156.使い勝手のいい自分
【第60階層 荒廃都市バロウズ】
──酒場【灰の杯】
「吾輩がブックカバーである」
「びっ…………くりしたぁ。飲むか?」
「いただこう」
サプライズブックカバー。
"エターナルメモリー"乱獲を一旦終えて、ジョージとベラ=BOXと一緒に馴染みの店に来たんだが……。
突然のブックカバーにビビる。この階層で今お前と会ったら色々勘繰るだろうが。四人席だからと堂々と座ってくるがコイツ。
「お前今度こそ洗脳されてないだろうな」
「愚か者が。吾輩が洗脳された事などただの一度もあるものか。狂言も大概にせよ愚物。枝豆を所望するのである」
「……ライズ君の話だと、ホーリーに洗脳されてライズを襲ったという話だったようだけど?」
「全くもって事実無根。吾輩がライズと戦うのは当時は日常である。
店員殿、辛子蓮根と玉蒟蒻と牛すじ煮込み。あと冷奴と刺身を」
「頼みすぎだろおっさん」
「貴様払いであるからな」
「こいつぅ」
どこまで行っても変わらない奴。安心感があるな。
……だからこそあの時のブックカバーは怖かったんだが。
「お前さ、49階層で俺を襲った時の事覚えてる?」
「"サブジョブ解放事件"であろう。覚えておる。アザリとルミナスとクワイエットを引き連れて、定例の喧嘩をしに行ったのである」
「いつもはタイマンなのに四人がかりだったな。洗脳されてたんじゃないか?」
「袋叩きにしたい気分だったのである」
どんな気分だよ。
だが庇い立てる感じでも無いんだよなぁ。
「ブックカバーさん。自分の意思でやったと思っていても、その自分の意思を捻じ曲げるのが"洗脳"だよ」
ジョージがきゅうりを齧りながらも一言。
ブックカバーは無表情のままぴたりと止まる。
「自らの意思で、或いは自らの行動と自覚がある以上全ての責任は自分にある……という誇り高さは素晴らしい。
しかしその"自らの意思"を知らずのうちに曲げてくるんだよ。俺はそういう事をする奴らを良く知っている。
口の上手い詐欺師や宗教の教祖……言葉一つで洗脳する事くらい容易い人種というのは存在するよ」
「励ましか。無為である。
……だがその無為にも感謝せねば無駄となる。枝豆を一つやろう」
「ケチ親父」
「だまれ甲斐性無し」
……洗脳。
ホーリーのそのありえないほどの人徳は、洗脳によるものだったとされている。
そういうアイテムがあったのか、物理的に被害者の思考を改造したのか……【アルカトラズ】による調査は空振りに終わった。それでも余罪もりもりで投獄されたが。
つまりホーリーはただ人間の力で、洗脳まがいの事をしでかした。バグやら何やらのチート無しで。
人間の底知れない力……というのはもう日常的に見ている。大天才天知調が正にその発端だが、一度記憶したものを忘れないメアリー、相手の思考を読み取れるドロシー、身体能力ではジョージやアイコ、クローバーのゲームセンスだってその一端だろう。
ホーリーが洗脳において人智を超えているのだとしたら……。
「……ブックカバーの信条を捻じ曲げてなお自覚させない程の洗脳。そんな事ができるなら、誰かをホーリー自身にする事も出来たりするか?」
「ホーリーと直接会ってないからわからないが……そういう奴には会った事があるね。自分の息子を自分にしようとした海外の詐欺宗教の教祖だ。
常に対象と2人きりで、自分の生い立ちを語り続ける。狭い密室で、昼も夜も無く。映像や語りで延々と。付いてこれなければ体罰を与えて。"この人にならないと殺される"という使命感や恐怖だけは、自我が薄れゆく中でも残ってしまう。そうして自分に絶対服従の自分を作り出そうとしていた。
教祖一家がバカンスに来日していたタイミングで子供が逃げたのをきっかけに逮捕されたが……その子供は当時6才にして既に大学卒業レベルの知能は間違いなく持っていた」
「ちょっと言ってる事がよくわかりませんけど、つまり……フォースクエアはホーリーによって洗脳されて、ホーリーのフリをさせられていると? ふむり?」
「雰囲気は確かに似ていたが、どこかホーリーには劣る感触であった。後付けのホーリーであるなら妥当であるか。
【需傭協会】が惜しく、保険にギルド連合管理権と自分を何者かに託したと。
……そこまで利己的であるならば【需傭協会】の経営がホーリーにとって赤字であった事と理が合わぬ。だが実際奴は【三日月】に対して強硬手段に出もした。やるかと言われればやりそうであるし、やらなさそうでもあるな」
話は通る。本当は誰なのかって所は……。
「正体は金庫番のカヴォスが第一候補だな。【需傭協会】運営権を譲渡されるなら経理担当が自然だ」
