155.円卓は並び立てぬ
──"エターナルメモリー"は投影する──
──◇──
【第60階層 荒廃都市バロウズ】
──【需傭協会】本部大聖堂
祭祀長の会議室
「クエスト名は【全知に届け第二の刃】。アドレ王宮兵拠にて発見したそうだ。【三日月】ライズはこれの研究で暫くバロウズを外しておる」
ブックカバーの報告は何より正確だった。だって本人に直接聞きに行っているから。
「報酬は──全冒険者にもう一つのジョブ、サブジョブを解放する事。これもまた間違いない。どうするホーリー」
サブジョブ。
【需傭協会】を瓦解させる破滅の象徴。
どう動くべきか、それはホーリー様にしか決められない。
「……【需傭協会】の創立目的としては歓迎するべきです。我々補助職が生き残る方法としては最適解でしょう。【需傭協会】は……もう……」
「アンタはそれでいいかもしれないけどねぇ。そうもいかないだろうさね」
言葉を遮るは魔女アピー。
……ブックカバーと並んで、言葉のデカい祭祀長。
「もう【需傭協会】は一大企業だよ。アンタ、仲間達を見捨てるつもりかい?」
「アピー。それは流石に口が過ぎるぞ」
「黙りなバル坊。アタイは覚悟の話をしてるんだよぉ。
……全て諦めて捨てるってんなら、アタイに【需傭協会】を渡しな。そうすりゃアンタを追放してこっちで勝手にやるさね。
……アンタ、流石にもう全メンバーの顔と名前把握できてないだろ? デカくなりすぎたんだよ【需傭協会】は」
「口八丁で乗っ取り計画であるか山姥。【真紅道】では足りぬか」
「プロポーズかいジジイ。十年早いよォ!」
……一理ある。
ホーリー様は補助職のために【需傭協会】を立ち上げたが、全員がその理念に沿っているわけではない。
営利的な発展は組織の巨大化と切り離せない。
【需傭協会】の行く末は破滅。だが、ホーリー様まで巻き込まれる必要は無い。
「【需傭協会】の金庫番として、私は抜けたくても抜けられません。ですがホーリー様は別です。
ホーリー様の願いは全て叶っています。これからは補助職でもサブジョブを活かして攻略ができます。【需傭協会】は、ホーリー様は……そうなるまで、我々支援職を守り抜いてくれたのです」
「そうだな。少なくとも俺達は、ホーリー様に責任おっ被せて心中しようとはしない」
カヴォスもバルバロスも、祭祀長は皆ホーリー様を案じている。
これはホーリー様の神徳だ。本当に素晴らしい。
「……そうだね。今日の会議は終了。個別に色々相談聞きたいから、1人ずつ私の部屋に来てもらえるかな?」
ホーリー様がそう言い切ると、全員頷き会議は終わる。
何も決まっていないが、ホーリー様が終了と言えばそうなるのだ。
──◇──
ああ。なんと優しい仲間達。
──お前が言わせた。
そうとも。私の目的は達成された。
──数多の屍を重ねて。
アクアラで隠居するのもいいな。
──全てから目を逸らして。
……許される訳がない。
私はここに至るまで、どれだけを犠牲にした?
