15.《二ツ牙のベルグリン》
──何が起きた?
あたしの胸を貫くのは、さっきまでベルグリンが持っていた大剣。
思い出せ。何が起きた?
位置を利用した【リベンジブラスト】一網打尽作戦。
思いついたのは決闘開始後だけど、事前にゴーストには合図を仕込んでいた。
──あたしが名前を呼んで具体的な指示が無い時は、あたしの方向にスキルを使いなさい。
サインは簡潔で、かつどんな状況でも確実に使えるものでなければならない。
だから方向まで確実にコントロールできる合図を考えた。
あたしの魔法じゃ範囲も火力も足りないけど、ゴーストの、それも呪われた【独創的な死の髑髏】の効果で火力の上がった【リベンジブラスト】なら一気に削れるって考えたのよね。
で、その後はゴースト周辺の残ったのを処理してもらいつつ、あたしは距離を確保しながらベルグリン周辺の後衛に魔法でちょっかいかけてた。
ゴーストはいくらか被弾してたけど、これも【独創的な死の髑髏】のデメリットのおかげて防御力が下がってたから、低レベルの相手のダメージでもいい感じに瀕死になった。
【リベンジャー】は瀕死になればなるほど強くなる。これも狙いだったわけね。ライズやるわねー。
で、いよいよ本格的にベルグリンを攻略しようって感じだった。
ライズから、ベルグリンに遠距離攻撃は無いと聞いていた。ここからは距離を確保しながらの勝負──
──『ベルグリンは両手剣使いで、遠距離攻撃のスキルを持ってない』
……ん?
そういう訳で、わかりました。
あいつ大剣を投げやがった。
スキルじゃないなら自力でやったって事? そんなのアリ?
「……派手な攻撃の割には、大した事ないダメージね」
肉体を貫いても死ぬ事はない。自力で引っこ抜いて……無理。重い。あたしの体の方を動かして後ろにズレる。
傷は残ってない。少し服が破れたけど。ダメージは2割程度?
「冷静なものだ。そう、コレこそが《二ツ牙》の所以!」
あと5人になった後衛から新しい剣を受け取り、両手に2本の大剣を持つベルグリン。
「スキルもアビリティも超過せし、天与の力だ! 不可能を可能にする革命の力!」
重い腰を上げ、ベルグリンが動き出す。
後衛のバフをガンガンに受けて、レベル差のあるゴーストと殴り合う準備をしていたみたいね。
……理解できたわ。その仕組み。
何が天与の肉体よ。アンタは忘れてるけど、その力は──
──◇──
「自身の努力で得た肉体を、天与の力ね。残酷だな」
「ライズさんは両手剣二刀流の仕掛けを理解したんですか?」
読んでるのに、あえて聞いてくるスレーティーさん。
会話に飢えてるんすかね。
「【Blueearth】の肉体データは現実世界据え置きなんだろ? 視力とか部分的に足りてない個々人の身体能力の最低値は揃えられているけど。
つまりはただの馬鹿力だろあれ。片手で大剣を振り回せるだけの腕力を【Blueearth】ログイン前の段階で持っていたって事だ」
俺はもちろん、並大抵の力自慢じゃ出来ない荒業。統率の取れた部下達。例えば軍人とか消防士とかだったのかね。
「テクニックさえあればレベル差は割となんとかなるもんだ。さて、勝てるか?」
負けた場合のお仕置きでも考えるか。全然考えてなかったしな。
──◇──
──置いてあったライズの剣の刀身を触った事がある。
(現実と比較したら)僅かな痛みと共に、本当に少しだけのダメージを受けた。
アイテム化された武器でも、ダメージ判定のある場所を触ればちゃんとダメージを受けた。
ベルグリンはアイテム化した大剣を投げた。
遠距離攻撃のスキルを持っていないのに剣を投げられたという事は、つまり装備なんてそもそもしていなかったんだ。
何が《二ツ牙》よ。右手で持つのは石でも剣でも変わらないじゃないの。
──本当に?
例えば、装備した武器での攻撃は《武器攻撃力》+《装備者のステータス》+《装備者の武器適正》って感じに計算されるはず。
じゃあ投げた武器のダメージは?
