152.【需傭協会】
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滅びた都市を彷徨うは黒煤の亡者。
大地も雲も分け隔てなく鈍色。
かつての栄華は呪いとなって、死して尚その身を蝕む。
終わりはあるのか。或いはそれが贖罪か。
──ここは【第60階層 荒廃都市バロウズ】
平等な絶望。灰踊る無塵。
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「ライズさん」
荒廃した大地。空も大地も建物も何もかも灰色の世界。
声を掛けたのは──随分と大荷物の行商人の女。ひょっとこの面を被っているが。
「どちら様だ?」
「バロウズの商業を纏めさせて頂いておりますベラ=BOXと申します。気軽にぼっちゃんとお呼びくださいな。ぺこり」
「そうかよろしくベラさん」
「はいベラさんです。どうもでやんす。ぺこぺこり」
なんだこいつ。
……荒廃した、といってもかつてとは色々変わっているな。
ただの路上だった場所がテントでいっぱい。出店みたいだな。
「アドレの大通り商店街に着想を得まして。原住民のごっこ遊びに最適と好評です。ふんす」
「原住民……ブレイクソウル族か」
荒れ狂う災害の象徴、ロスト階層のレイドボス、不死身の邪竜"エルダー・ワン"。
あの"スフィアーロッド"の中身であり、氷河から逃げ出した魂がロスト階層にて実態を得た凶悪な邪竜。
その凶暴性、残虐性は……かつて古代文明と対抗できたバロウズを一人残らず灰にしたほど。
悪夢はそれだけで終わらず。不死の炎に焼かれた人類は灰になれども死ねず。欠落していく自我と記憶を恐れながら生きていく事を強要される。
そうして生まれた灰塵の存在がブレイクソウル族だ。
商店街には、物を売り買いする……手足頭が誇張されたカートゥーン調の原住民。
「せめて人の形を忘れないように。もっとも特徴的な部分がどんどん誇張されて、こうなった。本人達は気楽なもんだが、見てるこっちは居た堪れないな」
「とはいえ付き合ってみればいいものです。彼らは生きなくてはならず、なれば楽しくありたいと願う。美しい楽観視だと思います。にこり」
「そうだな。……で、俺に何の用だ?」
「ブレイクソウル達では売り上げにならんのです。何か買って下さい。ぺこり」
まさかの正面突撃。
……確かに商店街ではブレイクソウル達で賑やいでいるが、半分くらいはごっこ遊びだ。煤を灰で買って、その商品を紙幣にして送り返して。金にならんわな。
「……ベラさんはここ長いのか?」
「期間に言えば一年と少し。私は【マッドハット】にスカウトされて入ったので。なつい」
俺が引退したくらいにはここで商業を初めていたのか。なら丁度いいな。
「わかった。あんたを買う。バロウズの案内を頼みたい」
「おお、これは久々にいい収支報告が出来そうです。お任せを。わたしは歩く武器商人【ブラックスミス】のベラ=BOX。よしなに。ぺこり」
【鍛治師】上位職、戦う鍛冶屋【ブラックスミス】。身内ではベルも辿り着いた境地だが、なかなか数が少ない。サブジョブで十分だからな。
「いい買い物をした。じゃあ早速だが……俺の仲間、知らない?」
「【夜明けの月】の皆さんなら先ほど宿を案内しましたよ。あとライズさんを探していらっしゃいました。よって探しに来た次第。見事的中。どやり」
うーん。怒られそうだなぁ。
──◇──
──宿【GUN! BURN! 欲】
「ただいま」
「はいお帰り。散歩楽しかった?」
「あんまし。そんな変わってなかったわ」
迷子の件もベラ=BOXの件もそこまで責められなかった。よかったよかった。
廃墟を冒険者用に改造したこの宿は、その外見とは裏腹に内装はオシャレだ。滅びた王宮の家具を運んだらしい。
「……じゃ、早速。ここではどうするの?」
「全員レベル100になったからな。もう出発してもいいくらいだ。
……と言いたいが、少しだけここで待機だ。今は《拠点防衛戦》の最中だからな」
「《拠点防衛戦》? どこが?」
「バロウズでは《拠点防衛戦》はここでは行わないのです。なんせ防衛する拠点が滅びていますから。つらみ。
69階層にいるフロアボス"ロストキング・アザルゴン"とレイドボス"エルダー・ワン"が喧嘩しているのです。それだけの《拠点防衛戦》。手っ取り早く言えば邪魔で先に進めないという事ですね。つらみ」
クリックでもあった、《拠点防衛戦》のせいで攻略出来ない現象だ。あそこほど高頻度ではないが。
