153.二つ目のジョブ
【第60階層 荒廃都市バロウズ】
【需傭協会】拠点大聖堂
祭祀長の会議室
「では、定例集会を始めます。全員いるかな?」
円卓に座る一同。即ち平等の証ではあるが──口を開くのも話を進めるのもホーリー。
立場が平等であろうが、ここにいる全員が心からそれを望んでいないのだ。
ホーリー様に、支配されたいと。
「ライダー祭祀長クロス、ここに」
「ハイサモナー祭祀長バルバロス。見ての通り」
「エンチャンター祭祀長アピー。おるよ」
「司祭祭祀長ブックカバー。健在にあるぞ」
「ビルダー祭祀長……ミカン」
「鍛治師祭祀長カヴォス。全員いますね」
7人の祭祀長。【需傭協会】の頂点。
こうやって全員で腰を下ろす事ができるようになったのは最近の事だ。厄介な傭兵集団を壊滅させられたからな。
「ひぇひぇひぇ。【真紅道】が活発になるよ。アタイも暫くはここに来れないねぇ」
「疾く失せよ山姥。目障りである」
「プロポーズかいジジイ。百年早いよォ!」
「ジジイではないのである。そして貴様では吾輩には釣り合わん。失せよ妖怪」
「恥ずかしがってんじゃァないよォ!」
【真紅道】のスパイであるアピーと、唯一未だホーリー様に立ち向かう狂犬ブックカバー。誰とでも噛み合いの悪い2人だが、揃うと特に煩い。
「ではサモナーコンビとしてバルバロス班から発表だ。メジャーなクロス班のライダー系列が好調なのは勿論だが……ハイサモナー系列の指名量も増加の傾向がある。有用性が広まったか?」
「バルバロスの宣伝もあると思うけどな……ですけどね。
ヒーラーと並んでライダー系列は第二位の売り上げです。信徒の育成も順調。魔物捕獲にはバルバロス班の手伝いもあった。
……もっと評価されて然るべきだと思う。ハイサモナー組は」
「ふむ。マイナー職の中でも特に人気の薄いハイサモナーは実力に見合う成績を残しにくい。モチベーションのため昇給してみますか?」
「資金分配はカヴォスに任せます。不足分は私の私財から」
「……もう充分稼ぎはありますから。そこまで心配しなくても大丈夫ですよホーリー様」
こうして会議をするようになったのは、悪徳傭兵連合と戦っていた頃の名残。
もう敵も無く、【需傭協会】は永遠の繁栄を約束された。
なにも心配はない。
なにも。
「時にホーリー。くだらぬ噂話だが」
ブックカバーが片手でアピーを制しながら一つ。
「二つ目のジョブなるものがある……やもしれん。どう動く?」
──◇──
──噂はあくまで噂。とはいえホーリー様は何か考える様な顔をしていたが。
会議は終わり、各位解散となる。
俺は、ホーリー様の動きをなんとなく追っていた。
……ホーリーの、動きを、調査していた。
よし。
ホーリーの近くにいると頭がおかしくなる。距離を取ればこうやって理性が戻るが……。
──人を疑う醜い今が、理性なのか?
いやいや。いやいやいや。
俺は疑う。あんなに人間離れした奴がマトモな訳が無い。
神はいないのだ。
「……またそんな戦い方をして」
む!
ホーリーの部屋に人の気配。どうやらホーリーより先に誰かが来ていたようだ。
……流石に覗きは良くないか? いやいや正義だ。大義だ。
中にいるのは……最近ギルドになった【大太刀廻り】のカズハか。
ホーリーが……ここからは顔が見えないが、手当しているのか?
「呪いをくらったまま瀕死で戦うなんて【リベンジャー】じゃないんだから」
「呪いは喰らうものよホーリー。それに私がどれだけ傷付いてもホーリーが治してくれるでしょ?」
「私も忙しくなった。そう毎度世話はできないよ」
「してくれるまで傷付いたままにするから大丈夫よ」
「いやいやあのねカズハ?」
「ふふふ。その気の抜けた顔。そういう顔が似合うわよホーリー」
「……そうかなぁ」
……神は、いなかった。
彼は普通の人間だった。
なればこそ。
我々は──
──◇──
酒場【灰の杯】
「私をお誘いしてくれるなんて。ありがとうございますクロス」
「悪いなクロス。他の連中には断られた」
「無理強いはできない。むしろ来てくれてありがとうカヴォス。むさ苦しいが許してくれ」
「ふふふ。クロスもバルバロスも優しいです」
誘いに乗ってくれたメンバーは話のできる連中だ。こちらとしては好都合。
「……ブックカバーの言っていた事、どう思う?」
「二つ目のジョブ、ですか。あったら凄いですね。例えば私が魔法も使えちゃう、みたいな感じですか?」
「そうではないぞカヴォス。俺にもカヴォスの仕事ができる、という事だ」
「あっ……」
支援職は一人で階層攻略するのは難しい。支援職無しに階層攻略は難しい。
だから成立する傭兵稼業。だから値段が青天井に釣り上げられ、だから……。
「もしもそんなものがあれば、我々は商売上がったりだ。だからと言ってどうこうできるもんじゃないがな」
「困りますね。折角平和になったのに……」
……そうだな。平和になった。
階層攻略はまだまだ続くだろうが、【需傭協会】は平和を掴み取った。
「この平和を、守らねば……」
「興味深い話ねぇお客さん。聞かせてくれないかしら?」
バルバロスのおかわりを持ってきた店員が……
……。
──【三日月】のツバキじゃねーか!
