16.嵐の王と変態サメゴリラ
──【テンペストクロー】LV200
【第9階層ウィード:嵐王の寝床】で眠りに着いている、ウィード階層の支配者。
眠ったままでも高さ5mはある巣穴にすっぽり収まるような巨躯の持ち主。何をしても意に介さず、ただ余裕の惰眠を貪るのみ。
だが、ひとたびウィード階層に嵐が吹けば竜巻と共に空を駆け、思うがままに荒れ狂う。
アドレの目の前まで来た日には【アドレ防衛戦線】が発令され、戦闘可能な冒険者は総出で出迎える。
王の戯れは嵐が収まる夜明けまで続き、太陽と共に消える様は台風一過である。
……だから、嵐さえ吹いていればウィード階層ならどこの階層にいてもおかしくはない。
極論だろ。明らかにおかしかっただろ。
嵐が吹けばいいもんじゃない。こいつは嵐の夜に現れるんだ。今は昼どころか朝だったぞ。
一瞬だが、俺は見た。空が張り替えられていくのを。
それより厄介なのはスレーティーさんが帰れないって事だ。
幸い【テンペストクロー】はまだ動かない。ベルグリンに指で指示し、全員で一箇所に固まる。
「スレーティーさん。まだ帰れないか?」
「はい。この階層から出られないようになっています。恐らくは前後階層への転移ゲートも同様です」
「ライズよ。どうすればいい。今の人数でアレと闘うのは厳しいぞ」
──レイドクエスト。あるいは拠点防衛戦線。
不定期、特定の条件を満たした場合に開始される、多人数攻略前提の突発クエスト。
アドレでは嵐の夜にのみ開催され、この大狼がアドレまで到達しないよう朝まで食い止めるクエストになっている。
討伐なんてとても出来ない……とは思わないが、確かに戦力では不足している。
「ゴースト。ベルグリン。あとは……ヒーラー全員。2人だっけ? 後はアイテム補給班……動きが早い奴を3人程度」
「……まさか闘うのか?」
ぼちぼち狼さんもこっちを見ているし、始まるのは時間の問題だ。応戦の必要はある。
「他のメンツはスレーティーさんと一緒に逃げろ! お偉いさんだぞ、傷一つ付けるなよ!」
了解! 元気よく返事する一同。すこし気持ちいい。
【草原の牙】のサモナーが馬と馬車を召喚し、スレーティーさんとメアリーが乗り込もうとしている。
あ、ちょっとタンマ。
「メアリー! コイツは嵐が収まるまで消えない!」
端的にしか言えない。だがメアリーなら理解できるはずだ。目を見て、たった一つだけ。
「お前が鍵だ。待ってるからな」
「……うん、わかった」
すこし驚いた表情、そして頷く。もう察したの? 天才か?
……まぁいいや。これで残ったのは8人。
「第2職【シスター】のオオバ、第1職【シスター】のエミ。第1職【ウォリアー】のトビーとサッカン、第2職【バーサーカー】のニワトリ、そして俺だ。どう動く」
赤のモヒカンはニワトリ君か。強いじゃん。
「シスターいるなら暁光だ。まずオオバさんはゴーストの解呪を頼む。エミさんはベルグリンにバフかけてくれ。あのバフもりもり状態ならベルグリンでもある程度耐えられる。
トビー君、サッカン君、ニワトリ君は基本的にアレに直接触れたら死ぬと思ってくれ。俺達が下がった瞬間に回復アイテムを手渡しする役割だ。絶対死ぬな」
作戦は決めた。不安材料は残るが……始めるしかない。
「最初は俺が行く。俺の担当は……元気そうなニワトリ君に頼もうか」
「ヒャッハー!お任せェ! アイテムの順番とかありますか?」
「おおう……とりあえずニワトリ君に高等ポーションを600個渡すから、後でアイテム班で分けておいてくれ」
めっちゃ話わかるなニワトリ君。俺が1番出張るから1番レベル高い子にしただけだけど、アタリだな。
「ソロは無理があるだろ! 大丈夫なのか」
「勝算あっての作戦だ。あとは闘いながらチャット飛ばす。じゃあな……【スイッチ】」
右手に夜空の星が刻まれた片手剣【月詠神樂】を。
左手に黒と金の宝箱のような片手銃【封魔匣の鍵】を。
──後は俺の読みが当たってればいいんだが!