この期に及んで……罪すら彼らに被せるのか。
──お前がそうした。
違う。悪魔め。
──違う。お前が悪魔だ。
違う。
いや。
違わない。
私は、悪魔だ。
悪魔になるのだ。
「やぁ、最初はブックカバーさんか。思えばいつだって先陣を切るのは貴方でしたね」
「貴様は得体が知れぬ。吾輩はどうでも良いが、貴様のせいで増えた部下が路頭に迷うのは御免である」
もう迷う必要はない。
「……もしも【需傭協会】が解散したら、貴方はどうします?」
「……貴様と似たような理念を振り翳すガキがおる。昔は馬鹿らしいと一蹴していたが、貴様と【需傭協会】のせいで気が変わった。話くらいは聞いてやっても良いなと思っている。
貴様ほどの覚悟はなかろうがな」
嗚呼、それは良い。
誰とも知らぬその方が、貴方を受け入れてくれるのならば。
──その道を閉ざすのは悪魔だ。
「こうして二人で話す事も無かったですよね」
「うむ。その時が終幕であると思っておったからな」
「聡い人だ。それでは、ブックカバーさん」
彼の頭に手を翳す。
言われずとも、ブックカバーは目を閉じる。
「おやすみなさい。良い夢を」
──◇──
【需傭協会】本部大聖堂
──ブックカバー一門の溜まり場
「……おっ。叔父貴ー。長かったねぃ」
「ブックカバー様〜。おかえりなさい」
「……仕事、か?」
ブックカバーは佇む。
その目には光しか無く。
どこか遠くを睨んでいた。
「アザリ。ルミナス。クワイエット。──吾輩に命を預けよ」
ブックカバーの3人の弟子は顔を合わせて、それでも何も聞かず。聞いて答える人ではないから。
「叔父貴を利用されてるってなぁ気に入らないけどねぃ」
「それでもブックカバー様の言葉ですから〜。勿論捧げますわ〜」
「……行くアテも無し。元より預けた物を渡す事はできない」
3人は従う。
師父が誰に操られていようとも、離れる理由にはならないから。
──◇──
──大聖堂 廊下
「動きましたね。クロスさん」
図書倉庫から頭を出すはブラウザ。
……【需傭協会】乗っ取り計画。考え見ればブラウザの上にいるアピーも画策していた。
だが肝心の経理であるカヴォスがホーリー信者だ。乗っ取りは難しい。
「動くとは何だ。俺は今からホーリー様のところに──」
「私は見張っていましたのでわかります。バルバロスさんも、カヴォスさんも、ブックカバーさんやアピーお婆様でさえ。ホーリーの私室から出てきた者は様子が変わっていました」
様子が変わる。それは──今の俺ならまだ理解できる。
だが何故? ホーリー様は何を企んでいる?
「行けば貴方も変わってしまう。なれば私との謀略に響きます。このタイミングで逃げ出しましょう」
「逃げる……そうか。その手があったな」
「そうです。戦略的撤退ですよ。様子のおかしい祭祀長達で微妙に混乱が起きてますから、今がチャンスです。逃げ道も確保してありますから」
流石に有能だな。
だからこそ惜しい。
「……クロスさん? この手はいったい?」
俺を信用してくれていたのか、疑う価値も無かったのか。
本当に容易く、ブラウザの手を背中に回して拘束できた。
「……ま、まさか既に!?」
「いや、元からこうするつもりだった。
ホーリー様は普通の人間だったよ。苦悩を隠しながらもがく優しいお方だ。
……お前のような悪の誘いに乗ったのは、監視のためだよ」
「ぐっ……貴方も狂信者ですか! 一目置いていたのに、馬鹿みたいじゃないですか!」
「お前は馬鹿じゃないよ。相当賢い。だからこそ野放しに出来ない」
ホーリー様の私室まであと僅か。人の気配無し。ならばもう隠す必要も無いし、放っておくと逃げると言う。ならここで拘束するしかない。
「離せ! アピーお婆様は"ホーリーのため"とか言うようになったんです! あの他人の事をゴミカスとしか思っていないお婆様がですよ! 洗脳どころか人格改変です!」
「いいや、おはなしだ。やましい事が無ければどうという事はない」
「やましい事だらけなんです私は! はーなーしーてー……」