情報収集担当、全ての情報を支配する女帝ツバキ。誰も彼も彼女に自発的に秘密を暴露してしまうという……。
「つ、ツバキさん! バロウズではこの店で?」
「ええ。あたしの事知ってるのね。ありがと」
「ひゃぁー……本物だぁ」
いかん。カヴォスが堕とされた。バルバロスも飯を食う手が止まってる。
だが、俺は負けない──!
──◇──
「ねぇライズ。面白い話を聞いたんだけれど」
「んー? 早速アタリを引いたか?」
「お客さんにアタリもハズレも無いわよ」
「ごめん」
──◇──
──翌日。
【需傭協会】拠点大聖堂
くそう。ブックカバーめ。
あんな噂をどこから拾ったのか知らないけど、そんな情報を妖怪"底舐め"が知ったら大変な事になるだろうが。
「おはようございますクロスさん。調子が良くない様子ですが?」
「む。お前は……確かアピーの取り巻き」
すれ違うは黒髪の女。確かアピーの補佐として付いている……誰だったか。
「ブラウザです。アピーお婆様が不在の間はウィッチ祭祀長代理を務めさせて頂くことになりました」
「そうだったか。色々と大変そうだな。励んでくれ」
あのアピーの手下とは辛そうだ。いや本当に。
「……時にクロスさん。少々質問しても?」
「答えられる範囲ならな」
「では。私は【需傭協会】に吸収された"影の帝王"下位組織の一員だったのですが……旧友に会おうと思ったのですが、見当たらず」
──デビルシビルを吸収してからすぐ、"影の帝王"は【需傭協会】に吸収された。その時にこちらに降ったメンバーも少なくはなかったが……。
「レベル制限に引っかかっているのでは? ここは最前線基地だ。相当レベルが高くないとここに踏み入れる事すらできない」
「ええ。ですがその旧友は私の師でして。レベル的にもここにいて然るべきだと思ったのですが……」
この話は、何も"影の帝王"勢力に限った話ではない。
明らかに数が合わないのだ。入籍しているメンバーと、教会にいる人数が。派遣という立場上全員がいる事は無いが、それにしたって少なすぎる。
……デビルシビルや"影の帝王"を見かけない事とも通ずるものがある。
「……探りすぎは関心しないな。立場というものもあるだろう?」
「ご心配なく。相手は選んでいます。
疑っているのでしょう? 教祖ホーリーを」
ブラウザの発言に、まず俺は──周りを見た。
それは肯定だ。誰にも聞かれていない事を、真っ先に確認してしまった。
「【需傭協会】は異常です。これだけの人数が、たった一人の人間を信仰して纏まっている。そんな事あり得ますか?」
「ありえているだろう。今」
「ありえないでしょう、そんな事。これは洗脳ですよ」
──そんな事はわかっている。お前なんかよりずっと長くホーリーと関わっているんだ。
「自発的な信仰だ。ホーリーの人徳の成す神秘だ」
「その神秘こそが洗脳だと言っているのです。既に思考と言動が乖離しつつあるようですね。このままではいけない」
ブラウザは、まるで悪戯を思いついた子供のように嗤う。
「乗っ取ってしまいましょう、【需傭協会】を。私と、貴方で」
「……無理だ。【Blueearth】最大規模の連合だぞここは」
「そうですね。崩すには大きすぎる壁ですが……出来ない事も無い。貴方さえいれば」
……悪魔の囁きだ。
だがこれは、最後のチャンスだ。
もう俺は、明日にもホーリーを疑えなくなってしまうかもしれない。
おれは、おれは──
──◇──
灰色の空。
大聖堂のテラスでホーリーは祈りを捧げる。
礼拝堂に顔を出せば信徒が集まってしまう。もうこうした所でしか静かに祈れない。
祈る。誰に?
ホーリーは神を信じるのか?
否。ホーリーこそが神である。
即ち祈りではなく思案。
己の過去に思いを馳せる。
【真紅道】は今日も攻略に勤しんでいる。
あそこにいた頃は、それはもう純粋に楽しんでいた。
だが楽しいだけでは世の中を救えない。
補助職を救うべく、独立し【需傭協会】を立ち上げた。
あの頃にはもう戻れない。
あれから色々あって、ここまで大きくなってしまった。
「また、悪魔が──」
ホーリーの心には悪魔が住み着いていた。
この成功は。この繁栄は。この証明は。
全て悪魔の力だ。
「進むべきは破滅。やはりこれ以上は──」
──思ってもいない事を口にするもんだ。
「うるさい。悪魔め」
──だってそうだろう?