テンペストクローは俺を認識している。奴が来るより早く俺は奴の元へ行かなくてはならない。後ろの連中を可能な限り遠くに配置しないといけないからな。
距離200。150。100──
「素晴らしい! この戦力で尚、彼奴を倒さんとするその熱い心臓!」
──俺とテンペストクローの間に、何者かが着地した。
「力と力のぶつかり合いを観に来てみれば、なんとも技巧の溢れるスパイシー! 想定と違えど味わい深し。出先で牛丼屋に入ったら蕎麦屋だったがこれはこれでヨシ!」
筋骨隆々の、ベルグリンよりは常識的なサイズだが大柄な男。
片手斧を両手に携えた片手斧二刀流には力強さを感じる。
「この店は肉ではなく香辛料が売りですと言われれば成程! 今度はオレ様も風味を気にしてみるとしよう! おかわりだ!」
全裸。いや半裸。
肉体美を四方八方に見せつけ、腰蓑のみで下半身を防衛している。
「さあ店主! 美味いメシの礼だ! この俺を使ってみると良い!」
そしてその顔は閉ざされている。
──サメのぬいぐるみを被っているから。
「オレ様こそは……名乗る程も無い一介の美食家! 本日はお忍びである!」
サメ頭の半裸斧男が、興奮気味に現れた。
なに?
──◇──
嵐の中、揺れる馬車に乗って。
「前の階層へのゲートはやはり閉ざされてましたね! このまま兄貴達を大きく迂回して北へ向かいやす! 俺たちのセーフティテントがあるんで、それを試してみやしょう!」
馬を操る【サモナー】のシノさんは視線を前から話さず大きな声でそう伝えてくれる。
馬車に乗れたのはスレーティーさんとあたし、あと4人の合計6人。残る9人の【草原の牙】さんは3チームに別れ、徒歩で移動している。
「恐らくは、この階層が隔絶されたのでしょう。セーフティエリアは厳密には階層からズレた位置にありますので……。
もしそれが通るなら皆さんを【決闘】させれば安全でしたのに……」
「いやぁ俺たちァ馬鹿なんで! 見てみない事にはわかりやせんよ! せっかく魔物1匹出てこない嵐なんでやすから気楽に行きやしょうや!」
「そうですよ審判さん! 兄貴が残った以上はこっちにテンペストクローが来る事は有りませんから!」
「馬鹿お前審判さんは不安なんじゃなくてだな……」
「飴食べますか?」
口々に励ましてくれる。この人達優しいわね。
……あたしが鍵って、ライズ言ってたわよね。
言いたい事はわかるけどさ、まだかかるからね。しっかり耐えなさいよ、ライズ。
──◇──
【Blueearth】が一般的なネトゲと違う所と言えば、ユニークなアバターの有無だと思う。
まず本体が現実の肉体準拠な点。これは【Blueearth】が人類電子データ化の練習台という名目で天知調とゲーム会社【TOINDO】が組んだから。みんなとりあえず普通の人間の見た目をしている。ベルグリンみたいに元々の身体自体がぶっ飛んだ奴もいるが。
次に、この世界がゲームであると思っていない……つまり倫理観が現実に引っ張られている事。
ゲームらしいファンタジー衣装は割と着てるけど、例えば全裸でほっつき歩いたりとか、街中でしないだろ。
ゲーム特有のギャグ全振りの格好はなかなか見ないのだ。みんなにとってはゲームじゃないからな。
で、俺の前にはサメ頭の半裸の蛮族がいる。
何こいつ面白いな。でも関わりたくはないな。
何だったらテンペストクローも少したじろいでるよ。魔物か冒険者か判断しかねてるよ。
「ん? どうした?」
どうしたはこっちのセリフなんだよな。
「おおそうか。オレ様の実力がわからねば作戦も練れんわな。では見ていたまえぃ!」
テンペストクローに飛びかかるサメゴリラ。
「行くぞ嵐の王! 【オーガチャージ】!」
赤きオーラを纏い突進するサメゴリラ。
なんとあの巨体を僅かに押している。なんというパワー。