「だがカヴォスは小柄な女性であった。流石に外見までは改造できなかろう。というかホーリーと同じくらいの体格の祭祀長なぞ一人しかおらん。ライダー系列祭祀長のクロスであろうな」
「クロスかぁ。一度だけ会ったけどそれっきりだな」
「ライズ君、当事者なのに色々と知らなさすぎじゃないか?」
「いや俺側から見たら本当に何の情報も無いんだよ。ブックカバーが喧嘩売ってくるのはいつもの事だし、その後バロウズに飛び込んだら追われて、61階層に逃げたら閉じ込められて、出てった頃には【需傭協会】は解散してた。本当にそれだけなんだよ」
だからこそ情報収集だ。"エターナルメモリー"狩りは運ゲーだが、一切他人と接さなくていい。話すだけで洗脳されかねない相手と向き合うならこうなるだろう。
「クロスは……フツーの男であったな。それが良い所であった。
普通にホーリーを信仰しつつも、普通にホーリーを疑っておった。アクの強い祭祀長の苦労役でもあった」
「お前を筆頭に?」
「他の連中もなかなかであったがな」
誇る事じゃねーよ。
「……現代【需傭協会】は特に動き無し。元祭祀長のお前にも何もないんだよな?」
「うむ。メールは受け取ったがな。ここに来たのは強制も要請もされておらん。顔くらい見に行ってやろうと思ってな」
「もう行ったのか?」
「うむ。だが昼飯を食っておる最中に大聖堂で暴徒が出たとかで、昼からは突き返された。面倒の気配を感じた故に踵を返し、一杯ひっかけようとな」
「そうか。どうだった?」
「ううむ。これは吾輩の所感なのだがな。悪巧みをしてない筈がないのである。
ホーリーの理念に賛同して、どうにかして【需傭協会】の運営権を受け取ったとして……以前失敗した事をやっても仕方ないであろう。しかも【需傭協会】の崩壊は必然であった。サブジョブが存在する現代に再建して何になるか。
故に、あの口から漏れ出る綺麗事は全て嘘偽りであると考えるべきだと、吾輩は思うのだが……」
ドストレートながら、ブックカバーの意見は単純明快。そりゃそうだ。全くもって正論だ。
「……が。ううむ。では何が目的か、と言われても読めぬ。"何か裏にあるんだろうがわからん"といった所であるな」
「……【夜明けの月】は別に正義の味方じゃないからなぁ。明確に悪さをしていないなら手出しせず先に進みたいんだが……」
「明らかに、怪しいのであるな。だがひとまずは様子見しか無かろう」
「そうだな。暫くは根気よく記憶漁りをして、何か尻尾を掴めば──」
ピリリ。と緊急メッセージ。
開いてみれば、またもや面倒事。
──────
[メアリー]:
『ライズ。リンリンが教会に殴り込みに行ったわ。どうしよう』
──────
どうしようったって、どうしようも無いだろ。
「……ブックカバー。支払い任せていいか?」
「ふむ。では今回は吾輩の奢りである。後日また奢れ」
「サンキュ。ベラさんはここで待っててもらうか」
「いえいえお付き合いします。市街地を抜けて大聖堂まで案内させてもらいます。ふふん」
「無茶だけはしないでくれよ。……じゃ、行くか」
返信は簡素に、【夜明けの月】全員に。
──────
[ライズ]:
『【夜明けの月】全員 大聖堂集合 早い者勝ち』
──────
──◇──
──【需傭協会】本部大聖堂
「フォースクエア様! お逃げ下さい!」
「……その逃げ道を塞がれている訳ですが」
大聖堂の唯一の入り口に仁王立ちする鬼神──"無敵要塞"リンリン。
【夜明けの月】に与したとは聞いていたので、バロウズにも当然いるというのは知っていますが……。
兜に隠れた表情が怒り猛っているだろう事は見てわかる。そのくらい怒っている。オーラすら見える。
「そこから動くなフォースクエア。わたしはお前を逃がさない」
……大聖堂の出入り口が一つしかないという事はなく、裏に逃げればなんとかなりますが……逃してくれないでしょう。
大盾を構えたまま、拠点階層だというのに挑む信徒達の攻撃を受け──体捌きで弾き返す。一切の戦闘行動を取っていないため"敵対行動ペナルティ"も受けていない。逆に挑んでいるこちらは次々ペナルティを科されていますが。
「何かしてしまいましたかね。貴女とは初対面ですが」
「ホーリーさんの真似事それ自体はもうどうでも良いです。似てないですし、遠く及びません。
わたしが許せない事は──」
戦闘行動を取らない守りの王者"無敵要塞"。
対面した事なぞありませんでしたが──射殺すような殺気!
来ないとわかっていても、この首がいつ飛んでもおかしくないと思ってしまう。これが元【真紅道】の防衛隊長……!