──ホーリー様が覚悟するなら、俺も従おう。
破滅の刻まで、ただひたすらに。
──◇──
酒場【灰の杯】
店の前を掃き掃除中。灰の降るバロウズじゃあ毎日やっても綺麗にならないわねぇ。
「あら。まだ明るいわよ」
「……【三日月】のツバキだな」
店先に現れたのは……顔を隠してるけど、見知った人。
「【需傭協会】の一団ご来店ね。カモネル、アシダカ、サヴァ。それにバルバロスまで。昨日ぶりねサヴァは」
「……流石だな。顔を隠しても無意味か」
「一度会ったお客さんの顔は忘れないのよ。それで、今日は何の用?」
「ああ。単刀直入に言えば──誘拐に来た」
山羊の悪魔。羊の悪魔。バルバロスが操る一級品の悪魔達。【デビルサモナー】は希少ジョブ。ライズでも正確な運用方法は把握できてない。あたしみたいな普通の【呪術師】では抵抗できないわね。
「──いいわ。でも覚悟する事ね。あたしは安くないよ」
「ご理解頂き感謝する。では──」
──風が、ひとつ。
バルバロスの後ろにいた3人を吹き飛ばす、猛る烈旋。
──《冒険者ハヤテに"敵対行動ペナルティ"を科します。24時間、この階層からの転移を禁じます》──
黒騎士が、いつも通り一歩遅れてやってきた。
言葉を交わすよりも早く、その剣はバルバロスに向き──
「……殺すつもりだったなハヤテ。悪魔が一つ生贄になった」
「ライズの不在にツバキに何かあれば一生イジられるからね。改めて──ボクの部下に何をした」
バルバロスからあたしを奪還しても、剣も目線もバルバロスに釘付け。仕方ない。あたしもやるとしようかね。
「【需傭協会】は滅びる。貴様らがいる限り」
「まーたライズが逆恨み買ってるのかな? 何にせよライン超えたぞ下衆共。あと24時間、ボクはキミ達を狩り続ける」
「あんたが暴れても仕方ないでしょハヤテ。逃げるわよ」
「えっ」
交戦的なのはいいけど、あんたがそうなったらあたしが冷静にならないといけないじゃないの。
ハヤテの首根っこを掴んで──【灰の杯】店内に逃げ込む。
【Blueearth】では家主が閉めたドアを突破するのには鍵が必要。少しは時間稼げるわね。
「……店主はグルか! 俺はここで見張る。アシダカは本部へ戻り鍵を!」
バルバロスが外に待ち構えてるのね。
店主──ブレイクソウル族のカーマイン姉さんが、教えてあげたピースサインを得意げに見せてくる。
事前に相談しておいてよかった。
「地下迷宮に逃げるよハヤテ。ライズの未公開情報を抱えてるあたし達なら逃げ切れる」
「……うん。そうだね。ごめん」
「気負う必要は無いわ。ピンチになったら普通に見捨てるからね」
「手厳しい……」
勝手に"敵対行動ペナルティ"を踏む奴が悪いとしか言えないわね。
……それで、あたし達の愛する駄犬はどこで何をしてるのかしら。
──◇──
【第49階層サバンナ:静かな荒野】
「……なぁ。今日は遊んでる暇無いんだけど?」
サブジョブ解放クエストの最中。
面倒な奴が面倒な連中を引き連れてケンカに来た。
「……吾輩と戦え、ライズ」
「なーアザリ。お前からもなんとか言ってくれよ。いつもの事だけどさ」
「……ライズは、今の叔父貴を見てもいつも通りと思うんで?」
「ん?なんか変か? こいついつも変だろ」
「うーん残念さん。殺しますか〜」
「……四人がかりなら……確実」
ええ。なんで今回はそんな多人数なんだよ。
嫌だなぁ。いやほんと嫌だなぁ。
……やるしかないか。
「【スイッチ】──【宙より深き蒼】。後でちゃんと説明しろよな!」
「悉く塵と成せ──【テンペスト】!」
大嵐が開戦のゴング。今の所ブックカバーとは一回分負け越しだ。ここでトントンにさせてもらおうかね!
〜外伝:孤独の晩餐4〜
《実録!【朝露連合】の現状!》
【第10階層 大樹都市ドーラン】
──"土落"【祝福の花束】ドーラン支部
「我々のお仕事を説明します!」
「わー!」
「声がおっきいです」
ナツです。【祝福の花束】ドーラン支部支部長で、【アルカトラズ】"拿捕"の輩 第10特務部隊隊長です。肩書きが長い!