「……まぁこれまでゴタゴタしすぎた。アクアラでは散々遊んだが、少し箸休めだな。だが同時にある訓練を行う」
「訓練?」
「ソロ攻略だ。レベル上限解放に必要になるのは単体での戦闘能力。ジョージとアイコは釈迦に説法だが、ドロシーとメアリーとゴーストはここを伸ばす必要がある。急拵えだが最終的にはロスト序盤のレアエネミーくらいは一人で倒さなきゃいけなくなるからな」
チームとしての強さを伸ばしてきたが、ソロでの力も欲しくなる。特に後衛職には厳しい試練となるからな。丁度良くロスト階層は格上だらけだ。練習には最適だ。
「武器適正や属性適正はデスマーチでも効率変わらないからロストの階層攻略では10人に揃える必要はない。とはいえ死なれちゃ困るから、基本的に複数人で行動してくれ」
「じゃあ俺ぁ今回ドロシーと組むぜ。銃関係見れるのは俺だろ」
「メアリーちゃんが出る時はわたしが付くからね? ひ、一人で行かないで……ね?」
「そうね。頼りにしてるわリンリン」
8人メンバー中5人が100レベル。とはいえ特に目をかける必要があるのは単体で完結してないメアリーとドロシーくらいだ。
……複数人行動の目的は、また別にある。
「あと2日くらいだな。各自色々好きにやってくれ。俺はまた散歩してくる」
「ではベラ=BOX、同行します。よっこらどっこい」
「夜には帰って来なさいよー」
もう慣れたものだ。メアリーもギルドマスターとしての風格がでてきたな。
──◇──
ある廃墟。地下シェルターには、ライブハウスがある。
とはいってもここで何かしている訳では無く……ここはバロウズの【飢餓の爪傭兵団】傘下ギルドの本拠地だ。
「よう。元気してるか?」
「むほー! ライズ氏! いやはや最近はよく戦友と出会いますなぁ! 入ってどうぞ」
──【飢餓の爪傭兵団】傘下ギルド【大太刀廻り】。
かつて最前線で攻略していた彼らはセカンドまで進出したが、ある時このロスト階層に戻り根を下ろす事となった。
どう見てもオタクなこいつはギルドマスターのモナールオ。
久しぶりに会ったが変わってないようで何よりだ。
「どうよ最近」
「恥ずかしながら今回も王と共に最期を迎える事はできなかったでござる。無念無念」
「【大太刀廻り】さんは《拠点防衛戦》の度にアザルゴン王に同行して"エルダー・ワン"に挑んでいるのですが、未だに防衛に成功した事はありません。がっかり」
「むむっ。ベラ=BOX氏、心外ですぞ。アザルゴン王が再び挑む事ができるというなれば、失敗ではなく。ただ成功までの過程に過ぎないのでござる」
バロウズには冒険者がめちゃくちゃ少ないし、《拠点防衛戦》の舞台は69階層と遠すぎる。【草の根】も物理的に諦めてしまった《拠点防衛戦》だ。もう真面目に取り合ってるのは【大太刀廻り】しか無い。
「とはいえ最近はバロウズも盛り上がってきましたので、勝ち目はいつかありますぞ!」
「盛り上がり、ね。 ちなみに教会はまだあるのか?」
「……ええ。相変わらず健在、どころか。最近はめっきり盛り上がっていますぞ。漏れも定期的に礼拝しております。運気上昇のためですな。でゅふふふふ」
この笑い声は素。決してやましい考えとかは無い。
「今日もこれから伺うつもりですぞ。ご一緒に如何か」
「……じゃ、行こうかな。助かるよ」
「でゅふふふ。構いませぬぞー」
これでいて信用できる男、モナールオ。頼もしさは健在か。
──◇──
【需傭協会】拠点大聖堂
あの頃から変わらない大聖堂。知った顔も知らない顔も、そこいらで祈りを捧げたりのんびりしてたり様々だ。
「……普通にあの頃みたいになってるな。大丈夫そうか?」
「意外や意外。大人しいものですぞ。今の所」
「かつてのメンバーも多少は戻ってきていますが、基本的には新しい冒険者で構築されています。新生【需傭協会】ですね。つまり」
「少し違いますよ」
──いつの間にか近くにいたのは──ホーリー。
いや、違う。雰囲気も服装も同じだが、あの特徴的な金黒の髪ではなく、銀の髪だ。だが印象はそのまま。
「……脱獄したのか? ホーリー」
「あはは。よく間違われます。嬉しいことに。
私はホーリー様の意思を継いだ者。ギルド連合【需傭協会】の現代表。フォースクエアと申します」
不気味さがマジでホーリーそっくりだが……別人という事か。まぁホーリーがちゃんと投獄されているかは後で【アルカトラズ】に確認すればいい。
「違うってのは? お前が新しく立ち上げた新生【需傭協会】だろ」