【Blueearth】に存在する全ての武器防具・アイテムは設定された攻撃力が存在する。
投げつけたアイテムは、その設定攻撃力だけで計算するの?
それだけじゃないはず。投げられた大剣より、ライズの剣の方が強いのは見たらわかる。でもダメージは今の方が大きい。
例えばライズの槍技【スターレイン・スラスト】。
例えばゴーストの双剣技【襲牙】。
物理法則が適応されるなら、この辺の高速突進術にはとんでもないダメージが出る事になってしまう。
つまり装備武器によるダメージには物理演算の影響が著しく薄くなっている。
アイテムならどうだ?
落ちてあるアイテム【石】を拾ってもダメージは受けないが、アイテム【石】を投げつけられたら痛い。
アイテム【岩】ならなおさら痛い。
──結論。
アイテム化してフィールドに置かれている物体は、重さと速度の影響を受ける!
ベルグリンが無理して重い大剣を投げるのは、先入観による初見殺しだけじゃない。
投げる物体として、設定攻撃力=武器攻撃力が他のアイテムより高いから!
ダメージが思ったより入らなかったのは、計算が《武器攻撃力》+《重さ》+《速度》で、ベルグリン自身のステータスが一切反映されてないから!
「ではそろそろ行くか!」
ベルグリンが動き出す。
頭をフル回転させて思考時間を稼いだけど限界ね。今からゴーストに作戦は伝えられない。
作戦はあたしの頭の中。実現できるかは……最初が肝心!
「ゴースト! 挟み撃ちよ!」
「certainly:action:スキル【襲牙】」
ベルグリンへ突進するゴースト。
ベルグリンは避けもせず、双大剣を抜き突進し迎え打つ!
「バフは万全! 軌道さえ分かれば!」
左──装備している方の大剣でゴーストの突撃を受け、そのまま二人はすれ違う。
「グッ……受けたぞ! これで終わりだ!」
右の大剣で私を狙う。真っ直ぐあたしを狙った突進突き。
──ここからが本番!
詠唱を中断して、あたしもベルグリンに向かって走る!
「ぬっ!?」
どんなに筋肉自慢だからって、補正無しにそんな馬鹿でかい剣を振り回す事はできない。
少なくとも装備した方の剣よりは、隙がある!
こっちは散々【決闘】で攻撃から逃げ続けてんのよ!
──大剣の突きより低く、剣を潜りベルグリンの足元を転がり抜ける。
「避けたかっ……!」
前転は回避行動として行動補正が入る。あたしでも出来る!
……現実じゃ無理だったわねこりゃ。
成功! そのまま必死にダッシュ!
ここで振り向かれて追撃されたら終わりだけど、やっぱり重たい大剣に引っ張られてすぐには振り向けないみたいね。
「なんのっ……無駄な足掻きよ!」
振り返り両手の剣を構えるベルグリン。突進は通じないと判断したの? 買い被りサンキューだわ。
──まぁ、あたし達の勝ちだけどね。
「ゴースト!!」
大きく、ありったけ大きな声で、ただ名前を呼ぶ。
「certainly:action:スキル【襲牙】」
合図の通り、ゴーストがあたしに飛び込んでくる。
「そこからでは俺には届かん!」
「あたしに届けばいいのよ!」
そう。あたしまで届けば──
──この杖まで届けばいい!
高速で駆けるゴーストの双剣は、あたしの掲げたアイテム化した紫蓮の杖に衝突し──
ゴーストの【襲牙】の速度そのままに、杖をベルグリンへ射出する!
【襲牙】+とっておきの杖! 喰らえゴーストカタパルト!
「ぬぅ!!? ぐあぁぁ!!」
想定外の攻撃に、流石のベルグリンも受けきれず。
どのくらいのダメージだったのだろう。そのHPを一撃で削り切った。
「……よっしゃ」
【決闘】終了のブザーが鳴る。もう立てない……。
──【夜明けの月】win!