──お前、何人殺したと思っている?
「違う!」
振り向くホーリー。
そこには誰もいない。
……否。
「……あ、あぁ」
そこには大勢が死んでいた。
デビルシビル。
"影の帝王"。
その他、ホーリーが救えなかった十数名が立ち並ぶ。
目に光を宿さず。ただ立ち尽くす人形。
──お前が殺した。
「違う、私は──」
──違わない。お前が殺した。
「私は──」
ホーリーの慟哭は誰の耳にも入らない。
全てはただ、灰色の空に。
──天気が一層、悪くなってきた。
──◇──
──時は経ち。
【三日月】ライズが未発見クエストを発見した。
クエスト名──【全知に届け第二の刃】
報酬──全冒険者へのサブジョブの解放
〜外伝:孤独の晩餐2〜
《はじめましてユグさん》
【第10階層 大樹都市ドーラン】
──"土落"居酒屋【ねくびねらい】
女豹の女将が切り盛りする居酒屋に、街中でナンパされた緑の髪の美人さんを連れてきてしまいました。
私は新設された【祝福の花束】ドーラン支部の支部長ナツです。どうしてこうなったのでしょう。
……そもそもは、ギルドマスターグレッグさんがクリックへ《拠点防衛戦》に向かう前の事……。
──────
『暫くはギルドマスター代理としてモーリンを立てるわ。いい頃合いだと思うのよねぇ』
『うへー。まぁ頑張りますよー。留守番でしょー?』
『アンタはそのくらい気楽でいいわよぉ。ベルグリンにはまだ立場を負わせられないからねぇ』
『応。それに"草原の牙"チームは基本的に外で働いてるからな……。元より事務仕事は向いておらん。経理はするが』
『同時に、ドーランにも拡大しようと思ってるのよ。【朝露連合】とのパイプがあるからね。"草原の牙"もドーランとアドレをよく往復するし、向こうに拠点があった方がいいでしょう?』
『うむ。今までは【ダイナマイツ】のボロ小屋に押し込められておったしな』
『じゃあ決定ね。ナツちゃん。話は通してあるからドーランに行って支部長してもらえる?』
『あ、はい! ……え?』
──────
────
──
「酷くないですか!?」
「それは辛いね! ナツちゃん可哀想!」
私をナンパした緑の人は、一人で6つもジョッキを頼んで文字通り飲み放題。
……というか名前すら知らなかったですね。
「あの、お名前は……」
「ユグ! 私はユグだよ! 宜しくねナツさん!」
「あ、はい」
あっさり名前は聞けましたが……なんとも爽快な人。
と、ずっと飲んでいるユグさんの手がとまりました。視線の先は、私の鶏皮串……?
「ど、どうしました?」
「に、人間は枝を食べるの……?」
わなわなと恐れるように怖がるように。
……え? あ、串?
「こ、これは肉の方を食べるんですよ」
「あ、そうなの? 情熱的なアピールだと思った。"次はお前だ"みたいな」
???
なんというか、なんなのでしょうか。
不思議な方ですけど、食べてみたいのでしょうか?
「宜しければどうぞ?」
「えっ? あっ、それ食べられるの!?」
「え?」
「おっと。何でもないよ。いただきまーす!」
手渡した鶏皮串を、一口で平らげる。
く、串は食べちゃダメです!
「んむ!? 何これ柔らかい! 獣ってこんな良いもの食べてるの!? いや味覚って奴が優れてるのかな!?
ぐにゅぐにゅ柔らかい! 噛めば噛むほど美味しい! でも硬いわけでもない絶妙な柔らかさ!弾力って言うのかな!?
なんか付いてる樹液が甘い? 甘辛! なにこれよくわかんなーい!」
ど、独特の食レポ!
初めて食事をしたお貴族様が何かなのでしょうか?
いやそんなのおかしいでしょう。
「気に入った! 私、ナツさんと添い遂げる!」
「あ、あまり大声で変な事言わないでぇ……」
明らかに注目されてるもの。やめてぇ。
ユグさんは立ち上がり、ジョッキを一気飲み。
……肉を飲み流している? 固形物を自力で呑み込む事が出来ないの?
「私は役に立つよナツさん! なんせ私はこのドーランのレイドボ──」
「そこまでです」
ユグさんの口を塞いで現れたのは──白の裁定者。
「あ、あなたは……」
「どうも。【アルカトラズ】"拿捕"の輩 白き劔のブランです。ナツさん、少々外でお話しさせて頂いても?」
ひえっ。
──これが、今後長く付き合っていく事となる不思議な居候さん、ユグさんとの出会いでした。