「いえ。私はあくまで声を掛けただけ。あの時一時的に解散かのようになっていましたが、我々の心にはまだ【需傭協会】が生きていました。ですからこうして声を掛けただけで再結集したのです。
つまりは解散なんてしておらず、元通りに戻っただけです。新生と言うには語弊があります」
「変な拘りだな。まぁいいや。
で、一応聞くけどまた俺を殺そうとしないだろうな?」
「いえいえまさか。あれはホーリーの暴走です。故に我々は罪を背負い清算して生きています。
……ホーリーに代わり謝罪致します。あの時は本当に申し訳ございませんでした」
深々と頭を下げるフォースクエア。なんとも……相手したくない嫌な感じがする。
「ところで今更集まってどうするんだ? 組織で動いて得するほどは儲からないだろ」
「目的は罪の清算です。我々はあの時、周りに流されて【需傭協会】から逃げてしまった。ここでちゃんと罪を清算しましょうと、声を掛けたのです。
罪深い我々には、それすら許されないのでしょうか?」
「殊勝な事だ。考え方にまで口出しできるほど偉くないんでこの辺にしとく。
後……俺は別にお前らを恨んじゃいないよ。だから俺への罪ってやつは清算できない。他の罪を洗っときな」
周りの信徒は微動だにしない。
どこか底知れない薄寒さを感じる。
……お互いに、長居は無用みたいだ。
足早に教会を去る。
──◇──
「ライズ。【三日月】。【夜明けの月】……。
……なんとも羨ましい事です」
──◇──
〜外伝:孤独の晩餐1〜
《目覚める意思》
──【第10階層 大樹都市ドーラン】。
そのレイドボスは謎に満ちている。
果たして何者なのか、どこにいるのか。
私です。
ここにいます。
大樹ユグドラシルの地中にいます。
私の名前は"スピリット・オブ・ドーラン"。
大樹の意思そのものです。
この大樹を奪い合うのであれば、怒りと共に現れるのが私です。
……全然争わないじゃないですかー!
ずーーーーーっとドリアード政権になって、やっと終わったかと思えばそこそこ平和に取って変わって、そしてどっちの種族が勝っても私に優しくしてくれて!
こんなの怒れませんよー!
「という訳でもうレイドボスとしてのお仕事出来ません。降伏します」
「白旗上げるレイドボスは初めてですね。恥ずかしくないんですか?」
「だって一生仕事無さそうなんだもん!」
侵入者の怨敵に連絡を投げること一月。ようやくスパム扱いされなくなり、まさかの怨敵天知調が直々にやってきた。
「うーん……こちらの軍門に降るとあれば色々とこれまで通りにはなりませんけど、いいんですか?」
「いいよ。その代わり、私も自由に動きたい! 何とかならない?」
「なると言えばなります。冒険者のガワを被れば……」
「お願いします!!!!!!
私に、私に青春を下さい!!!!!!
可愛いのがいいです!!!!!!」
「えぇ……」
こうして、熱い気持ちが伝わったようで私は冒険者になったのです!
要望が通り、私は【エンチャンター】の冒険者ユグとなりました。可愛い系が良かったのですが、身近なデータが【アルカトラズ】のものしか無かったので緑のストレートヘア美しい長身の美女になってしまいました。これはこれでヨシ!
フォレスト階層から外には出られませんが、ヨシ!
さあ早速何をしようか。まずは地上──"土落"に出てみましたが。
おや、第一冒険者発見。可愛らしい白法衣の女の子。生足丸出しなのがギャップあってヨシ!
「そこの人! お暇ですか!」
「ふぇ、あ、はい!」
突然声を掛けたからかびっくりさせてしまいました。いけないいけない。紳士的に。
「デートしましょう! 青春!」
「え、えええ?」
行きたい所、見たい所、食べたいもの。いっぱいあるのです!
こちらの愛らしい子、一目惚れです! 私のものにします!
「お名前は何というのですか?」
「あっ、えっと、【祝福の花束】のナツと、申します。今はドーラン支部の支部長をしています」
「ナツさん! いいお名前! お付き合いしましょう好き!」
「え、ふええええ????」
あー可愛い!好き好き!
あ、お腹空きました!
「ごはんごはんです! ナツさん何好きです?」
「あ、え? えっと……ご飯ならこの近くの食堂が……」
「ではそちらに! 一生の伴侶となるのです、ゆっくりお話ししましょう!」
「えええええ???????」
わーい人間楽しー!
──◇──
「マスター。スピリット・オブ・ドーランが暴れ倒しています」
「……暫く監視を。度が過ぎるならしばいていいです」
「了解」
──◇──