──◇──
無事勝利。見事見事。
いやーまさかベルグリンと同じ、アイテム化武器を利用するとはな。俺が持ってろって言ったのは全然違う考えだったんだが。言わない。悔しいし。
メアリーに渡した大杖【紫蓮の晶杖】はレベル制限付きの武器。今のメアリーじゃ碌な火力は出せないが……杖そのものの攻撃力は当然、相応に高い。
アイテム化した武器として使うなら確かに、俺の武器にさえ迫る火力になるだろうよ。めちゃくちゃ強化してあるからなあの杖。
……もうちょっと大切にしてほしいけどな!
さーて、嫌味の一つでも言いにいってやるかね。
仰向けに倒れて動けないメアリー。へにゃへにゃだ。
「らいずぅ……おこしてぇ〜……」
「よく頑張りました。めっちゃ偉いぞ」
「なんてぇ〜?」
しまった。全力で頑張った子供を見て素直に褒めてしまった。
「ライズ。私も褒めて下さい」
「おー俺たちの最強メイド。満場一致のMVP。今日も可愛いぞ。偉いぞ。凄いぞー」
「status:好感度上昇。好感度上昇。好感度上昇」
「はははめっちゃ上がる」
「イチャついてる所悪いがな、これ落とし物だぞ」
なんか全体的に緩くなっていた俺たちに声を掛けてくれたのはベルグリン。いやぁお前もお疲れ様。
持ってきたのは【紫蓮の晶杖】。そうだよあぶねぇ!
「おーサンキュー。よく盗まなかったな。盗んでたらあらゆる手を使って一生後悔させるところだった」
「だろうから盗まなかったんだよ。そんなもんを投げるな」
メアリーの息も整って、スレーティーさんが進行を始める。
「では報酬の譲渡です。【夜明けの月】側は結構抽象的でしたが……」
「ん。下僕な。悪いようにはしない。幾つかお願いを聞いてくれたら解放だ」
「内容によりけりだ。あまりに無茶難題であれば断るぞ。審判殿のいる今のうちに」
ちゃんとしてるな。じゃあとりあえず。
「一つ。ギルドハウスはあげるから【草原の牙】は解散して全員【祝福の花束】に加入しろ」
これは結構最初から考えていた。多少の悪行もすれど、ベルグリンの指揮の元なら統率の取れた集団だ。グレッグなら上手く治安維持に貢献できるだろう。
「……それは、だな」
「プライドが高いのは結構だが、もう野宿も飽きただろ。お前ら一纏めチームとして扱ってくれるよう頼んどくから、ここは折れとけ」
「んぅ……相わかった。但し、この場で【草原の牙】を解散し、俺に付いてくる者のみにしてくれ。それ以外は見逃してくれ」
「意味無いな。結局全員参加じゃん」
うんうんと頷く【草原の牙】一同。ここにきて裏切るような部下は残ってないだろうに。
「もう一つは、贖罪だな。アドレに戻ったら迷惑かけた連中にちゃんと謝ること。特に【蒼天】な」
「うむ……了承した。誠意を以て謝罪しよう」
そのくらいしか思いつかないが、まぁこんなもんでいいだろ。
「では終了して宜しいですね?」
スレーティーの号令で光の輪が消滅する。
そして光の扉が出現し──
「あれ? 開きません」
おいおい。可愛いか?
「よーし初仕事だ筋肉自慢」
「任せよ。ふんッッ……ッッッ!!!!!
取っ手が取れた。」
「おい」
物理的に破壊できちゃうのかよその扉。
……なんで開かない?