ウォリアー系列のスキル【チャージ】系列の強化版。とすれば覚えのあるジョブが一つだけある。
「もしやウォリアー系第3職【オーガタンク】か? アタック&ガード隙のない攻撃的タンクと聞く」
意外や意外、バフ受け中のベルグリンが横から出てくる。
【オーガタンク】はベルグリンの【バーサーカー】から昇格できるジョブ。調べてはいたのだろう。
「まだまだまだまだ! 火力が足りておらんな嵐の王!」
突進から通常攻撃への繋ぎに隙が無い。突進ほどでは無いが、両手の斧の乱れ打ちでもテンペストクローを押している。
反撃は勿論受けているが、受けた側から回復している。しかも凄い速度だ。
「アレは通常攻撃しながら前進するアビリティ【アンストッパブル】か? 俺でも持っている基本的なアビリティだな」
「【オーガタンク】との相性を考慮したんだろうな。初期のアビリティが最前線で使われる事も少なくないぞ」
回復しているのは【オーガタンク】専用アビリティ【超再生能力(鬼)】だ。受けたダメージの倍を継続的に回復し、回復分最大HPを突破できる。相手をするなら回復以上の速度か、一撃必殺の火力を必要とする。
テンペストクローはサメゴリラに押されつつも、反撃を試みる。
爪の大振り。噛みつき。時には突進でサメゴリラを押し返す。
その全ての攻撃を、サメゴリラは全身で受け止める。
回避の必要も防御の必要も無い。ただ殴るだけに特化した構築。めちゃくちゃ極端だが、実際テンペストクローを押しているのは事実。
「そういえば言い忘れていたがな! 俺はレベル150だ! 名乗るほどのものではないがな!」
当たり前の様にカンスト宣言。レイドボス相手に余裕の雑談も納得だ。
「さて嵐の王よ! そろそろオレ様の見せ場だ。満足させよ!」
テンペストクローの右からの爪攻撃を、右手斧で弾き返す。
──ジャストガード! あれでいて攻撃パターンをちゃんと学習していたのか。
「なれば一撃!【バッシュショック】!」
ジャストガードで開かれた無防備な本体へ、右腕を武器ごと叩きつける!
ジャストガード成功時にしか使えないスタン付与の突撃スキル!
一瞬、テンペストクローの動きが止まると同時に──先程から使っていない左腕を、思い切り振りかざす!
「チャージMAXだ! こいつは重いぞ!」
斧の専用スキル、決まれば最高火力と名高い物理技!
流星の如く、赫熱のオーラを纏い振り下ろされる一撃!
「【メテオダンク】!!!!」
星は大狼の脳天を直撃し、そのまま大地に平伏させる。
滅多な事では発生しない地形破壊で、クレーターが発生する。
チャージ時間によって威力が上昇する斧技、その最上級スキル【メテオダンク】。
恐らくはアビリティ【集中の心得:斧】によって移動しながらのチャージを可能とし、その間の攻撃行動を絶やさないために両手に斧を持ち片手で戦ったのか。
練度が違いすぎる。真似事なら【スイッチヒッター】でもできるが……いや無理だ。アビリティ補正があるとはいえ、片手でチャージしながらもう片手でジャストガードして【バッシュショック】まで繋げられない。完全に片手斧二刀流に特化した戦闘スタイルを洗練させてる。
間違いなく、このサメゴリラは──俺では勝てない。格上だ。
「どうだ料理人よ。オレ様の力は!」
自信を裏付ける実力だ。威風堂々、サメゴリラは快活に笑う。
「ああ、アンタ強いな! 助かるよ!」
「応! 応ともさ! さぁオレ様を使いこなしてみろ! まず何をすればいい?」
「ああ!」
「とりあえず引っ込んでくれ! 邪魔!」
「なぜぇ!?」
〜ライズ(アドレ帰還後【すずらん】に押し掛けて1ヶ月程)のある1日〜
4:00:
起床。
4:15〜25:30(1:30):
鍛冶場で武器強化。
ベルにハンマーで殴られ気絶。
28:00(4:00):
起床。