「【祝福の花束】冒険者の旅立ちを支援するギルドですが、優秀な資材を潤沢に確保できている【朝露連合】立ち上げの手伝いをした事で、現在先方とは五分の協力関係にあります。
そのためドーランでも諸々の仕事ができるよう拠点を拡大した訳です」
「具体的に何するの?」
「基本的には冒険者同士で扶助し合えるような組織です。ただ攻略したいだけなら【飢餓の爪傭兵団】の方に流れますので、このドーランでの自警を任せられるように目指します」
「地元民の溜まり場?」
「ううん……アドレに長く根付いている本店と違って、後発でやるような仕事ではありませんね。
基本的にはアドレとドーランを往復する【祝福の花束】の仮拠点とするとして、色々顔合わせに伺わなきゃ……」
【朝露連合】の方々からの依頼でもあるので、そう邪険に扱われはしないと思いますし。この拠点だってかなりいい立地で小綺麗ですし。
「まずは【朝露連合】さんのところへ顔出しです。そう遠くないですから行きましょう」
「木の上じゃないの?」
「大樹ユグドラシルの管理を原住民に明け渡してからは"土落"で構えてるらしいです」
「ああー……だから最近肩が軽いんだね」
「大樹目線の話はわからないですけど、まぁそういう事です。行きますよー」
ユグさんはいまだに大樹と感覚がリンクしているみたいです。
……色々申し訳なくなるし、地上の建物で良かったです。
──◇──
──"土落"奥地
【朝露連合】本部
資材生産工場の並ぶ、ドーランの端っこ。
そこの入り口には巨大な日時計。かつてはドーランのてっぺんにあったという巨大な建物。今はモニュメントになってます。
「ようこそ【祝福の花束】のナツさん。【朝露連合】の代表、ダミーです」
黒服のお兄さん……元【井戸端報道】のダミーさん。
本当はベルさんとの二枚看板で【井戸端報道】と【エルフ防衛最前線】と二分されている【朝露連合】ですが、その二面性を存分に悪用してベルさんは【満月】として階層攻略中。現状はダミーさんがドーランの最高責任者です。
「……そちらの方は?」
「【祝福の花束】見習いのユグです! 宜しく!!」
「これはどうも。ではナツさん、立ち話もなんですから……」
「は、はい。お邪魔します」
ダミーさんの会議室まで、工場を突っ切って進む。
回復薬など道具の生産能力は【鶴亀連合】据え置き、どころか激増しています。ガラス張りの向こうでカメヤマさんが指揮をとっています。
【鶴亀連合】時代も最前線相手に回復薬を輸出していましたが、【朝露連合】は階層攻略する【満月】によって直接商業ラインを拡大。以前のクリックの"イエティ王奪還戦"で拡張した工場の生産能力も十全に使い切っているそうです。
「ぽーしょん? が凄い速さで流れてるー」
「回復薬は素材の組み合わせで性能が上がります。当然先の階層の素材の方が良い物になりますが……アドレアップルと風の魔石とフォレストシードの組み合わせで作る"カメヤマ印"ほどの生産効率と品質の両立は未だ誰も発見できていないんですよ」
「あったとして、最も冒険者がいるウィード階層の人海戦術には勝てません。カメヤマさんはそれを見越してここに居を構えたんですね」
「ずる賢い奴! 私はカメヤマ嫌い!」
「こらユグさん!」
「いいんですよナツさん。カメヤマさんを恨む人は多いですから」
ガラスの向こうにいるカメヤマさんは楽しそうですが、それでもこの工場から一歩も外に出られないそうです。
罰は罰。しかしユグさん、カメヤマさんが嫌いって……大樹視点でしょうか? ガラス越しに凄い形相で睨んでます。
「……歩きながらで失礼。今となってはあのギルド連合決闘も懐かしい話です。【祝福の花束】の皆様には協力して頂きましたし、そもそもが【鶴亀連合】を理由に【祝福の花束】に厄介になっている人も多かったと聞きます。
私は元【鶴亀連合】として、【祝福の花束】への補助支援を約束します。さしあたり仕事の斡旋ですね」
「口当たりはいいけど、こき使うつもりじゃないの?」
「ははは。まさか。ははは」
……普通に信用して疑わなかった。ユグさんの視点は大切にしよう。
「【鶴亀連合】が抑えていた冒険者が解放された事で、現在【Blueearth】前半では空前の冒険者ブームが襲来しています。しかし【朝露連合】は所詮は商業ギルド。そも【鶴亀連合】時代の支配から、我々がドーランの冒険者を直接の指揮する事は難しい。
原住民のドリアードとエルフそれぞれにギルドが配置されていますが、どちらの政権になっても変わらずドーランにある纏め役が欲しいのです。そこを【祝福の花束】さんに頼みたい」
原住民によるドーランの奪い合いに参加すらしていない冒険者も少なくない。今となっては、ドーランは二つ目の基本拠点として移民が増えているからです。
だとすれば相手取るのは慣れ親しんだアドレの冒険者達。ならば【祝福の花束】にピッタリですね。
「わかりました。こちらも了承します」
「よかった。では差し当たって……部下を何人か配置させましょう。今後とも宜しくお願いします」
「はい。よろしくお願いします」
ダミーさんと固い握手を交わす。
──これが、後に数百の部下を抱える事になる"ドーランの母"ナツ伝説の序章であるという事は、当時の彼女は全く知らない──