「──ミカンちゃんの傷を。決して塞がるまでは行かなかった古傷を! 紛い物の伽藍堂の貴様が! 開いたからだ!」
信じられない圧。挑む者も遂には消えて、信徒達は私の後ろまで退散してしまった。
──私も動けない。だが信徒の前、恥ずかしい真似はできない。
「友の為とは利己的ですね。とても正義の【真紅道】だったとは思えません」
「今は悪の組織【夜明けの月】です。
貴様は何もしなくて良い。二度とミカンちゃんの前に現れるな。……そうなるよう、教え込んでやる」
──五分の会話をしている私を見て、信徒も少しは復活してきましたね。
"無敵要塞"でなくとも、拠点階層での暴力沙汰は避けたいはず。24時間階層移動不可になる"敵対行動ペナルティ"の重さは誰もがわかっていますからね。24時間、数で勝る【需傭協会】から逃げられる自信は無いでしょう。
「みなさん。彼女は貴方達に危害を加える事ができません。複数人で盾を掴み、次に腕、足と拘束すれば抑えられます。
……できますか?」
「……お任せをフォースクエア様!」
「【需傭協会】万歳──!」
勝ち筋の提示。冷静な上司。身の安全。信仰心。
これで立派な兵隊の復活です。
リンリンは大盾を構え直そうとするが──
「──捕まえたぞ異教者!」
「なっ……ぐっ、離して、下さい!」
裏口から回った兵隊に拘束される。いやに甘い見立てでしたね。想定外ですがこれでいい戦力が──
「action:skill:【リベンジブラスト】発動します」
──赤と黒の波動が、全ての信徒をこちらへと吹き飛ばす。
え?
いや、え? 普通に攻撃、え?
信じられないが、現れたのは──【夜明けの月】。
──《冒険者ゴーストに"敵対行動ペナルティ"を科します。24時間、この階層からの転移を禁じます》──
「question:リンリン。無事ですね」
「う、うん。ありがとう」
「暫くぶりだなフォースクエア。うちのマスターの挨拶がまだだったろ?」
顔も見たくない妖怪──ライズが、それはもう腹立たしい顔でそこにいた。
その側の少女──【夜明けの月】のギルドマスターは、堂々と仁王立ち。
「はじめまして【需傭協会】。あたしは【夜明けの月】のギルドマスター、メアリーよ。
早速で悪いんだけど、あんた達を貰うわ。あたし達と【ギルド決闘】しなさい」
〜外伝:孤独の晩餐5〜
《ドキッ!樹上の筋肉祭り》
【第10階層 大樹都市ドーラン】
ナツです。【祝福の花束】ドーラン支部支部長で、【アルカトラズ】"拿捕"の輩 第10特務部隊隊長です。
本日はドーランのあちこちにあるギルドに顔出しです。
──"葉光"ドリアード派の冒険者拠点
「ようこそっ!」
「【ダイナマイツ】葉っぱの上事業所へ!」
ちっちゃな爆発、決めポーズ。
私もよくお世話になる【ダイナマイツ】の方々です。
「おぉナツちゃん。昇格おめでとう」
「コクショク。それ前から言ってるけどナツちゃん別に昇格してねぇから」
「あ、いえ。今回は本当に昇格しました。【祝福の花束】ドーラン支部の支部長です。今後とも宜しくお願いします」
「「「……あんだって?」」」
普段は耳の遠いコクショクさんの返しを皆さんで。今日も仲良しです。
「まぁいいか!おめでとう!そちらの美女は?」
「私はユグ! ナツの永遠のパートナー。宜しくね」
「めでてぇ! 結婚だー!」
「うおおおお祝賀だー!」
ああ、もう収拾がつかない。
……でも、いつ来ても賑やかな良いギルドです。ベルグリンさん率いる"草原の牙"チームもよく受け入れて貰ったりしています。
──◇──
"天秤"E-1-2
【働き鶴】本部
「いらっしゃいませ!!!!!」
「「「「お嬢様ァ!!!!!」」」」
デジャヴです。
こちらは元【鶴亀連合】から更に規模を拡大したアドレ最大の運送業者【働き鶴】。シラサギさんは最近九九を覚えるため勉強中です。新しく買ったメガネがカッコいい。尚レンズは初日に弾け飛びました。
「【祝福の花束】が正式にドーラン参戦という事は、もう依頼できなくなるのかな? ベルグリン達は頼りになった。心惜しい」
「そこは普段通りで大丈夫です。元々正式な派遣依頼でしたから。
ただ、普段は仕事のついでで匿って貰っていましたから、これからはちゃんとこちらで面倒を見ますね」
「それはいい! ベルグリンとニワトリにはウチの従業員控室の角に積もった私物を持って帰るよう言っておいてくれ! ははははは!」
「ごめんなさい把握してませんでした今回収しますごめんなさい」
「力仕事なら私がするよ? ほら軽い軽い」
片手で私を持ち上げるユグさん。なぜ。
「ほほう! なかなかの筋肉。是非力比べを」
「それはまた後日でお願いします!」
シラサギさんの力比べに巻き込まれると夜が明けちゃいます!
──◇──
「私の上って結構筋肉だらけだったのね!」
「誤解ですぅ……」