冷たい風が頬を撫でる。
空を見上げると──快晴が曇天の夜へと張り替えられていた。
風は強くなり、やがて突風が吹き荒れる。
理外の嵐。この、ウィード階層で、嵐……。
「何でここにいるんだよ」
視界の先、荒地に君臨するは狼の王。
第9階層の眠れる悪鬼。
嵐の夜にのみ目覚め、ウィード階層を荒らし回る生きた災害。
──【テンペストクロー】LV200
──嵐が巻き起こる。
〜ライズ(現役時代)のある1日〜
4:00:
ログハウスにて起床。朝風呂。
4:20〜6:00:
早朝の探索+武器適正上げの為に魔物狩り。途中単独行動しているゴブリンを追いかけるも巨大亡霊の群に遭遇しゴブリンを見失う。亡霊達にボコボコにされて撤退。
6:00:
ギルドマスター起床。なぜ既に瀕死なのかと説教される。朝一の【決闘】で戦闘訓練。負けたので朝食当番になる。ギルドマスターの嫌いな魚を入れようとしたが思い留まる。悪い事を考えちゃって申し訳ないのでギルドマスターの好物のオムレツを作る事にした。卵焼きができた。焼き魚と一緒に出した。怒られた。
6:30:
ギルドマスターとどちらがツバキを起こすか【決闘】で決める。負けた方は8時にツバキを起こさなくてはならない。今回は勝利したので時間を獲得。2時間四つん這いでゴブリンを観察。通りすがりの【大賢者】に「マジでキモいな貴様」と吐き捨てられ喧嘩する。勝ち逃げする。
9:00:
ギルドミーティング(8:30)に遅刻したためギルドマスターに説教される。説教中ツバキが二度寝しに帰ったので二人がかりで起こす。
9:30:
ミーティング1時間遅れで開始。大体予定通りには始まらない。今日のおやつはチョコブラウニーに決定する。
10:00〜11:50:
他ギルドとの情報交換会を直近の拠点階層で開催。30分時点でツバキは退室し、街へ情報収集に出かける。次階層への転移ゲート解放に必要な財宝についてが議題だったが、有力な情報は出ず解散。
12:00〜20:00:
【三日月】で攻略&レベリング。昼飯と夕食は適当なタイミングで済ませる。途中で今朝のゴブリンを見つけ1時間四つん這いで観察するもギルドマスターに見つかりケツに暗黒剣を喰らい瀕死。
20:00:
ツバキを酒場までエスコート。帰り道にツバキファンクラブに襲撃されるが事前に仲間に連絡しておいたので一網打尽。ツバキに悪質なファンはいらん。
20:20:
ログハウスに帰還。ギルドマスターと明日の方針会議。明日の朝ご飯を賭けて【決闘】し敗北。何の話だったっけ?
20:40〜21:30:
武器適正を上げるために低階層へ降りて気が狂ったように魔物討伐。
21:45:
風呂入って就寝。
21:46:
(そういえばあのゴブリン単独行動してたな……)
21:47:
(ここら辺のゴブリンで単独行動してるやつ見た事なかったな……)
21:48:
ゴブリンを探しに夜の拠点階層へ。
22:00:
ゴブリン発見。四つん這いで観察開始。
27:30(3:30):
ゴブリンの隠し財宝を発見。財宝を守るゴブリン軍団と交戦。
28:15(4:15):
辛くも勝利し財宝を獲得。ギルドマスターが起きる前に持って帰って自慢しよう。
28:16(4:16):
魔が刺して次の階層をこっそり覗き見する。
32:00(8:00):
次の階層の初見殺しに遭い死亡し、ログハウスに転移し帰還。死亡時にアイテムも装備も一緒に転移してくれる激レアアイテム(市場価格5000万L)を使用。
遅刻と無断行動と死亡及び激レアアイテムの無断使用によりめちゃくちゃギルドマスターに詰められる。
蛇足:
・その後の他ギルドとの情報交換会議で開幕寝ぼけた頭で全部喋ってしまい、情報をタダで流してしまう。ここでもギルドマスターに怒られるが、疲れていると判断され風呂に漬けられた後ベッドに投げ入れられた。
・ツバキは大体2:00に帰宅し就寝する。結構な頻度でギルドマスターかライズの部屋に間違えて入る。
・ギルドマスターはライズの奔放さが【三日月】の強みであると自覚してはいるが、ちゃんと厳しく管理しないと野垂れ死ぬとわかっているので頑張って強く当たっている。時々普通にイラついて強く当たる。
・妖怪【底舐め】の渾名は朝に出会った【大賢者】がライズの評判を貶めるために流布したのだが、とっくに地の底にあった評判は落ちず、むしろ代名詞となった。




