【至高帝国】に流れたので、実は【象牙の塔】最古参はイツァムナとレインだったりする。
・【大太刀廻り】
四天王と揶揄されたものの、全員がバラバラの道を歩む事となる。
とはいえ仲違いした訳ではない。未だに稀に連絡を取るし、アクアラとかで食事会をする時もある。
サティスは【飢餓の爪傭兵団】へ、カズハとラセツはどこにも属さず傭兵へ。ラセツについてはサティスに前座として処理された事が悔しすぎて、後にリベンジを果たし"最強の侍"の称号を受け継ぐ事となる。
 




